愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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15羽 飛行訓練

 

 この世界は進歩した科学技術によって発展した社会を構成していた。事故から人体を守る最新機器や新技術による難病の治療法などを確立させたことで人口は爆発的増加傾向をたどり、それは有限なエネルギー資源の枯渇をも加速させた。

 

 人類は資源の枯渇を悟り、新たなるエネルギーを模索し始める。太陽光や風力、地熱や水力といった再生可能エネルギーの研究はもちろん、既存の資源を新たなる形にして再利用する方法や全く新しい資源の捜索を行ったりと、とにかくあらゆる方法を用いて石油や石炭の代替となりうる資源を探し始めた。

 

 そうして人類が見つけ出したのは、地球外の探査衛星が火星より持ち帰ったとある物質だった。

 

 その物質は基本的に気体として存在するのではないか、と予想されている。……というのも、人類はこの物質が気体状態となった場合の観測方法を確立させていない。人類がこの物質が"ここにある"と認識する事ができたのは探査衛星が持ち帰ったものが固体として存在し、触れることができたからだ。

 

 さらには探査衛星に備わっていたカメラによって物体が採取される場面が鮮明に映し出されていた。火星で採取した時と地球に持ち帰られた時とで物質の量が明らかに異なっていたことでこの物質は空気に溶ける、気体化すると仮定されたわけだ。

 

 研究者はこの物質をあらゆる方向から調べ上げ、その特性や性質を知ろうと躍起になっが、物質について判明したことはあまりにも少なかった。

 

 分かったことといえば、物質は石油や石炭のようにエネルギーとして容易に利用できる事。火星での探査衛星による簡易的な実験によってその物質がエネルギーとして利用できる可能性は示唆されていたが、その効率は石油や石炭といった化石燃料以上のものだった。

 炎にくべれば燃料として燃え続け、電気ならば蓄電し、放出する電気エネルギーはほぼロス無く取り出せるという。

 

 専門家はこのエネルギー保存の法則を無視したように見える物体の正体を解明できなかった。気体化したこれを人類が観測できないのと同様に、人類が観測できていない相応のエネルギーが物体内に蓄積している説や、周囲のエネルギーをため込んでいる説などが提唱されたが、結局検証する術もなく、仮説の域に留まった。

 

 だが、まるでエネルギーがその場に留まり続け、通常よりも緩やかに消費されていくように見える事から専門家はこの固体を"停滞結晶"と呼び、気体化した観測できない状態のものを第五元素から"エーテル"と名付けた。

 

 

 

 ……つまりは、名残りなのだ。この世界の空がエーテルにより汚染され、停滞結晶が含まれた異常な雲を停滞雲と呼ぶのは。

 

 人類はエーテルによってその人口を大きく減らし、発展を止めた。本来の想定とはかけ離れた方法ながら、人類は新たに見つけた新資源によって皮肉にもエネルギーの枯渇問題を解消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラコとユナは団地の屋上で互いの想いを確認し合い、そして一つの結論を出した。

 ユナはカザヨミとして力を発現させたが、都市には報告しない。クラコと共に都市外で暮らす選択をした。都市で生活しなくても、今の生活で十分だからと。

 

 とはいえ都市にカザヨミが集まっているのは特権だけが理由ではないのはカザヨミ関連の本などにも書かれている事で、カザヨミが万全の状態で飛行できる為の設備や機能が備わっているのが都市なのだ。

 彼女たちが満足して生活できるための施設や娯楽が十分に揃い、あらゆる要望に応えられるようにできている。

 

 その中にはカザヨミが翼の発現によって蓄積させるストレスに対する解消手段についても備わっていた。

 

 カザヨミはある程度翼の手入れをしなければならない。翼はカザヨミの体の一部であり、本来はカザヨミの内にしまい込まれている器官である。そのため翼を露出させている状況はカザヨミに無意識のストレスがかかっている。

 

 手入れとは翼の汚れやゴミを取り除き、労わってやることでカザヨミのストレスを軽減させてやる行為なのだ。

 

 それならば翼を出さなければいいのでは? と思うかもしれないが、カザヨミにとって空を飛ぶという行為は己の存在意義を示すための手段であり、飛ぶ事はカザヨミにとって何より重要なのだ。そのうえユナは高い能力を持つカザヨミ特有の"飛行欲"がある。飛べないという状況はユナにとって何よりもストレスとなるだろう。それこそ、翼を発現させるよりも。

