愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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34羽 嶺渡の姉妹

 

 オウミの都市が計画している第十三次雲海内調査計画は当初の予定通りの期日に実行される事が告知された。

 

 雲海内調査は数日かけて行われ、万全の状態を維持したまま中層への突入作戦(アタック)が実行される手筈となっている。この雲海内調査の主な目的は文字通り雲海の内部を調査する事で雲海の生成過程を解析する事にある。

 

 雲海の生成過程が判明すれば、そこから逆算して今後雲海が発生する際の予兆を察知する事ができたり、雲海の成長を予測する事も出来るだろう。

 

 さらに調査を進め、根本的な発生原因まで特定できるのなら雲海を停滞雲へと後退させたり、分解することも出来るかもしれない。

 

 今後の人類が雲海や停滞雲の脅威を避けるために雲海調査は非常に重要な計画なのだ。

 

 

 そんな雲海調査計画をオウミの都市はこれまで十二回も行っているのだが、この回数は他の都市ではまずありえない数字だ。そもそも雲海とは停滞雲が複合したとてつもなく危険な領域であり、おいそれと近づく事が出来るわけではない。

 

 雲海支配領域の境界は激しい気流が幾層も重なり合って壁のように存在し、それらの気流は全く異なる方向から吹き込んでくる。上下左右前後、ありとあらゆる不可視の流れは近づくカザヨミをいとも簡単に大地へと叩き落とす。それよりも外側の空域も決して安全とは言えない。雲海に飲み込まれる順番待ちをしている停滞雲が高い密度で寄せ集まり、本来停滞雲同士のあいだに生まれるはずの空路さえ存在しない。

 

 つまり、雲海に突入するには難度の高い停滞雲の中を突っ切り、激しい気流の流れを乗り切らなければならないのだ。その間に休憩できる場所など存在せず、雲海の中も同様だ。

 

 

 

「つまりっスね、私たちは雲海だけでなく雲海に行くまでの道のりも考えないといけないって訳っスよ」

 

 オウミの都市のカザヨミ訓練施設は今日も多くのカザヨミで賑わっていた。三級や四級のカザヨミは座学がメインなので教室棟は休日以外はいつもカザヨミたちが授業を受けるために集まっている。また、カザヨミとして発現したばかりの年齢の子たちはカザヨミに関する授業だけでなく、義務教育の課程もここで消化する事になっているのである意味カザヨミ生活の中で最も忙しい時期かもしれない。

 

 そんな教室棟の一つ、開放された屋上で第十七カザヨミ飛行隊の面々は近々行われる雲海調査について話をしていた。リーダーの沙凪ミサゴの方針で雲海調査までに新しいメンバーとの交流を優先させ、出来る限りコミュニケーションを取るようにしている。

 

「資料で確認しました。雲海の規模を1とするならば、その外周に広がる乱気流と密集停滞雲の範囲はおよそ2。……雲海に到達するには雲海の倍以上の距離を難なく飛行し切るだけの技術と体力が必要だと」

 

「うんうん! アトリちゃんは勉強熱心っスね~今どき珍しいっスよ!」

 

「これくらい普通です。カザヨミならば図書棟の資料はいくらでも閲覧可能ですから」

 

「まあそうなんスけど図書棟を利用するカザヨミ自体がほとんどいないっスからね~」

 

 屋上で今回の雲海調査計画の概要を記載した分厚い資料の束を広げ、(みぎわ)ヒタキは後輩である新人メンバーの嶺渡(ねわたし)アトリの勤勉さに舌を巻く。アトリはここ最近都市に住まう事を許可された嶺渡という人物の娘であり、特例でいきなり二級となったカザヨミだ。

 

 本人と会話するまではその実力を疑問視していたヒタキだが、実際に話をしてみればどうだ、三級四級がメインとしている座学の内容をアトリはほぼ完璧に頭の中に入れている。彼女が都市にやってきたのはカザヨミとして発現してからというので本格的に勉強を始めたのもその辺り、つい最近のはずだ。アトリの情報処理能力、理解力はカザヨミの中でも頭一つ飛びぬけている。

 

