愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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40羽 交流のはじまり

 

 その日、クラコの情報端末には珍しく動画編集ソフトが立ち上がっていた。映るのはこれまでユナが突入してきた停滞雲とその内部で撮影された動画たちで、それらはクラコの手によっていくつかの動画に編集され、動画投稿サイトへとアップロードされるのを待っていた。

 

 内容はカザヨミが飛行しているだけという、それだけ聞けば他のカザヨミ配信者が投稿しているものと変わりなく、そのうえクオリティとしてはやはり数段落ちてしまうような動画だった。編集ソフトはフリーのものを利用しており、編集している情報端末自体も数世代前のもの。加えて撮影している機材も専用の高額なカメラなどで無く、これまた数世代前の型落ち携帯端末のカメラのみという、本来ならば数多くの視聴者に視聴されるほどの魅力がある動画には仕上がらないように思えるが、その動画内容はただ飛行しているだけ、というものではなかった。

 

 動画の最初数分は簡単な自己紹介と空に飛んでいく光景が映し出されるだけの、よくあるカザヨミ配信者の動画だった。ここから空を飛んでいるカザヨミのカメラから撮影される空の光景が映し出され、空路を行き来するのが一般的なカザヨミの動画や配信だ。

 

 だが、クラコが編集した動画はその一般的から、かなりのズレ具合を見せていた。

 

「さて……それじゃあ試しに一つ投稿してみようかな」

 

 軽い調子でクラコは編集済みの動画ファイルの一つをBWにアップロードする。動画配信サイトであるBWは基本的に有料コンテンツへの登録か、サイト側が設定した総再生数やチャンネル登録者数を越えなければ日に数回しかアップロードできない仕様になっている。かつて数秒程度の動画を数百個一気にアップロードするという迷惑行為が発生し、その対策としてこのような仕組みにされているらしい。

 

 ハヤブサのチャンネルは有料コンテンツの利用はしていないし、設定された条件はクリアしているものの日に何度も投稿する予定も無いので一日にアップロードできる回数は限られている。

 

 なのでクラコは試しの動画を投稿し、その後BWの反応を見て次の動画投稿をしていけばいいやと考えていた。過去一本だけ投稿して話題になった空路再開拓動画の影響も落ち着いてきた様子のBW界隈ならばそれほど話題にもならないだろうと考えていたのだ。

 

 だが、その考えはかなり甘かった。前述した通り通常のカザヨミの配信は既に開通している空路を巡るのが一般的だ。だが、クラコが試しに投稿しようとしている動画を含め、編集済みの動画はそのすべてがかつてユナが訓練と称して踏破した停滞雲突入時の動画だったのだ。

 

 停滞雲へ入り込めるカザヨミは基本的に上級や完全装備のカザヨミがほとんどで、下級が入り込むのは無謀と言えた。新人のカザヨミが停滞雲に巻き込まれれば命の保証ができないと言われるほどに危険地帯であり、都市所属のカザヨミが停滞雲に入り込むには許可が必要とされるほどだった。

 

「よし見直しオーケー、ほいっと」

 

 そんな、投稿するには刺激が強すぎる動画をクラコは気軽な気持ちでBWに放り投げてしまった。投稿直後、そこまで話題にはならないだろうと楽観視していたクラコは端末から目を離し、夕飯の用意をし始めた。

 

「今日もユナはあそこで遊んでるのかしら? もう、すっかり慣れちゃって」

 

 そう言ってクラコは今日も雲海の外周部を飛び回っているだろうユナを想い、仕方ないと肩をすくめる。初めて雲海の支配領域に挑戦したあの日から、ユナの訓練場はもっぱら雲海支配領域内となっていた。きっと鼻歌なんて歌いながら空の上の光景を楽しんでいる事だろう。

 

「そうねえ……今度は雲海近くを飛んでいる動画も投稿してみようかしら? 他に投稿されている動画は見たことないし、珍しさで見てくれる人もいるかもしれないし」

 

