愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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10羽 オウミの都市

 

 この世界に存在する停滞雲は極めて厄介かつ危険な存在だ。人が作り出した建築物をまるで空から釣り上げるように地面から引き抜き、その内に飲み込む。そしてある日突然、飲み込んだ建築物を降らせるのだ。

 

 上空から落下してくる建築物だった瓦礫は、所謂質量兵器のように地上へ降り注ぎ、そこに存在していたありとあらゆるもの破壊していく。その威力は内包した瓦礫の量によっては大量破壊兵器並みの被害を及ぼすこともある。

 

 停滞雲が建築物を飲み込む原理も法則もわからず、吐き出すタイミングも規則性も謎。停滞雲の大きさと降害の被害範囲は比例するため、停滞雲が大きければ逃げる事すら難しいという有様。

 

 だが、そんな停滞雲もカザヨミによる調査により、いくつかの事実が判明した。

 

 まず停滞雲は通常の雲と同じく空を自由に動くが、一度建築物を飲み込むとその動きは極端に鈍る。台風のように動きながら地上を破壊することは無いということだ。

 

 また停滞雲は一度"降害"を起こすと消滅するか薄まり、今後その停滞雲によって降害が発生する可能性はかなり低くなる。

 

 そういった情報の拡散によって人的被害はギリギリで抑えられている。とはいえ消滅した停滞雲跡には別の停滞雲が入り込むし、薄くなった停滞雲は他の停滞雲に吸収され、さらに巨大な停滞雲が発生するのが常であるため、停滞雲消滅によって安全地帯などは新たに生まれることは無い。

 

 

 結局この世界に唯一存在する、停滞雲が寄り付かず発生することのない場所。そんな恒久的安全地帯である都市こそが、人類が心穏やかに過ごすことのできる唯一の地域なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かつてこの国で最も面積の広い湖を内包した土地であった地域は、他の地域と変わらず停滞雲に覆われ、ありとあらゆるものが破壊されていた。人の住む街は降り注ぐ瓦礫で(なら)され、ビルのたぐいは引き抜かれて湖の真ん中に突き刺さっていた。

 

 だがそんな中で唯一、街としての形を保っている場所が存在していた。いや、街よりもさらに人と建築物が密集した場所といった方がいいだろうか。周囲を荒れ果てた土地に囲まれながらもその土地だけはいくつもの高層ビルが立ち並び、整備された交通網が広がっている。

 

 それこそが、人類が唯一繁栄を許された空間、"都市"だ。

 

 あまりにも周囲の荒れ地とのギャップがすさまじく、まるで砂漠に浮かぶ蜃気楼のごとく存在する近代的大都市は、人々の希望であると同時に選ばれた人間しか住まうことの出来ない絶対的な格差の象徴でもあった。

 

 街をぐるりと囲む高い壁は外部からの不法侵入を防ぎ、内部の人間には荒廃した世界を見せないための目隠しとして機能している。立ち並ぶビルの隙間からはビル風が吹き、それを利用した風力発電の風車が並ぶ。ビルの側面や屋上、屋根には所狭しと太陽光発電のためのソーラーパネルが設置され、停滞雲の妨害を考えずに太陽の光を余すところなく受け取っていた。

 

 太陽の光は昼と夜とを明確に分け、人々は日の出と共に活動し、日の入りとともに体を休めるという古来より続く生活習慣を続けている。住まうための家が与えられ、食事はもちろん、希少なはずの嗜好品も手に入れられる。命の危機から解放された人々は都市での恵まれた生活を堪能し、それこそが当たり前なのだと自身の特別待遇を当然のものと考えていた。

 

 都市は活気があり、世界が崩壊したというのにかつての生活が今も営まれていた。

 

 

「うえ~これマジだりぃ~……なんでワタシだけ……」

 

「先週の飛行訓練でC判定食らってその言い草は無いよアンタ」

 

 二人の女性が都市の道を歩いている。一人は気怠そうに肩を落とし、手にした携帯端末を見て愚痴をこぼす。茶色い髪をなびかせ、若干低い声には苛立ちが含まれている。

 

 そして、その背中には茶色い翼。

 

