蒼き空、紅き十字架の下で、彼女は子どもたちを集めていた。
「……そして、仮面ライダーは、ふたたびこの世界を救ったのです」
皆、いずれもこの『赤翼の会』の教会に拾われた孤児たちばかりだった。
そして、紅き法衣に身を包む彼女が紐解いて、語り聞かせているのは、この宗教団体の母体となった、ある英雄の事績。
絵本の体を成してこそいるものの、聖書教典の類である。
もはやかつての自分を含めて何度語り継がれてきたか分からない聖人の生涯をまとめ上げた後、擦り切れた本を閉じて、その少女と女性の間に在る年頃の求道女は掌を重ね合わせた。
「救世主はおっしゃいました。『人はいつ死ぬかわからない。だから、常にその覚悟を心に秘めていなければならない』と。そして彼は自らの言葉通り、自らの命を捧げて巨悪を打ち倒して世界を救ったのです。私たちもかけがえのない瞬間瞬間を大切にし、いつ果てても悔いの残らないよう努めを果たしましょう」
そう締めくくった彼女……
入口の辺りで、入って良いかどうか逡巡している、気弱げな青年の姿があった。
「融さん」
表情を綻ばせて彼の名を呼ぶと、何も気後れするようなことなどないだろうに、バツが悪そうにそろそろと頭を下げた。
そんな彼を礼拝堂の中へと招き入れると、長椅子におずおずと腰を下ろした。その様子に、知れず苦笑がこぼれた。
「別に、そんなに緊張することなんてありませんよ。ここは、貴方の家でもあるのですから」
「いやぁ、そうは言っても帰って来るのなんて久々で……こんな時でないと、中々機会とかないスから」
こんな時、というのは問わずとも深羽には察しがつく。
丸めていた背を伸ばし、融は
「仮面ライダーアンカーズ」
とまず新たな彼女の通名を出したうえで、
「就任、おめでとうございます」
大仰なほどに頭を下げた。
「これはどうもご丁寧に」
同じぐらい深々と首を垂れた彼女に、
「でも、正直言って驚いたス。まさかシスター深羽が、仮面ライダーとは」
自分でも、正直驚き、戸惑っている。いろいろと適性を考慮したうえでの他薦、というのが事前の説明だったが。
だが、心はすでに決している。
「大変なお役目ですけど、名誉なことですわ」
両掌を握り合わせて深羽は堂の中央正面に立った。
「我々にとって仮面ライダーは、救世主であり、神様ですから」
彼女が真摯に祈りを捧げる先、そこには信仰のシンボルがある。
三者三様の色とデザインで、猛禽猛獣昆虫が収められた、円陣。
「……ホントは、国が決めたことでもシスターに危ないコトなんてして欲しくはないけど」
独り呟く、青年を背にして。
ふと、外から聞こえてきた子どもたちの嬌声が、二人の意識を外へと向けさせた。
堂から出た彼女たちが見たもの、それは、一台のキッチンカーだった。
その車体にポップなロゴで『Big Bird Birthday』と描かれた、クリーム色の車体。その名の通り、バースデイソングと、そして甘いバニラなどの香りが漏れてくる。
子供たちは、それらに釣られて群がって、それぞれの手にカットされたケーキを渡され、食べていた。
「ちょちょちょ、ちょっと、あんた何勝手に売ってんスか!?」
慌てて融が駆け寄って苦情を呈するが、車の前でホールケーキを持った青年は、どこ吹く風と笑った。
「いやなに、今日は特別な日でな。プレゼントだよ」
店としての制服なのか。原色系で統一されたジャケットを羽織る彼は、歳格好は深羽や融とそう変わりがないようだ。そして、客商売とも思えない、不敵な面構えをしていた。
「せっかくのご好意ですけども、遠慮させていただきます」
深羽は前に進み出て言った。
「知らない人から貰ったものを、子供たちに食べさせるわけにはいきません」
「別にへんなモン入っちゃいねーよ」
と、自らも同じ皿から、その三色のケーキをフォークで縦に割り切り、口に運んで見せる。
その所作と、屈託のない表情から察してみるに、有害物のたぐいは杯っていなさそうだが、それでも承知はできない。
「それでも、これは頂けません」
いつになく強硬な態度に出るらしくなさに自身で戸惑いつつも、それでも深羽は言った。
「幼いうちからぜいたくをさせれば、魂は堕落します。持たざることの尊さ、何気ない日々の暮らしこそ天から与えられた祝福だと、きちんと教えなければなりません」
「教育の行き届いたことだな」
「……恐れ入ります」
「いやぁ、あんた自身のことさ……よくもまぁ、そこまで歪んだ思想を臆面もなく吐けるもんだ」
青年の声は、その顔立ちと、作っている
「たまの御馳走さえ腹いっぱい食わせてもらえないような人生を、いったい誰が祝福がある?」
その嘲笑に顔色を変えた修道女が、子たちから取り上げようとしたケーキの紙皿を、彼は押し留めていた。
負けじと引っ張ろうとしたところを、完全に奪い去られ、備え付けのテーブルの上へと戻した。
「さっきも言った通り、こいつはめでたい日の祝いの品だ。あんたの好きにしろ……ガキどもの目の前で捨てるなりなんなりな」
そしてさっさと店じまい。すでに空いた食器類などを自身もろとも、車に引き上げさせていく。
「めでたい一日って、なんなんスか?」
胡乱気な融の問いかけに、運転席に移った男は半身を乗り出して、にやりとして答えた。
「誕生日だ。この俺のな」
そして耳障りなバースデーソングを風に流しながらキッチンカー『BBB』は去っていった。
あとにしっかりと、祝いのケーキだけは残し置き。
「シスタァー」
未練そうに、子どもたちは深羽とケーキの間を見比べるように
当然、彼女とて人の仔だ。そんな視線を寄せられ、心が痛まないわけがない。
「だめです。神父様に怒られますよ」
だが心を鬼にしてでも、深羽は突っぱねる。その一方で、意固地になっている己自身に気が付く。
あの目の前に現れたケーキ屋の、横柄な言動のことごとくが、らしくもなく彼女の感情に奔らせる。
「ま、まぁまぁ。オレからも、センセーには後から上手く言っておきますんで。たまにはこういうサプライズも良いじゃないスか」
どちらも譲らない気配を察してか、深羽と子どもたちの間に、融が割り込んだ。
そのうえで、なお食い下がろうとする彼女にすばやく、
「それにもう会場に行かないと、ヤバイっす」
と耳打ちする。
そう、彼は何も就任祝いや世間話をしに来たわけではなかった。
今晩中央スタジアムで開かれる、仮面ライダーの発表会。
まさに当事者たる深羽を、そこへとエスコートするために遣わされたのだった。
もう一度、子供たちの縋る目付きを見た彼女は、
「……きちんと後片付けまで、お父様……いえ、先生がお帰りになるまでに済ませておくのですよ」
と言った。
自分の読み聞かせの時にはついぞ見かけなかった華やぐ表情と色めきだつ歓声の数々が、彼女の分厚い信仰で包まれた心を、ますますに波立たせるのだった。