九条陣屋にて。
名椎の浜での戦後処理を終えた私達は次の作戦へ向けて最前線に出る人員の補充を行う必要があった。そもそも九条陣屋は海祇島抵抗軍から鳴神島を護るための、前線では最後の砦だ。その他中継地点は数の力と武力である程度抑えられてはいるけれど、先の戦で既に名椎の浜は抑えられてしまった。
海祇島の現人神の巫女の存在は私も昔から認知していたけれど、まさかここまでの力があるとは思っていなかったのも事実ね。私には『雷電将軍』───影が何を考えているのかわからないわけじゃないけど、今となっては全部はわからないというのが現状だった。
そう言えば今日私の正式な配属先が決まったのだけれど、どうやら九条裟羅が気を利かせてくれたのか、はたまた何か他の理由があるのかは不明だが彼女の護衛を任されてしまった。今日からその任務に当たることになっている。
私は九条裟羅のいる部屋の前までやって来て扉をノックし自らの名を告げる。その直後、入れという硬質な声が響き、一泊置いてから失礼します、と言いつつ入った。一応幕府内での立ち回りなどは只野家の教育で学んでいるし、一兵士としての訓練も一応とはいえ積むことが出来たのでこの程度の礼儀作法はお手の物だ。
部屋へ入って彼女の座る執務机の前に立ち、何かご用命でしょうか?と聞いた。彼女は先の戦の報告書を書いており、戦死者の家族への対応なども彼女が決めているようだった。昔は下から上がってくる書類に軽く目を通して認可か不認可を決めていたのが懐かしく思えた。まぁ戦時中だから一々私…じゃなかった、将軍の許可を取っていられないのかも知れない。
彼女は私の来訪に一度手を止めて私を見ると、
「すまないな、本来であれば前線で皆を支えて欲しかったのだが…お前は武芸には秀でていないと聞くからな」
苦笑しつつそう言った。まぁ私も一応人並みには戦えるけれど、お世辞にも強いとは言えないのは事実だ。今ここで死ぬわけにはいかない私にとってその配慮は有り難かった。
と少し安堵したのも束の間、彼女が真面目な表情を浮かべたのを見た私も再び気を引き締めた。
「それで、お前にしか頼めないことがあってな」
そうして彼女の口から紡がれた言葉に私は驚きのあまり私に?と聞き返してしまった。裟羅は苦笑すると、驚くのも無理はないだろうな、と言ってとある一枚の書類を私に差し出してきた。その書類に目を通して、思わず目を見開く。
「…それは海祇島抵抗軍から送られた密偵の名簿だ。無論全員、天領奉行で捕縛し、今は穏便に情報を聞き出している最中だ」
その実、九条陣屋に来る前人伝に聞いた話では、一部では拷問紛いのことをして日々の鬱憤を晴らしている天領奉行兵士もいたみたいだったけれど、最近は九条裟羅配下の検閲が入ってまともになったと聞いている。
「それでなんだが、君には名椎の浜での潜入任務に当たってもらいたくてな。私の護衛としての任務はその功績次第、となるだろうが…」
彼女にそう言われて少し考えて、そして納得した。九条裟羅の護衛ということはつまりそれなりの強さと実績が必須となる。強さと実績を得るためにある程度高難易度の任務をこなさねばならないからこそ、その中でも比較的容易な任務を私に見繕ってくれたのだろう。ソレがなければ私は縁故採用のように思われてしまうだろうから。
それにしても潜入任務でかつ、先の戦で抵抗軍に抑えられた名椎の浜に潜入するということは恐らく奪還作戦の前準備だろう。その潜入を私に任せたい、ということのようだ。でも私バレたら即詰んでしまうのでは、と思ったのだが彼女はそうは思っていないようだ。
「確かにお前の武力は並なのかも知れないが…だからこそ、何らかの形で誤魔化せるかも知れない。但し、腕利きの者を二人同行させる故、あまり意味はないかも知れないな」
正直物凄く不安だったので私が安心したのは言うまでもないことだろう。そんな私の様子を知ってか知らずか、彼女は強制ではない、とだけ告げておこうと言った。私は少しだけ考えて、
「その任、拝命致しました」
そう言うのだった。
〜〜〜〜
「───就任は順調でしたか?」
珊瑚宮にて、メカジキ二番隊での就任式(?)を終えた旅人達が心海に出迎えられていた。無事帰還した旅人を少し嬉しそうに見ながらそう言った心海に対して、旅人も微笑みながら、
「ちょっとした『試練』をこなしてきた」
そう返した。その言葉に対して心海はやはり、という表情を浮かべて笑う。どうやら幸徳達メカジキ二番隊の面々が新たな隊長を試すことはお見通しだったようだ。そして旅人はそのまま心海に浪人達を叩きのめして縛り上げたことを伝えた。それを聞いた心海は他の見張り兵をすぐに手配して再び騒ぎを起こさせないようにするようだ。