 そんな女性の隣を歩くのは同年代らしき女性だった。黒髪に銀色のピアス、目線は携帯端末に釘付けで、茶色い髪の女性の愚痴をめんどくさそうに受け流している。

 

 そして、その背中には黒い翼。

 

 二人の女性はこの都市で最も尊い存在と言われている、カザヨミだった。

 

「はあ~? てか、訓練なんてしなくても全然余裕なんだけど~? ウチ、カザヨミよ? それだけで勝ち組なんだけど」

 

「総合能力判定で一番下の"四級"のくせによくそこまで言えるわね」

 

「オマエだって"三級"程度じゃねーか!」

 

「少なくともアンタより上よ。敬語使えば?」

 

「うるせー! いっこしか違わねーだろ!」

 

 アスファルトで舗装された道路を車が行き交う。交差点で信号待ちをする車が数台並ぶ程度に交通量は多い。路側帯のむこう、街路樹に挟まれた先にある歩道では様々な人間がこれまた行き交い賑わっていた。

 

 歩道に隣接する建物はそのほとんどが何かしらの店舗として機能している。服、靴、カバン……若者に人気の高級ブランドの店と、SNSで話題になっている飲食店が軒を連ね、そのどれもが活気に満ちている。

 

 そして、そんな人々の中には、ちらほらとカザヨミの証である翼を持つ者たちの姿も見える。

 

 人々はカザヨミの姿を見るや、その姿に思わず視線を向け羨望の眼差しを送る。人ごみの中でもカザヨミの進行方向は人が避けて通り、誰もがカザヨミに好意的な様子だった。

 

「……まったくよ~この視線マジでうぜーよな~」

 

 茶色い髪の女性はそうつぶやくが、声音は気分よさそうに弾んでいる。口角が上がり、満足そうな表情は隠しきれていない。

 本来ならばカザヨミの意思で体の内側に収納できる翼を、まるで自身がカザヨミだと誇示するように発現させたままにしている彼女たちは、その視線に優越感をにじませる。

 

「まあ、仕方ないんじゃない? 私たちのおかげでコイツら暮らせてるようなもんだし」

 

 黒髪の女性は声を抑えることなく、周囲の人間に聞こえる程度の声量でそんな事を言う。だが、周囲の人々はその言葉に反論することは無い。この都市に住まう、権力も資産も無い一般人はそのほとんどがカザヨミ関連の特例で住まわせてもらっているに過ぎない。故に彼女の言葉は嘘偽りない真実であり、反論することはできない。

 

 そもそもとしてカザヨミに真っ向から意見を述べる事のできる一般人など都市には居ない。誰もかれもがカザヨミのご機嫌を損ねないように、今の生活を手放さないようにと生きているのだから。

 

「とにかくアンタ、Cはまずいから何とかしなさいよ。私でもBはとってるわよ」

 

「わーったよ。……ツグミ先輩に声かけるかぁ」

 

「……マジ? 二級の先輩に訓練見てもらうつもり? 四級のアンタが?」

 

「だいじょーぶだって、ツグミ先輩もかわいい後輩の頼みなら断らないって! それに言うじゃん? "カザヨミは自由に生きる事こそが重要"だって」

 

「はあ、またアンタは都合の良い言葉だけは覚えてんのね」

 

「いいだろ? 説得力があって。なんせあの有名な"ツバメ"の名言なんだからよ」

 

 

 この世界に停滞雲が現れ、カザヨミが発現してから数十年が経とうとしていた。停滞雲は当時から変わらず瓦礫を降らせる凶悪な災害として存在し、カザヨミはまだ技術も知識も蓄積される前の発展途上だった。

 

 カザヨミに飛び方を教える先人などおらず、法的整備もままならない時代。彼女らが活動するにはあまりにも窮屈で、危険な環境だった。

 

 そんな当時、突然カザヨミたちの中から藍黒色の翼を持つ、ツバメと名乗るカザヨミが躍り出た。当時のカザヨミたちの中でも隔絶した飛行能力を有しており、まだまだ不足していたカザヨミの飛行技術の開拓や飛行訓練の手法の開発、そして停滞雲の調査などあらゆる面で活躍を見せた。

 

