太陽ではなく月が主役──だが、もうしばらくするとまた太陽が主役に返り咲くだろう。
……そんな時間帯。人里離れた山に人影がひとつ。
格好からしてあまり目立ちたくないようで、夜に紛れるような真っ黒の服装で身を包んでいる。小道具も複数持ち合わせているようだ。だがそんな格好と反して、髪の色は美しい白銀。
最も、今はその美しい髪もヘルメットにほぼ隠れてしまっているが。
そして肝心の顔はというと──マスクでよく見えない。
体格や体のラインで、性別が女性だと辛うじてわかる程度にしか個人の特徴を出さない服。
常人が見ても何に使うかも分からない、だが見るからに危険だということはわかる怪しい小道具の数々。
そしてヘルメットやマスク等の組み合わせ。
普通に生きていたらあまり見ないであろう、変わった装備だ。
そんな怪しすぎる人影は、何かを目指して進んでいるようだが……その足取りには迷いが見受けられた。
『そちらの様子は?』
「依然として人工物ひとつとして見当たらず。……こんな野生動物一匹すらいやしない山奥に、ほんとにターゲットがあるんですか?」
通信相手と思わしき声に疑念を持ちながら返事をする明るい女の子の可愛らしい中にも優しさあふれる声をしている彼女は、どうやら『ターゲット』とやらを探しているらしい。
『ある、間違いない。今まで引っかかりもしなかったのが妙だが……』
「まあここ、少し土地が汚染されていますし。それが原因で今まで調査の手が入らなかったんでしょう。」
この言葉が示すとおり、この山は野生動物が一匹も住めないような汚染環境にあるらしい。どうやら有毒なもので土地が汚染されているようだ。まるで“何かから人や生き物を遠ざける”ように。
もしこの特殊なマスクが無かったら、おそらく彼女でも長く持たないことだろう。
『そしてこの山、私有地なのだが持ち主の経歴を見てみると──』
「マッドサイエンティスト。利己的な欲望・目的を遂げるために手段を選ばない、わるーい科学者さんですよね?」
『その通り。そんなやつの持っている私有地など、何か隠されているに違いない……と本部は踏んでいる。』
『そしてなにより!そういう奴らを裁くのが我々、違法研究取締機関だ。』
「ですね。その為に日夜ミッションの日々ですよ。ああ──わたし達、平和の為に毎日毎日……正義の味方に休みは無いと。大変ですねぇ。」
どうやら彼女らは『違法研究取締機関』なる者達のようで、こんなド深夜にも関わらず任務を遂行している様子。名前の通りの活動を行っているらしい。
『何芝居がかっているんだ?給料なら仕事相応の……それこそ毎月嫌になるほど与えているだろう?』
「まぁそうですけど、もう少し増やしてくれなきゃそのうちやめますよ??毎度毎度命懸けですし。休みあんまり無いし。」
──最も、この正義の味方はかなりの守銭奴のようだが。そしてこの話題から、この仕事が身に危険を及ぼすような危険な職業だということが分かる。
『……話を戻していいか?』
「お給料の話はまた後でしますからね。」
『はぁ……簡潔に言うと、今回のミッションの目的はマッドサイエンティストの逮捕や殺害ではない。』
「というと??」
が、今回はいつものミッションとは少し趣旨が異なるようで。
『情報によるとその研究者は数年前に
「ふぅん──まあ今やマッドサイエンティストなんて、刑罰が重くなる悪行代表ですからね。捕まるくらいなら死を選ぶんですかね?」
『それは知らんが……本人がいない以上、必然的に今回のターゲットは言わばやつの置き土産だな。』
「なるほど……しかしこの手で悪者を裁けないとなると、やる気に些か影響してきますね……」
そう、今回の目的はマッドサイエンティストを裁くわけではなく、残した
“やつ”の研究データは爆破と共に無くなったと思われていた為、今回見つかった“やつ”の研究所の発見は、機関にとって重要な出来事であった。
そして……こいつはどんなことをしていたか、こいつはどんなモノを残しているのか?それ等を調べる為に送り込まれたのが彼女という訳だ。
『おいおい!お前の相方が職務時間外なのに、ヘリでわざわざ近くまで運んだんだろ?頑張れよ。』
「あー……そうでしたね、頑張りますー。」
『──給料も上げてやるから!』
「はい!頑張りますっ!!!」
