愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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42羽 娘の友達(仮)

 

「ツグミお姉さん、こっちこっち、こっちだよ」

 

「ここ、ですか……」

 

 ユナが案内した扉は多少綺麗にしてあるが茶色いサビが目立ち、薄い塗装が剥げているのが伺える。しかしそれは他の扉も同じであり、なんの変哲もない団地に無数に存在する扉と何も変わらなかった。どこにでもある、変哲の無い扉。しかしその先にはユナとクラコの生活のすべてが詰まっている。

 

「ただいまー! クラコさん、ツグミお姉さん連れてきたよ!」

 

「あら、お帰りユナ。ツグミちゃんもよく来てくれたわ。さ、中に入って」

 

「お、おじゃまします……」

 

 軋むドアを開け中へと入っていくユナの後ろ姿を追いかけるツグミ。狭い玄関で靴を脱ぎ、細い廊下を辿るまでは特に目立った何かがあるわけでもなく、ツグミは他人の家に入るという珍しい状況に視線を彷徨わせるだけ。

 

 しかし、それもリビングへと案内されると視線はその異常とも思える光景に釘付けになる。

 

「これは……」

 

「ごめんなさいね。これでも片づけたんだけど」

 

「クラコさんと一緒にお片付けしました!」

 

 リビングの片隅に置かれた数台の情報端末。一台だけでも都市外の人間が持つには珍しい代物だ。それを複数台所有しているだけでも驚くべきことだが、問題はその端末の周辺に置かれた資料の山。

 

 ちらりと視線を移せばその資料はどれも専門的な内容が並び、何かしらの論文や研究資料の写しだとわかる。ツグミにはその内容はほとんど理解できなかったが、それでもいくつかの図やグラフにツグミは既視感を覚えた。

 

(! これって……雲海の公開調査記録……!)

 

 よくよく見れば他の資料も何処か見覚えのある単語がいくつも並び、それらは一般的な都市外の住民が収集するには意味のない情報だと思えた。ツグミは思わずそれらから視線を外すが外した先でクラコと視線が合う。しかしクラコはただ小さく微笑むだけ。

 

「……ふふ、とにかく座って。色々とお話したいと思ってたの。この子もツグミちゃんとお話したいってそわそわしてたんだから」

 

「ツグミお姉さん、こっちに座って」

 

「は、はい」

 

 予想外の歓迎具合にツグミは困惑しながらも小さな少女に手を引かれ、ソファへと案内されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラコにとって風花ツグミという存在は今後の生活において重要な分岐点となる存在という認識だった。ツグミがこの地域へやってきたのはハヤブサに関する調査をする為であった事から、既にオウミの都市はハヤブサがこの地域周辺を拠点としているとみているのだろうとクラコは判断した。 

 

 つまり、このままここに住み続けている限りいつかは都市に存在が特定されるのを避ける事はできない。クラコが思った以上に都市はハヤブサに関する調査を本格化させるつもりのようだ。

 

 そこでクラコは店長と話をし、今後の活動について方向性を若干修正することとした。これまでクラコはユナと共に都市から隠れて生活し続けるつもりで、店長のコネも用いればそれが可能だと甘く考えていた。

 

 だが、都市の調査は個人が思っていた以上に深く、早かった。動画投稿も行っている関係上、都市という巨大な組織の影響を完全に振り切ることなど出来はしなかったのだ。

 

 加えて、都市による都市外の住民への保証はやはり馬鹿にはできないものだ。例えば自身かユナが怪我や病気に罹った時、頼りに出来るのは都市内の治療施設になる。カザヨミであるという事実を隠しているから病院には行かない、などという愚かな選択は出来るはずもなく、切羽詰まった状態で都市に駆け込み、病院での検査でユナがカザヨミだと知られ、連鎖的に都市に存在が知られるという最悪な状況になる可能性もあった。

 

 それならばあらかじめ信頼できるルートで都市との繋がりを持ち、非常時に都市の力を利用できるように整備しておくべきでは? という結論に至ったのだ。

 

 

 ツグミはハヤブサの情報を手に入れられて、クラコ達は信頼できる都市内の協力者を得られる。互いに得のある関係を構築出来るのではないか?