 飛行技術にしても既に熟達した二級レベルのホバリングとソアリングを習得しており、ただ飛ぶだけならば飛行隊メンバーである風花ツグミと同等と言ってもいい。もちろんそれ以外の技術においては経験の深いツグミが圧倒的に上ではあるが、それでもアトリの成長速度は驚くべきものだった。

 

「ミサゴ先輩はありまス? 図書棟使ったこと」

 

「三級の頃はよく利用していたな。テスト期間中はほぼ一日中居た記憶がある。最近寄ったのは先生が調べものをすると言って、それに付いていった時だったか」

 

「あ~、そういえば一時期先生が缶詰になってた事もあったスね」

 

「ハヤブサに関係する資料を調べに行った時だな。ツバメとの関連性もあるかもと数日は図書棟で寝泊まりしていたよ」

 

 カザヨミ訓練施設ではカザヨミとしての技術を教育するだけでなく、それ以外の教養を育成する機関でもある。かつてカザヨミが特権階級として自身を認識し、周囲へと横暴な態度を取ることを問題視した都市が、発現したばかりのカザヨミにそれらを抑制する教育を施すための施設としての面もあった。

 

 とはいえカザヨミが特別な存在であり、様々な恩恵を享受している事に間違いは無く、教育を施すというのも都市外の人間が授業を受ける事すら難しい現状、カザヨミが"特別"な存在であるという認識をさらに強めるだけでしか無かった。

 

 そのため訓練施設での教育以外の面では主に下級のカザヨミの教育は上級のカザヨミが自主的に担当する事が多い。座学中心の三級四級のカザヨミに、空での活動が主な一級二級が精神的な成長を促す役割を担うのだ。

 

 そうやって生まれた先輩後輩の関係はカザヨミたちの中で特別な間柄として形作られ、中には飛行隊という形でその後も継続するパターンもある。ミサゴの第十七飛行隊も最初は先輩であるミサゴと後輩のヒタキの二人から生まれた隊で、その後今度はヒタキが先輩となり、新しく入ってきたツグミが後輩となって先輩後輩の関係は続いていった。

 

 そのため今回新たに飛行隊メンバーに加わる事になった嶺渡アトリの教育は順番的にツグミが行う事になった。新人とはいえアトリは既に二級であるため最初は特級のミサゴや一級のヒタキが先輩となって教育しようかという話があったが、ツグミは階級的なものを気にすることなく、アトリの教育は自身に任せてほしいとミサゴに願い出た。ミサゴもそれならとツグミに任せ、そうしてツグミの教育は問題なく現在まで続いていた。

 

 ツグミの教え方が上手いというのもあるが、アトリの飲み込みの早さや同じ二級でも先輩としてツグミの指示に従うアトリの性格が幸いした形だ。

 

 しかし、本来下級のカザヨミというのはカザヨミという特権をひけらかし、周囲の人間を下に見るのが一般的だ。飛行隊のメンバーはアトリの姿勢に感心しながらも、彼女の性格は都市では稀有なものだとしっかり理解していた。

 

 

 

 

「皆さんお待たせしました。連れてきましたよ」

 

 ミサゴたちが屋上で雲海調査計画について話をしていた時、その場にいなかった風花ツグミがやってきた。ツグミの後ろには翼を発現させたままの見知らぬカザヨミがいる。

 

 調査計画の概要が説明され、計画の中に二級と三級のカザヨミを組み込むという話が発表されてすぐミサゴたちの飛行隊はとある雲海突入メンバーの教育を先生から任された。ミサゴが予想していた通り、そのメンバーとは雲海調査計画で唯一の三級カザヨミである嶺渡アトリの妹、嶺渡イスカだった。

 

「この子がイスカさんです。イスカさん、この方が飛行隊のリーダーの沙凪ミサゴさん、一級の汀ヒタキさん、アトリちゃんは……ご存じですね」

 

「……ふん」

 

 ツグミの隣にいる少女は長い黒髪をなびかせ、その毛先を指先で弄りながら携帯端末に視線を落としている。ツグミの声に顔を上げた少女は飛行隊の面々へと視線を移し、小さく鼻を鳴らして挑発的な視線をミサゴに向ける。

 

