愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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17羽 バードウォッチ

 

 ユナは翼を力いっぱい羽ばたかせ空へと飛び出した。足で地面を蹴り上げ、勢いのまま翼をはためかせることで重力より脱したユナの体はそのまま上昇していくが、ある程度のところで器用に翼を広げて風を受け止め、スピードを落とす。あとは得意のホバリングでその場に留まり眼下のクラコへと手を振る。

 

「クラコさーん! できた!」

 

「すごいじゃないユナ!」

 

 思わずクラコも拍手しながら降下してくるユナを受け止める。二人は団地の近くの公園で飛行訓練を続けていた。ユナとクラコが出会った公園はほとんど人が訪れる事がなく、いたとしてもすぐに通り過ぎて公園の中まで入ってくることはない。そのためここは訓練をするには最適な場所といえた。

 

 ユナは気にしていない様子だったが、クラコはできるだけユナの翼が人目につかないように気を付けていた。都市外に住む人間はカザヨミに対して良くない感情を持つ者も多い。都市のカザヨミがやりたい放題しているためそれがカザヨミ全体のイメージとして定着しており、最初に団地の屋上で訓練を行っていたのもそれが理由だ。

 

「どんな感じなの? 風を感じるって」

 

「ええと……肌に当たる? さわさわ~って通り抜けるのを見るかんじ、かなー?」

 

「おおう、感覚派」

 

 カザヨミ飛行技術のうちホバリングを完璧に近い形で習得したユナは次の技術の訓練を始めていた。二種類あるカザヨミの飛行技術のうち、長距離飛行において重要視されている技術であるそれは、風を感じ利用する技術だ。

 

 カザヨミが飛行する高度には様々な要因から"気流"が形成されている。地上の地形……例えば山岳地帯より昇ってくる上昇気流や降りる下降気流。時間の関係……例えば陸から海へと向かって吹く陸風や反対に海から吹く海風などなど、そういった多種多様な風の流れを読み、それらの気流に乗ることでカザヨミは翼の動きを最小限に抑え、体力を温存しながら遠方まで飛行する事ができる。

 

 逆に言うと風に乗ることができなければ長距離飛行は難しく、向かい風にぶつかれば前に進むことすら危うくなり、上昇気流や下降気流に不意に巻き込まれれば最悪の場合墜落する事すらある。

 

 カザヨミにとって必須とも思える技術だが、習得するには感覚的なものが必要であり、実際に場数を踏んでいかなければ身につかない厄介な技術だ。この技術は鳥類の飛行方法より"ソアリング"と呼ばれている。

 

「翼の調子はどう? 痛まない? 違和感とかは」

 

「大丈夫だよ! 風に当たって気持ちいーよ?」

 

 ユナは数メートル程度地面から離れた場所で風を捕まえて自由に飛んでいる。その姿はまさに鳥のような自由さを手に入れた熟練のカザヨミのそれだ。だがカザヨミという存在についての知識を、遠目に見た姿と書籍とネットでしか知らないクラコにはその"気流もほぼ発生していない超低空でソアリングを実行する"という超絶技巧に気が付かない。

 

 本来カザヨミのソアリングは強い気流の発生する上空や地上で上昇気流の力を用いるのが一般的だ。気流に乗るので気流の流れから逸れると当然ソアリングができなくなり、自力飛行になる。

 だがユナは地上に吹くほんのわずかなそよ風すら気流と捉え、乗ってしまった。風の流れを肌で感じ、流れに翼を添わせるように動かすことで本来ありえないほどの低空でのソアリングを可能としていた。

 

 さらにユナの驚くべきところは乗る風を選別し、自由に乗り換える事ができるところにある。大きな気流もわずかなそよ風も、ユナに取っては同価値であり、どれも利用できる空の道なのだ。

 

 そのため大きな気流に惑わされる事もなく、気流から逸れても近くにある弱い気流に乗り換え、継続的なソアリングを実施することができる。極端に言えば、ユナは地上から離脱する際の羽ばたきを除けば、一切翼を動かす事もなく長距離飛行が可能なのだ。

 だが、クラコはそんな極めて異常な技術を駆使してユナが飛んでいるとは考えておらず、ユナもあっさりとやってのけたものだから凄い技術だとは認識していない。

 

