愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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3羽 二人のはじまり

 

「ん~……ふわぁ……あ、そっかリビングで寝ちゃってたんだ。……ユナちゃんは……居ない、か」

 

 クラコの隣で眠っていたはずのユナの姿は何処にもなく、他の部屋に居るのかと探してみたが、玄関に置いてあったはずのユナの靴がなくなっている事に気が付き、彼女がこの家にはいない事をクラコは理解した。

 

「まあそっか。よく考えれば知らない人間の家だもんなぁ……ご飯は、手つかずか」

 

 目を覚ましたクラコはユナが居ないことに驚いたものの、そもそも帰る場所があるならここに居続けるはずもないと、肩を落としながらも納得した。しかし、ユナが寝ていたリビングの机の上に、とある紙が置かれている事に気が付き、クラコの目はつり上がり、怒りがにじみ出る。

 

「……なによ、これ。一体どういうつもりで……!」

 

 怒りのままに指先に力が入り、手に持った紙がくしゃりと音を立てる。だが、紙が置かれた理由を問おうとしても、当の本人は既にどこにもいない。

 

「そういえば……私、あの子について何も知らないんだ……」

 

 どこに住んでいるのか分からず、それどころかユナと呼んだ少女の本名も知らない。ただ部屋に上げて、安心できる場所で寝させただけ。

 

「……、ああもう!」

 

 クラコは自分が何をしたいのか、少女の為に何をするべきなのか。何も分からず頭をかかえる。

 

 ユナに出会った時のような、すべてに疑心を向けているであろう目をさせたくない。ユナが少女らしく、幸せの中で成長してほしい。こんな、いつ誰が死ぬかも分からない時代だからこそ、その想いは強くクラコの中にあった。

 

 だが、そのために自分は何ができるのだろうか? 結局は赤の他人であるクラコが、ユナに出来ることなどあるというのだろうか? そしてそれをユナは望んでいるのだろうか? クラコ自身の自己満足に過ぎないのではないだろうか?

 

 クラコは窓の外から隣接する公園を見る。朝靄に浮かぶ公園には誰もおらず、脳裏に昨日のユナの姿が思い浮かぶ。

 

 少女はあの時のような何もかも諦めた顔で、どこかで生きているのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 少女、周防由那(すおうゆな)には両親が居ない。物心つく頃には既に叔母の家で肩身の狭い生活をしていた。家は離れにある物置同然の小屋をあてがわれ、そこで一人生活している。

 

「由那、アンタ昨日どこ行ってたんだい? 姿が見えなかったけど」

 

「あの……友達の、家に……」

 

「あっそ、どうでもいいけどこっちに迷惑かけるようなことはするんじゃないよ」

 

 クラコの家から帰ってきたユナを待っていたのはユナを睨み付ける叔母だった。叔母はユナの姿を一目見て、それ以降視線を合わせようとしない。ユナがおどおどしながら"友達の家に居た"と言っても、叔母はそれ以上追及することはなかった。

 

 いや、叔母にとってユナの存在など、どうでもいいのだろう。それ故に叔母はユナが朝帰りしようが、見知らぬ人間と交流をしていようが気にする事はない。彼女にとってユナは心配に値する存在ではないのだ。

 

「はい。分かりました叔母さん……」

 

 そしてユナも叔母の言葉に粛々と従う。幼少の頃より叔母から嫌味の含まれた言葉をさんざん投げかけられ、その扱いが当然なのだろうと思っていた。自分は叔母の家族に引っ付いているだけの邪魔者なのだと、どこか諦めていた。

 

「ふんっ! ホントにあの子たちの邪魔だけはしないで欲しいわね……」

 

「……ごめんなさい」

 

 叔母の言葉はうつむくユナへに深々と突き刺さる。そしてそんなユナを遠くから見ているのは、叔母の娘である二人の少女。ユナと同年代であろう少女達は、けれどもユナよりも健康的で清潔な姿をしていた。

 

 十分な食事をして、清潔な衣類を身にまとい、肌や髪の手入れも欠かさず行われているであろうその姿は、ユナとは対照的に映る。しばらく叔母は娘たちがユナの姿を見ている事を知っていながら、何度もユナに当たり散らし、そのたびにユナは頭を下げて謝罪し続けた。

 

 叔母の娘のうち、妹はユナの姿を見てクスクスと笑い、姉は静かにユナの姿を見つめ続けている。その光景は叔母が満足するまで続き、ユナが解放されたのはそれからしばらく経ってからだった。

 

 

 

 

 

 

