愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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26羽 のんびりした雨の日

 

 クラコの提示した禁翼生活とその経緯を聞いたユナは納得したうえでそれを了承した。飛行欲などによって空を飛びたいという欲求は確かに存在するが、ユナにとって空を飛ぶ事は何よりも重要、というわけではなかった。

 

 空を飛べば南下ルートの動画を投稿した時のようにいろんな人の助けになるし、褒めてもらえる。何より空を飛べばクラコに喜んでもらえる。そういった感情によってユナは空を飛んでいる節がある。そのため空を飛ぶ日数を制限されたとてユナはなんとも思っていない様子だった。

 

 むしろ空を飛ばない日はクラコとずっと一緒に居られるのではと、どこか期待した視線をクラコに向ける事すらあった。

 

 

 

 今日はクラコとユナが決めたキンヨク日であり、家でのんびりと過ごす日と決めていたのだが、空は灰色の雨が勢いよく降っているためそもそも外に出られるような天気ではなかった。

 クラコは目の前の端末に視線を落としキーボードを操作する。今日は店長のところのバイトも無く、ユナも空を飛べないので小説執筆の仕事をちょっとずつ進めているクラコとリビングでゆっくりくつろいでいた。

 

 テーブルの上には仕事道具である情報端末に、ココアの入ったマグカップと店長のところで貰った小分けのお菓子。それとユナが気に入っているぬいぐるみが少々。いつもはテレビや動画配信サイトを開きながら作業を行うのだが、今日は雨音がちょうどよく執筆意欲を刺激してくれる。

 

 雨に含まれる鉄臭さはユナが選んでくれたアロマのおかげで気にならないし、雨の日の肌寒さはべったりくっついているユナの体温のおかげで問題なく快適だ。胡坐をかいたクラコの太ももを枕にしてユナは寝そべりクラコの顔を覗き込んでいる。

 

「んー……ん、ん……ふふ」

 

 クラコを見つめながら満足そうにしているユナ。邪魔をしてはいけないけれど、せっかく一緒に居るのだから傍にいたいというユナが考えた末に導き出した答えが、クラコの膝元で寝転がる、だった。

 

 対するクラコは意外とその状況でも集中して執筆作業を進める事ができていた。クラコが仕事をしていると理解しているためユナは基本的に話かけはしない。クラコから話しかけられればユナは嬉しそうに応えるが、それ以外は基本的に邪魔にならによう静かにしている。

 

 それにクラコはユナに見つめられていると意外と集中できる事に気が付いた。一人で作業をしているとどうしてもネットや別の作業に手が向いてしまったりするのだが、誰かの視線があるとサボるにサボれない。ユナはクラコがしっかりと仕事をしているかを見張る監視員としても優秀だった。

 

「ふう……最近天気が悪いわね……洗濯物が干せないし、ユナも飛びに行けなくて退屈じゃない?」

 

 ひと段落したクラコがキーボードからユナの頭に手を移動させる。待ってましたとばかりにユナはその手に頭をぐりぐりとすり寄り、もっと撫でてほしいと催促する。

「んーん。私はクラコさんと一緒に居るのうれしいよ?」

 

「あら、そう言ってもらえると私も嬉しいわ」

 

 クラコの撫でる手の動きに合わせてユナの背中に生えた青灰色の翼がぴょこぴょこと動いている。

 

 ここ最近の禁翼生活でユナは室内で出来る訓練や勉強に力を入れていた。翼だけでなく肌で風を感じる訓練や、翼を発現させて細かく動かす訓練、クラコと一緒に気象関係の勉強や飛行予定の土地の地形や気流の流れ、停滞雲の情報の予習などなど。

 

 ユナの背中に発現した青灰色の翼はそんな訓練によって今まで以上に自由に動かせるようになっていた。狭い部屋の中でも空気の動きを感知して壁にぶつからないように翼を動かせるし、羽の先でクラコの頬に触れたり、翼全体をクラコの腰に回して引き寄せるなんてこともできるようになった。それが飛ぶ際にどのような恩恵があるかは分からないが、とにかくユナがいつも以上に可愛く見えるので……まあ、良いかとクラコは深く考えない。

 

 ユナが嬉しいと翼もぴこぴこ動き、さみしいとしょんぼり垂れる。なんとも不思議な事だが、それらも可愛いから良いやの精神でクラコはあまり突っ込まなかった。

 

「ねえねえクラコさん」

 

「なに?」

 

「いつ、雲の中飛べるかな?」

 

「……そうねえ、もう少し、かしらね……」

 

 ユナのつぶやきにクラコはぎこちなく言葉を返し、ごまかす。ユナの言う雲とは停滞雲の事だ。ユナが飲み込まれ、危うく死にかけたあの停滞雲の中に、ユナは再び挑もうと考えているらしかった。