 都市から離れた朽ちかけの団地の近くで、都市の上級カザヨミすら愕然とするようなカザヨミが生まれようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 飛行訓練から帰ってきたクラコとユナは先日と同じように締め切った寝室で羽繕いを行っていた。最初、羽繕いにはいろいろと汚れを洗い流せる浴室などがいいのではと考えていたクラコだが、浴室は狭く翼を広げるほどの広さはなかった。次の候補だったリビングは確かに広さは十分だったが、窓が大きくカザヨミ姿のユナが外に見えてしまう可能性があった。窓のカーテンも薄いものしかなく、見ようと思えば見えてしまう。

 

 結局それなりの広さがあり、遮光カーテンのある寝室で行うことになったわけだが、もしかしたらこれは失敗だったかもとクラコは後悔し始めていた。

 

 羽繕いと聞くだけで顔を赤く染め、ベッドに腰掛けるクラコの前でためらいながら服を脱ぐユナ……これは通報されても弁解できない。

 

 通報されても都市外まで警察がやってくることなんて無いのだが、それでもクラコは自身がいけない事をしているような気分になってしまい、潤んだユナの瞳を見るたびに罪悪感が湧き出てくる。

 

 まあ、そんな罪悪感もユナのかわいらしい声を聴くと全て吹き飛んでしまうダメな大人がクラコなわけだが。

 

「はい、おしまい。よく頑張ったわね」

 

「はぅ……あぅ……ありがとうございました……」

 

 まだ荒いままの呼吸を整えるように息を吐き、何故か敬語でお礼を言うユナの頭を一度撫で、汗でしっとりとしている前髪をかき分けて胡乱な暗褐色の瞳と視線を合わせる。

 

「少し休んでいなさい。初めてソアリングの訓練をしたんだもの、きっと思った以上に疲れてるのよ」

 

「うん……そう、する」

 

 実際には飛ぶことではなく羽繕いのせいで息が荒いのだが、それを訴えるほどの元気はユナになかった。

 

 クラコはリビングに戻り、夕飯の準備を始める。先日と同じならば夕飯ができるくらいにユナも復活しているだろう。いくつか冷凍庫の作り置きを取り出し、店長の店から購入した野菜とバラ肉を取り出していく。

 

「久しぶりにお魚食べたいな……。店長も生は難しいって言ってたけど、干物あたりなら何とかなるかな」

 

 鼻歌交じりに冷凍ものをまとめて電子レンジに突っ込み、解凍モードのボタンを押す。野菜と肉は適当に切っておけばいい。

 

 そこまで料理の工程を終わらせ、あとは解凍されるのを待つだけとなったタイミングで、クラコはふと思い出したようにパソコンの前に座った。

 

「そういえばBW(バードウォッチ)ってカザヨミも動画の投稿してたっけ……」

 

 この世界で最も有名で、最も利用者数の多い動画投稿サイトBW。かつては一般投稿者ばかりだったサイトはカザヨミの参入によって利用者数を数倍に伸ばし、現在の規模を実現させた。投稿者は様々な技術や知識を惜しみなく披露し、チャンネルの登録者数を伸ばしていく。そしてそれは動画投稿を行っているカザヨミも例外ではなかった。

 

 もしかしたらユナの服を作る際の参考になるかもしれないと、クラコはBWにアクセスし、とりあえずオウミの都市の公式チャンネルを覗く。チャンネルのトップには所属しているカザヨミの自己紹介動画が貼り付けられており、まるでアイドルのような印象を与えた。

 実際にこの世界においてカザヨミは各都市間を繋ぐ生命線であり、希望そのものと言ってもいい。人々から称賛される存在であり、かわいらしい見た目も相まってアイドル扱いされるのも仕方がないだろう。都市もそれを分かっていてそのような動画を投稿しているのかもしれない。

 

「ええと……うーん、やっぱり服の作り方なんて投稿されるわけないわよね……。あ、この動画の子、ユナと同じくらい? 新人のカザヨミの動画ね……」

 

 公式のチャンネルをチラ見した後は関連動画一覧に並ぶ動画サムネイルを流し見しながら適当に動画を見ていく。ユナの服のアイデアになればという思いや、ユナと都市所属のカザヨミとがどのくらい違うのかを知りたいという思いもあった。

