愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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18羽 つながりの証

 

 クラコとユナが暮らす団地の屋上は二人によって綺麗に片づけられていた。使い物にならない室外機の残骸は端に寄せ、隙間から伸びていた蔓や雑草はできる限り毟り取り、屋上の床はペンキを塗りなおしてある。

 

 なぜ今になって屋上を整備したかというと、それはカザヨミであるユナのためだった。ユナはすでにホバリングとソアリングの技術を高いレベルで習得しており、クラコから見てもその飛行能力はかなりのものだと思えるほどだった。

 実際にユナは翼を発現させてからまだ数日というのに、都市所属の一級カザヨミにも迫るほどの才能を発揮していた。そんなユナは今日も飛行訓練として空を飛び回っているのだが、問題はその離陸と着陸場所を何処にするかだった。

 

 最近、ユナはよく翼を発現させて空を飛び回っている。もちろん停滞雲の存在している高度以下での飛行に限るとクラコに厳命されているが、それでもユナは空を飛ぶことが楽しいらしく、ほぼ毎日のように翼をはためかせている。

 

 そのためクラコは比較的人の目がなく、目立たない離着陸場所として団地の屋上を利用することにしたのだ。すでにソアリングもほぼ完璧なユナならば屋上の突風にあおられ墜落する心配も無いだろう。何度か屋上でのソアリングを試し、問題ないと確認したうえでの判断だ。

 

「ふんふん~……」

 

 その日もユナは鼻歌交じりに屋上へ続く階段を駆け上がっていた。軋むドアはクラコによって油がさされ、ユナ一人でも軽く開ける事ができるようになっていた。

 

「ん~……! うんっ!」

 

 灰色の雲に覆われた晴天にむかって伸びをして、一度力を入れればユナの背中に青灰色の翼が現れる。もはや翼の出し入れは難なく出来るようになっており、自身の背中に翼が生えているという違和感も無い。

 

 ユナは静かに翼を動かし、軽く跳ねてそのまま空に舞い上がった。上空の風を掴み、ホバリングを併用してその場に留まる。もうひと羽ばたきすればユナの体は滑らかに空を泳いでいく。

 

「んー? んー……」

 

 足で歩くように、腕を動かすように、ユナは翼をある程度操れるようになっていた。翼と肌で風の流れる方向を感じ取り、意識せずともそちらへと翼を添わせて自然と空を舞う事ができる。水の中で浮いている以上の解放感と文字通りの浮遊感に包まれながらユナは脱力し空を見上げる。

 

 本来ならば体が逆さまになれば翼を上手く動かすことができず、バランスを崩してしまうのだがユナはその状態のままホバリングして空に浮いていた。

 

「んー……やっぱり、おかしいような……?」

 

 ユナが零した言葉通り、本来ならばユナでさえその無茶な体勢で浮かんでいられるはずがないのだ。まるで背泳ぎしているような体勢でユナは悩ましい声を発しながらさらに無茶な体勢を取ってみる。空中で逆立ち状態になってみたり、体を丸めてくるくる回転してみたり。

 

 だが、そのいずれもユナは空中で安定した状態を保っていた。多少無茶な動きをしようとも"どのように翼を動かせば安定するか"が不思議とユナには分かった。それはカザヨミの特殊な翼や気流に乗る技術とは別の、目や肌では感じ取る事のできない別種で隔絶した"何か"に掴まっているような不思議な感覚だった。

 

「……もっと、上に行けるかな……」

 

 ユナは上空に見える灰色の雲を見つめ、ぽつりとつぶやいた。じっと見つめる停滞雲はユナにはただの灰色をした雲の塊にしか見えなかった。今の自分ならば、その雲と突っ切って青い空の向こうへと行く事ができるのでは無いか……?

 

「……」

 

 

 空を自由に飛ぶ能力は時に無謀な考えを人に抱かせる。まるで空のすべてが自分のものになったかのような、そんな愚かな思考がよぎるのだ。

 

 ユナは聡明だ。少なくとも空のすべてが自分のものなどと世迷い事を口にしない程の常識はあった。けれど、そんなユナの思考にカザヨミの飛行欲が鎌首をもたげる。はるか空の向こうへ、遠く遠く果てしない彼方へ。其処へと到達できる力をお前は持っているのだと。

 

 ゆらりと翼が動き、それは勢いをつけて上へと向かって力強く羽ばたこうとする。ぼんやりと空を見上げるユナは手を上げ、遥かなる未知へと向かおうとして……。

 

「ユナ……?」

 

 クラコの、声が聞こえた。

 

「!? ……クラコ、さん」

 

「どうしたのユナ? そんな驚いた顔して」

 

「ううん……何でも、ない。……ごめん、なさい」

 

「ふふ、謝ることなんてしてないでしょう? それよりもほら、こっちに来てくれる?」

 

 屋上にやってきたクラコは少し不安そうな顔でユナを見つめていた。いつもと同じように飛行訓練をしているだけなはずのユナが、何故か遠くに行ってしまうような雰囲気を纏っているようにクラコには見えたのだ。自由な鳥のように、どこか知らぬ場所まで飛んで行ってしまうような、そんな儚くか細いものを感じてしまったのだ。

