愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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43羽 雲海調査計画

 

 今日の天気は停滞雲に覆われた一応の晴れ。クラコとユナは揃って家の中でテレビを見ていた。クラコは手元にある情報端末を操作しながらテレビの音声を聞き、チラチラと画面に視線を向ける。対してユナはお気に入りなキャラクターもののクッションを抱きしめながらクラコにもたれかかり、テレビの映像に釘付けになっていた。

 

 現在テレビの向こうでは第十三回を迎える雲海調査計画の決起会の模様が放送されていた。かつては報道関係のアナウンサーが堅苦しく内容を読み上げる程度だった雲海調査計画に関するニュースだが今回は都市管理部が絡んでいるせいか、かなり露出の多い"催し物"として再構築されていた。

 

 都市住みの人間らしいアナウンサーが若干興奮した声音で映された決起会の様子を実況し、その素晴らしさを語り続けている。抑えきれないテンションと少し早口なセリフはおそらく用意された台本ではなく、アナウンサーが本心から口にしている内容なのだろう。

 

「ねえねえクラコさん、この人たちってみんなカザヨミなの?」

 

「そうみたいよ。翼はまだ出していないみたいだけど、この子たちは皆上級のカザヨミという事になるわね」

 

 都市の湖岸に設置された訓練施設のひとつである滑走路。そこに整列した十数名ものカザヨミたち。彼女たちはこの雲海調査計画の為に集められた精鋭であり、それらを率いるのはオウミのカザヨミたちの頂点に存在する特級カザヨミ、沙凪ミサゴ。

 

 整列したカザヨミたちの前に設置された壇上、その上に立つ先生はオウミが集められる最大級の戦力を前に、この調査計画の重要性と歴史を語っていく。その内容はカザヨミたちに話しているように見えて、実際はテレビの前の視聴者へと語りかけているようでもあった。

 

 都市管理部の干渉によってメディアへの露出が増えたカザヨミたちの役割を説明するためなのだろう。都市外でもテレビ自体は手に入れる事は出来るので、おそらくは都市外の、カザヨミをよく知らないような人間へ向けた説明なのだろう。

 

 雲海調査が都市の金持ちたちによる道楽などではなく、むしろ都市外の人間こそ恩恵に預かれるのだと知らせるための報道。

 

 実際にこれまで決起会のようなものが開催されていたのかどうか興味のなかったクラコの記憶にはないが、少なくとも今回の決起会は報道関係を巻き込んで大々的に都市内外に宣伝するつもりなのだろう。

 

「へえ、都市の道具(ツール)ってあんな感じなのね……」

 

「私知ってるよ、あれって"ぴっちりスーツ"って言うんでしょ?」

 

「ユナ、ネット掲示板を覗くのはほどほどにしてね?」

 

 テレビに映るカザヨミたちの服装はクラコが予想した以上に先進的なつくりをしているらしかった。テレビに映った映像だけでその詳細までは分からないが、都市のカザヨミたちが着ているのは、所謂パイロットスーツのような体に密着するスーツだった。

 

 テレビごしに見てもそのスーツにつなぎ目のようなものは殆ど確認できず、伸縮性もなかなかのものらしい。クラコが加工しようとして断念したゴムやラバーを用いた専用のスーツのようだ。

 

 カザヨミは肌や翼から風の流れ、空気の温度、湿度を把握し、エーテルさえも感知するのだが肝心の感覚器官である肌を全面覆っているという事は、おそらく都市の用意したカザヨミ専用の装備はそれらのデメリットを克服した最新の技術が用いられているのだろうとクラコは判断した。

 

 最新の装備に最新の機材、最新の飛行技術に最新の教育。それらが合わさり都市のカザヨミは信頼できる先生の指示のもと空へと飛び立つのだろう。

 

「まあ……ユナの言う通り難しい話なんて聞いてないでしょうけどね」

 

 テレビで流れる映像は雲海調査の重要性を訴えるために放送されているのだろうが、カザヨミのファンサイトや匿名掲示板を見ていればそのような小難しい内容に触れているのは一部の硬派なグループに限られている。

 

 ほとんどの視聴者はカザヨミが身に着けているドエロい衣装の詳細に混乱と興奮をネットに書き込んでいるのがほとんどだ。やれ「ラインが浮かんでないから下着はいてないのでは?」とか「へその形分かって草」とか「これボディペイントじゃね?」やら、とにかくあまりにも肌に密着してしまっているため、単純に裸よりも煽情的だと判断されているようだ。

 

「……とはいえ、それだけの性能があるって事よね……」

 

 薄く肌に密着しているため素肌のように風を感じる事が出来るのかもしれない。停滞結晶の析出はもちろんスーツの上からになるため肌へのダメージはなく、結晶の析出だけでなく細かな瓦礫の破片による裂傷や大きな瓦礫による打撲も軽減出来るかもしれない。

 安全かつカザヨミの動きの邪魔にならない、まさに理想的な形と言えた。

 

「ねえクラコさん、ツグミお姉さんはどこに居るのかな……?」

 