 BWに雲海近くを飛んでいる動画が投稿されていないのは、そもそも雲海に近づけるカザヨミなど数えるほどしかおらず、停滞雲を超える超危険空域である為カメラを回せるような余裕のあるカザヨミなど居ないということなのだが、クラコの中でカザヨミの基準になっているユナが雲海の近くを軽々行き来している為、そのような思考には至らない。

 

 そうしてクラコの投稿した動画はその内容と共に新たにBW内で話題となっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 店長とクラコに話を聞いた風花ツグミはその後、いくつかの建築物を見て回り滑走路となりうる場所を確認して帰路へとついた。都市で待っていた先生へそれらの報告を済ませたツグミは先生から長期の休暇を与えられ、今はカザヨミ訓練施設の中にある自室におり、なんとも険しい顔で情報端末を睨んでいた。

 

「やっぱり、当日は少し天候が荒れそうですね……」

 

 ツグミが見ているのは都市が公開している天気予報だった。それによると雲海への突入が行われる日は雲海近くに存在する停滞雲の動向が不安定になる可能性があるとされている。もう少し詳しい内容を調べようとするツグミだが、都市はそれ以上の情報を公にはしていないようだった。

 

 周辺の都市に対して優位性を確保するために情報を秘匿しているのだろう。これ以上の雲海周辺の情報を知れるのは実際に雲海へ突入するメンバーくらいだろう。メンバーから外れている二級のツグミには知ることのできない情報だ。

 

「……私が不安に思ってても仕方がないですね……危ないと判断されたら先生がしっかり止めてくださるはずですし……」

 

 自身が蚊帳の外に居る事に若干の疎外感を感じつつ、ツグミは同じメンバーの事を想う。先輩であるミサゴやヒタキは心配しなくてもいいだろう。ミサゴは特級として過去にも雲海調査計画に参加しているし、ヒタキも相応の実力を持つ一級だ。最近飛行隊の仲間入りをした姉のアトリもこちらの話はしっかりと聞いて理解してくれる。唯一の不安要素である妹のイスカも先輩達がいればそうそう問題行動は起こさないだろう。

 

 そんな事をぼんやりと考えていた時、ツグミの情報端末から通知音が響く。

 

「……あれ、通知? ──って、これは!?」

 

 ツグミが登録しているBWのアカウントに一つの通知が届いた。それは登録しているチャンネルが新しい動画を投稿したという旨の通知で、それほど珍しくないものだったが、その通知に記載されていたアカウントを確認し、目を見開く。それは初投稿してから音沙汰のなかったハヤブサのチャンネルが、新たな動画を投稿したという通知だったからだ。

 

 すぐさまBWにログインし、件の動画を確認するツグミ。通知は投稿されてからすぐさま発信されたもののようで、投稿からまだ数分程度しか経っていなかった。にもかかわらず既に再生数は数千を記録し、いくつかのコメントも書き込まれていた。

 

「うそ、もしかして雲の中に……!?」

 

 動画の内容はやはり屋上らしき場所から始まり簡単な……いや、むしろ簡素ともいえるほどシンプルな自己紹介を終えて空へと飛び出していった。そこまでは前回の動画と変わりなく、ツグミは今回もどこかの空路を飛行するのかと考えていた。だが、その予想ははずれ、なんとハヤブサは停滞雲の中へと突入しようとしていた。

 

「すごい……こんな、こんな綺麗に飛べるなんて……」

 

 映るカメラ映像は恐るべきことに一切ブレが無い。停滞雲の中は激しい気流が縦横無尽に襲い掛かり、体勢を維持する事すら難しい。そんな中でハヤブサは悠々と翼を広げ、カメラの映像が乱れないほどのレベルで安定して飛行し続けているのだ。機械的な通信方法が通用しない停滞雲内部という事でこの映像がドローン等で撮影された偽物という可能性は潰えた。停滞雲の内部がそもそもCGなどで作られた偽物という可能性もあったが、二級カザヨミとして何度か停滞雲内部に突入した事のあるツグミには分かった。この映像は本物だ。

 

