九話『氷解』
鳥のさえずりが聴こえてきて、微睡みから意識が覚醒してきた。何気に鳥の鳴き声で起床したのは初めてかもしれない。
……ああ、よく寝た。
長い間、眠っていたような気がする。とにかく、曖昧になっている記憶を整理しないと。
たしか、昨日──昨日なのか?わからないけど、あの快適な毎日が送れてた我が家からちょっとだけ家出して外を見てみようとして。
それが葵にバレてベットに戻されたんだった。その後はベッドに戻されて、寝た後に物音に起こされて…………
「はっ!不審者や!!!」
目を見開いて思い切りベットから起き上がる。
そうだ、思い出した!!
あの後不審者から襲われたんだ。起きた瞬間急に口を塞がれて、なんか色々質問されて、挙句電気ショックで気絶させられた、と……。うん、思い返してみても酷い話だ。
一体ウチは前世でどんなことをしでかしたんだろうか。相当なことしないとあんな目には合わない。──まぁ殺されてないだけマシなのかもしれないけれども。
ん?記憶を遡るのに夢中で気づいてなかったが、目から入ってくる情報を確認してみる限り、どうやらここは自分の記憶にない場所のようだ。
内装を見るに、病院の一室だろうか……?
下を見てみれば、自分の服装も如何にも「入院患者です!」と言った感じの患者衣。
いつも肩を露出する衣装ばっかり着ていたせいか、少し着心地が悪く感じる。
──あ、きっと葵が心配して自分を病院に入院させてくれたのかもしれない。気が利く妹で良かった。感謝しかない。そんでもってお見舞いに来てくれた時更にもう1回感謝しないと。
ふと「あ」と声が出た。頭の違和感に気づく。
ウチに、琴葉茜にとって大事な髪飾りが無い。寝る時でさえも付けてたのに。そうして髪飾りを探そうと周囲を見回していると……ボタンを発見した。テーブルでいつもボタンを押して食糧を出していたのを思い出す。
丁度お腹が空いてたからタイミングが良かった、とりあえずお腹を満たしてからゆっくり考えよう。そう思い条件反射でボタンを押した。
「海老天!!!」
いつも通り食べたい味の名前を言う。海老天とエビフライは、似てるようで違うのだ。
それぞれ海老天は『天ぷら』の衣で、エビフライは『パン粉』で揚げてあるもので……
はぁ──そんなどうでもいいこと以前に、やっぱり気になることが多すぎる。葵はそもそも無事なのか、あの不審者は一体なんだったのか。携帯食料が来るまでの間、暇なので考えることにした。
◆❖◇◇❖◆
しばらく待っていると、ようやく扉が開いた。待ちかねた海老天味の携帯食料の登場に心踊る。
「呼びました?」
「海老天ー!!待っとったで…え…?」
海老天だと思って喜んだのもつかの間、出てきたのは想像していた美味しそうな海老天携帯食料ではなく、展開的に美味しい人物の方であった。
「どうやら無事起きたみたいですね。体調に問題はありませんか?」
「特に問題は……ってあの時の不審者やん!!」
あの時に会った、葵以外で初めての人間。
──いや、葵はあれでも一応ロボットだから、正真正銘この人が初めて会った人間になる。まさかマスターより先に会う人間が不審者とは思わなんだ。
「あのー、わたしの名前は海老天でも不審者でもありませんよ。」
そう言いながら苦笑して呼び方を否定してくる彼女は、あの時の深夜の印象とは打って変わって、すごく明るくて優しい印象を受ける。あの時と比べたら彼女の服装が軽装なのも、印象が変わった理由の一端か。
その立ち振る舞いはとても、あの夜に不法侵入してきた不審者と同一人物とは思えなかった。
「名前、“あかり”って言います。苗字は訳あって言えませんけど……よろしくお願いしますね?茜さん。」
「よ、よろしく……というかなんでウチの名前を知っとるん?」
そもそもどうしてこの人がここに?
何で名前を知られている?
