愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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46羽 未踏空域

 

 都市は他都市をライバル視しながらも互いに協力体制を維持し、様々な物資と情報の共有を行ってきた。中でも停滞雲に関する情報は非常に重要視され、ほぼ制限なく都市から都市を巡っていった。

 

 しかし、そうやって都市から都市へと情報が渡り各都市が停滞雲に関する情報を集積した結果、唯一確実に判明した事実は……"停滞雲の動きを完全に予測する事は不可能"だという事のみだった。

 

 これは人類が観測できないエーテルの動きが関係していると言われており、そもそもエーテルの観測方法さえ確立されていない以上、エーテルの産物たる停滞雲の動きを予測する事もまた不可能というのは矛盾なく、絶望的な結論だった。

 

 

 

 

 

 その日、一つの小さな停滞雲が降害を起こし、内包していた瓦礫を排出した。

 

 衛星を含めたあらゆる無線通信インフラは停滞雲によって阻害され、さらには周辺空域の警邏(けいら)を行っていたカザヨミは雲海調査計画の為に最低限を残し空には上がっていなかった。加えて降害を発生させた停滞雲そのものが極小であっため発見が遅れた。

 

 そのため発生した降害に関する情報がオウミの都市に伝えられたのは降害発生から半日経過した頃だった。幸いにも停滞雲の規模は極小の部類であり、内包していた瓦礫も握りこぶし程度の土くれが幾ばくかという規模だったのでオウミの都市は警戒情報を報道関係に共有することなく有耶無耶のまま放置した。

 

 雲海調査計画という年に一度機会があるかどうかという最重要計画が実行中という多忙なタイミングであったことや、この程度の降害ならば被害が出ることはないだろうという楽観視が働いたのだろう。

 

 そうして人知れず発生した降害の概要を知る者は現地で停滞雲の降害終息を確認したカザヨミと、数名の都市管理部の人間のみに留まった。

 

 しかしこの極小な停滞雲はその実、濃密で膨大なエーテルを抱える非常に危険な停滞雲だった。本来降害によって瓦礫と共にエーテルが停滞雲から抜け出し、その結果として停滞雲は消滅するはずなのだが、この停滞雲は降害を発生させた後も内包するエーテル濃度に変わりはなく、けれど瓦礫を排出したことで軽量となった為、エーテル本来の性質に従って行動し始めた。

 

 すなわち、エーテルと停滞結晶に誘引される性質に従って。

 

 極小の停滞雲は降害を起こした後、停滞雲としては早すぎる速度でヒエイ雲海へと誘引された。雲海支配領域外周にある気流の壁にて形を崩壊させた停滞雲は気流の壁を破壊しながらも気流の壁によって"()され"て純粋なエーテルとなる。雲海の無風地帯においても突出して濃いそのエーテルは無風地帯の高濃度エーテルに均されながらも雲海中心へ進み続け、そしてついに雲海本体へ到達した。

 

 到達、してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オウミのカザヨミ管理部総責任者である先生こと国城がヒエイ雲海観測所へ到着した事で雲海調査計画は真に実行される事になった。最初に下層部への突入と下層内部での安全確認を行うために第七飛行隊が先行して雲海に突入し、内部調査を実施。その後後続する第六飛行隊が雲海内部で停滞している瓦礫に柱状のセンサ機器を穿(うが)ち、雲海内に暫定的な安定ルートを構築する。

 

 エーテルの影響下にある空間は通信が行えない訳だが、短距離ならば信号を送り合う事が可能であり、第六飛行隊が設置したセンサは通信が可能な間隔で並べられ、中層へ突入する本隊が安全に下層を移動する生命線であり道しるべとなる。

 とはいえ雲海の瓦礫は拮抗する気流によってその場に留まっているにすぎず、故に些細な外的要因によってたやすく崩れてしまう。そのため第六飛行隊が作業を完了させ、撤退するのと入れ違いに特級カザヨミを中心とする中層突入部隊が下層に突入。