 もしも精巧に作られた映像であったとしても、停滞雲の内部がどのようになっているのかを知っている上位カザヨミの協力でもなければここまで"らしい"映像を生み出す事はできないだろう。

 

 一度でも停滞雲を体験したことのあるカザヨミならばこの映像を否定する事はできない。それでも動画のコメント欄にはそれなりに映像が偽物ではないかという書き込みが目立っていた。

 

(これは仕方ないかも……カメラの画面がブレてなさ過ぎて合成みたいになってますし……)

 

 初投稿されたハヤブサの動画からハヤブサ本人の実力をある程度把握しているカザヨミたちはかねがねこの動画を本物だと受け止め、ハヤブサに対する評価をさらに上げた。中には撮影された星空のような光景に歓声を上げるハヤブサに共感する声さえあり、もはやハヤブサはBW内でカザヨミたちのアイドル的存在になっているようだった。

 

 対して下級や新人カザヨミらしい者たちは信じられないほどのハヤブサの技術と停滞雲踏破能力に現実を受け止められないようで、しきりに偽物だ合成だと批判的な書き込みを行っていた。だが、そう言いたくなる気持ちはツグミも痛いほど理解できた。きっと自身も特級のミサゴが評価していなければ同じように考えていたかもしれない。

 

「……あれ? でも、ここって……」

 

 動画は十数分程度の短いものだったためそれほど時間をかけずに最後まで視聴する事が出来る。停滞雲に入り込み、内部の光景を映し、そして停滞雲の上から脱出するという一連を収めた動画をツグミは何度も繰り返し視聴し、そしてあることに気が付いた。

 

 動画の最初、ハヤブサが自己紹介を行っている建物の屋上とそこから見える光景に既視感があったのだ。まるでつい最近、何処かで見た光景のような……。

 

「……あ、店長さんのところの……!」

 

 その既視感の正体はすぐに判明した。先日都市外へ先生の指示で店長と呼ばれる人物と、そこに居たクラコという人物と話をしていた地域、そこでの調査途中で見た光景と瓜二つだったのだ。

 

 大きなビルの屋上や劣化前の建物の屋上は都市からの救援物資を運ぶカザヨミのための着陸場所として整備されている場所もあり、ツグミはそれらの開けた空間や屋上などの元ヘリポートをハヤブサが利用しているかもしれないといくつか発見場所を記録していたのだが、その一つとハヤブサが自己紹介をしていた場所があまりにも似すぎていた。

 

 都市外は瓦礫に覆われ何処も同じような光景が広がっているが、確かにその映像はツグミの記憶と合致しており、それは先生の推測が当たっていた事を意味していた。 

「そんな……どうしてこのタイミングで……?」

 

 そうなると疑問に思うのはどうしてこのタイミングで動画がいきなり投稿されたのかという所だ。先生がハヤブサの拠点と思わしき地域を特定し、そこで自身が調査に赴いた数日後に投稿された動画。

 

 普通に考えれば偶然でしかないように思えるが、カザヨミの高い記憶力がツグミに別の可能性を示唆する。

 

 あの日、あの時、店長とクラコという女性は確かこう言っていたのだ。

 

 "そのハヤブサ何某(なにがし)が新しく動画でも投稿するのを待つしかないんじゃあないかい?"

 

 "それと先生という人も、悪い人じゃないってツグミちゃんの話を聞いて分かったし……それならいいかなって思えたの"

 

「っ! もしかして……」

 

 それは証拠も何もないツグミの想像でしかないが、あまりにもタイミングが良すぎた。どのような仲かは分からずとも、二人がハヤブサの関係者であることを疑うには十分すぎるタイミングだった。

 

 そして、店長とクラコはツグミがそのように考える事を良しとしている節がある。クラコの言葉の、"それならいいかなって思えたの"という言葉は、つまり動画の投稿によって捕捉される危険性を受け入れるという意味ではないだろうか。

 

 

「先生に、連絡を……。……でも……」

 

 本来ならばすぐさまこの懸念を先生に伝えるべきだ。現地調査までお願いされた身ならば、これらも報告するべき情報と言えるだろう。しかしツグミはすぐには動けなかった。

 