 

 対するユナもどこかばつが悪そうに顔をうつむかせ、クラコとの視線を合わせずらそうにしている。先ほどまでユナはクラコとの約束を破り、停滞雲の存在する上空まで行こうなどと考えていたのだ。絶妙なタイミングで声をかけられた事で、そんな自身の心の内が見透かされたようにユナは感じた。

 

 カザヨミの証である青灰色の翼は力を抜き、ユナはゆっくりと屋上へ着陸する。とてとて、と力ない足取りでユナはクラコに近づき、対するクラコはぎこちなくユナの頭に手を置く。

 

 変わりなくユナはクラコの手を受け入れている。気持ちよさそうに、幸せそうにクラコとの触れ合いを楽しんでいた。

 

「怪我は……してないみたいね」

 

「大丈夫だよ? 心配しないで」

 

「それじゃあ、この後は羽繕いね」

 

「うー……」

 

 頭に乗せられていたクラコの手はいつの間にかユナの肩におかれ、そのまま押されるようにしてユナは屋上を降りる階段へと連れていかれる。羽繕いと言われて無意識に翼を羽ばたかせ僅かに抵抗を見せるユナだが、クラコはその翼にさえ触れて無力化してしまう。

 

「ひゃうん!? クラコしゃん翼は……!」

 

「あら? ここでしたいの?」

 

「は、早くお布団に行こっ!」

 

 クラコは焦りだすユナの姿を見てクスリと小さく笑う。先ほどまでの暗い表情は既に消え去り、いつものユナらしい表情が戻ってきた。

 

 それでいいのだとクラコは思う。こんな世界で生きているのだから、空と同じようにどんよりとした気分で毎日を過ごすことはない。他愛もない事で笑い合い、いつものような顔を見せてくれればいいのだと。

 

 

 ……なお、羽繕いの恥ずかしい記憶を思い出して顔を赤くしている状態を、いつものと表現するクラコに突っ込みを入れる存在は居ない。

 

 

 

 

 部屋に戻ったクラコはさっそくユナの手を取り寝室に向かう。何も言わずともユナは視線を合わせるだけでクラコの言いたいことが理解でき、唾を飲み込んでゆっくりと服を脱いでいく。

 

「今日はね、店長に注文していた道具が届いたのよ」

 

「あう……」

 

 楽しそうなクラコの声音にユナは思わず後ずさりする。といってもベッドの上で裸同然な状態なのでどこにも逃げられる訳もなく、ユナはただクラコが怪しげな道具をベッドの上に並べていく様子を見守るしかなかった。

 

 その、何に使うのか全く不明な道具をクラコは一つずつ手に取り説明していく。

 

「えーと、これはブラシね。付け根のあたりに使うみたいね」

 

 可愛い色をしたブラシはクラコが使うような頭髪用のブラシにそっくりで、ユナには違いが分からない。けれどクラコが説明するところによれば都市ではそれなりに有名なブランドの商品という話だ。新品ではあるが型落ちしたものらしく、店長も格安で仕入れたと満足気だったという。とはいえそれなりの値段がするらしく、今回の道具はすべて購入品ではなく店長からのレンタル品となっている。

 

「これは……翼の奥まで羽毛を整えるためのものみたい」

 

 次にクラコが手に持ったのは孫の手のような形状をした道具だった。先端は微妙に傾斜がつけられ、持ち手部分はカザヨミが一人でも使えるように長めになっている。 確かにカザヨミの翼は羽の量がかなり多く、その奥まで手を伸ばさなければ触れることはできない。

 現にクラコもユナの翼の深いところに手を差し入れると二の腕あたりまで埋没するほどに羽は長く、量も多い。

 

 ユナとしては差し込まれるクラコの手のむず痒さに少し苦手意識があったのでその道具には多少興味を抱いたのだが……、触れてみると柔らかいゴム製なので翼が傷つくことはないだろうがクラコの腕のような暖かさは感じられない。

 

「どう? 使ってみたいものはあった?」

 

 その後もクラコは店長から仕入れた道具を手に取り説明を続けていくがユナの顔はなんとも微妙なままで、唯一手に取った道具も使うことなく布団の上に転がしてしまう。

 

「……いや」

 

「ユナ?」

 

「クラコさんの手がいい……」

 

「あら……」

 

 ベッドの上で恥ずかしそうに指先を弄るユナはもじもじしながらその指をクラコの指に絡ませる。

 

 ユナの意外な行動と言葉にクラコは思わず固まってしまう。ユナは羽繕いが苦手というか、あまり好きでは無いのではとクラコは思っていた。クラコ自身の羽繕いに関する知識が乏しいというのもあり、クラコの手による羽繕いは余計なストレスを与えてしまっているのでは無いかと考えていたのだ。そうして店長に相談し、取り寄せてもらったのがこの道具の数々ではあるが、そんなユナは道具を使うまでもなくクラコを選んだ。

 

「だめ……?」

 