 

 そうしてクラコはツグミを部屋に招き入れる決断を下した。すべては現在の生活を可能な限り維持する為。事務的で打算が多分に含まれた計画であった……はずだった。

 

 

「それでですね、ここの問題はこちらの登場人物の描写から読み解く事が出来ると思います」

 

「"一緒に帰るよ!"という所ですか?」

 

「そう。本来生きる環境が異なるはずの少女が、自ら決断して共に生きたいと望む描写ね」

 

「ほー……ありがとうございますツグミお姉さん。すごくわかりやすかったです」

 

「私も下級だった時に同じ教科書を使ってたから、ユナちゃんと同じところで躓いてたの」

 

「やっぱり難しいんですね」

 

「ユナちゃんの年齢で解けるのはすごいですよ。本来四級相当が座学で習う部分ですから」

 

 ツグミとユナはクラコが心配するまでもなく、すぐに仲良くなっていった。元々クラコから話を聞いていたユナはツグミに対してそれほど警戒心を抱いてはいなかった。クラコが信頼しているのなら大丈夫かな? といった単純なものだったが、クラコが気を許すというのはユナにとって非常に重要な判断基準だったようで、初対面にも関わらずユナとツグミの関係は非常に良好だった。

 

 最初はおずおずといった具合にユナが都市内の話を聞きたいと求め、ツグミは快く話を聞かせる。次はツグミが都市外の話をユナに求め、ユナは楽し気にクラコとの生活を話していく。

 

 その会話の中で配信されている授業の話になり、突如ツグミが家庭教師役となっての勉強会が始まったのがつい先ほど。

 

 元々座学に関しては優秀な成績を収めているツグミは都市内の教育施設でも下級カザヨミから勉強を教えてほしいと願われる事も少なくなく、ユナの求めに快く承諾。賢く物覚えの良いユナも優秀な生徒としてツグミの話を理解してゆく。

 

 少し堅苦しくも二人はそうやって徐々に距離を狭めていった。ユナが好奇心を発揮してツグミを質問攻めにして、慣れた様子のツグミが応えるという形でうまい具合に会話は続いていった。

 

 しばらくそうしていたが、話し疲れたユナがこっくり、こっくりと船を漕ぎ始めた為、二人の授業はそこで終わりとなった。重い瞼をこすってまだ眠くないと主張するユナだが、既に声はふわふわとして要領を得ず、名残惜しそうにツグミの服を掴んだまま眠ってしまった。

 

「ごめんなさいねツグミちゃん。この子、昨日からツグミちゃんに会うのが楽しみで昨日もあまり寝てなかったみたいなの」

 

「いえ、これくらいなんでもありません。四級の子も、時々こうやって寝落ちしたりするので」

 

「ふふ、そうなの。ユナも都市のカザヨミの子とそう変わらないのね」

 

「そう、ですね……」

 

 ふと訪れた無音のタイミング。ツグミは服を掴んで引っ付いているツグミを引き剥がすことなくそのまま見守り、クラコはユナの頭を優しく撫でている。気持ちよさそうにユナは眠りながらクラコの手にすり寄り、その姿は幼い少女そのもの。

 

 この国のどのカザヨミよりも速く、広く、長く飛ぶことの出来る隔絶した能力を持つカザヨミとは思えないほどに細い体だった。

 

「この子も都市に行っていたなら、ツグミちゃんの後輩になっていたのかしらね」

 

「! ……どうして」

 

 もはやクラコは隠すつもりはなかった。最初は軽くツグミとクラコの顔合わせをした後、都市のカザヨミを統括する先生との繋がりを持つためツグミには橋渡し役をしてもらう程度の考えだったが、ユナはクラコが思っていた以上にツグミと仲良くなっていた。それこそ、彼女傍で寝息を立てるほどに。

 

 クラコ自身も今日一日を通してツグミが信頼できる存在だと理解していた。少なくともユナを一人の少女として、カザヨミやハヤブサといったしがらみを無しにして接してくれたのを見てその思いは確かなものとなっていた。

 

「ふふ……ユナを寝かせてくるわね。今度は私とお話ししましょ?」

 

「は、はい」

 

 ツグミにくっついていたユナはクラコがそっと抱き寄せると自然とそちらに体を預け、クラコの腕の中にすっぽりと収まった。そのままユナを抱っこしたまま寝室へと向かうクラコの姿はまるで本当の親子のようだ。

 

 ツグミはユナとの会話の中で彼女の境遇をある程度察していた。ユナとクラコに血のつながりは無く、かつてユナは酷い環境で生活しており、クラコに救われ二人で暮らし始めた事などをユナの言葉から読み取った。時折ユナは発する言葉を訂正したり言い直す場面があったが、おそらく自身がカザヨミである事実を隠そうとしていたのだろう。とはいえその場面においてクラコからのフォローがなかったので、クラコとしてはそのままなし崩し的にユナがカザヨミである事がバレても問題ないと思っていたのだろうが。