やる気が湧いたのか、さっきとは別人のような気概いい返事をした。そんな彼女が向かうのは、『ターゲット』が残した何か。
「あ! 近辺に反応あり!電磁波生命探査装置が、
生命反応がある方向を見てみると、何やら地形に違和感が。巧妙に隠されていたようだが、なんとか彼女は無事“置き土産”とやらを見つけられたらしい。
「生命反応は──景色に紛れ込むように作られている……建造物でしょうか?どうやらここの中からキャッチしたもののようです。」
『わかった、至急調査を頼む。』
「了解しました」と言い、彼女は息を潜めながら建造物へと向かう。その足取りはさっきとは打って変わって、迷いが一切無くなっている。どうやら彼女は目的意識とやる気さえあれば、とても優秀な人材になり得るらしい。
◆❖◇◇❖◆
「……!(に、似ている!隠し方、少し違うとはいえ発想自体がわたしの──)」
『おい、そっちの様子は??』
「あ、はい!遠目だと認識できないくらいには、景色に溶け込んでいます……生命反応が無かったら、見つけられなかったかも。」
しばらく経ってようやく見つけたその建造物は「ここだけ地形が盛り上がったのか?」と錯覚するような、一見人工物とは思えない施設だった。
なんとか施設を構成している部分だと見破れたその壁は、自然の土や石のような質感で周囲に溶け込んでいる。
屋根はなだらかで、質感はこれも自然物に近いか。遠目で見れば屋根とすら思わないだろう。このような見た目なのはやはり、景色に溶け込むためだろうか?
そしてなにより、登ろうと思えば上に登れてしまうほどに……この施設には高さがない。否──建物の下半分が地面に埋まっているのか?
そしてその推測はどうやら当たっていたようで、扉とおもしき場所は埋もれているのか見当たらない。
「衛星写真とかドローンでもこれは見つからないでしょうね……」
『だな。なにより、そこまでして隠したかった“置き土産”が気になる。』
ぐるりと施設を一周すると、小さい窓が1箇所だけあるのを発見した。そこから中を覗くと見えるのは──
「なっ──女の子?女の子が一人、中にいます。ベットの上で寝ているようです。」
一人でベッドに横たわっている。時間帯から推測するにおそらく寝ているはずだ。服装はパジャマのようには見えず、なんなら肩も出ている。寒そう。
『なんだと?やつはこの人里離れた施設で女性を監禁していたのか……?』
続いてその少女の周囲も見ていく。
ここは──やたら豪華で広いベットに寝かされているところを見るに、寝室だろうか。大きさからして一人用ではないだろうなとは思う。
ベットの上にはぬいぐるみや抱き枕、部屋の奥の方を見ればクローゼットやパソコンなんかも見受けられた。
壁も床も、置いてる物までまるで普通の家のようだ。
外の自然に溶け込むような外壁と、中の一般的な住まいのような内壁。その差に驚く。
「監禁、と言うよりは軟禁でしょうか……?女の子の体つきは健康そのものですし、周りを見ても室内はすごく整えられた環境みたいです。」
『しかしこの建物周囲の環境を考えれば、やはりその子はここから出られていないことになる。』
「ですね。なによりこの子、ピンクの髪色をしています。素の人体からは決して出るはずのない髪色。染められたのか、はたまた…」
『作られた存在か、だな。』
技術が進んだ昨今、生き物を造るということも可能になってきている。勿論、それを人でやろうとするのは悲人道的な行為に当たる為禁止されているが。
……だがマッドサイエンティストであればそれもありうるかもしれない。自分の理想の女性を作るために違法行為に手を染めたのだろうか。
「──中に侵入しますか?人一人分くらいのスペースがある窓なので、くぐれないことも無いですけど。」
『支援部隊ももうじき着くはずだ。尖兵としての潜入、頼めるか?』
「了解しました、お任せ下さい。通信は一度切りますね?」
そう言うと特殊な機器を取り出し、小窓に当て始める……しばらくすると、小窓のロックは音もなく開いた。そのままそっと中に入る。
「(一つだけの生命反応……間違いない、この子からだ……)」
近づいてみると尚更少女のピンクの髪の美しさが目立つ。髪の色で言うと、わりとドギツイ色の方だと思っていたのだが──これを見た後にはそんなこと二度と言えやしないだろう。
