愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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32羽 エーテル高度計

 

 停滞雲内を飛ぶ術を手に入れたユナはその後クラコと相談しながら段階的に脅威度の高い停滞雲に突入していった。規模の大きいもの、瓦礫を内包したもの、高度の高い場所にあるもの、それら全ての要素が複合したもの。

 

 都市が公開している資料を下にクラコが詳細に調べ上げ、ユナが万全の状態の時に挑戦する。

 

 そうしてユナはオウミの都市周辺に存在するほぼすべての停滞雲に突入し、その中で飛行訓練を完了させていった。

 

 

 ユナがそこまでして停滞雲内での飛行技術を磨く理由は先日の雲海で見た光が理由であった。

 

 停滞雲と同様に雲海が建築物を飲み込むという事は知られているが、それが雲海内でどのように留保しているのかは謎な部分が多い。瓦礫のほとんどは雲海の中層以上の領域に留まっているらしく、下層では飲み込まれた瓦礫がほとんど発見されていないらしいのだ。

 

 

 もしも、もしも飲み込まれた建築物が変わらずその姿で雲海の中に存在しているのだとしたら……そこから人が失った"もの"を取り戻すことが出来るかもしれない。

 

 それは大切な"物"かもしれないし、"技術"かもしれない。あるいは"人"そのものかもしれない。

 

 

 その可能性に思い至ったユナはクラコに願わずにはいられなかった。"雲海へと行かせてほしい"と。

 

 ユナは時々思い出すのだ。停滞雲に飲まれ、結晶まみれで意識を失った時に見た夢の事を。

 

 暖かい母親と父親の、あるはずもない記憶。記憶には無くとも、あの場所は何処かに存在しているのでは無いかと。

 

 自身が生まれた家が、この空の何処かに今も存在しているのではないかと。

  

 降害によって両親を失ったユナはそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「わあ……ここも綺麗……」

 

 停滞雲の中は並みのカザヨミでは近づくことすら叶わない隔絶した危険地帯だ。それは突然、空のど真ん中に致死の領域が現れるのと同義であり、カザヨミたちはそれらを避けて飛ぶか、万全の状態で一気に通り抜けるかの選択肢しか選びようがない。

 

 だが、ユナはそんな停滞雲の中でいつものように、穏やかに飛んでいた。周囲の暴風や飛び回る障害物などものともせず、むしろそれらがユナを避けているかのようにも見えた。

 ユナは翼を動かしながら周囲を見やる。あの時見た夜空ほどではないにしろ、停滞雲の中は異常だからこそ非日常な光景がいくつも見て取れる。流れる水の粒が自身と同じ速度で揺れ動き、氷結して氷の彫刻が現れる。瓦礫が一塊となり、岩石惑星のように浮かんでいる。

 

 それらの光景を見ながらユナは今日も停滞雲の中を飛行しているのだが、今日はいつもの訓練とは異なる理由があった。それは今後挑戦するつもりである"雲海"に突入するための道具(ツール)作成だ。

 

 クラコはユナの飛行技術を信用し、必要最低限の身を守る道具をユナに作ってやった。気管を守るためのマフラーや体への結晶析出を防ぐケスケミトルなどがそれだ。

 

 次の段階としてクラコはユナがより楽に空を飛べるような道具の作成に着手する事とした。

 

 ユナはクラコより持たされた"あるもの"を手にして停滞雲の中を真上に飛んでいく。偽物の太陽が真下に輝こうとももはやユナを惑わすほどの威力は無い。例えすさまじい光度でもってユナの目を眩ませようとしたとして、それでもユナの飛行を遮る事はできないだろう。彼女はもはや肌に受ける感覚だけでも停滞雲の中を飛ぶことが出来る。目を瞑っていたとしても、彼女の進路が歪むことはないのだ。

 

 雲の直上を目指して翼をはためかせるユナは顔をまっすぐ上に向け、ぼんやりと雲の外の光が差し込む先に手を伸ばし、強い抵抗感を感じながらもそれを突き破り、ついに停滞雲の外側へと抜け出た。

 停滞雲内に存在する気流を利用して外へ脱出するのではなく、自ら纏った風で無理やり停滞雲から抜け出たユナはケスケミトルの内側に縫いつけられたポケットから携帯端末を取り出し、操作する。

 

「んーと、……もしもしクラコさん? 聞こえる?」

 

『──……聞こえてるわユナ。停滞雲を抜けたのね』

 

「うん、きれいだったよ?」

 

『ふふ、それじゃあまた帰ってきたときにお話し聞かせて』

 

「うんっ! それでね、クラコさんに頼まれたものだけど……」

 

 そう言ってユナは腰に巻いたエーテル繊維製のベルトに括り付けられていた円柱状の道具を手に取った。

 

「ねえクラコさん、これ"巻いたまま"でよかったの?」

 

『問題ないはずよ。完全に密閉していなければエーテルの影響は受けるはずだから』

 