 

「えーと、つまりまとめるとユナには空を飛ぶ訓練をしてもらうことになるわ。飛行欲を解消するには空を飛ぶのが一番らしいから。翼の手入れは後で私と一緒に覚えましょう?」

 

「うんっ!」

 

 現在二人は良く晴れた団地の屋上に居た。晴れたといっても停滞雲により薄暗いが、それでもここ数日で最も良い天候であることに変わりはない。

 ユナは青灰色の翼を大きく開き、停滞雲の隙間から漏れる太陽の光をめいいっぱい受けるように伸びをする。その隣でクラコはいくつかの書籍のページをペラペラとめくりながら話を続けている。

 

「でも、くんれんって、何をするの?」

 

 ユナは小さく体を跳躍させる。すると無意識に翼が動き、通常よりも少しだけ長い滞空時間を味わう事ができるようでユナはその感覚が面白いらしく、しきりにぴょんぴょんと体を跳ねさせ体が浮く感覚を楽しんでいた。

 

「カザヨミの飛行には大きく二種類があるみたいね。……一番簡単で、基礎的な飛行方法から練習していきましょう」

 

「はーい!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねるままにユナはクラコの胸へと飛び込む。それをクラコは事も無げに片手で迎え入れ、そのまま抱きしめるがもう片方の手にはカザヨミに関する書籍が収まったままで、クラコの目線は本に向いたままだ。

 

「……むう」

 

「こら、すねないの。しっかり準備しないと危ないかもしれないでしょう?」

 

 今までのユナはどこかクラコに遠慮しているところがあった。信頼はしているが、それ故に信頼を損なえば捨てられるかもしれないという思いがユナの中にあったのかもしれない。クラコとしてはユナがどうであろうと今更見捨てる選択肢は無かったし、これまでが大人しすぎたとさえ感じていたが。

 

 とにかく、ユナはカザヨミとして発現し胸の内をクラコへと吐き出したことで枷が外れた。叔母と暮らしていた時間も含めて、これまで甘えられなかった分を取り戻すかのようにクラコにべったりくっつくようになったのだ。

 

 家の中でクラコが仕事をしているときはその背中にもたれかかったり、買い物のときは手を繋いで一緒に。お風呂は少し恥ずかしいが共に入り、寝るときはもちろん同じベッドで。

 

 ここ最近はそんな生活が続いていた。クラコとしてもようやくユナが年相応の姿を見せてくれたことが嬉しく、ちょくちょく甘やかしてしまう。

 

 だがカザヨミの飛行訓練のときだけはその甘さを引っ込めるつもりだった。ただの人であるクラコにはカザヨミが空を飛ぶという行為の危険性がどれほどのものか正確に理解するのは難しいが、それでもかつて存在していた飛行機という乗り物を操縦するには膨大な訓練時間が必要とされていたらしいので、カザヨミも相応に真面目な訓練が必要だろうとクラコは考えていた。

 

「それじゃあまずは……翼を動かす訓練からしてみましょうか"ホバリング"ってヤツから」

 

「うん! わかった!」

 

 カザヨミの飛行技術は大きく分けて二種類に分類される。それぞれに異なる技術が必要であり、それらをバランスよく習得することがカザヨミの飛行には重要と言われている。都市に存在する訓練所でも三級までのカザヨミは二種を平均的に鍛える訓練が行われている。

 

 そんな二種の飛行技術の中でもカザヨミの持つ翼の動きが重要となってくるのが"ホバリング"と呼ばれる技術だ。ホバリングは翼の羽ばたきを一定に保ち、体をその空間に留まらせる技術だ。翼そのものの動かし方だけでその場に浮く事ができるこの技術だが、実はなかなかに難しい。

 

 そもそもカザヨミとして発現した少女たちはそれまで翼など持っていなかったし、当然動かし方などわかるはずもない。そのため翼を自在に動かすというのは発現したてのカザヨミにとってかなり難易度が高い。慣れてくれば簡単にできるようになるが、その慣れとはつまり翼を四肢と同等のレベルで扱えるようにならなければいけないということだ。

 

 逆に言えばホバリングさえ上達すれば翼の扱いについては問題ないと判断され、一段階上の技術習得へと進むことが許される。

 

 そんな新人カザヨミが避けて通れないホバリング技術の習得だが……。

 

「クラコさん、こんな感じでいいかな……?」

 

「あー……えーと、うん。いいんじゃないかしら……?」

 