 画面には整列したカザヨミたちの姿はずっと映し出されており、ユナはその中からツグミを探そうと視線を動かす。キラキラと輝く瞳で知り合いの姿をテレビごしに探そうとしているユナの様子にクラコは申し訳なさそうな声で語り掛ける。

 

「うーん……残念だけどここには居ないわね。ツグミちゃん、まだ二級だって言っていたから」

 

「そうなんだ……」

 

 ここに集められたカザヨミは雲海調査計画に参加する一級以上のカザヨミたち。ほとんどはオウミの都市に所属するカザヨミたちだが、この計画のためだけにわざわざ別都市から参加している一級カザヨミも多いとテレビのキャスターが説明している。それだけ周辺都市もオウミの雲海調査計画に期待しているのだろうと話を締めくくるが、実際の所そこまで周辺都市が友好的では無いとクラコは知っている。

 

(オウミにはそこまで上級は所属していない……キョウトが雲海の情報を得る為に参加したってところかしら?)

 

 クラコのそんな想像はほぼ当たっており、わざわざ他都市からオウミの雲海調査に参加したカザヨミたちは、そのほとんどがキョウトに所属する上級カザヨミだった。彼女らはキョウトからの指示によってオウミの雲海調査計画に参加している。

 

 雲海調査計画はオウミの都市が主導している関係で、得られた雲海内の情報はほとんどオウミの都市が独占する。(おおやけ)には「今後のカザヨミと都市の発展のため、得られた情報は他都市と共有するべく全てネット上に公開する」とは宣言しているものの公開された情報が全てであるなどと誰も信じてはいない。オウミだけが知り得る雲海の秘匿情報があるはずだ。それは今後も続けられるオウミの雲海調査だけでなく、各地方でも実施されようとしている雲海調査においてもオウミを優位な立場とする可能性を秘めていた。

 

 

 出来るだけオウミだけが優位な状況を是正するべく、キョウトはオウミへと調査計画の協力要員を派遣する、という名目でカザヨミを送り込み、そこで入手した雲海の情報を持ち帰るように行動していた。もちろんそんなキョウトの動きをオウミが察していないわけがない。それでもオウミはその発展の経緯から上級のカザヨミが少なく、キョウトからの助成は普通にありがたいもので、拒否できるほどにオウミの人材は充実していなかった。

 

 雲海の情報を得たいキョウト、雲海調査のための人材を確保したいオウミ。双方がお互いの思惑を認識しながらも妥協したのが現在の形だった。

 

「あれ? みんな飛んで行っちゃうよ? まだ雲海には行かないんじゃなかったの?」

 

「今回のはカザヨミのお披露目みたいなところがあるからね、演出みたいなものよ。ほら、旋回して戻ってくるみたいよ」

 

「ふーん……」

 

 テレビに映された先生が諸々の話を終え、空の向こうを指させば整列したカザヨミたちがミサゴを先頭にして空へと飛び出していく。一糸乱れぬ動きで歩き出し、翼を発現させて飛ぶその姿はかつて飛行機器が現役だった時代の編隊機動を彷彿とさせるものだった。

 

 カザヨミの飛行体系は年月の経過と共に洗練され、かつては鳥類の飛び方を真似るという間違った方法が採用されていたがその後カザヨミそのものの研究によって独自の飛行理論が確立、現在もそれらは発展を続けている。

 そして現在では飛行機器に用いられていた技術なども流用しようとする動きがある。先ほどテレビに映されていた一糸乱れぬ飛行風景もつまりはそれらを用いた、所謂パフォーマンス用の飛び方なのだろう。

 

 

 飛行機器が活躍した時代を思い起こさせる動きはカザヨミを快く思わない人間さえもその美しさと懐かしさに目を奪われるほどだった。もちろん当時の時代を知らない年代の者が多いのでそのような感想を抱いたのはごく一部で、当然のようにクラコとユナもただ綺麗な飛び方だとしか思わなかったのだが。

 

「テレビの中継が終わったら帰ってくると思うわよ。ツグミちゃんによれば雲海の調査は数日かけるらしいから」

 

「ツグミさんは参加しないんだよね?」

 

「そうね、同じ飛行隊の子たちは参加するみたいだけど」

 

「……ツグミさんには、会えない……?」

 

 何処か期待する目でクラコを見上げるユナだが、その声音はそこまで力強いものではなかった。確かにツグミは今回の雲海調査計画には参加していないらしいが、ほとんどのカザヨミは想定外の事態が発生した際に備えて待機命令が出されているという。ツグミも例外では無く、雲海の調査が終わるまではむやみに外出許可は認められないだろう。

  

 先日ツグミがやってきた時はまだ計画自体が始動していなかったが、既に決起会が行われ本格的に計画が動き始めた現在では遊びに誘うどころか、都市から離れる事さえ難しいだろう。

 

「……都市の雲海調査が終わったら会えるわ。……我慢できる?」

 

「……うん、我慢できるよ」

 

「そう、良い子ね」

 