 ユナが円柱状の道具の中心に括り付けられていた紐を解くと円柱状の道具は厚めの布として広がっていく。その姿はまるで巻物と呼ばれるものと瓜二つだった。長細く加工された布がくるくると巻かれ、巻物状に小さく収納されていたのだ。

 

『どうかしらユナ? 違和感はある……?』

 

「えーと、ちょっとまって」

 

 巻物の奥側、つまり巻物の最も内側は青色の布が使われており、手前側、つまり巻物の最も外側にある部分へといくにつれて暖色系の色へと段階的に変化している。

 

 この巻物の片面には白いシートのようなものが張り付けられていた。ユナはシートの表面を素手で触り、何かを考えるようにして青布のゾーンからゆっくりと次の色へ、最後の色である赤色ゾーンまで指を動かしていく。

 

「……うん、黄色くらいでザラザラしてるよクラコさん」

 

『なるほど……思ったより上手くいったわね』

 

 ユナが身に着けていた巻物の正体、それはクラコが自作した"雲海専用の高度計"だった。

 

 雲海はいくつもの停滞雲が寄り集まった非常に危険な領域だ。さすがに雲海内の詳細なデータは一般に公開されていない様だったが、それでも基本的な情報はいくらか手に入れる事ができた。

 

 雲海は単純に停滞雲の集まりではなく、複合した凶悪な環境の集合体である事、雲海は基本的に動くことなく、また降害によって消滅する事はないという事、雲海は三層に分かれており、上に行けば行くほど危険度が上がる事。

 

 そんな広大な雲海を渡り歩くための道具の一つとしてクラコは高度計を作ることを思いついた。一般的な高度計は航空機などに取り付けられているもので、機体が今どの程度の高さを飛んでいるのかを測定するための機器だ。

 

 この国にある雲海は小さいものでも一地方をまるまる覆ってしまうほどの大きさを誇る。ただ飛行するだけでも横断に一時間以上もかかるような広大な領域がそのまま雲海となっているのだ。内部は混沌とした異常な環境が広がっている事は火を見るより明らかで、何より層の変化によって環境は劇的に変化する。

 

 現在都市が公開している情報によれば、都市のカザヨミが到達できているのは比較的小さい雲海の、さらに下層部分に限られているらしい。

 

 都市はその功績を大々的に広報しカザヨミたちを称賛しているのだが、情報だけ見れば人類は雲海という領域に関してほんの僅かな部分にしか足を踏み入れていないという事がわかる。

 カザヨミが本格的に空の開拓に乗り出し、特級レベルのカザヨミたちによって雲海の調査が始まり早数年、それでも人類は雲海の中層へと到達できずにいた。

 

 それほどまでに中層以上の領域は危険極まりない領域であり、飛行難度が異なるのだろう。明確な境界線があるわけではないが、ある程度の高度を知っていれば層の境界が近い事を知れる。クラコが高度計の制作を考えたのは、ユナが誤って別の層へと入り込む可能性を減らす為だった。

 

「はぁ……雲ってすごい大きいんだね……」

 

 停滞雲の頂上から雲の上へと出たユナの視界に広がるのは、眼下に漂う停滞雲の群れだ。

 

 停滞雲の頂上から見下ろし、その全体像を窺うユナは視界いっぱいに広がる雲の大きさに、いつものように感嘆の声を漏らす。光に照らされより立体的に浮かび上がる雲の姿は地上では感じることのできない迫力を持っている。人が作り出した建築物とは異なる、なんの法則性も規則性も見られない雲の造形は人ならざる存在を強く感じてしまうほどに非常識だった。

 

『今ユナが飛んでいる高度は……端末によると高度5000m、地上から5キロほど離れた場所ね』

 

「えっと……高度計だとオレンジ、くらい?」

 

『そうなるわね。でもその高度計は端末が使えない雲海専用のものだから、普通の空を飛行する時は端末を見ないとダメよ?』

 

「うん、わかった」

 

 

 クラコが制作した雲海専用高度計。その原理は非常に単純なもので、雲海内に充満する濃いエーテルを利用して今どの程度の高さにいるのかを判断するための道具だ。

 

 雲海は停滞雲の集合体であり、雲の全長は地上から数えて数十キロもの高さになる事すらある。本来雲の発生など気象変化が起こるのは地上から10キロ程度の対流圏に限られているのだが、エーテルの未知の特性によるものか、それとも既知の停滞という特性によって対流圏以上の高度にまで空気が"停滞"してきているのか、そこまで昇ったことのあるカザヨミがいないのでなんとも言えないが、少なくとも雲海はこれまでの雲とは明らかに規模も性質も異なる存在だとは理解できるだろう。

 

 そんな雲海でどのように高度を知るべきか? クラコは悩みに悩み続け、連日頭を抱えて考えた。基本的に現代の高度計は衛星とのリンクにより高度を算出しているのだが、雲海内ではもちろん電波や通信が遮断されているのでそれは不可能。気圧を用いて高度を算出するアナログな高度計も雲海の中で気圧が一定という訳もなく、結果使い物にならない。

