愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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52羽 人造異世界

 

 

 

 

 

 

 

 暖かな日差しが大地を照らし、気持ちのいい風が空気をさらい葉擦れの音を鳴らしていく。昼の眠たげな空気は花の甘い匂いと共に訪れ、穏やかな街並みにじんわりと溶けていく。

 

「ん……」

 

 窓から差し込む優しい日の光を感じ、ベッドに寝ていた由那はゆっくりと目を開け、上体を起こした。

 

「ここは……?」

 

 あたたかい毛布に包まれ、柔らかい枕に頭を預けていた由那はゆっくりとベッドから抜け出し立ち上がった。足元は触り心地の良いマットが指の間をくすぐり、着ているパジャマも柔らかくふわふわとしている。

 

「……?」

 

 あたりを見渡す由那の視線には何処か懐かしい部屋の様子が映っていた。いくつものキャラクターのぬいぐるみや可愛いらしい色合いのクッションが置かれ、背の低い机の上には勉強道具らしいノートや筆記用具が広げられている。傍にはランドセルと共にリコーダーと鍵盤ハーモニカが並べられ、楽譜の載った教科書が顔をのぞかせている。

 

 それらには、例外なく"周防由那(すおうゆな)"という名前のシールが貼られていた。

 

「! ……はい」

 

 部屋のドアがノックされた。反射的にユナは返事をし、そうしてドアノブが回され誰かが部屋の中へと入ってくる。

 

「あら由那、今日は早起きなのね」

 

 そこにいたのは優し気に微笑む女性だった。花柄のエプロンを付けた若い女性は長く伸ばした青みがかった黒髪を同じく花柄の髪留めでまとめている。慈愛のこもった瞳は笑みと共に細められ、由那へとゆっくり近づくと腰をおろして視線を合わせた。

 

「いい子。さあ、お父さんも待ってるわよ」

 

 女性はそう言って由那へと手を差し出す。あたたかな空間とあたたかな人物。由那は何も考えられなかった。考える必要性を感じなかった。それが普通であり、なんの不思議も無いと思い込んでしまうほどに、幸せに満ちた空間だった。

 

 だから、由那は言うべき言葉を正しく口にして手を取り、目の前の女性に倣うように微笑んだ。

 

「うん、お母さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラコは自室で雲海に関する資料に埋もれながら目の前の情報端末に視線を這わせ、耳にくっつけた携帯端末が呼び出し音を鳴らし続けているのを聞いていた。ツグミがユナに助けられ、無事に都市へと帰還した事を確認したクラコはツグミにとあるお願い事をしていた。

 

 それを聞いたツグミは願いを了承し、とある番号をクラコに伝えた。そうして番号を携帯端末に入力したクラコは繋がるかも分からない相手をずっと待っていた。

 

「! もしもし」

 

『もしもし……話はツグミから聞いています。初めまして、倉本さん』

 

「……ええ、こちらこそ初めまして、国城先生」

 

 クラコの通話先はオウミ都市のカザヨミ管理部の総責任者、カザヨミたちの司令塔であり現在ヒエイの観測所にて雲海調査計画を実行している重要人物、先生こと国城だった。

 

 国城の声の後ろからは何やら慌しい人々の声が聞こえ、混乱具合がそれだけで察せるほどだった。だが、国城の声音は努めて冷静で、それだけクラコの存在が重要かつ優先的だと判断しているのだと分かった。ツグミの名前が出たという事は、つまりある程度の状況をツグミから聞いて把握しているのだろう。

 

「ユナが……其方が把握している"ハヤブサ"が雲海へと向かっています。どのような結果となるかはわかりませんが、あの子は力になりたいと言っていました」

 

『っ、ありがとうございます。かのハヤブサが力を貸してくださるというのなら、これほど心強い事はありません』

 

 クラコの言葉に国城は通話越しに息をのむ。BWに投稿されている動画などから国城が推測したユナの実力は確実に特級レベルであると認識していた。場合によっては現在特級に認定されているどのカザヨミよりも上位である可能性もある。そんなユナの協力を得られるというのはカザヨミの命を第一に考えている国城に取っては願ってもない事だった。

 

 と、同時に複雑な心境でもあった。なぜならユナも国城が守るべきと定めているカザヨミに他ならないからだ。自身が守るべき対象に、今後の展開を任せなければいけない不甲斐なさに国城は罪悪感を抱きながらも頭を下げるしかない。

 

「……協力していただける、という事でいいでしょうか?」

 

『むしろこちらが助けていただいているようなものです。もちろん』

 