 ユナにとってツグミは初めてできた歳の近い友達だった。叔母、店長やクラコといった二回り以上も年齢の離れた大人に囲まれ育ったユナは、これまで同じ年頃の子どもと交流したことが無かった。ツグミの存在をクラコから知らされるまではそれでも良いとユナ本人も思っていたが、実際に顔を合わせ言葉を交わせば予想以上にユナとツグミの相性は良かった。

 

 歳が近いと言ってもツグミの方がいくらか年上なため、ツグミに甘えるユナという構図ではあったがそれでも二人はクラコが思った以上に仲良くなっていた。歳が近く女の子同士で、極めつけに同じカザヨミという存在。それは育った環境など飛び越えて二人の間に確かな絆を生む結果となった。

 

 ユナの青色の携帯端末にはクラコと店長の番号と一緒に、ツグミのプライベート用の携帯端末の番号が登録されている。時折二人は端末越しに他愛もない話に花を咲かせていたりする。それはお菓子の話や読んだ本の話などもあれば、その日飛んだ空の様子や飛び方に関する意見交換なども含まれており、その信頼の深さがうかがえる。

 そんな都市のカザヨミで唯一の仲のよいツグミとユナは雲海調査計画が本格的になってから通話さえほとんど行えていなかった。情報封鎖が行われているとかそういった類のものではなく、単純に都市に所属するカザヨミとして雲海調査のための準備に駆り出されて忙しいのだ。

 

「ねえクラコさん」

 

「なあに?」

 

「また、会えるよね?」

 

「……ええ、もちろん。絶対に会えるわ」

 

 クラコはユナを抱き寄せ、あやすように撫でる。

 

 空の上は非常に恐ろしい領域だ。一つ間違えればビルの屋上など目でもない遥か上空から真っ逆さまに墜落することだってある。落下速度とカザヨミの飛行速度が合わされば、たとえ海に落下したとしても助かる可能性の方が遥かに低い。停滞雲や雲海へと突入するならば、落下する事すら許されず永遠に雲の中で漂い、体を回収される事すら敵わない。

 

 しかし、空がそんな残酷な環境であることをテレビは一片たりとも報道しない。マスコミにとって……都市にとってカザヨミは無敵の英雄的存在でなければいけないのだ。只人と比較して隔絶した能力を有するカザヨミは都市の住民にとって精神的支柱であり、絶対的な希望なのだから。

 

「今度はツグミちゃんとどこかお出かけしましょうか。お泊りの約束もしたし、いっぱい遊びましょう?」

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくテレビを見ていたユナだが、ツグミが映らないと知ると団地の屋上へと翼を広げに向かってしまった。今日もキンヨク日であるため空は飛ばないだろうが、飛行欲がうずくのだろう。もしくはテレビの映像を見て触発されたのかもしれない。クラコが都市のカザヨミ管理部に興味を示し始めたように、ユナも同年代のカザヨミたちに興味を持ち始めているようだった。

 

 ユナを見送ったクラコはまだ続いている決起会の様子をBGMにして製作途中の雲海図の更新作業を行っていく。ネットで集められる資料とユナの実地調査、それに加えてツグミとの通話から得られた情報によってクラコとユナの雲海図の精度はさらに磨き上げられていく。

 

 そんな作業の合間に聞こえてくるテレビの音声、そこから一際大きなキャスターの声が聞こえてきた。思わず画面に視線を移すクラコは、そこに映し出された二人のカザヨミと、表示された名前に目を見開き、愕然とする。

 

「……っ、本当にタイミングが良かったわね……」

 

 キャスターはその名前を高らかに、わざとらしいほどに声高に宣言し、二級と三級の身でありながら特級以上の時間をかけて二人の身の上を語っていく。

 

 かつて都市の外で食べるのも困るような生活を強いられ、それでも"優しき母"のおかげで聡明な子として育ち、それを天が認めたかのようにカザヨミの力を授かった運命的な姉妹。

 

嶺渡(ねわたし)……この子たちが、ユナの……」

 

 初めて見たユナの従姉妹に対するクラコの胸中はそこまで荒れてはいなかった。髪色は染めているようだが顔立ちはユナとは似ておらず、他人と言われても納得出来るほどだった。

 

「この子たちも雲海調査に……!? まだ二級と三級なのに……!?」

 

 キャスターの語る言葉など何一つとして信ぴょう性が無い。これまで得た各都市の権力争い、嶺渡母を旗印とした都市管理部の強硬的なカザヨミ管理部への干渉。既に得ていた情報たちがかみ合い、クラコは嶺渡姉妹が雲海調査に組み込まれた裏側をなんとなくだが理解できていた。

 

 それを踏まえたうえで、クラコは都市管理部の決定を信じられない事だと驚愕した。空を飛ぶことがいかに困難で危険を伴うのか理解できていない人間たちが決めたとしか思えない。

 

(本当に、都市は……都市管理部は信用できるの……? ツグミちゃん、どうか無事で……)

 

 カザヨミ管理部が必死で守ろうとしているカザヨミたちの命が、都市管理部によって消費されようとしている。そんな感覚を抱いたクラコは、けれど自身が何か出来るわけでもなく、知り合いの無事を祈る事しかできなかった。

 

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