あかりさんの名前に
──謎が多すぎる。
頭を回しても殆ど分かることはないが、一つだけわかることは、この人に電撃で気絶させられたという事実。
痛みと共に記憶にしっかり染み付いている。
入口から移動してこちらに距離を詰めてきたので、あの時のことがフラッシュバックして手が震えてきた。
ベッドの端っこギリギリまでサササと後退する。
「それはあなたの妹に聞い…」
「ひぃ!ビ、ビリビリせんといてや!!」
ビビるあまり言葉を遮ってしまった。向こうは酷いことをしてきた相手とはいえ、少しだけ申し訳なくなる。
「しっしませんよ!!!……あの時はごめんなさい、ほんとに。」
……うん、どうやら反省しているようだし、
「ウチは五体満足で無事やし、その事はもうええよ。なんであんなことしたん?」
「それは、話すと長くなるんですけど…」
「じゃあゆっくり一つづつ、質問させてもらうで!葵……水色髪のウチの妹。あの子には何もしてへんよな?」
「してないです、ビリビリしちゃったのは……その……あなたにだけで。」
とりあえず葵の身に何も無かったようで安心した。
それにビリビリのことは本当にもういいのに。余程あかりさんの中で引き摺っているらしい。……というかウチの髪飾りがどうなったのか気になる。それとなく聞いてみる。
「──あの大きい髪飾りですか?あれでしたら別室に置かれてますよ。大事な物だったんですね?」
「せやで、大切な妹との繋がりやから。」
「それは……ごめんなさい、後で取ってきますね。」
そして謝罪した後、そのまま彼女は言葉を続ける。曰く「というか呼び出しボタンで呼んだわたしに食べ物の名前叫んでましたけど、あれって?」と……呼び出しボタン??
……急いで『前の知識』から探し出す。
なるほど、思い出してきた。病室にあるボタンと言えば、押せば看護師さんとかが来てくれるナースコールのボタンに他ならない。
食べ物を注文するボタンだと勘違いしていたのがバレてしまうのはちょっと恥ずかしいので、とりあえず誤魔化す。
「よ、呼んでご飯食べさせてもらおうと思って、ちょっと先走っちゃっただけやし!!」
「あはは、なるほど……?」
なんだか脈に落ちないが、納得してくれたようなので話を進めさせてもらう。一番聞きたかったことが残っているから。
「そいえば、葵は今どうしてるんや?無事なんやろ?」
「はい、無事ですよ。葵さんは現在別の部屋に
とりあえず今も葵が無事なのは確認できたので一安心──え、保管?……そっか、自分達はロボットなんだった。すっかり忘れていた。今まで二人でしか生活してこなかったから、人間からの言い方に違和感を覚えてしまった。
「えーと。そうなると、ウチもこれから保管されるんかな?」
「へ??あぁ、なるほど。そこから話さないとでしたね。」
そういうと部屋の角に立てかけてある折り畳みのパイプ椅子を持ち出してきて座れるようにすると、一息ついて目の前にあかりさんが座ってきた。どうやら長い話になるらしい。
「──さて、これから話す話は今までの貴女からすると、到底信じられないような話だと思います。心の準備は大丈夫ですか?」
「……別にいつでもええで、このままベットにいるだけやと暇やし。」
ウチから了承を得ると、あかりさんはゆっくりと話し始めた。
◆❖◇◇❖◆
わたしがあの日救出した、アンドロイドと共に隔離された空間で暮らしていた関西弁とピンクの髪が印象的な、琴葉茜という名の少女。
あれから目を覚まさなくて心配だったが、二日が経ってようやく意識が戻ったようで、ボタンを押して人を呼んだみたいだ。(まさか、食べ物を注文するボタンだと勘違いしてたとは思わなかったが。前の生活がそう勘違いさせたのだろうか?)
監禁や軟禁されていた子がよく見せる精神疾患のようなものは見当たらなかったが、ちょっとあの夜の出来事がトラウマになっているようで……わたしがベッドに近付いた瞬間端っこまで後退されてしまった。
こんな反応中々されないので、結構ショックだ。そんな化け物を見るような目で見ないでいただきたい。
まあ実際、あの時のわたしはミッションだからと少し冷徹な判断を下しすぎていたし。急に深夜に侵入してきたのだから怖く見えて当然だったかもしれない。
おまけに二回も電撃したし。
幸い謝ったらすぐに許してくれたし、妹の無事も伝えると警戒を解いてくれた。もしかしてこの子案外チョロい?