「あれ、そう言えば…哲平のヤツは何処に行ったんだ?出発する前まではここで心海と話してたよな」
と、パイモンが言ったのを皮切りにして話題は哲平のモノへと移り変わる。哲平は後方の任務ではなく前線での任務に就いており、現在は稲妻海軍への奇襲作戦に参加しているらしい。
それらを聞き終えた後、旅人は話を終えようとした心海を呼び止めて懐からとあるモノを取り出した。どこでこれを?と言いたげな視線を旅人に向けた心海だったが、旅人からの説明を受けてなるほど、と納得した様子を見せる。
「…なるほど、旅人さんも手に入れていたのですね」
旅人さんも?と疑問を示す旅人達だったが、直後心海から言われた言葉でかなり動揺する様子を見せることに鳴る。
「先程帰還したアガレスさんに既に現物を見せていただいています。ソレに関する詳しい話し合いは中でしましょうか」
心海は旅人も同じものを手に入れていると思わなかったため、アガレスと話し合うために珊瑚宮内に入ろうとしていたようだったのだが、旅人も手に入れていてなおかつある程度の知識があるとなれば会話に参加させない手はなかった。
「───お、ようやく来たのか。旅人も一緒だろうと思ってたよ」
珊瑚宮のとある一室に入った瞬間言われた言葉に旅人達は驚きの表情を浮かべている。勿論、心海はお待たせ致しましたと普通に返していた。中にはアガレスがおり、旅人が心海と一緒であろうことを普通に予知していたらしい。旅人達は何故自分達がいることがわかっていたのか疑問に思っている様子だったが、
「実は旅人さんの戦闘をアガレスさんに見てもらっていたんです。不思議に思ったことがないか、旅人さんの戦闘能力が如何ほどのモノかを」
その後心海から教えられた事実に更に驚いていた。アガレスは苦笑すると、
「別に監視役って訳じゃない。心海は別にお前達を疑っていた訳じゃなくて、俺の知識を見込んでのことだ。お前達の戦闘能力に関しては正直おまけ、だろう」
そう言った。さて、とアガレスは心海の返答や旅人達の反応を待たずに少し真剣な表情を浮かべると懐から『邪眼』を取り出して四人が囲んでいるテーブルの上に置いた。先程戦闘現場を見られていたという事実を教えられているためか、旅人達も流石に驚いていなかった。
「目下、一番の問題は『
『邪眼』とはスネージナヤの組織ファデュイに於いて使われている、通常人が元素を扱うために必要な外付け器官とされている『神の目』を介さずに元素を扱えるようにする器官のことであり、組織立って行動するファデュイは基本的に浪人程度では全く、とは言えないがほぼほぼ敵う相手ではない。
「それで旅人、浪人達は普段から『邪眼』を持っているのか?」
「いや、持ってないはずだよ…元素を扱える人は何人か見たことがあるけど…」
アガレスは旅人の言葉を聞いて少し思案に耽る様子を見せたが、
「…なるほど、となればやはり異常事態だな。基本的に持っていた場合、あの浪人達が『これで元素を使える』と発言していたことの説明がつかなくなるからな。当然と言えば当然だろうが…それでも奴らが邪眼を渡されてすぐだった可能性も否定は出来ないがな。一先ずは普段浪人達が邪眼を持っていないものとして話を進めよう」
そう言った。
三人が首肯いたのを見たアガレスは、
「先ずその場合疑問点として出てくるのは浪人達が邪眼を持っている理由とソレに関連してどうやって手に入れたのかということに繋がってくる。心海…というより抵抗軍全体の協力者とやらが何者かは知らないが、そいつらは現在の稲妻幕府が陥落すれば得をする勢力ということになるだろう」
すぐに話し始める。言い方を変えれば『海祇島抵抗軍が勝ち、稲妻幕府の力が弱まった方がメリットが多い』と考えている勢力のことだ。抵抗軍は稲妻幕府に比べて全体的に脆弱であり、例え『目狩り令』を廃止させ事実上この内戦に勝利しようとも、稲妻幕府そのものが無くなるわけではない。まぁそれを無くそうと考えているわけではないから当然なのだが、内戦が終わる頃にはどちらも疲弊しきっていることは間違いない。
それを踏まえた上でアガレスはその勢力がファデュイではないかと疑っているのだ。
「まぁとはいえ、浪人達に邪眼を流して何がしたいのかはわからないけどな。現状俺は復活したてでファデュイに関してはほぼ理解できていないからな」
そもそもアガレスは暫く稲妻に引き籠もっていたので復活する前から世情にはかなり疎くなっているのだが。そんなことを露程も知らない旅人達は、ファデュイに関して軽く説明した。
曰くファデュイは氷の女皇のある願いを叶えるために『執行官』を各地に派遣して『神の心』を集めているようだ。理由も目的も今の所はわからないらしく、それを聞いたアガレスはなんとも言えない表情を浮かべていた。