 

「おまたせ、ココアでも飲む? ユナにいつも作ってあげてるの」

 

「あ、えと……」

 

「遠慮しなくても大丈夫よ? それに飲むと落ち着くと思うわ。ユナが飛行欲のせいで寝れないときも作ってあげてたの」

 

「飛行欲……そう、なんですか……あの……」

 

「ん? どうしたの?」

 

 クラコはキッチンでココアを淹れる準備をしながらツグミの言葉に応える。その声音はユナに語り掛けるものに近く、緊張しているらしいツグミを安心させようとしているようだった。

 

「ユナちゃんは……その……」

 

「あの子は本当に飛ぶのが好きみたいなの。この前も停滞雲の上で撮ってきた、って写真を見せてくれたり、本当に楽しそうに空の上の話をしてくれるのよ」

 

「!」

 

「ユナは飛ぶことが楽しくて、そして自分にしかできない事だと思ってるの。あ、勘違いしないでね? あの子だけしかできないという意味じゃなくて、空を飛べるものとしての義務、って思っているみたい。BWに投稿した動画もね、あの子が他の子たちの助けになればって言って投稿したものなの」

 

 クラコが差し出すココアからは甘い香りが漂い、仄かに白い湯気が立ち昇る。都市の中なら甘いものはいくらでも手に入るだろうが、都市外の人間にとって甘味は貴重な嗜好品だ。

 

 クラコとユナは店長経由でいくらか甘味を手に入れられる環境にあるが、それでも貴重である事に変わりは無い。それを都市内の人間、それもカザヨミに振舞うというのだ。

 

 ユナは決して落とさないようにココアがたっぷりと入ったマグカップを両手で受け取り、ゆっくり、ゆっくりとその味をかみしめた。

 

 都市では安価で安易に手に入れられる甘いものが、都市外では手に入れるのも難しい。生きているなかで一度も味わうことなくその一生を終えるような人間も居るだろう。

 その事実をツグミはクラコとユナの暮らしを見て、再確認した。自分たちは恵まれてた生活を与えられていたのだと。

 

 そんな貴重な甘味を振舞う、それだけクラコは自身を信頼している。いや、信頼したいと思っている。

 

 ならばその信頼に応えたいと、ツグミは顔を上げる。

 

「……ユナちゃんの飛び方なら都市の特級とも並んで飛べると思いますよ。……訓練はクラコさんが? それとも店長さんが?」

 

「ほとんど私ね。都市が公開している資料とか販売されてる雑誌とか書籍とか。あとはBWの動画なんかも参考にしてね」

 

「まさか……そんな」

 

 クラコの言葉にツグミは驚きを禁じ得ない。基本的にカザヨミはその飛び方を膨大な試行錯誤の上に生まれた集合知と先人たる先輩より学ぶ。各都市はそれぞれをライバル視しているためカザヨミに関する技術は都市外に公開されていないものも多く、先輩である上級カザヨミが伝える技術に関してもそれは同様だ。

 

 秘匿された知識と技術。本来ならば未所属のカザヨミが完璧ともいえる飛び方を習得するのは困難であるはずなのだ。しかしユナは都市の特級カザヨミが見ても理想的だと太鼓判を押すほどに美しい飛び方を習得していた。

 

「私もちょっとは手伝ったけど、ほとんどユナの努力の賜物ね。あの子はどうやって翼を動かせばより飛びやすいかを感覚で理解しているのよ」

 

「飛行欲持ちな都市のカザヨミでもそこまでの才能はありませんよ……! 飛び方を自然と理解出来るなんて」

 

「ふふ、やっぱり都市のカザヨミでもびっくりする事なのね」

 

 少し自慢げなクラコと、そんなクラコから飛び出す驚きの内容に反応するツグミ。二人はその後も互いに情報の交換を進めていく。ツグミが話せる内容には限界があったものの、それでもクラコに惜しげもなく情報を提供していく。しかしその多くは既にクラコが手に入れている情報であったり、されには発展させた技術を取得している場合もあり、一方的にツグミが驚かされてしまう。クラコにしてもこれまで一人で検証を行ってきた内容と都市の見解をすり合わせる事で仮説であったものを実証された事実として受け止める事ができ、それは今後の道具(ツール)制作において十分すぎるほどの情報だった。

 

 話が盛り上がるに連れてクラコは隅に寄せていた資料や端末を持ち出し、ツグミに見せながら自身がこれまでに想定した雲の動きやエーテルの特性についてを語っていく。

 