 ユナに与えられた小部屋は物置として利用されている為、その空間の半分程度がよくわからない物で占領されている。そこにユナは薄い布一枚を布団代わりにし、段ボールを机代わりにして生活していた。天井からつるされた裸電球が唯一の明かりとして機能しており、窓はあるものの開閉させる事も出来ず、物置という性質上そこには格子がはめ込まれている。

 まるで牢屋のようなその部屋が、ユナに許された唯一のプライベートな空間だった。

 

 叔母はユナを面倒な存在と認識し、必要最低限の世話以外に手を貸す事はなかった。叔母の娘である二人の少女が着なくなった古着を与え、お湯を沸かす手間と電気代が無駄だと言って冷水で体を洗わせた。家の中をウロチョロされるのが目障りで、娘の教育に悪いだろうと家から離れた小屋に住まわせた。

 

 それが今までのユナの生活だった。自分の生活と、その隣の温かく幸せそうな叔母の家族の生活。その差がユナにこれ以上ない寂しさを抱かせる。だからユナはその家から逃げるように一人で外に出かける事が多かった。

 

 外は危険な場所だと、教えてもらう大人もおらず育ったユナ。叔母はユナが外へ出る事を注意しなかった。

 

 むしろ、そのまま家に帰ってこなければいいのに、と思うくらいにはユナの存在を疎ましく思っていた。だが、それも仕方のない事なのかもしれない。この世界は都市という例外的地域を除けば国という体制を失っている。子どもを一人育てるのさえ中々に難しい。だからこそ捨て子が社会問題化している訳だ。

 

 二人もの娘を育てている最中に、姉の子供とはいえよく知らない子どもを育てろと言われれば、捨てられないだけユナの扱いはマシな部類なのかもしれない。

 

「……ただいま」

 

 ユナの言葉に返事をする者はいない。小屋の冷たい床に敷かれた布切れに倒れ込むユナは、昨日の出来事を頭の中で何度も繰り返す。

 

 クラコと出会った時、ユナはその綺麗な女性の姿に見惚れていた。派手になりすぎない程度に施された化粧に、整えられた美しい黒髪、すらりとした姿。特にユナの目を引いたのはその美しい指先だった。鮮やかで慎ましい桃色のネイルが一際クラコの女性らしさを際立たせ、幼いユナには成人したばかりのクラコが大人びて見えた。

 

 ユナが普段目にする人間と言えば、華美な装飾品を身に着けた怖い叔母と、顔もよく見たことの無い叔母の娘二人程度。家の恥だからと叔母は来客の際にはユナを小屋に閉じ込め決して外には出さなかった。

 

 だからユナは初対面の人との話し方が分からなかった。目の前の女性、クラコは自身に気を遣うよう声を掛けてくれているのに、どうにも上手く言葉が出てこない。

 だがクラコはそんなユナを怒鳴る事も無く言葉を待ってくれている。お腹が空いているだろうと夕飯を食べないかと言ってくれた。

 

 その時のユナはクラコについていくか迷っていた。"知らない人に付いていかない"というのは叔母が娘の二人に言っていた言葉だ。けれど、叔母はその言葉をユナに言った事は無かった。

 ユナの存在は叔母にとって邪魔でしかなく、居なくなって欲しいとさえ思っている。叔母がそのように考えている事はユナも薄々理解していた。それでもユナの世界には叔母しかいなかった。ユナは幼子特有の保護者からの愛情に飢えていた。

 

 だから、ユナはあえてクラコについていった。叔母に対する無意識の反抗と、ユナが本当に居なくなれば叔母も心配してくれるのではないか、という期待もあった。

 

 初めて訪れた他人の家は、小屋で暮らしているユナにはとても大きく見えた。足で感じるカーペットの柔らかさも、部屋にかすかに香る甘い匂いも、手渡されたクッションの暖かささえ、ユナには初めての体験だった。

 

 こんなにも温かく落ち着ける場所など今までなかった。怒鳴り散らし、勢いのままお腹を殴られる事も、目覚ましの代わりに蹴られる心配もせずに居られるだけで、それまで張りつめていた緊張の糸がぷっつりと切れるような気がした。

 

 

 

 そうして無意識のうちに眠っていたユナが起きたのは、クラコが起きる十数分前だった。自分がクラコの家にやってきた理由も忘れ、叔母に怒られると焦ったユナはすぐに叔母の家へと帰ろうとした。しかし、隣で寝ていたクラコの寝顔を見て、一瞬ためらいが出る。

 

 叔母は自身を育ててくれた存在である。だが、クラコほどに優しくされた経験は無い。

 

 だがユナが躊躇したのは一瞬だった。結局クラコは赤の他人であり、暖かな寝床を提供してくれたのも、一時的な同情でしかない。それでも、生まれて初めて優しくされたお礼をしたいと、ユナはポケットの中で大切に大切に持っていた"紙"を机の上に置いて部屋を出ていった。