「なーんだ、特級ってゆーからどんなのかと思ったら、いっつもえらそーな事ゆってくる先輩じゃん」

 

 生意気そうな顔を隠すこともせず、イスカは幼い声音でミサゴを煽り、ずんずんとミサゴの目の前までやってくる。イスカは発現させたままの茶色い翼を威嚇するように大きく広げた。

 

「はじめましてせんぱい、これからどーぞよろしくおねがいしまーす」

 

 殊更馬鹿にしたような口ぶりで挨拶にもなっていないような挨拶をするイスカの様子に飛行隊のメンバーの反応は様々だった。イスカを連れてきたツグミは一足早くイスカの性格に触れていたためかこうなる事を予想していたらしく、申し訳なさそうな表情をしており、ヒタキは久々に見たイキの良いクソガキっぷりを発揮するイスカの様子に感嘆し尊敬の念すら抱いている。もちろん悪い意味でだが。

 

 イスカの標的となった当のミサゴだが、小さく首をかしげるだけで挑発に関してはなんとも思っていないようだった、先生から見せてもらった資料からイスカの実力はある程度把握しており、それが自身を脅かすものではなかったのでイスカに対する警戒心というものもほとんどなかった。ミサゴにとってイスカなど小さなひな鳥……いや、まだ孵化さえしていない小さな卵程度の認識しかしていなかった。わずかに揺れ動く物体、というなんともかわいそうな認識だ。

 

 ミサゴがイスカに対して馬鹿にしているとか、下に見ているという訳ではなく、実際の飛行訓練内容などからそれが瞭然たる事実なのでミサゴはイスカの行動に心動かされる事はなかった。

 ミサゴがイスカの挑発の際、首をかしげていたのはこれまでミサゴが出会った生意気なカザヨミたちならば挑発の後、間髪入れず翼でこちらを叩くくらいの事をしてきた為、イスカもその程度はするかと思っていたのにそれすら無く肩透かしを食らった故の動作だった。

 

「それじゃあはじめまスか」

 

「はあ!?」

 

 挑発が上手く決まったとでも思っているのだろうか、イスカが胸を張って得意げにしている。その間にメンバーは全員「あーはいはいそのパターンね」という共通認識をイスカに抱き、とりあえず無視してヒタキが雲海調査計画について話を始めた。

 

「ちょっと! アンタらなんのつもり!? 私はあの嶺渡イスカよ! 飛び級で三級になった、すぐに二級に昇級するだろうってゆわれてる嶺渡イスカなのよ!? 何無視してんのよ!」

 

「そんなつまんない事よりもっと重要な話があるんスよ。ほら、ツグミちゃん座って座って」

 

「は、はい」

 

 軽くあしらうヒタキの姿にイスカは面白くないときつく睨みつける。だが、それでもヒタキの表情は変わらない。

 

「なによっ、アンタみたいな翼も出していないようなカザヨミが私を無視していいと思ってんの!?」

 

「翼って……はあ、なに言ってんスかねこのガ……この子は」

 

 イスカは威張るように自身の翼を広げるが、それを見てヒタキは怒りを通り越してあきれ果てる。下級のカザヨミはイスカのように自身がカザヨミである事を自慢するため翼を発現させて街を歩き回る。その光景はヒタキたちも何度も目撃している為そこまで珍しくないのだが、目の前のイスカはどうにも"それ"がカザヨミ内での常識と認識しているらしかった。

 

 翼を発現させ、カザヨミである事を周囲に認識させてこそ、力のあるカザヨミのするべき事なのだと。

 

 あんまりにも捻くれたイスカの思考にヒタキは頭が痛くなってくる。カザヨミが一般人に横暴な態度を取るという問題はこれまでも何度か報告されているが、それが常識だと信じているようなカザヨミは初めて見た。

 

 イスカはヒタキに詰め寄り無視するなと喚いているが、ヒタキはその歪んだ性格をどう矯正すべきか困り顔でミサゴへと視線を向ける。

 

「ふむ……。イスカ、君は空を飛んだことがあるかい?」

 

「なに? 馬鹿にしてんの? あるにきまってるじゃない! 私はカザヨミなのよ! 選ばれた優秀な、ね!」

 