「いいえ! そんなこと全然ないわ! ふふふ、それなら私も勉強しないとね……!」

 

 クラコの手は触れた場所があたたかく幸せな気持ちにさせてくれる不思議な手だ。少なくとも羽繕いされている間のユナの思考はクラコのことで一杯になってしまう。そんな不思議な手をユナは労わるように撫でて、そのまま頬を摺り寄せる。

 

 クラコの胸にぽすんと体を預け腕に収まったユナは広げた翼でもってクラコを包むように器用に動かす。クラコは翼に手を添えていつものように撫でさすってやる。

 

「んっ、ふっ……ふぅ……」

 

「だいぶ慣れてきたわね」

 

「うん……でも、まだくすぐったいよう……」

 

 ユナの息は少しずつ乱れていき、熱っぽい呼吸がクラコの腕の中から聞こえてくる。今日はこのまま羽繕いをしてしまおう、クラコは脱力し切ったユナを支え、いつものように手を動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう、これを渡そうと思ってたのよ。流れで羽繕いしちゃったけど。はいユナ」

 

「うー……? なにこれ?」

 

 クラコはベッドでぐったりしているユナへとある箱を手渡す。箱はクラコの両手に収まる程度のもので、白一色に何やら文字が書かれている。だが、文字の意味が分からないユナは受け取った箱を見てただ首をかしげるばかり。クラコを見て開けていいかと視線で問えばクラコは笑顔でうなずく。

 

「! これ、携帯……!?」

 

「ええ。さすがに色まではどうしようもなかったんだけど、店長に相談したら手に入れてくれたの」

 

 箱の中に納まっていたのは携帯端末と呼ばれる機械だった。ユナの手には若干大きく見えるそれは、かつて存在していたスマートフォンと呼ばれる携帯電話の発展機としてこの時代に普及している高級品だ。

 かつてと異なるのは他種の端末と規格が統一されている点にある。かつてパソコンと呼ばれていたものは情報端末として統一され、携帯も携帯端末として統一された。そして端末同士もすべて共通の規格となっている。利用者は使い勝手が良くなって満足、サービス提供者はある程度の共通部品の統一やOSの共通化で安定した品質の商品を生産出来て売り上げを伸ばせて満足。

 

 とはいえ端末を複数所持しているのは都市外では比較的安定した生活をしている家庭に限られている。ユナが携帯端末を知っていたのも叔母の家族が所持していたからだろう。

 

 クラコの場合はこれまで貯めた貯金を切り崩し、都市が行っている補助金制度などを利用し購入したわけだが、ユナに必要なものだと理解しているので無駄な出費とは思っていなかった。今後のバイトの回数を増やすかとクラコが思案している間もユナは瞳を輝かせて携帯端末を眺めている。

 

 端末は空色の塗装がされた薄型のもので、頑丈な機種を選んだ。さすがに空の上から落下すると画面が割れるのは避けられないだろうが、端末には太い紐が通せるようになっており首からさげるか、体のどこかに結んでおけばカザヨミ状態でも持ち運ぶことは可能だろう。店長によると都市で端末を販売している店はカザヨミ専用モデルなんてものも売り出しているらしく、専用には劣るがこの機種もそれなりにカザヨミが運用できる頑丈さを誇っているらしい。

 

「クラコさん……本当に、いいの? これ、すっごく高いんじゃ……」

 

 先ほどまで真新しい携帯端末を珍しそうに見つめていたユナはふと我に返りクラコに声をかける。心配そうなユナの声音にクラコは大丈夫だと答え、そんな事気にしなくていいの、と言って話を終わらせ端末の操作方法について教え始めた。

 

 実際のところ携帯端末の購入に関してはそれほど問題はない。親元から独立する際に持たされた貯金もまだ手つかずなうえにクラコが一人暮らしを始めてから稼いだお金についても最低限生活できる程度しか使っていないので溜まる一方だったのだ。

 もしもこれが配偶者ありの子供も数人いる家庭となれば端末一つ購入するのにも厳しいだろうが、クラコの場合は質素な生活を続けており、ユナも我儘を言わず現在の質素な生活で満足していたため、出費は最低限に抑えられている。

 

「これから空を飛んであちこち行くことが多くなるでしょうし、いつでも連絡が取れるようにしといた方がいいでしょ?」

 

「でも……」

 

「大丈夫よ、これくらいユナのためなら何てことないから。それよりも……」

 

「んぅ?」

 

「大丈夫だと思うけど……リテラシー教育をすべきね、これは」

 

 羽繕いをしたばかりなので、いまだに薄暗い寝室のベッドの上で半裸状態のユナ……の手にある携帯端末。端末には当然カメラ機能が備わっているのだが、この状況はなんとも……"いかがわしい自撮りをする幼女"といった様子に見えてしまう。

 最近は常識も身についてきたユナならばネット関係の意識もしっかりとしているはずだが、一度リテラシーに関して教育をしておくべきかもしれない……そんな事を考えながらクラコは新品の携帯端末を大切そうに持つユナと連絡先の交換をして、いくつかの機能の説明をしながら一緒のベッドで眠りにつくのだった。

 

 

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