「──という具合でね、私とユナが調べた感じでは東のルートの雲海は今後より濃くなっていくと思うの。小さな停滞雲は互いに集まっていくだろうから細かな空路は無くなっていくでしょうね」

 

「停滞雲が集まって……? ですが降害を起こした雲ならまだしも、既存の停滞雲が自ら集まるなんて……」

 

「その辺りはまだ検証中なんだけどね、どうにも停滞雲の動きは気流だけじゃなくて内部のエーテルも関係しているみたいなの。降害はエーテルが停滞結晶となって瓦礫にくっついて、そのまま地上に落下してくるわけじゃない? その結果停滞雲内のエーテル濃度が低下して、そのせいで停滞雲が積極的に動いてるんじゃないかなって思ってるの。もしくは、逆に濃すぎるエーテルが周囲の停滞雲を集めているのかも」

 

「なるほど……停滞雲に関する情報は都市(こちら)よりもクラコさんの方が進んでいるみたいですね」

 

「何言ってるのよ、これくらいなら都市も簡単に調べられるし、きっと都市の上層部……都市管理部だっけ? そこも把握してるでしょう?」

 

「どう、でしょうか……都市管理部が停滞雲やカザヨミに関する計画に干渉してきたのは今回が初めてなんです。なのでそこまでの情報を得ているようには……カザヨミ管理部が得た情報も可能な限りカザヨミへ共有されていますが、クラコさんの話は授業でも聞いたことがありません」

 

 空をその身一つで飛行するカザヨミにとって情報とは非常に重要な要素だ。翼の動かし方や飛行技術はもちろん、空の様子や停滞雲の特性など知っていれば知っているほどに飛行の際の安全性は高まる。だからこそ都市のカザヨミはそれぞれが雲海図制作用の端末を所持しているのだから。

 

 そんな重要な要素において、クラコは個人でありながら都市に(まさ)っていた。どんな環境も悠々と飛行し、長時間でも飛び続けられるユナが居るからこそそれらの情報は短期間で収集する事ができたわけだ。

 

 だが、それらの雑多な情報を一まとめにして筋の通った予測として形作ったのはまぎれもなくクラコの腕によるものだ。収集したデータとクラコの予測情報は都市という巨大なコミュニティに対抗する際、ひとつのアドバンテージとして機能してくれるだろう。

 

(なるほどねぇ……思ったよりも交渉の余地はあるのかも。どれくらい都市に通用するのかは分からないけれど)

 

「先生としてはクラコさんとユナさんを無理やり都市に取り込もうとは考えていないと思います。先生はカザヨミ第一なので。ハヤブサ……ユナちゃんの動画を視聴した時も"都市に未所属という事は都市に所属する以上に大切なものがあるのだろう"と仰っていました」

 

「へえ……それって大丈夫なの? 立場的には都市管理部の意向は無視できないわよね?」

 

 ハヤブサの存在は各都市としても非常に注目している案件である。中でも動画の撮影が行われた土地に近いオウミの都市としてはハヤブサの"確保"に躍起になっている都市管理部の者も少なくない。カザヨミ管理部の責任者である先生に対しても何かしらの圧力はかけられているはずだ。

 

「基本的には都市の要請は可能な限り拒否してるみたいです。カザヨミを動かす権限は先生しかありませんから、都市管理部がどれだけ要請しても強制力は無いらしいです」

 

「なら、カザヨミ管理部の先生ならユナの事を話しても……って、ちょっと待って。こんな話私に話しても良かったの? ちょっと機密っぽいんだけど」

 

「大丈夫ですよ? 都市に住んでる人間なら周知の事実です。わざわざ公表する事はありませんが、カザヨミ管理部と都市管理部の仲が悪いのはよく知られている事ですし」

 

「それならいいんだけど……」

 

 思わぬ深い話まで飛び出す二人の会話はツグミの外出許可時間のギリギリまで続けられ、クラコはツグミから都市内においての情勢や派閥関係についての情報を得、ツグミはクラコから"ハヤブサ"がどれほどの情報を持っているのかを知る事になる。

 

 当初はどちらも相手と対等な立場を確立してから事務的な交渉を持ちかける予定だったのだが、話をしている内にその立場は都市の人間と都市外の人間という形から、友人のような近しいものに変化していた。

 

 

「ツグミちゃん、もしよかったら今度は泊まりに来てね? ユナも楽しそうだったし、歓迎するわよ?」

 

「はい、ぜひ。……今度は何かお土産を持ってきますね」

 

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