クソみたいな能力持って転生したら周りが曇り出したんですが 作:性癖
眼を開けると、真っ青な空が果てもなく広がっていた。背中にゴワゴワとした感触がして、そこで自分が地面に寝っ転がっていることに気づき、体を起こしてゆっくりと立ち上がる。
どこからともなく吹いた冷たい風が頰を撫でる。草木の独特な匂いが鼻腔を刺激してきた。
「何処だ、ここ?」
俺───
自身の体を見回してみると、外傷はとくにないが身につけているのは服だけで他には何もない。
直近の記憶を探ろうとしたものの、いまいち判然としなかった。夢かとも考えが、草木の匂いや地面の感触はあまりにリアルすぎて、夢とは思えなかった。
「となると、ドッキリ?」
だが、自分は芸能人でもなんでもないし、森の中に放り出すなんてドッキリあるのだろうか。と言うか、それだと記憶について疑問が残る。
そこまで考えて、俺は一つの可能性に辿り着いた。
「転生ってことは……ないのか?」
口に出すのも恥ずかしいような荒唐無稽な考えだが、正直それ以外の可能性も同じぐらい薄いことも事実だ。それに、転生という行為にはあり得ないと思いながら少しばかり憧れを持っていたので、こんなまさにといった状況に置かれると期待してしまう。
突然、ガサガサという草木を分けて何かが動く音がした。その音はこちらへと近づいてきているようで、咄嗟に音がした方向へと首を向ける。同時に、1匹の獣が俺の前に飛び出してきた。
その獣は、一言で言うと角が生えた猪だった。茶色の毛並みで覆われた体から、異常に発達した純白の鋭利な角が2本横に並んで生えていた。
いわばテンプレと言えるモンスターの登場に、自分の予測に確信を持ちはじめる。しかし同時に、眼前の明確な脅威に対しての焦りが自分を支配していた。
凶暴さが溢れ出ている唸り声を上げたモンスターは、体を震わせた後、俺に向かってその角を向けて一直線に突進してきた。
回避しろと頭は訴えているのだが、体は指一本すら動いてくれない。アレに貫かれたら死ぬ、明確な死のイメージが頭の中に浮かんだ。
──死にたくない
なんとか、転生にはつきものである能力が覚醒してくれないかと願う。
しかし現実は無情だ。
「あ……」
悲鳴とも呼べない声にならない声と共に、2本の角は俺の胴体に深々と突き刺さった。
内臓が弾け飛ぶような感触がした。体が熱い。血がどくとくと流れていくのが分かって、ああ俺は死ぬんだなと理解する。
意識が暗闇へと落ちていく、深く、深く。何だか眠るような感じで、でもどうしようもなく悍ましくて。
──死にたくない
最期に思ったのは、どうしようもなく当たり前のことで。
今思えば、それが地獄の始まりだった。
次に目が覚めたのは、また森の中だった。今度はモンスターに襲われるようなことはなかったが、森を歩き回った末に食うものも見つからず餓死した。
次は海の上だった。何も出来ずに波にさらわれ溺れて死んだ。
次は砂漠だった。日照りに水分を奪われのたれ死んだ。
次は狂人が住み着く村だった。訳もわからず袋叩きにされて殺された。
次はモンスター達の巣の中だった。ありとあらゆる悍ましい異形達に食い散らかされた
次は──
繰り返すうちに、これが俺の能力なんだろうなと思った。なんてクソみたいな能力なんだ。
どれだけ繰り返したのかよく分からないが、実際にはそこまでではないだろう。けれど、大した人生も送ってこなかった俺にとっては永遠の時間のように感じた。
眼を開けた俺は、青い空と背中の感触からため息をついた。
「また森の中か」
視界いっぱいに広がる草木達は確かに、以前のものとは違うような気がするので、また別の場所なんだろうなということは分かる。
またあるかも分からない人里を求めて長い距離を空腹と痛みに耐えながら歩くことになるのか。今までのことを振り返ってげんなりする。
とは言っても、これはまだ全然マシな方だ。
もはや無意識に体が森の中を歩き始める。本来ならば、木に登って当たりを確認してみたり、色々とすべきなのだろうがそんな気力はなかった。
冷静な思考など出来ず、ただ足を前に動かすだけ。
───だけど、今回はいつもと決定的に違う点があった。
「人、か?」
木の根元に、誰かが蹲っているのが見えた。大きさ的に子供だろうか、特徴的な白い髪は長く伸びきって荒れていた。
心の中は興奮と歓喜で満たされた。人がいるということは、すなわち近くに人里がある可能性が高いということである。まあ、素性も知らない余所者が急にやってきた所で歓迎してくれるわけもないし、追い出される確率のほうが遥かに高いだろうが、ともかく希望が出てきたのだ。
あとは純粋に人という存在に飢えていた。人は人といないと生きていけないというのは真実のようで、感じていた精神的苦痛はそれによる物も大きかった。
すぐに歩み寄って声をかけようとしたが、その子供の体を見て思わず口をつぐむ。
手足は骨が浮き出ていて、何かの拍子にぽきり倒れてしまいそうだった。服もボロボロで、もはや布切れと言っていいぐらいだ。
そもそも子供が一人森の中にいるということ自体がおかしい。
「えっと、大丈夫かい?」
声をかけて見ると、少女らしき子供は顔をあげてこちらを見るが、返事はない。少女の目は子供には似つかわしくなく澱みきっており、負の感情がありありとみえる。
「……こんな所で1人でどうしたの? お母さんは?」
そう聞くと、少女の小さな口がゆっくりと開いた。
「いない」
ポツリと、それだけ零して少女はまた口をつぐんで、膝に顔をうずめる。声には、絶望を通り越して諦めのような感情が込められていた。
どうしていいか分からず、とりあえず落ち着かせようと少女へ手を伸ばすと───
「さわらないでッ!」
少女が突然森の中に響き渡るような声で叫んだ。少女の様子の急変に少しビクッとする。怯えさせてしまったのだろうか。
しかし少女はすぐにハッとしたような表情になって、顔に申し訳なさを滲ませた。
「ごめんなさい……でも、さわったらダメなの」
触ったらダメ? ……何か人にうつるタイプの病気を抱えているとかだろうか。少女の異常な反応と発言に対して出てきた疑問をそのまま口に出す。
「……理由を聞かせてくれるかな?」
「わたし、のろわれてるの」
───呪われている? この世界には呪いがあるのか?