 

 では、どうすべきか。

 

 クラコは既存の高度計の仕組みが応用できないのならば、一からオリジナルの高度計を作る方が早いと考えた。雲海特有の性質を利用した、雲海内だけで使えるエーテル高度計を。

 

 

 クラコは膨大な資料と研究者の論文、推測などに目を通し、エーテルや停滞雲の特徴を把握した。発展して雲海に関する情報も集められるだけ集め、そしてこの高度計の開発目途を立てた。

 

 停滞雲の集合体たる雲海はその形成過程からも分かる通り雲海の特徴をそのまま受け継いでいるか強化されているという話だったが、その強化具合は層が上になればなるほどに酷くなる。

 

 それは周囲から集まった停滞雲がそれぞれ雲海の内側に入り込もうと動いた結果、元々内側にあった雲海の領域が突き上げられ、圧縮されて上に積みあがったからだと言われている。

 

 その形成過程によって外周と下層部はただの停滞雲と比べてエーテル濃度が濃く、その上の中層部は下層よりも濃度が高まり、それよりも上となればエーテルの濃度はさらに高くなっていると考えられている。停滞雲と同じようにエーテルの濃い場所や薄い場所といったバラつきはあるだろうが、平均してエーテル濃度は上に行くにつれ高まると予想された。

 

 

 その仮説を元にクラコが作り出したのが、巻物状の形をした高度計だった。

 

 巻物の片側に貼り付けられた白いシートはただの薄い布だが、エーテル繊維化されていないその布の表面には薄くエーテル溶液が塗られている。巻物の青い布部分と重なるシートには四度の重ね塗りがされ、暖色になればなるほど段階的に重ね塗る回数が減っている。最後の赤色の布の部分では一回だけ薄く塗られているのみで重ね塗りはされていない。

 

 青で四度塗り、紫で三度塗り、薄紫で二度塗り、オレンジで一度塗り、赤は重ね塗らない。

 

 重ね塗りされることによって停滞結晶の含まれた溶液の"濃さ"は高まる。重ね塗りが多くされた青い布の区画は溶液に含まれている微細な結晶が多く付着し、逆に赤い布の区画は結晶の付着は少量となっている。

 

 この、結晶の付着率におけるグラデーションによって雲海内で高度を測定する。これは先日ユナが身に着けていたケスケミトルの刺繍に停滞結晶が析出しやすかった結果から着想を得た仕組みだ。つまりは高濃度エーテルによる停滞結晶の析出はより大きな停滞結晶やより多く含んだ物体へと誘引されるように優先的に析出されるという特性を利用した仕組みである。

 

 エーテル高度計の使用方法は簡単で、雲海に突入し高度を知りたいときに巻物を広げて白いシートに触れるだけ。空気中のエーテルはより濃く、より大きい結晶へと誘因され結晶として析出する。その法則を利用し、白いシートに析出した微細な停滞結晶の有無を手で触れて確認するのだ。

 

 雲中のエーテルが薄ければ析出する力は低く、青シート区画のような濃い結晶付着エリアにはかろうじて析出するが、それより付着している量が少ないと析出するための土台となり得ず、析出することはない。

 

 空気中のエーテル濃度が高くなればなるほどシートの結晶付着量が低いエリアにも結晶が付着していくようになる。青色から赤色までの数区画に区切られたどのエリアまで停滞結晶が析出しているのかを手で触れて確認する事で濃度の上昇=雲海内の高度を知ることが出来るのだ。

 

 このように雲海の特殊な環境を利用した道具であるため、厳密には"高度"を測定しているのではなく、雲海内で自身の所在階層を特定するための道具ではあるが、呼びやすいので二人はこれを高度計と呼んでいた。

 

「……ねえクラコさん。今日のごはん、ぎょーざがいい」

 

『? どうして?』

 

「んーとね……この巻物、ぎょーざみたいだなって……」

 

『ああ、なるほどねぇ。ふふ、分かったわ、それじゃあその高度計くらいに大きなものを一緒に作りましょうか』

 

「うんっ! おっきいの作る!」

 

『あまり大きいと中まで焼けないかもしれないわよ?』

 

「えー!」

 

 ユナが高度計と腰のベルトを繋いでいる吊り紐を手前にくいっと引っ張ると伸ばされた巻物が先端部分からこちらへとくるくる巻かれながら戻ってくる。ユナは慣れた手つきで元の巻物の姿に戻った高度計を紐で結んで収納し、一つ大きく背伸びをして空の向こうへと飛んで行った。

 

 

 特徴的な模様が刺繍されたケスケミトルを身に着け、同じく模様が追加で入れられたマフラーをなびかせたユナは持ってきた道具がしっかりと固定されているのを確認し、高高度に吹く気流に乗って家路へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 その日から停滞雲の動向調査を行う都市の三級カザヨミたちの間で、民族衣装に身を包んだ青灰色の翼を見たという噂が流れるようになるの事をクラコとユナは知る由もなかった。

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