愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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21羽 ユナが求めるもの

 

 青い空を見て周防由那は眩しさに目を細めた。燦々と煌めく太陽の光はくまなく地上へ降り注ぎ、その暖かさはあまねく生命を平等に照らし出す。

 

「おとーさん」

 

 由那は自身の手を握る男性を見上げる。ごつごつとした手に包まれた自身の手は、ひどく優しく握られているのが感じられる。その大きな手に包まれているだけで由那は何故か安心していられる気がした。

 

「おかーさん」

 

 由那はもう片方の手を握る女性を見上げる。綺麗で細い手は、それでも自身の手よりも大きい。ほんのりピンク色に塗られた爪が、大人の女性らしさを感じさせる。

 

 二人が由那を見て、微笑んだ気がした。視界がぼやけているように、両親の顔を伺うことはできない。

 

「……帰るの?」

 

 由那が尋ねると、二人は微笑みながらも何も答えず、由那を促すように前に歩いていく。目の前には大きな一軒家が見えた。

 

 父親は家の玄関前に置かれた鉢植えをどかし、その下に隠してあった鍵を拾い上げた。そんな父親に、母親が注意する口ぶりで何かを言っている。

 

「あはは、だめだよそんなところに置いたら。おとーさん、前もおかーさんに怒られたでしょ?」

 

 由那は笑う。釣られて父親も笑う。そして怒っていた母親も、仕方ないとため息をつき、笑う。

 

 

 これは、きっと夢なのだろう。両親はまだユナが物心付く前に死んでいる。だから、これはユナの記憶ではなく、"由那"がそうでありたいと願った夢なのだ。

 

 だから、起きないといけない。

 

 ユナには待っている人がいるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ユナ! ユナっ!」

 

「……クラコ、さん……?」

 

「ああよかった! ユナ、ユナ……!」

 

 目が覚めた時、ユナはいつもの寝室にいた。いっぱいのぬいぐるみに囲まれて、暖かい布団の中で着慣れたパジャマに身を包んでいた。

 

 唯一違いがあるとすれば、いつもは隣で一緒に眠っているはずのクラコがベッドの横で泣きそうな顔をして自身の名前を呼んでいる事だろうか。

 

「私……」

 

「停滞雲に呑まれたのさ。覚えているかい?」

 

 ベッドに一人眠っているユナの手を握っているクラコ、その隣にいる店長の姿を見てユナは少し驚いたように上体を起こそうとするが、それを店長に止められる。いつもの部屋に珍しい人物が佇んでいる違和感を覚えるも、気怠い頭をそれ以上働かせる気にならなかったユナは促されるままに体を再び横にした。

 

「はい、覚えてます……」

 

「ふうむ、意識も記憶もしっかりしてるみたいだね、これなら安心だ。停滞結晶の析出で後遺症が出たカザヨミは居ないが……しばらく安静にするべきさね」

 

「ありがとうございます店長。わざわざ来てもらって」

 

「このくらいどうってことないさ。まあ、私もカザヨミのお医者様ってわけじゃないからねぇ、状態を見てやれるくらいしかできないけれど」

 

 店長はそう言って、何でもないように笑った。腰も曲がり、杖が無ければ歩くのにも苦労するだろう店長は店にやってくるなり懇願するクラコをなだめ、事情を聞き出した。

 ユナが、おそらくは停滞雲の中に無防備な姿で入り込んだ、というクラコの話を聞いた店長はその時点で顔を青くし、ユナの命を絶望視した。

 

 なぜなら店長が覚えている限りの情報で新人カザヨミが停滞雲に迷い込み、無事に生還した記録は皆無だったからだ。停滞雲の内部は内側に吸い寄せられるような強い気流が発生しており、たとえ意識を失い、翼が維持できなくなったとしても雲の外へと放り出される事は無い。カザヨミの体は停滞雲の中に永遠に留まり続けるのだ。それこそ、飲み込まれた瓦礫と同様に。

 

 奇跡的な確率で偶然停滞雲の外へ脱出することができたとしても雲中で激しく体力を消耗し、雲の内と外との劇的な環境変化に即座に反応することなどできず、確実に墜落する。

 

 停滞雲に呑まれた新人の結末は雲の中で行方不明となるか、高さ数キロメートルの上空からの墜落の二つに分けられている。後遺症が出たカザヨミが居ない、という店長の発言も停滞雲に突入したカザヨミは万全の状態で突入する者以外は皆帰ってこないからだ。

 