「わたしにさわったら、みんなびょうきになっちゃう。のろいがみんなにうつっちゃうから。ちかくにいるだけでも、ずっといると……」
少女が話した内容は、人という生物の集団の中で迫害されるのに十分すぎるものだ。
少女の瞳に涙が滲んで、ポツリと地面に零れる。今まで、自分の中だけで抱え込んでいたものが、俺という話し相手の存在がきっかけで溢れ出したのだろう。
「だからっ、おかあさんはもうわたしは、ひぐっ、おかあさんのこどもじゃないんだって、いらないんだって」
「……」
何も言えない。いくら何度も死を繰り返したとしても、こんな幼く哀れな少女にかける言葉を俺は持ち合わせてはいなかった。
「だから、いいの。わたしはうまれてきちゃ、だめで……すてられるのもしかたないの」
そこで、少女の言葉がピタリと途切れた。
「でもっ、わたしもみんなみたいに、だれかと……っ!」
無数の涙の粒が零れ落ちていく。そしてその全ては、地面に吸い込まれて消えていく。多分、ここでいくら少女が泣いたところで、何も、何も変わりはしないのだろう。
けれどその涙は、ギリギリで正気を保っているような俺の精神を崖から突き落とすには十分だった。
頭ではおかしいと、どこか壊れていると理解していながら、俺は自分の体を止められなかった。
そして───俺は少女の体を思いっきり抱きしめた。
「え……?」
俺に抱きしめられているという現状を理解出来ていないのだろう。少女はしばしの間固まった後、暴れ出した。
「ダメっ! はなして! こんなことしたら、おにいちゃんが死んじゃう!」
少女は必死に俺を引き剥がそうとするが、子供の上にやせ細った体ではとても無理だろう。
そしてどうやら呪いは本物だったらしい。何か暗いものが肉体ではなく、精神を蝕んでいくような感覚がある。今まで幾度とない死の経験によって、無駄に研ぎ澄まされた勘が、このまま続けていたら間違いなく死んでしまうと告げていた。
───でも、それの何が悪いんだ?
だけど、どうせこのままじゃ二人とも死んでしまうだろう。捨てるに際して帰ってこれてしまうような近場には捨てないだろうし、生きて人里に辿り着ける可能性は僅かしかない。
それに触った相手に呪いが移って病気になるのなら、もしかしたら彼女自身の呪いは他人に移すことによって薄まる、なんてことはないだろうか。
まあ、大した根拠もないから何にもならず無駄死にする可能性は大いにある。
それでも、歩き回って飢え死にするなんて惨めな死に方より、一人の少女を抱きしめて死んだ方が、遥かにマシだ。呪いを消せたなら万々歳だし、そうでなかったとしても、少しぐらいはこの少女の救いにならないだろうか。
「やめて、やめてっ……やめてよお……」
命を投げ出す理由なんて、今の俺にとってはそれだけで十分だった。前世の擦り切れた感覚が狂っていると叫んで、もう幾何回も味わったあの感覚が近づいてくる。けれど、今までと違って全く恐怖はなかった。
ああ、これは意味のある死だ。人間らしい、本来あるべき形に今まで最も近い死だ。
どこか遠くから泣き声が聞こえる。俺の死ぬことに泣いてくれてるのだ。俺が死ぬことを悲しんでくれる人がいるのだ。
───ああ、幸せだ
この世界に来て、初めて笑えた気がした。
***
人里から遠く離れた、その地特有のものであるやや黒ずんだ草木が鬱蒼と生い茂る森の中で、一人の少女───リナの上に青年だった肉塊が覆いかぶさっていた。その目にすでに生気はなく、ただその唇は弧を描き顔には笑みを浮かべていた。
ずるり、と少女の体から青年の体がずり落ちて地面に横たわる。
「あ、ああ、あ……」
おそるおそる少女が青年の手に触れると、伝わってくるのはひんやりとした冷たさだけだった。
もう既に、少女の体を蝕んでいた呪いはどこかへ消えていた。人生で一番と言っていいほど体は軽かったが、心はその逆だった。
少女は訳がわからなかった、だが訳がわからなくても、自分がこの青年を殺したということだけは理解していた。どこかへ、と言ったが呪いがどうなったのかなんて決まっていて、それは消えたのではなく───
「うっ……」