 クラコの予想通り国城はツグミよりある程度の話を聞いていた。ハヤブサと名乗っているカザヨミのユナと、その協力者であり保護者であるクラコの存在、そして彼女たちの行動について。

 

 ツグミがギリギリまでクラコ達の情報を秘匿していた為、この通話がこのタイミングで繋がるかは賭けだった。だが、薄々ツグミとハヤブサとの関係性に勘付いていた国城はスムーズにツグミの話を信じ、クラコとの通話を繋げたのだ。

 

「現在の調査状況……いえ、計画段階の調査工程を教えてください。どのタイミングで何が起こったのかを此方で整理したいので」

 

『わかりました。まず、雲海調査計画はいくつかに段階に分かれています──』

 

 国城から部外秘の機密情報のいくつかが直接クラコへともたらされる。本来なら漏らしてはいけない情報という事なので内容自体はクラコもメモする事はせず、聞いた内容を頭の中で精査し、目の前の雲海図へと反映するだけに留める。

 

 なぜクラコがツグミを介して国城とコンタクトを取ったのか、それはもちろん雲海を飛ぶユナのためだ。エーテルや停滞雲に関してはそれなりに知識を蓄積させているとはいえ、都市と比べればそれはあまりにも尖りすぎている。一方向に極振りしたかのような知識の蓄積を補完するように、クラコは数十年かけて都市が集め、経験した知識を求めたのだ。

 

『──概要としてはこのくらいになりますね』

 

「ありがとうございます。もしあの子と共有できるタイミングがあれば使わせてもらいます」

 

『ええ、お願いします。……それと、雲海の中についてなのですが……』

 

 雲海の中であるためクラコが得た情報をユナへ伝えるのは現状難しい、だが、現在雲海の姿はこれ以上ないほどに崩れている。もしかすれば僅かでも通話が繋がるタイミングがあるかもしれない。

 

 そんな僅かで奇跡的なチャンスを考慮し、クラコは国城と接触したのだ。もちろん、同じ雲海に挑んでいる者として互いに情報共有を行った方が生存率の上昇に繋がるだろうという考えもあったのだが。

 

『──と、いう事になってしまい……救援の部隊を送ろうにも入口が閉じてしまっている状態です』

 

「そう、ですか……雲海の入口は閉じたのですね」

 

 恐らくそうだろうと予想していたクラコだが、実際に国城よりもたらされた情報にクラコは一瞬言葉を詰まらせる。雲海下層部は都市所属のカザヨミの手によっておおよそ内部構造が把握されていた。だからこそクラコはユナを送り出したのだ。

 

 国城の口から語られる下層部に関する情報もある程度クラコが想定していたものから外れることはなく、故に中層に関しても自身の予測は当てにできると考えていた。

 しかし、入口が閉じたという事はそれらの情報が更新されたという事に他ならない。

 

 それでもクラコはあくまで雲海は雲海であり、エーテルによって構成された領域である事に変わりは無いと考えていた。外部より高濃度エーテルが合流し、雲海内部の各層のバランスが崩れたとしても、結局はエーテルのバランスが一時的に崩されたに過ぎず、時間によって安定性を取り戻すだろうと。

 

 中層に関しても結局は下層の上位互換であり、飛べないような環境では無いはずだ。

 

『中層は何があるか分からない領域です。下層とは、比べ物にならないと』

 

 しかし、国城はそう簡単に考えてはいない様子だった。ユナとクラコの協力を得られたにも関わらず、切迫した国城の声音は変わらず、むしろユナの安否を心配する様子さえある。

 

「……中層はそこまでの?」

 

 思わずクラコは国城の言葉を確かめるかのように尋ねた。中層とは言われていても結局はエーテル濃度の高まった領域に過ぎず、エーテルの特性をある程度把握していれば飛ぶ事は可能な空間であるはずでは? と。

 

『……オウミの都市はカザヨミたちによる停滞雲調査と同時にある地上調査を行ってきました。それは、降害によって消失した瓦礫についてです』

 

「消失? 降害は瓦礫を排出する停滞雲による災害ですよね?」

 

『ええ、停滞雲が飲み込んだ瓦礫を排出して発生する災害を降害と言います。つまり、降害とは二つの災害を合わせた名称なのです』

 

 クラコは降害を、瓦礫を飲み込んで吐き出すというサイクルを繰り返す災害だと考えていた。そうやって大地を削り取ってもう一度地上に散らせる。さながら畑仕事のように人類が作り出した人工物を耕して原初の地球を再現しているのだと。

 