 

 カザヨミとして空を飛ぶのならば停滞雲の対処は必須だ。都市でも三級から飛行訓練をはじめ、二級への昇級試験には停滞雲内での活動試験が含まれている。この世界の空は停滞雲がひしめき合い、非常に窮屈であるため停滞雲の中を難なく飛行出来るようになればユナの活動範囲は劇的に広がるだろう。

 

 先日の南下ルートの動画を投稿するに至った経緯からも分かる通りユナは困っている人を放っておけない性格のようで、自身の力でやれる事があるなら積極的に動こうとする。

 

 カザヨミとしての力をユナは自身の為でなく他人の為に使うべきだと考えているらしい。カザヨミにしかできない事をするために、この力があるのだと。だから、それは人の為に活用していかなければならないのだと。

 

 それは元々ユナがカザヨミとしての力を望んでいなかったからなのかもしれない。この世界の人間にとってカザヨミは憧れの対象であり幼い少女たちは自身がカザヨミとなる事を夢見ていて、その家族はカザヨミの家族となる事を期待している。

 

 だから力を発現させたカザヨミは自身が"選ばれた存在"なのだと強く意識するのだ。それが高いプライドを形成する下地になり、現在のカザヨミ至上主義を形成している。

 

 しかしユナはカザヨミの力を欲することなく、また憧れる事もなくこれまでまで生きてきた。カザヨミという存在を知る機会が無く、叔母によって世間から切り離された環境で育ったため仕方なくそうなったという面もあるだろうが、カザヨミの存在を知りカザヨミの特権を知った後もユナの心は大きく動かなかった。

 

 自身がカザヨミであるという事実から多少は思うところはあるものの、現在でもユナはカザヨミの力にそれほど期待を持ってはいなかった。カザヨミが得られる特権よりもカザヨミが行うべき義務を優先した結果、ユナは都市に所属することなく空路の開拓に手を伸ばした。

 

 もちろん、ただ空を飛ぶのが楽しいという思いやクラコに褒められるといった理由もあるが、それでもユナにとって空を飛ぶという行為は何かしらの欲望を満たすための手段にはならなかった。

 

「あまり無茶しちゃダメよ? 今でも十分ユナのおかげで助かってる人たちはいるんだから」

 

「大丈夫だよ? 私も、好きで飛んでるんだもん」

 

 だが、ユナ自身は空を飛ぶことに義務感を抱いてはいないようだった。あくまでユナにとって空を飛ぶ行為は全くの自然で、何でもない行為に他ならないのだろう。

 

 人が足を使って前へと進むように、ユナは翼を用いて空を飛ぶ。都市のカザヨミならばその翼に特権と、多くの責任や義務を背負うのだろうがユナはあらゆるしがらみを取っ払い空を飛んでいる。その上で背負うべき責任のみをユナは取捨選択して自ら背負う。

 

 すべてはユナのやさしさによるものだ。

 

「人を助けるのはとても良い事よ。でも、ユナも自分の事を考えなきゃダメだからね?」

 

「わかってるよ? もうクラコさんに泣いてほしくないもん」

 

「……恥ずかしい事言わないの」

 

「えー!」

 

 その後しばらくクラコとユナは他愛もない話と仕事を続け、それはユナが眠たそうにクラコの膝元で目を細めるまで続いた。完全に寝入って翼が消えたのを確認したクラコの手によってユナは寝室のベッドに優しく寝かされ、穏やかな寝顔にクラコは顔をほころばせた。

 

「……さて、それじゃあやりますか」

 

 しばらくユナの寝顔を見つめ続けていたクラコだが、その顔を真面目なものに変えると静かに寝室を後にしてリビングに設置された収納棚の奥からとある容器を取り出した。

 

 容器は食材保存用の透明なケースのようで、持ち上げると何かが中で動くのがわかる。

 

 クラコはその容器を手に持ち、マスクを着け浴室へと入っていく。換気扇をつけて準備の整った浴室でクラコは慎重に容器のフタを取って中身の様子を伺う。容器の中にはガーゼが敷かれており、その上にさらにガーゼでぐるぐる巻きにされた"何か"がいくつか置かれていた。クラコはガーゼの塊の中で最も大きなものを手に取り、中身を取り出そうとして、少しばかり動きを止める。

 

(大きさに変化はない、わね……素手で触るのはやめておいた方がいいかしら、資料には問題ないと書かれていたけど……)

 

 用意していた薄手のゴム手袋を装着し、クラコは再度ガーゼの塊を手に取る。いくつかある塊の中でも最も大きい塊を手に取ったクラコはその感覚が自身の知る感覚と相違ない事にひとまず安堵の息を吐く。