 カザヨミの飛行能力を区分した四級から一級までのランクの上に、"特級"と呼ばれる区分が追加されたのも、このツバメと呼ばれたカザヨミの存在が大きく関係している。

 

 ツバメはカザヨミ黎明期においてカザヨミたちを先導した偉大なる存在、"始まりのカザヨミ"や"カザヨミの始祖"などと呼ばれていた。彼女はいくつもの資料を残し、それらが現在のカザヨミ育成の礎となり、停滞雲内での飛行方法を確立させた。

 

 だが、それらの偉業を残したツバメは、ある時を境にその姿を消した。

 

 カザヨミを利用しようとする権力者間の争いに巻き込まれたとか、育ってきたカザヨミたちを見て自身の役目は終わったと自ら現場を退いたとなど様々な噂が流れた。

 停滞雲に飲み込まれ、死んだという説が最も有力だが、彼女が今もどこかで空を飛び回っているのではとも噂されている。

 

 現在のカザヨミはそんなツバメを教科書の中でしか知らない。偉大な先人ではあるが、それがどれほどの存在だったのかは分からない者の方が多い。

 

「てか、ツバメってホントに居たワケ? どうせ都市がバラまいた嘘じゃないの?」

 

「あー、かもな。ウチと同じ四級でもツバメに憧れてる頭わりー奴らばっかだし」

 

「アンタもその頭悪い一人なの分かってる? 四級さん」

 

「うるっせ! ……でもよぉ、マジで居たのかね? ツバメ」

 

「……さあね。ツバメは都市にも所属してなかったらしいし、住んでた街は丸ごと空の上らしいからなんも分かんないわ」

 

「やっぱ作り話じゃねーの?」

 

「知らないわよそんなの。それよりアンタは飛行訓練の成績を何とかする方が先でしょ」

 

「わかってるって!」

 

「それと先週やった空路調査、レポート提出期限明日までよ」

 

「わかってるって!! あーあ……授業にテストにレポート、マジ空飛んでるだけでいてー」

 

「三級になったらそれに加えて空路の維持と新規空路の開拓もしないといけないのよ? ほんと疲れるわ」

 

 互いにやれやれ、と首を振る彼女たちは、怠い話題を打ち切るように携帯端末に視線を落とし、適当な話題を頭の中に入れていく。端末に映る映像と文字を眺め、たわいもない会話を続けていく。

 

 カザヨミとしての苦労を語っていた二人の様子に、周囲の人々は尊敬やら労りの視線を向け、自身の生活を支えてくれている存在に心の中で感謝する。

 

 だが、そんな苦労も死の危険から遠く離れた場所だからこそ実感できる。彼女たちは、自分たちが恵まれていることに気が付いていない。

 

「ほら、早く帰るわよ。あまり遊びまわってたら先生に怒られるわ」

 

「うえー……なあレポート手伝ってくんね?」

 

「さっき三級になったらやること増えるって言ったの聞いてなかった? 手伝う余裕なんてないわ」

 

「ちぇ」

 

 カザヨミの二人はそのまま人々が賑わう道を抜け、人通りの少ない道を歩いていく。都市は選ばれた人間が住まう特別な土地であるだけでなく、カザヨミが快適に、かつカザヨミとしての技術を磨くための施設がいくつも建てられている。

 

 中でもこのオウミの都市は広大な湖という建築物の存在しない平坦な土地を利用した、カザヨミのための飛行訓練場として他の都市よりもカザヨミの出入りが激しい。とはいえ訓練目的のカザヨミが大多数なのでオウミの都市に所属するカザヨミの練度自体はそれほど高くなく、ほとんどが三級や四級といった主力よりも一歩劣るカザヨミたちばかり。カザヨミとしての意識も先の女性二人と同じ程度だ。

 

 

 カザヨミの翼を見せつければ周囲の人間は何もしなくても自身を尊敬の眼差しで見つめ、羨望を向ける。交通機関は格安で利用できるし、買い物をすればタダ同然で手に入れられる。住む場所の家賃も気にしなくていい。

 

 だが、そんな恩恵もカザヨミが背負うべき義務があるからこそ享受できる。

 

 

 

 空の上の、最も死に近い場所で活動することを求められるのが、カザヨミなのだ。

 

 

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