これは染髪とは違う、元からピンクだった者特有の美しさなのだろうか?見てると惹き付けられる、思わず凝視して体の動きを止めてしまう。
「(み、見惚れていた……わたしがあの人以外にっ!?)」
「んん……」
「!!」
一瞬気付かれたかと思って驚いたが、どうやら少女はこっちに寝返りを打ってきただけのようだ。
その顔を見て驚く。
「っ……!!」
思わずその美しさに息を呑み、足を滑らせベットの上に落ちてしまう。そしてそれと同時に確信した。
この子は間違いなく作られた人間だ。あまりにも顔の造形が整い過ぎている。
「……ぁぉ、ぃ……?」
「(ま、まずい……)」
ベットに落ちた衝撃でどうやらその少女に気付かれてしまったようで。気づかれてからの行動は早かった。急いで少女の口を抑える。
「ぇ……だ、誰!?」
「しっ!静かに。ここにいるのは貴方一人ですか?」
冷静に、小さめの声で問いかける。
この時、一切油断はしないように心掛ける。
外見とは裏腹にこの少女はカテゴライズで言うと『作られた存在』であり、どのような事をしでかすかわからないからだ。どのような思想を持っているのか、どのような能力を持っているか分からない。
故に油断はしない。
この仕事にはこういうスキルが求められる。
「……ここに住んでるのはウチとウチの妹、2人だけ。」
警戒してよかった、この少女……一見従っているように見えて嘘をついている。
なんて自然な嘘の付き方だろう。事前に生命反応の数を確認していなかったら、きっと騙されていたに違いない。
さて、何故このような嘘をついたのか。
なんのメリットが?
「──嘘をつかないでください。わたしはこの電磁波生命探査装置……簡単に言うと、周囲に生き物がいるかわかる機械です。これで既にここの人数を把握しています。」
「……」
「そしてその機械は“生命反応が一つ”と表していました。この意味がわかりますね?」
「え……?」
ようするに、鎌をかけたのだ。
こちらが既にわかりきっている情報を相手に聞いて、その返答で相手の出方を伺う。返答次第で相手が嘘をついているかどうかもわかる。
この仕事には、そういうスキルも必要だ。
「ま、待って……そもそもウチらはロボットやから、そもそも生命反応なんて出ないはずやで……?」
「──はい?」
何を言い出しかと思えば、『自分達はロボット』だと返ってきた。否、そんなはずは無い。
「どうしてまた嘘をつくのですか?現にこの装置は貴方から生命反応をキャッチしてるんですよ?」
「え??そんなはずは──」
ダメだ、この少女は嘘しかついていない。
または何か洗脳に近いことをされている?
どちらにしろ、これ以上話したところで今は有益な情報を吐かせることは無理そうだ。このまま聞き続けたとしても、また出任せを言われてしまうだろう。平和的解決をしたかったが仕方ない。ここはアレの出番だ。
「もう結構です。少し寝ていてもらいます、大丈夫……痛みは一瞬です。」
故に、この少女を再び眠らせることにした。
懐からスタンガンのような──しかし少し性質が異なり、気絶させることに特化した機器を取りだす。
ちなみにこれを『ビリビリガン』と読んでいる。正式名称が長くて忘れたから、ずっとこの呼び方だ。
「え、ちょっ待っ──」
少女が喋っている最中だったが、お構い無しにビリビリガンで意識を奪った。
罪悪感がない訳では無い……ただ仕事上こういう事には慣れているし、仕方の無いことでもある。あまり敵対心は感じられないものの、少女の意識が残っていてはこの潜入にどんな影響が出るかわかるまい。
この職業は非情にならざるを得ないのだ。
「ふー。……任務を続行しますかね。」
「……ぃだい…」
今、気絶したはずの少女からなにか聞こえたような──
・謎の侵入者
茜が寝ているところに小窓から入ってきた人。
とある“ミッション”でここまで来たらしい。
明るい女の子の可愛らしい中にも優しさあふれる声をしている。その声はとても評判がよく、司令をしているあの人物も彼女と通信する時だけは、超高音質で通信できる機器を使うのだとか……。
一体何星 あ〇りなんだ…!?
※1〜7話までの一部表現&誤字を修正しました。誤字報告ありがとうございます。物語の展開に変更は無いのでご安心ください