警戒も解いてくれたので、時間が許される限りあの時の事の顛末を伝えてあげようと思う。それでこの子の荒んでるはずの心が少しでも穏やかになれば良いが。
アフターケアも大事な務め。ミッションをこなした後の後始末……今回の場合は、保護した対象の精神状態の診断。本来ならそれ専門の人間がこの役割を担うのだが、今回は無理を言ってわたしにやらせてもらうことにした。
何故かって?不憫すぎるし、救ってあげたかったから。
なにより、あの時の話をしたらわたしの相方がこの子を心配していたから。名前を言うと血相を変えて、少し異常なまでに気にかけていたから……尚更だ。
「──つまり、あかりさんの説明通りなら……ウチは今まで、人間なのにアンドロイドとして生活させられてた。っちゅうこと?」
「ですです。」
「んでもってそんな環境からウチを助け出してくれたのがあかりさん?ってことであっとる??」
「そうなりますかね。というか、一回の説明でよく理解できましたね……」
この少女──もとい茜さんは、わたしが一回説明しただけで今の状況をすべて理解出来てしまったようで。
向こうからしてみればいきなりの出来事が沢山巻き起こっているはずなのに、あまり取り乱してないように見える。先程の呼び出しボタンを食べ物を召喚?するボタンだと勘違いしてしまうような“天然な部分”が顔を覗かせた時の方が取り乱してたくらいだ。
そんな子がまさか、冷静に状況を呑んで簡単に整理して見せるとは。
「で、でももしそうならおかしい所があるで?」
「おかしな所、ですか?」
なにかおかしなところ、とやらがあるらしい。
ああ。どんなことがあったにせよ、あんな環境でずっと暮らしていては常識も知らないだろうし、この子が普通の人間として暮らせるようになるためにこれから色々教えなくては。
「だってウチ、『ロボットだから〜』って理由でガソリン一日一杯飲まされとったし…」
「え?」
今この子、なんて──
「それにゲームやってた時なんかは、人じゃできひんような速度で反応できたりとか…」
「ちょ、ちょっと待ってください!ほんとにガソリンだったんですか!?」
ガソリンといえば、人が決して飲んではならない液体だ。日本で使われてるガソリンの致死量は10~50mlと言われているのに。肺に入った場合なんかは、ほんのわずかで肺炎を引き起こす危険な代物。
普通の人間なら神経系の中毒になるし、たとえ飲まなかったとしても皮膚に長時間接触しているとただれてしまう。
そんな物を、一日一杯……?
「せやで!あの強い匂いと口に入れた時の鼻を突き抜けるキツい味、間違いないやろな。」
「よ、よく無事でしたね……念の為、話が終わったらすぐに健康診断に移りましょうか。」
「せやな……ウチもなんかおかしいと思っとったんよね〜、ほんまに人間にそんなことが可能なん?」
「──普通の人間ではおそらく無理でしょうね。でも、茜さんに普通の人間にはない特性があると考えれば辻褄が合う。」
「特性?」
「はい、もしそうならさっき言っていたことも可能になるんです。」
普通の人間には無い特性。
茜さんの場合だとおそらく生まれつきの、普通とは違うところ。茜さんが自分をロボットだと思いこむようにするために、作った人物が仕込んだであろう……特別なところ。
「ガソリン飲めたのも、それこそロボットみたいに素早い対応もです。他にも何か特性があるかもしれませんよ?」
「そんな変な特性があるウチって一体なんなんや…」
「デザイナーベイビー……ってご存知ですか?」
望む外見や体力・知力等。現在であれば、そこに特異性や特殊能力も加わる。それ等を持たせた子供の総称だ。
倫理的な問題で本来はデザイナーベイビーを作ること自体禁止されているはずだが、茜さんを作った者がマッドサイエンティストであれば……一気に現実味を帯びてしまう。
「なるほど……だからあんな……」
このことを伝えると、茜さんは納得してくれた。が、それと同時に表情が曇る。
「じゃあやっぱり──葵とウチは……」
「……」
なんで茜さんが長い間軟禁されて尚、精神面が安定していたのか。その理由が今ようやく理解出来た。
きっと、自分と同じ存在がいたから。
すなわち同じ境遇の妹がいつも隣にいたから、今まで耐えれてこれていたのだろう。でも、わたしが真実を口にしたことで、自分と妹が似て非なる存在だと理解して。否、させてしまった。
「うぁ……ぁ……ひぐっ…」
「っ……」
なんて声をかけていいか、わからなかった。
気絶させた時よりも強い罪悪感。できることが思いつかず、手を握ってあげることしかできなくて、無力感にも苛まれる。
「暖かい……」
「茜さん?」
「人ってこんなに暖かいんやな……って…」
その言葉にハッとする。
そうか、わたしは茜さんにとって人生で初めての人間になるのか。その事実を知ると、酷すぎる境遇に置かれたこの子を尚更救いたくなった。広い世界を見せてあげたい、今まで無理だった分、色んなことを体験させてあげたい。
「──あの、ハグさせてもらっていいですか?」
「…え、ええで……?」
けど今はただ、人の温もりを教えてあげようと思う。
……そうしてあげないと、壊れてしまいそうだったから。
・紲星あかり
とても優しい性格で温厚だが、仕事となれば覚悟を決められる仕事人。
外見は茜の《前の知識》にもある、あの紲星あかりそのものなのだが……苗字を伝えてなかったり、初対面の印象のせいで茜は彼女が紲星あかりであることに気付いていない。
食べる事と寝る事と“相方”が大好きで、彼女の世界はこの三つを中心に回っている。
上記の“相方”が心配してたのもあり、あかりは茜のことを救ってあげたいと思っている。
※誤字修正しました!内容に変更はありません。