 

 

 

 

 ユナは初めて経験した人のやさしさ、毛布の温かさを冷たい床の上で思い出す。あんなにも綺麗で幸せな事がこの世にあったなんて。人の手が、あれほど優しく肌に触れることがあったなんて。

 

 その思い出だけでユナはこれからも生きていけるような気がした。

 

 

 だが、そんな歪な平穏は突如として終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラコはあれから毎日のようにバイト終わりに公園へ寄る生活を続けている。自宅の隣にある公園なのでそれほど面倒ではないし、探し人を見つけるためならばその程度なんてことはない。

 

 何でもない日も、風が強い日も、雨が降る日だってクラコは公園でユナの姿を探し、家に帰ってからも食事や仕事をしながらもチラチラと窓の外に見える公園の様子を伺っていた。

 

 だが、それから一週間たってもユナは公園に現れなかった。当然、クラコの住む団地を訪れる事もなかった。

 

「……はぁ、嫌われちゃったかな……」

 

 そもそも家に招き入れたのも半ば強制的なところがあった。ユナが明確に拒否しないのを良いことに、家に連れ帰ったのだから。

 

「親御さんに叱られたのかな……」

 

 項垂れたクラコのひとりごとは止まらない。当初はユナが置いていった"紙"の存在がクラコを怒らせていたのだが、その熱も一日二日と時間が経てば徐々に冷めていき、今ではユナと会えない事に寂しさを覚えるまでになっていた。

 

「い、いやいや。顔出さないって事は自分の所の家で楽しく生活してるはずだし、そんなに心配しなくてもいいじゃない。……けど」

 

 ユナが平穏無事に生活しているのならクラコが心配することなど何もない。だが、ユナの姿はとても平穏に生活しているようには見えなかった。どんな生活を強いられているのか……。

 

「ああもう! ……結局、私ってユナちゃんに何をしてあげたらいいのかな……?」

 

 そもそも、ユナは助けを求めているのか……?

 

「わかんない……。結局こんなの、只の独りよがりなんだよね……」

 

 窓の外に見える空はどんよりと灰色の雲が空を覆っている。決して動くことの無い停滞雲に雨雲が合流したそれは灰色の雨を降らせる。次第に雨脚は強くなり、ぽつぽつというものからざあざあという勢いへと変わっていく。

 

 停滞雲は瓦礫の塵を含んだ雨を降らせ、辺りを真っ暗に塗りつぶす。空気に金属臭さが混じり、温度を奪って肌寒い空気が漂ってくる。

 

「……こんな日は……ユナちゃんも家で温かくして過ごしてるのかな……?」

 

 ふと家の窓から公園の様子を覗き見る。こんな天気の中、居るはずもないと分かっていながらクラコは灰色の雨で濁った視界に目を細め、公園を見る。

 

 強い雨が地面を強かに打ち鳴らし、誰もいないはずの公園の風景を霞ませる。僅かに残っている遊具も雨に打たれ、白いしぶきがここからでも分かるほどだ。

 

 だが、そんな誰もいないはずの公園の前に佇む、小さな人影を見つけクラコは目を疑った。

 

「うそ……!? どうして!?」

 

 思わず窓を開け、身を乗り出すクラコは体が濡れる事すら構わず、公園の前で傘もささずに立ち尽くしている少女の姿に目を奪われる。

 灰色の雨によって服はひどく汚れ、綺麗な髪の毛も、細すぎる体も冷たい雨にさらされた少女……ユナの姿を。

 

「ちょっと!」

 

 思わずクラコは部屋を飛び出しかけるが、寸でのところで冷静に思考を働かせ、風呂場から一枚のバスタオルを引っ掴み、玄関に置いてある傘を傘立てから乱暴に抜き取りそのまま走り出していった。

 

 

 

 

 

「ユナちゃん!!」

 

「あ……」

 

 部屋から飛び出したクラコは邪魔になるからと傘をささずユナの下へと急いだ。クラコが声をかければ、ユナはそのか細く儚い声を漏らす。唖然とした様子のまま感情の無い声音のユナに、構わずクラコは近づいてそのままタオルを頭から被せ、傘をさしてやった。

 

「何してるのっ! こんな雨の中で!!」

 

「ごめん、なさい……」

 

「謝って欲しいわけじゃ……! ああもう! とにかく家に行くわよ! いいわね!」

 

「あ、……」

 

 勢いのままユナの手を握ったクラコはユナを引っ張って家へと急ぐ。

 

 余りにも焦っていたクラコは、ユナの手が雨で驚くほど冷たくなっている事も、クラコに触れられた事にユナが体を強張らせなかった事にも気が付かなかった。

 

 

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