そこまで考えると、突然吐き気を催して胃液が胃の底から込み上げてくるのを感じた。口に手を当てて押さえるが、吐き気が収まる気配はない。
───なんで
笑っていたのだ、青年は。このまま何も関係ない呪われた少女を抱きしめて死ぬことが、まるで幸せであるかのように。
───どうして
初めて抱きしめてくれたのだ。実の両親に触れられた記憶すら持っていないのに。
「温かったのに」
抱きしめてくれた彼の腕は、自分の心を溶かし切ってしまう程の温もりを持っていた。青年が何者なのか、どうしてこんな森にいるのか、どうして急に自分を抱きしめたのか、少女には全く分からなかった。そして彼の行動が、おかしなものであることも分かっていた。
でも、少女にはどうでもよかった。理由なんて、理屈なんて何でもよかったのだ。
「なのに……」
そこで少女は自分の体に何か不思議な力が流れていることに気がついた。目には見えない、だけど確かにそこにあって、大きな力を持っていると分かる。
───魔力
少女はその力の名前を知っていた。そしてその力を操る術の名前を。手のひらを自分の体に向けて、はるか昔に本で読んだその呪文を唱える。
「……ひーる」
その言葉とともに、体に流れる魔力が少し消えていく感覚があった。そして、手からはまばゆい緑色の光が溢れ、少女の体を包み込んだ。
少女は傷ついた身体が不可思議な力によって癒されていくのを感じた。ボロボロだった肌は透き通るような白に変化して、滑らかさを取り戻して、顔にも血色が戻り、身体中にあるアザも消えていった。
その効果を理解した途端、もしかしたら───と少女は一筋の細い希望に縋るように青年の亡骸へと両手を向けた。
「ひーる」
同じように両手から緑色の光が現れるものの、青年を包み込むことはない。少女は顔を苦渋に歪ませるものの、もう一度口を開く。
「っ、ひーる!」
結果は同じ。現れた緑色の光は虚しく辺りを照らすだけだ。
「ひーる! ひーる! ひーる!」
もはや何かに縋るように呪文を繰り返し続ける。光が宙に溶けていくたびに、少女の声は悲痛なものとなっていく。
「ひー……ぅう」
もう一度、と思ったがついに少女の口は途中で言葉を紡ぐのを辞めてしまう。代わりに少女の方からこぼれ出たのは嗚咽だった。
「やだ、やだやだやだ!」
涙を溢れさせて、彼の服を掴んで揺さぶりながら叫んだ少女の声は、無情に森の中へと消えていく。
やがてそんな声も聞こえなくなり、少女の啜り泣く音だけが森の中に淋しく響いていた。
────
ぽつりと、ぬめり気のある液体が頰に垂れた。その冷たさによって意識が現実に引き戻され、パチリと目を開けて身を起こした。
真っ先に目に飛び込んで来たのは、所々錆びついている鉄柵だった。今まで自分が寝転んでいた古びた石にはカビが生えている。
そして俺の両手には金属製の枷が嵌められていた。
ようやく寝ぼけていた頭が腫れてくると共に、どうして俺が牢屋に入れられているのか、昨日あったことを思い出してきた。
「……運があるんだかないんだか。流石に森の中よりはマシだろうけど」
ふと、前回の転移地点で出会った白髪の少女のことを思い出した。……比較的落ち着いた今思えば、あの時の俺は色々と狂っていたと我ながら思う。
あの少女からしてみれば触るなって忠告した男が急に抱き着いてきてそのまま死んだのだから……いや本当に悪い事したな。
そういえば俺が死んだ後、死体はどうなっているのだろうか。正直残っているとは思いたく無いけれど……
そんな事を考えていると、石畳に反響した甲高い足音が耳たぶを打った。そして鉄柵の前に、兵士と思わしき格好をしている右手に槍を握った一人の男が現れた。男は俺を警戒と侮蔑をありありと浮かべた目で一瞥し、一方的な命令を口にした。
「おい、アレン様がお呼びだ。さっさと立て。……まったく、なぜアレン様はこの様な得体の知れないものを……。拷問もせず処刑もせず、牢に入れておくだけとは……」
ぶつくさと俺の処遇に対して不満を漏らす兵士を横目に、取り敢えず足掻くだけ足掻いて出来る限り生き延びてやろうと、俺は小さな決意を固めた。
発掘された昔書いた小説の供養
続き? 知らんな