 そのためクラコの話を聞いた店長はユナが停滞結晶にまみれて傷だらけだったとはいえ停滞雲より自力で帰ってきた事に驚いた。確かに新人離れした能力を秘めているだろうとは思っていたが、何の装備もなく停滞雲から生還するなど、専門的な訓練を受けた都市のカザヨミとて難しいだろう。

 

「それじゃあ私は帰ることにするよ。後の事は、しっかりと二人で話し合うんだよ」

 

「ありがとうございます。入口まで送ります」

 

「気にしなくていいよ。それよりユナちゃんのそばに居ておやり」

 

 曲がった腰に手を当て、店長はそのまま部屋から出ていく。せめて階段を降りるのを手伝おうとするクラコを押しとどめ、軽やかな足取りで店長は階段を下りていく。クラコはそんな店長を見送り、そうして部屋にはクラコとユナの二人きりになる。

 

「クラコさん……」

 

 寝室に戻ってきたクラコは唐突にユナに話しかけられた。ユナが停滞雲に呑まれてからまだ数時間程度しか経過しておらず、店長と一緒にいたときもおとなしかったので眠っているのではと思っていたが、どうもユナはクラコが寝室に戻ってくるまで待っていたらしい。

 

「ん? どうしたの? どこか痛い? それとも──」

 

「ごめんなさい」

 

「……ユナ?」

 

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 突然の謝罪の言葉にクラコは思わず口を閉じる。ユナは布団の中にもぐりこみ、うめくように謝罪を繰り返す。絞り出された声は明確に震え、どこか恐れているように見える。

 

「ごめんなさい、クラコさんとの、約束破りました……」

 

「ユナ……」

 

 クラコとの約束、飛ぶ時は停滞雲の存在する高度以下で飛ぶこと。

 

 ユナはその約束を破った事にクラコが怒っていると思っているらしかった。ユナが叔母の家にいたときは何かしらの行動に対していつも怒られていた。それが何気ない行動でも、良かれと思ってやった事でも。……それが失敗ともなれば暴力を伴う罵声を浴びせられることも少なくなかった。

 

 クラコはそんな事をしない。怒る事さえなく、むしろこちらを心配してくれるだろう。それはユナも分かっているが、それでも布団にくるまって謝罪を口にするしかない。

 

 クラコに、きっと失望されただろう。

 

 今のユナにとって罵声を浴びせられたり暴力を振るわれるよりも、失望される事の方が恐ろしかった。数えきれないほどの恩のあるクラコを、裏切ってしまったという事実がユナには何物にも代えがたい罪悪感となって突き刺さっていた。

 

 

「……ユナ、ごめんなさい。あなたに、あんなつらい思いをさせてしまって」

 

「!」

 

 そんなユナだからこそ、布団にくるまった自身に寄り添うクラコの発した言葉に驚き声を上げた。

 

「クラコさんは何も悪くないっ!! 私が、私が勝手に……!」

 

 叔母に虐げられていた環境でも耐えられたのはクラコのそばで眠らせてもらったあの一晩があったから。

 

 住む場所を失くした時、一緒に住もうと言ってくれたクラコの言葉に涙した。

 

 衣食住を与えてくれた上に、人として、カザヨミとしての教育を施してくれた。

 

 何より、優しさをもらった。

 

 だからユナはクラコの言葉に反論しなければならなかった。悪いのはすべて自身であり、クラコは何一つ悪くないのだと。

 

 クラコにこれ以上負担を強いて、これ以上失望されたくなかったから。

 

「ううん、違うのユナ。私はね、これでもユナの保護者のつもり。……お母さんみたいな、つもりでいたの。それなのにユナの事を何も考えてなかった。カザヨミの事を良く知らずにあなたを、空に飛ばせてしまった。それは私の責任なの。ユナを守ってあげるはずの、私の責任なの」

 

 クラコの言葉はまるで自分自身に言い聞かせているかのようで、幼いユナにはすべて理解することは難しかった。

 

 ユナの頭の中にはいくつもの疑問が沸き起こる。

 

(どうして、クラコさんがカザヨミについて知っていなければいけないの? 本当に知っていないといけないのは、私なのに)

 

(どうして、クラコさんは私を守らなければいけないの? もう十分、守ってもらっているのに)

 

(どうして、どうして私なんかに責任を……)

 

 

「大切だからよ」 

 

 

 数々の疑問は、答えを出す前にクラコの一言によって霧散した。ユナがくるまっていた布団を取り去り、クラコはユナへとさみしそうに微笑み、手を伸ばせばユナは抵抗することなく、その手をとった。