 店長もクラコも自身を受け入れてくれた。きっと二人にとって都市のカザヨミの素行の悪さは身に染みていただろう。それでもカザヨミだからという理由で距離を置くことはなかった。そのうえで二人は、まるで娘のような距離感で接してくれた。

 

「これは先生に話すには場所を選ばないといけませんね……。少なくとも都市管理部の人が居ない場所でないと……」

 

 現状の情報だけだとおそらく店長とクラコが信頼しているのは自身と先生のみ。自身が信頼しているから先生もある程度信頼してもらっているという感じだろう。逆に言えばそれ以外の都市の人間、中でも都市管理部に対する不信感はそのままな可能性が高い。でなければそもそも都市に未所属なはずが無いのだから。

 

 ここで都市管理部にハヤブサの情報が洩れれば、それを利用しないはずがない。過去はまだしも現在の都市管理部は嶺渡母を利用してより周辺都市への影響力を高めようと貪欲になっている。各都市で話題になっているハヤブサまでも取り込んだとなれば、オウミの都市の発言力はキョウトに匹敵するようになるかもしれない。そんなハヤブサの情報をそのまま放置しておくほど今の都市管理部は無欲ではないはずだ。

 

「でも、悠長に待っている時間はありません……もうすぐ雲海調査が始まりますし……」

 

 既に雲海調査計画に参加しているカザヨミたちは数日後に迫った雲海突入作戦の準備期間に入っている。ツグミを含めた不参加のカザヨミに対しても、計画で予想外な問題が発生した場合の保険として待機が命じられている。ツグミが長期休暇と言う名の待機を命じられたのもつまりはこの、雲海調査計画のための保険要因としてだ。

 

 とはいえツバメの存在によってカザヨミは自由の象徴として扱われている。待機命令はどちらかというと"お願い"に近く、隣の都市へと遊びに行く調査未参加のカザヨミも多いのだが。

 

 とにかく、そうして調査計画が進むにつれてカザヨミ管理部と都市管理部の協力体制はより綿密なものとなっていく。つまりはカザヨミ管理部の動向は都市管理部に筒抜け状態になる、というわけだ。

 

「いつ、どうやって先生に報告を……あれ?」

 

 思い悩むツグミの携帯端末が不意に震えた。自室の机の上に置かれた端末が振動で小刻みに震えており、慌てて手に取ったツグミはそこに表示されていたメッセージに、先ほどまで悩んでいた内容のすべてが吹き飛んだ。いや、実際には思い悩んでいた内容に関係するメッセージであったのだが、それさえも吹き飛ぶほどの衝撃的な内容だったのだ。

 

 

【ツグミちゃんこんにちは、先日お話ししたクラコだけど覚えてる? 実は、ツグミちゃんの事を話したらぜひお話したいと一緒に暮らしている子が言い出して…、もしよければまたお会いできませんか…? もちろんツグミちゃんの都合の良い日で構いませんから】

 

 メッセージはその後もツグミを気遣う内容が続き、その中でツグミ一人で来てほしい事、都市には詳細を話さないでほしいという内容が仄めかされており、再度"可能ならば"という言葉が綴られて締められていた。

 

 内容だけ見れば仲良くなった友人からの遊びのお誘いのようにも見える。カザヨミは基本的に許可さえ貰えば所属都市からの出入りも自由で、都市外に出かけるカザヨミも多少だがいる。都市外の知人からお誘いの連絡が来ることも、そこまで不思議ではない。

 

 だが、やはり……やはりタイミングが良すぎた。まるでツグミの心を見透かすかのような、すさまじく都合のいいタイミングだった。もう何処からか見てるんじゃない?レベルだった。

 

「え、え……ええええ!?」

 

 さすがにこの内容にはツグミも驚きに声を上げるしかない。隣室のカザヨミに訝しがられようとも、その声を止めるだけの余裕もなく、結局ツグミがそのメッセージに返信出来たのはしばらく経ってからだった。

 

 

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