 ミサゴの言葉にイスカは反射的に言葉を返すが、嘘は言っていない。嶺渡姉妹の妹、嶺渡イスカは翼の発現から一週間も経たずに空を飛んだ秀才だ。座学においては落ち着きがないと教師陣に認識されているが空を飛ぶ事に関しては確かに才能があった。少なくとも三級の上位レベルである事は偽りなく事実だった。

 

「そうか、それなら少し私と飛んでみないかい? 雲海調査でも私たちは一緒に飛ぶんだ、なら少し慣れておいたほうがいいだろう?」

 

「ふん! 私なら雲海ぐらいなんてことないわよ! いいわ、一緒に飛んであげる! ついてきなさい!」

 

「ああ、お願いするよ」

 

 怒りのままにイスカは屋上から空へと飛び出していってしまった。ぐんぐんと高度を上げ、激しく翼を動かすイスカの隣へ静かにミサゴが近づく。

 

 三級になったばかりのイスカと特級のミサゴ。隣同士で飛べばその違いは誰が見ても明白なものとなる。

 

「ダメダメっスね。まるでなってないっス。」

 

 空を飛ぶイスカの姿はヒタキが言う通り、お世辞にも美しいとは言えなかった。確かに飛んでいるし、三級ならばまあ合格ラインだろうという飛び方だが、如何せん無駄な動きが多い。

 

「まだ鳥のイメージが強いっスね。カザヨミはあんなに翼をバタバタさせる必要なんて無いっス。BWでハヤブサの動画見て勉強した方がいいんじゃ無いっスか?」

 

 カザヨミは確かに鳥のものに酷似した翼を持つが、その運用方法は鳥のものとは大きく異なる。それは座学の時間に必ず教えられる知識であり、ただのイメージだけで飛んではいけないという教えでもあるのだが、どうにもイスカの飛び方は鳥をイメージしたところが散見される。飛び方を知らないカザヨミが見様見真似で空へ飛び上がっただけという印象だ。

 

「ヒタキ先輩、その、言い過ぎでは……」

 

「いやツグミちゃんこれは全部事実っスよ──あ、」

 

 ヒタキの言葉は確かにその通りで、イスカの動きは慌しく彼女たちがハヤブサと呼称している無所属カザヨミと比べればその差は歴然。さらには飛び立つときに相応の助走を必要としていたし、空中で静止するのも一苦労といった具合で基本的な翼の動きも雑に見える。それを指摘しているだけなのでヒタキとしては窘められる謂れはない、のだが、ヒタキがツグミへと顔を向けると、ツグミの視線は遠慮がちにアトリへ向いている事に気が付いた。

 

 先ほどまでヒタキが扱き下ろしていたイスカは、アトリの妹なのだ。妹を悪く言われて姉として不快に感じているかもしれない。ツグミはそれを訴えているのだ。

 

「あー……ごめんっス。言い過ぎたっス」

 

「いえ、事実ですから」

 

 だが、アトリの言葉は予想以上に平坦なものだった。視線は空を飛ぶ二人……いや、ミサゴだけに注がれており、隣を飛んでいる妹には一瞥することもない。

 

 まるで、見る価値もないと断じているかのように。

 

「あの子は、血のつながりがあるだけの存在でしかありません」

 

 アトリは無表情のままそう言い切った。一切感情の含まれていない冷ややかな声音にツグミとヒタキは違和感を覚え、先ほどまでの会話の内容を思い出していた。

 

 アトリとイスカは血のつながった姉妹だ。母親と共に都市に来た珍しいカザヨミの姉妹だ。だが飛行隊と合流した妹のイスカは姉のアトリと一切会話をしていなかった。ミサゴに突っかかり、ヒタキに呆れられる時も姉妹は全く会話をしなかった。

 

 互いが互いに無視しているかのような、交流している雰囲気を全く伺わせない、冷え切った関係を垣間見た。

 

「……これ、本当に大丈夫なんスかね……」

 

 雲海調査が始まる前に盤石にしておきたいチーム内のコミュニケーションに決定的なヒビが入る……いや、既に入っていたような感覚を覚え、ヒタキは力なくうなだれるしかなかった。

 

 

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