 

 この本隊はあらかじめ第六と第七によって確認された中層への出入口を目指して飛行していた。

 

『うひゃー今回は一段と荒れてまスねぇー』

 

『結晶の析出……いや、これは氷か。低温空間が新しく生まれたか。……進路はどうなっている』

 

『センサの発信位置を特定……あと2分40秒で到達します』

 

 雲海の中は停滞雲のような荒れ狂う気流に満たされた空間となっているが、雲海内部が常時そうである訳ではない。巨大すぎる雲海の内部は上の層に行くたびにエーテル濃度が上昇するが、あくまで上昇するのは平均的な濃度であり、層の中でもエーテルの濃い領域や薄い領域などが点在し、そういった濃度の違いによって様々な環境が姿を表している。しかし、そんな下層部の本日の荒れ具合は思わずヒタキの口からうんざりするような声音を引き出す程度には酷かった。

 

 安全が確保されたルートとはいえ、それは熟練のカザヨミが何とか飛行できる環境というだけで、決して気の抜ける道と言うわけではない。暴風に苛まれ、顔面に飛んでくる破片を避けて少しずつ前へと進んでいくしかない。それでもヒタキの軽口はいつもと変わらない。中層へ突入するチーム全体に広がる不安感を拭うため、わざとそのような口調で呑気な言葉を口にするヒタキの様子に、若干カザヨミたちの中に心の余裕が生まれたように感じられる。

 

『やっぱりちょっとスースーするっスね~この服』

 

『慣れれば快適さ。空に上がれば人の目も気にならない』

 

『あ、ミサゴ先輩もやっぱ見た目に関しては思う所アリなんスね』

 

 下層に突入したカザヨミたちは都市謹製の道具(ツール)に身を包んでいる。それらは都市が長年研究していたエーテルに関する予測を基に造られたものであり、現存する先端技術を駆使して制作された科学の賜物だった。

 

 体を覆い、ぴっちりと密着するパイロットスーツのような防護服は体温調節を補助し、なおかつ外気温や湿度、風の触感等が感じられ易いように工夫されている。翼の発現する背中だけは大きく開いているわけだが、カザヨミ一人ひとりに合わせて調整されたスーツは翼の付け根部分ギリギリまでもしっかりと覆い、隙間なくカザヨミの肌を守ってくれる設計となっていた。

 

 エーテルや微細結晶が呼吸器へと侵入するのを防ぐため口と鼻を覆う道具(ツール)はまるでガスマスクのように物々しく厳つい見た目をしている。人類がエーテルの存在を感知出来ない以上、エーテルを防ぐフィルターなど開発出来るわけもなく、マスクはカザヨミの腰にぶら下がっている酸素ボンベに繋がれ、常時カザヨミに新鮮な空気を提供していた。

 

 しかし、都市の技術力によって軽量化を図ろうともボンベの存在は文字通りカザヨミにとって重りとなり、その飛行能力の数割を犠牲にしていた。

 

 どれだけ先端技術を多用し画期的な道具を開発しようとも、結局は体を覆う防護スーツにより肌の感覚は鈍り、ボンベによって飛ぶ力は落ちる。幾重もの枷をはめられカザヨミの力を犠牲に科学を用い、そうしてようやく都市のカザヨミは雲海へと突入出来るだけの資格を得たのだ。

 

 とはいえ特級カザヨミのミサゴを先頭に荒れる雲海の中を飛行するカザヨミ達はさすがは一級。高高度の濃い停滞雲の内部さえもぬるいと思えるほどに厳しい暴風雨や雹、雷、瓦礫に見舞われながらも、第七と第六飛行隊が設置したセンサ杭より発された赤い明滅光を目印に飛行を続ける。設置された時点よりも多少位置が変わっているものの、センサ杭より発される信号はスーツに内蔵された機器が受信し、明滅光はカザヨミたちの発達した目によって難なく捉えられる。