 

「ユナが、とても大切で、……愛しているから。だから、守ってあげたいの」

 

「私だって、クラコさんが……」

 

「ええ、分かってるわ。でもね、やっぱり私はユナよりも、ちょっとだけ大人なの。だからあなたを守りたいの。守らなければならないんじゃなくて、私が、私の意思で守りたいと思ったの」

 

 クラコに手を引かれ、ユナは布団から抜け出す。布団の中のくぐもった空気と共に陰鬱な気持ちが置き去りにされたかのように、ユナは不思議と気持ちが軽くなった。

 

「それにユナは勘違いしてるみたいだけど、私もユナからたくさんの幸せを貰っているの。ユナと出会う前はバイトばかりの生活で、友達なんて誰もいなかったもの。あなたと一緒に生活していたすべてが、私にとって何よりもかけがえのない思い出なの」

 

 絡み合うユナとクラコの手はどちらとも離そうとせず、クラコが手前に腕を引けば促されるようにユナの体がクラコへと寄りかかる。クラコは絡めた手をそのままに、もう片方の手をユナの腰に回す。

 

 ユナがクラコを見上げれば、その距離は吐息を感じるどころか頬っぺたがくっつくかと思えるほどだった。ユナが見るクラコの瞳にはユナに対する有り余る慈愛の心が見て取れる。まるで本当の娘や妹へと向けるその眼差しを。

 

 聡いクラコは理解し、恐る恐るユナもクラコの腰に手を回した。

 

「クラコさん……ごめんなさい」

 

 ユナの言葉にクラコはうん、と頷き、同じく言葉を返す。

 

「ユナ、ごめんね」

 

 クラコの言葉にユナも同じく頷いた。

 

 二人は距離を詰め、降り積もった罪悪感を払い落とすように、互いの鼓動を感じるほどに抱きしめ合った。最後の謝罪を互いに受け取った二人は、それ以降謝る事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえクラコさん。ちゅーしていい?」

 

「んぐ!?」

 

 お互いの気持ちを確認し合ったクラコとユナは少し遅い夕飯を食べていた。まだ体調が万全でないユナの為にメニューはおかゆに梅干しというシンプルなものだったが、ユナはおいしそうに口に運んでいる。

 

 どうやら食欲はある様で安心したクラコも同じくおかゆを口に含んだタイミングで、先ほどのユナの言葉がクラコにさく裂した。

 

「げほっごほっ……あの、ユナ? 脈絡なくとんでもない事言わないで……?」

 

「? 私、クラコさんのこと好きだよ?」

 

「ああ、うん。私も好きよ? でもねユナそれは」

 

「ちゅーって、好きな人とするんだよね?」

 

「うーん、間違ってないんだけどねえ……」

 

 ユナは物心ついたときから叔母の家に居た。叔母はユナにお金を渡すだけでまともな教育をせず、もっぱら雑用としての仕事を与えた。それ以外の知識は瓦礫から掘り起こした本によって得ていたユナの知識はなかなかに偏っている。

 

 ここ最近は端末を用いた授業によってある程度その偏りは改善されていたが、それでも偏ったままの部分が存在していた。それは、親しい存在との関わり方。

 

 小説などのフィクションの世界でしかそれを知らないユナにとって、親愛を示す最上級の行為がちゅー、つまりキスをすることだと理解していた。

 

(これはー……矯正しないとだわ……)

 

 ある程度ユナの脳内を察したクラコはだらだらと背中に汗を流しながらユナに"好き"の違いを説明しようとしたが、予想以上にユナはぐいぐい来る。

 

「クラコさん、私とちゅーするの、嫌……?」

 

 しゅんとするユナを見てクラコは声にならない悲鳴を上げるしかない。ちらりと視線をユナの唇に移せば、蘇るのはユナの喉に詰まった結晶を取り除いた時の人工呼吸もどきを行った記憶。

 

「……ほ、」

 

「ほ?」

 

「……頬っぺたにしましょう。うん、それがいいわ」

 

「えー!」

 

 少し不満げなユナの視線を受け流しクラコは逃げることにした。そもそもクラコとて成人したばかりの女性で、そのあたりの距離の図り方やスキンシップの正しい方法など見当もつかない。海外だとキスも挨拶だったような……? というおぼろげな記憶も相まってクラコは問題の先送りを選択したのだった。

 

 

 その結果、ユナを褒めるときに必ずキスを催促される事になろうとは、この時のクラコは想像もしていなかった。

 

 

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