 ユナは翼を動かし、クラコと視線が合うちょうどのところまで浮かび上がり、そこで静止した。

 

 空中でなんの補助もなく、まるで見えない足場にでも乗っているのかと思うほどにユナの体は空中に固定されていた。その代わりユナの青灰色の翼は上下にゆったりと動き、それがユナの体をその場に留めているのだと理解できた。

 

 ハチドリなどを代表とする鳥類のホバリングは羽を高速で動かし無理やりその場に留まる飛行方法だが、カザヨミのホバリングは今ユナが行っているような緩慢な翼の動かし方でもホバリングとして成立する。

 カザヨミの翼は鳥を模してはいるが、その性質は全くの別物とされているのだ。かつては鳥の飛行方法を真似た訓練なども試行されていたらしいが、今ではカザヨミ独自の訓練方法が採用されている。

 

 そのような特殊性も相まって上手く飛行のイメージができない者も多く、カザヨミのホバリング飛行において完全にその場で静止するほどのレベルに至った者はほとんどいない。発現したての新人カザヨミならなおさらだ。

 

 だがユナはこのホバリング技術をなんと感覚だけで完璧なレベルで身につけてしまった。

 

「まあ、そうよね……発現したばかりの状態でここまで飛んできたんだもの……これくらい、普通……よね?」

 

 ユナはカザヨミとして発現した直後に店長の居る店から団地の屋上まで飛行して帰ってきた実績がある、才能のあるカザヨミならばそんなこともできるのだろう。そうやってクラコは無理やり自身の中で納得し、動揺する事もなかった。

 

 加えてクラコがカザヨミの飛行技術習得にかかる日数に関して詳しくなかったというのもある。もしも発現した瞬間に飛行した事や、今の完璧に近いホバリングを行うユナの姿をカザヨミ訓練所の人間が知ればあまりの事にショックで昏倒するのではないかというほどなのだが。

 

「ねぇクラコさん。今日はこれでおしまい?」

 

「そうね……本当は翼の動かし方から練習するはずだったんだけど……」

 

「?」

 

 ちらりとクラコがユナを見れば、ユナは首をかしげて頭にクエスチョンマークを浮かべている。何を思ったか浮かんだままユナはその場で体を丸めてみたり、体をくるくると回転させてみたりと器用に翼を動かして見せる。もちろんその間ユナの位置はそこからほとんど動いていない。

 

「ねえねえクラコさん、次もやってみたい!」

 

「うーん……そうねぇ」

 

 しばらく浮かんでいたユナは元気よく次の飛び方をクラコへ要求する。素人なクラコから見てもユナはすでに次のステップに進んでも良いと思える才能があった。とはいえカザヨミに対する飛行訓練を行った経験などもちろん無いので、クラコはすぐに許可することに悩む。

 

 そんなクラコの様子に唇を尖らせるユナは、クラコの許可を待たずに空へ向かって翼を羽ばたかせた。

 

「!? こらユナ!」

 

「大丈夫だよ! このくらいなら飛べるもん!」

 

 クラコの背の高さ程度まで飛び上がったユナは得意げにそう返す。雲の中を飛ぶカザヨミたちから見れば確かにそれほど危険とは思えない高さだろう。だが、二人が飛行訓練を行っているのは団地の屋上だ。その事実を考慮すれば、ユナはおよそ団地六階分相当の高さにいることになる。地上で数メートル浮くのとは環境が違う。

 

「ほら! こうやって飛べば……!?」

 

「ユナっ!?」

 

 ユナがそのまま翼を羽ばたかせた瞬間、屋上に吹く風にあおられてユナの体が大きく揺れる。慌てて翼を動かしバランスを取ろうとするが、焦っているユナは思うように動かすことができず、そのまま緩やかに降下してゆく。

 

 慌ててクラコはユナを受け止める。翼を含めても軽すぎるユナを受け止めるのはクラコにとってそれほど難しいことでは無く、問題なくユナはクラコの腕の中に収まった。

 

 クラコはユナの体温を感じ、そこで安堵に息を吐く。もしもあおられた風がもっと強いものだったのなら、ユナの体は屋上から遠いところまで吹き飛ばされ、バランスを崩して六階分の高さから……。

 

 そこまで想像してクラコはユナの体を強く抱く。

 

「……次の訓練は下でやりましょうか……」

 

「うん……」

 

 その提案にユナも小さく頷くのだった。

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