 

『最後の座標固定杭に到達。識別番号確認……照合完了。下層入出口に到着しました』

 

 カザヨミの中でも目の良い小さな翼の少女がガスマスクに内蔵された通信機器を用いて周囲のカザヨミへとセンサ杭の位置、そしてそれが指し示す中層への入口の存在を報告する。

 

 小さな翼を懸命に羽ばたかせる少女が指さす先には、その場に静止する瓦礫の隙間から見える赤い点滅と、嵐の凪いだ穏やかな空間。空気が混ぜられ平均化したことで強制的に安定した空間が形成された雲海内の安全地帯(セーフティースポット)が存在していた。

 

『ようやくか……』

 

『思ったよりもきつかったっスね』

 

『記録にある中層の入り口とは状況が様変わりしている。注意して進むぞ』

 

 そうしてカザヨミたちはようやく下層と中層とを行き来するための出入口へと到着した。ここでカザヨミの部隊はさらに二つに分けられ、一つは安全地帯での待機。もう一つは中層へと突入する部隊となる。

 

 待機組は突入組が中層から下層へと撤退する際のサポートを請け負い。突入組は可能な限り中層空間の情報を持ち帰るのが仕事だ。とはいえ待機組が下層にて待機出来るのは数分程度が限界だ。安全地帯は凪いでいるとはいえエーテル濃度はその分高く、スーツの耐エーテル性能が追いつかない可能性がある。突入組に関しても中層という未知の空間に滞在出来るのは同様に数秒程度と想定していた。中層への出入口は一年前に存在を確認した第十二次雲海調査計画の時よりも変形、拡大し、既に前回データが役に立たなくなっているのは明白だ。

 

『しっかし、たった数秒ってのも色々厳しいっスね。その間にサンプル取らないとでスし』

 

『気を付けろ。流れを読み間違えれば中層(むこう)へ連れていかれるぞ』

 

『分かってるっスよ、試験紙と保管容器の準備オーケーっス。行きましょう』

 

 そう、今回の雲海調査計画はニュースなどで大々的に中層へ突入すると公表してはいるが、実際には中層へと突入するのは数秒、場合によっては1~2秒程度の予定となっていた。今後も雲海調査計画は続けられ、そのたびに中層への突入は行われる予定であり、徐々に中層の滞在時間を伸ばしていくつもりなのだ。

 

 今回は数秒程度、次回は数分、その次は十数分、その次は数時間、その次は……そうやって数年がかりで中層に慣れたカザヨミを増やし、内部の情報を少しずつ持ち帰るというのが、カザヨミ管理部の先生が提示した長期的な雲海中層調査計画の概要なのだ。

 

 

 だが、そんな計画は予想外の乱入者によって致命的なまでに崩されてしまう事になる。

 

『!? 後方注意! 回避を──!? ──ヒタキそいつ止めろっ!!』

 

『え──ちょ、!?』

 

 突入組が中層へと進路を向けたその瞬間、後続のカザヨミが叫び声を上げた。悲鳴じみたその声を口元の通信端末が拾い、突入組の一人であるヒタキへと届いたが、その時にはすべてが遅かった。叫ぶカザヨミの脇をすり抜けていく、突然現れた乱入者。

 

 才能を十分に感じさせる飛翔を見せ、幼い乱入者はさらに待機組が驚き硬直している間も前へと進み続ける。その翼は留まる事を知らず、数舜の間に突入組さえも置き去りにして単身中層の内部へと飛んで行ってしまった。

 

 予想外な事態、予想外な人物の予想外な行動はさすがのミサゴもチラリと見えた乱入者の横顔から、その人物の名前を叫ぶ以外に出来ることはなかった。

 

『よせ! 戻れ──"イスカ"!!』

 

 嶺渡姉妹の妹、嶺渡イスカは単独で未知の領域たる中層へと向かって飛び去ってしまった。

 

 

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