 

 だがBWに投稿されている動画は娯楽関係のものがほとんどで、確かに高等技術を紹介するような専門動画も存在してはいるが、その数も再生数もそこそこの域にとどまっている。

 都市という隔離された空間で楽しい何かを求める人々、あるいは都市外という危険な環境から現実逃避したい人々、理由は様々だが一様に娯楽を求めている。ゆえにそのような動画や配信が人気を博し、次々に投稿されているわけだ。

 

「あら? これは……TA(タイムアタック)……?」

 

 そんな娯楽関係のジャンルの中でクラコは目に留まったTAなるものに興味を引かれ、思わず動画のサムネイルをクリックする。

 

「ほうほう、なるほど。開拓済みの空路をどれだけ速く通過できるかを競ってるのね……あら、大会なんかもやってるのね」

 

 クラコが見つけたのはカザヨミを対象とした空路突破TAと呼ばれるものだった。すでに開拓済な空路を対象に、突破までにかかった時間を競い合うというものだった

 

 カザヨミたちによるただの娯楽目的なお遊びと思うなかれ、大会の主催には空路を管理している都市はもちろん、それ以外の都市や企業なども協賛となり最速記録が塗り替えられる度に賞金が出されるという本格的な飛行能力を競う場となっている。

 

 カザヨミの仕事は空路を開拓し維持するところにあるが、それ以外にもカザヨミは都市間を繋ぐ重要な役目を担っている。

 例えば医療関係。薬や治療器具、果ては臓器移植のための臓器さえもカザヨミは抱えて都市の間を飛び回る。航空機よりも小回りが効いて不測の事態も対処できる。何より航空機では不可能な停滞雲と停滞雲の間の細い空路さえも通行でき、最悪の場合は停滞雲の中を突っ切る事すらできるカザヨミは一分一秒を争う緊急事態において非常に重要な存在なのだ。

 

 日頃より限られた空路を最速で飛行することに慣れたカザヨミを育成するため、このTAはカザヨミの娯楽目的を超えた重要な要素として受け止められていた。

 

「クラコさん……? 何見てるの?」

 

「あらユナ、もう大丈夫なの? ごめんね、すぐ御飯にするから」

 

「うん……私も手伝う……」

 

「まだ体が怠いでしょう? もう炒めるだけで終わるから、ユナはパソコンでも見てて。さっき面白いものを見つけたの」

 

「? わかった」

 

 まだふわふわとした頭のままリビングに置かれたパソコンの前にちょこんと座り込んだユナはそこに表示されているTA動画を呆けた様子で眺めるが、しばらくすると目をしばたたかせ、その内容に釘付けになる。

 

 自身と同じカザヨミが空を高速で飛び、空路を駆け抜ける姿は最近になって空を飛ぶ楽しさを覚えたユナにとって憧れの存在と映ったのかも知れない。

 

「……ねえ、クラコさん」

 

 どこかねだる様な声音でクラコを呼ぶユナに、クラコは仕方がないなあと眉をさげ、何を言いたいのかを察する。

 

「ソアリングが完璧になって、次の訓練も問題なかったら一度やってみましょうか、TA」

 

「! うんっ!」

 

 嬉しそうに飛び跳ねるユナは先ほどまでの呆けた様子から一気にテンションを上げ、楽し気にその場でくるくると回っていたが、体の疲れのせいかすぐにバランスを崩して近くのソファに倒れ込んだ。

 

「ああもう、ほら無理しないの」

 

「えへへ」

 

 嬉しそうなユナを起き上がらせようとするとそのままクラコの体に抱き着いてくる。調理中だったためかクラコの服からはおいしそうな香りが感じられ、不意にユナのお腹が可愛く鳴いた。

 

「あう……」

 

「あらあら、それじゃあ御飯食べましょうか」

 

「うんっ!」

 

 クラコとユナはゆっくりと、それでいて楽し気に今の生活を続けていく。豪華な暮らしをしているわけでもなく、カザヨミとして称賛を得るわけでもない。ひっそりとした、二人だけの生活。

 

 それはある意味、都市で生活するよりも幸せな生活なのかもしれない。

 

 

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