 

 もしこれが手に取った瞬間、想像以上に重くて持ち上げられなかったり、あまりにも軽すぎて持っている感覚さえ無いというものだったなら、クラコはその瞬間ガーゼを取り払うことを止め、容器を再び収納棚の奥に隠しなおしていただろう。

 

 だが、そんなクラコの不安をよそに、手の中にあるガーゼの塊はクラコが知り得た知識の中の重さを保っている。

 

「……よし、いきましょうか」

 

 気合を入れるように深呼吸を数度繰り返し、クラコは"何か"に巻き付けているガーゼを取り除いていく。ガーゼに変色や変形は無く、包まれているものより何かが漏出した形跡もなかった。

 

 そして、クラコはガーゼをすべて取り払い、"何か"をあらわにさせる。

 

「見た目の変化は無し……本当に一度結晶化すると安定するのね……この停滞結晶というのは」

 

 クラコが容器に保存し、ユナに見つからないように隠していたのは、なんと停滞結晶だった。かつてはこの世界のエネルギー事情を一変させると期待され、だがそれそのものによって皮肉にも世界を破壊した元凶たる、いわくつきの物質。

 

 現在ではキョウトなどの大きな都市に僅か現物が保管されているだけで、それ以外の停滞結晶とそれらを研究していた施設や人材は降害によって圧壊したためもはや資源として活用出来るような技術力は人類にはなかった。

 

 今の人類にとって停滞結晶とは未来を切り開く新エネルギーなどではなく、世界を崩壊させた元凶でしかなかった。それでもいつか活用できる日を夢見、人類はその希少な停滞結晶を保管し続けている。

 

 公式に発表されている停滞結晶の保管場所はキョウトの都市と海外のいくつかの都市に限られており、それら全部を集めても握りこぶし程度の量にしかならないとされている。

 

 そんな危険で希少で謎多き結晶をなぜクラコが手にしているのか、それは数日前ユナが停滞雲に飲まれた事件が関係している。

 

「しっかし、あの時の結晶がこのまま残り続けているなんてね……今までも前例があるのかしら……?」

 

 停滞雲に飲まれ、結晶まみれになって墜落したユナを間一髪救出したクラコはその後ユナの気管に結晶が詰まるという予想できない状況を冷静に対処し、何とかユナの命を救い出した。

 

 ユナの翼と体に食い込んでいいた結晶はそのすべてが空気に溶け、消え去った。都市が公開しているエーテル・停滞結晶に関する資料にも不完全な状況で不純物を巻き込んで結晶化した停滞結晶は析出した空間以下にエーテルの濃度が低下することでその姿を崩壊させ、結晶の形を保てなくなると思われる、と書かれている。

 

 そのためユナの体からはすべての結晶が消え去ったのだが、その中で例外が残った。

 

 それはユナの気管に詰まっていたいくつかの結晶だった。それらはユナの気管に溜まった濃いエーテルによって析出した停滞結晶であり、クラコの尽力によって気管の濃度を低下させ吐き出させた結晶なのだが、それらは他の結晶のように角が取れて小さく丸くなっていったが、小さくなるだけで完全に消滅することはなかったのだ。

 

 それこそがクラコの手に入れた、都市が関知していない新たな停滞結晶。

 

 

 そうしてクラコは完全で純粋な、かつて人類が新エネルギーとして活用しようとしていた停滞結晶を手に入れた。基本的に都市のような規模の大きい組織が管理しているはずの停滞結晶をクラコは個人で入手してしまったのだ。

 

「……まあ、見た目は綺麗よね、見た目は」

 

 クラコの手のひらに光る青白い結晶体、それは全部で五つあり大きなものでもクラコの親指の先程度しかない。小さなものになれば小指の先に乗ってしまう程度の細かさだ。

 

 しかし、その一番小さな結晶一粒で一つの家に必要な電力一週間分をまかなえるとまで言われている。たとえ停滞結晶を活用する技術が消失していたとしても、いつかの未来を夢見る者たちにとって停滞結晶は貴重な新エネルギー候補に変わりないのだろう。

  

「ええと……これでいいのよね……? さすがに割るとなると適当な机の上でやるわけにはいかないものね……」

 

 だが、クラコはそんな貴重な停滞結晶を浴室に敷かれたタイルの上に置き、金槌を手にして唸るような声を漏らしていた。

 

「粉末になると集めるのが大変よね……容器の中でやっちゃおうかしら? うーん……まあいいや、ヤっちゃおう。えい」

 

 特に深く考える様子もなく、クラコが振りかぶった金槌は気の抜けた掛け声と共に正確に停滞結晶へと打ち付けられた。

 

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