「そうか…それを加味すると、ファデュイの狙いは稲妻全体に今以上の混乱を起こすことだろう。『神の心』さえ手に入れられれば良いと考えて国そのものを軽視しているようなのであれば…問題は」
言いつつ、アガレスは心海に視線を向けた。心海は首肯くと苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「はい、この内戦は元々は理不尽な『目狩り令』に対抗し、それを廃止させるための戦でした。しかし、ことが長引くに連れて双方に溜まる怨恨は大きくなっていくでしょう。ファデュイの狙いが『神の心』で稲妻そのものの転覆なのであれば一旦休戦してでも稲妻国内を落ち着かせる必要があります」
「だが、最早そんなことが出来ない程に戦を重ねすぎてしまった、そうだろう?」
心海の言葉を引き継ぎ、そして問を投げ掛けたアガレスは心海を感情の読めない瞳で見つめている。
「けど、オイラ達は稲妻幕府内にも良いやつがいるって知ってるぞ!例えば…トーマとか、綾華とかな!」
「彼らは社奉行の人だけど俺達を助けてくれた。他にも抵抗軍の思想に賛同している人はいる。稲妻幕府の人達も『目狩り令』に関しては結構半信半疑の意見が多いと思う」
ただ、アガレスのその視線は旅人達の言葉によって遮られる。しかしアガレスの視線は今度は旅人達に注がれていた。
「…それで戦争が止まるか?家族や友人を殺し殺された者達の怒りは収まるのか?」
その言葉に旅人達はただならぬ雰囲気を感じて口を噤む。アガレスはふぅ、と一息つくとお前達に言っても仕方がないのはわかっているんだがな、と苦笑気味に呟いた。先程の一言には心海も驚く程の様々な感情が渦巻いていた。
「かつて最悪と謳われた『魔神戦争』はこの内戦の比にはならない程の多くの命が失われ、その怨恨によって生まれた妖魔によって更に多くの命も失われた。そしてその怨恨は今尚残っているはずだ。であれば…尚の事、どちらかの意見が通るまではこの内戦は終わりを見せることはないだろう」
アガレスは長年生きていたこともあってか様々な戦争を経験して来たのだろう。だからこそ、その言葉にはかなりの重みがあった。
「であれば…今更戻れはしないでしょう。私達は私達の目的のために今迄通り動く他ありません」
心海はアガレスのその言葉を聞いて尚そう言った。心海とて頭では理解しているのだが、自らを慕う民のため、何より理不尽な政策に対抗せねばならないのだ。例えファデュイが介入してこようと、その意思や信念を変えるつもりはない、とそういうことである。アガレスは目を細めて心海を見ると、
「好きにすると良い。どちらにせよ、『目狩り令』を止めるという目的の上で俺達は同士だ。何より、お前の立場ではそうするしか無いだろうからな」
そう言った。その目には先刻までの甘さや気さくさなどは一切感じず、アガレスと心海が初めて対面した際と同じかそれ以上の重みがあった。心海は決して動じずにわかっています、と返事をすると、旅人に向き直る。
「旅人さんには、少しお願いしたいことがありますので残っていただけますか?」
旅人達は心海の言葉に首肯くとアガレスを心配そうに見た。だがアガレスは旅人達に俺のことは気にしなくていい、とばかりに微笑みながら首肯くと、
「取り敢えず俺は独自にファデュイの動向を探ってみる。勿論、定期的に報告は入れるつもりだから安心してくれ。それと、俺に緊急で頼まねばならない案件がある時は旅人に言ってくれ」
そう言った。その言葉に心海も旅人達も首を傾げたのだが、アガレスは懐から一対の指輪を取り出して片方を旅人に渡すと、
「これは弾くことでリアルタイムで音声を対になっている指輪に伝えることのできる聖遺物の一種だ。現存しているだけで3対あるモノでこれはその内の一対だ」
補足しておくと聖遺物とは誰かの強い願いが込められ遺物となったモノであり、モノによっては様々な効果を付与してくれるものがあったりするのだが、この指輪はそう言った効果は特になく、ただ対になっている指輪同士で話せるというだけのものである。
アガレスによればこの指輪は『誰かと繋がっていたい』という心の底の渇望が具現化したモノのようだ。
「俺としてはこの世界のルーツに少し親近感のある旅人に興味があってな。この世界のことも聞きたいし、心海とも関わりがあるから丁度良いだろう」
アガレスは旅人に指輪を渡す理由をそう説明して旅人達を納得させると、
「それじゃあまたな」
とそう言って去って行くのだった。
今回長めになってしまいましたね…失敬失敬