夜空に煌めけ、ヒーローアカデミア 作:月見月 月魅
最高峰の偏差値を誇る高校──雄英高校には、夜がいる。
夜という名の、夜という個性を持った子供のことだ。
十年ほど前、今では”暗黒の五分間”と呼ばれる大事件を起こした夜は、成り行きでミッドナイトに保護された。
しかし当時、まだヒーローとして現役だったミッドナイトに、今まで夜空としてしか生きてこなかった世間知らずの子供を育てるだけの時間は無かった。幸い、夜間だけとはいえ人類の営みを常に見ていた夜は赤子のように言葉も常識を知らないほど無知というわけでは無かったが、日中においては無知同然。
一般の施設に夜という個性を受け止められるはずがなく、日本各地を巡り最後に行き着いたのが、母校でもある雄英高校だった。
日々数百種の個性を導いてきた実績ある雄英ならば、夜そのものであろうと一人の人間として扱えるはずだと、校長自らが面談し受け入れた。
そして十年の時が経ち。
中学校卒業程度の道徳、倫理観をギリギリ、最低限、ヴィランにならない程度だが、まあ身に付けたと言えなくもない、と、全教職員、全校生徒のアンケートにより判断された夜は、今年度より正式に雄英の生徒として入学することになる。
とはいえ、十年間を雄英で過ごしたのだ。実力と学力なら折り紙付き。夜そのものという強大どころか偉大と評すべき個性はトップヒーローですら、天と地の関係だ。頂点──平和の象徴──オールマイトですら、手が届くかどうか。
そんな規格外のために、たったの四十しかない席の一つを潰すのは惜しい。合理的ではない。担任と校長の意見は珍しく完全に一致し、四十一個目の席が夜のために生み出された。
特待生。
特別待遇生徒。
特別扱いせざるを得ない生徒のための席。
実力と学力だけなら人類トップクラスである夜の扱いは、立ち位置は、生徒よりも教師に近くなるだろう。
新たに入学してくる四十人のヒーロー科生徒に立ちはだかる、人として超えるべき壁として。
英雄ならいつか超えねばならない苦難として。
「……わかってるんだろうな、おい」
全人類の中でも希少な、夜を真っ正面から叩きのめせる人材──抹消ヒーロー、イレイザーヘッド──相澤消太は、隣を歩く夜に言い含める。言外に込めた忠告も理解しているだろうに、しかし夜は真面目な大人を揶揄うかのように嘲笑う。
──うふふ。
──楽しみだなー。
──友達できるといいね、消太くん。
未だ原理不明のテレパシー能力は絶好調。雄英での十年間は夜を無口のままお喋りなキャラクターに変貌させた。
「それは俺のセリフだ。あと”相澤先生”と呼べ」
──僕は何も言っていないのだけどね。
──夜は静寂でこそ夜だよ。
今日は登校日初日。
相澤は職員室でミッドナイトに連れられてくる夜を預かり、共に教室へと向かっている。
例年であれば寝袋片手に、或いは寝袋に包まったまま廊下を歩いているところだが、今年だけは都合が違う。
担任する生徒の数が一人多いだけなら誤差の範疇だが、その一人が夜となっては話が違う。
一つ上の先輩の秘蔵っ子。卒業生達からは”雄英高校の秘密兵器”とも揶揄される夜が、今日から教え子となる。
責任重大どころの話ではない。うっかり何かがあっては、どこの誰だろうと責任を取ることはできないだろう。夜の言葉の中にだけ登場する、”朝”という人物が実在しない限り。
一人の生徒となる覚悟を問うてみたものの、覚悟を決めるべきは相澤の方だった。
──教師と生徒の仲は良好であるべきだと、僕は思うよ。
「そういうのはお前に任せるよ。俺には向いていない」
相澤とて、慕われていないわけではない。担任された卒業生の多くは、相澤を恩師としている。
しかしその関係性が友人関係かと問われれば、誰もが首を横に振るだろう。
対して夜は、学科を問わず多くの生徒達と交流を持っている。誰彼構わず全員と良好な仲とはお世辞にもいえないが、友達百人と富士山を登るくらいのことは容易にできるだろう。
夜は”夜”として育てられてしまった都合上、人として色々と欠けているが、それはそれとして交友関係に関しては相澤をはるかに上回っている。今や夜を知らないヒーローの方が少数派だ。
教室の扉の前までたどり着くと、相澤は夜の背を軽く押した。
夜風のように透き通るような黒髪を棚引かせて、夜は振り向く。
相澤は問われるまでもなく、らしくもなく、薄く笑って答えた。
「チャイムまであと三分。夜、友達作ってこい」
夜は意外なものを見たような目をさせて頷く。
──うふふ。
──知ってる? 消太くんって、実は女子人気は高いんだよ。
──そういうところをもっとオープンにすれば、選り取り見取りで両手に花も夢じゃないのに。
──あ、でも断ったんだっけ。
スマイルヒーロー、Ms.ジョーク。本名、
人類で唯一、夜に笑い声を出させた偉大なる英雄。
かつて相澤とは、助け助けられを繰り返す相思相愛の仲だったと、当時を見ていたわけでもないミッドナイトと夜は勝手に語る。
夜は懐かしい友人を思い出しながら、新たな環境へと一歩踏み出した。