『停滞雲はこれまで数十年もの間、降害を発生させ続け飲み込んだ瓦礫を排出してきました。都市はそうやって排出された瓦礫の調査を行う事で、間接的に停滞雲内の状況を知ろうとしたのです。私が所属する前の話なので、確かなことは言えませんが、瓦礫から停滞結晶を採取出来ないかとも考えていたようです』

 

「不純停滞結晶はエーテル濃度の薄い地上に持ってくると形を保てなくなると……」

 

『当時はそれさえも判明していなかったのです。形象崩壊を起こす条件があるのか、小さい結晶がそうなるのか……。そもそも停滞結晶の発生についてもよく分かっていない時期でしたので。……とにかく、都市は降害によって降り注いだ瓦礫の調査をはじめ、そしてある事に気が付いたのです』

 

「ある事……?」

 

『落下してきた瓦礫の総量が、飲み込まれた総量よりも圧倒的に少なかったのです』

 

「!」

 

 停滞雲は瓦礫を飲み込み排出するという一連の"降害"を発生させ、縮小化するか消滅する。なので内部にため込んだ瓦礫は全て残らず排出されるはずだとクラコは考えていた。だが、実際にはそうではなかった。剝ぎ取られた大地の大半はまだ雲の中を漂い、彷徨っているのだ。

 

『ほとんどの都市はこの事実に気付いていません。オウミのような中規模以上の都市でなければ都市周辺の降害被災地の調査など、行っている余裕はないでしょうから』

 

「ですが一度降害を起こした雲は弱体化して瓦礫を内包できるほどのエーテル密度を維持できないはずです。飲み込んだ瓦礫は一体どこに……?」

 

 思わず声が大きくなるクラコに対し、国城は冷静だ。過去数十年の歴史を知り、数十から数百ものカザヨミたちの命を預かってきた国城にとってこの程度で動揺している暇などないのだろう。そんな国城は聞き覚えの無いクラコの言葉に一瞬声量を下げる。周囲に聞かれるのは不味い、少なくとも都市管理部やキョウトからやってきた外部のカザヨミに聞かれるのは尚早だと判断したからだ。

 

『エーテル密度……? ……もしや、一定の空間内を満たすエーテルの濃度の事ですか……まさか観測方法を? 貴方たちは既にそこまで……』

 

「国城先生?」

 

 小さく、独り言のようにつぶやかれた国城の言葉はクラコにも聞こえることは無かった。国城は余計な考えを頭から追い出すように頭を振り、クラコとの話に集中する。

 

『……すみません、話が逸れましたね。瓦礫の所在ですが、私は停滞雲同士で瓦礫の"受け渡し"が行われているのではないかと考えています』

 

「受け渡し……? 降害を発生させる前に、停滞雲が他の停滞雲に瓦礫を渡していると!?」

 

『正確には"横方向への降害"が発生している、と考えています』

 

 降害は瓦礫が上から下へと落ちてくる災害だ。原因としては飲み込んだ瓦礫を支えきれなくなった停滞雲が瓦礫を吐き出す事によって起こると言われているが、国城によればこの降害は真下に瓦礫を排出するだけでなく、真横、真上へと排出もしているのだという。

 

 地球の空は大半が停滞雲に覆われており、もしも停滞雲が瓦礫を真横に排出すれば余裕のある停滞雲はそれらの瓦礫を飲み込む。そうして飲み込んだ停滞雲が再び瓦礫を排出し、受け渡しが行われる。

 

『そうして受け渡しが行われ続け、最終的に行きつく場所はどこだと思いますか?』

 

「瓦礫が行きつく場所……、まさか」

 

 クラコは震える手で必死に携帯端末を支え、頭の中に思い浮かんだ想像を必死に否定しようとする。だが、無情にもこれまで蓄積した知識たちがその可能性を確かなものとしてクラコの眼前に提示する。

 

「……いや、待ってください。瓦礫は只の瓦礫に過ぎません。まさか、そんな事はあるはずないでしょう!? そんな、同じ"特性"を持つなんて事はっ!」

 

『倉本さん、私もハヤブサ……ユナさんが停滞雲内で飛行する動画を拝見させて頂きました。民族衣装のようなエーテル防護服、あのような物は見たことがありません、あれは倉本さんがお作りになったのでしょう? なら、理解出来るはずです。エーテル繊維を実際に生み出したあなたなら、エーテルに長期間曝された瓦礫がどうなるのか』

 

「……エーテル繊維と同じように、瓦礫がエーテルの特性を持ったと……?」

 

 よくよく考えればこれまでクラコが予想していた停滞雲の特性がまさにそれだった。降害によって瓦礫と共にエーテルが雲の外へと排出され、その結果停滞雲が消滅するというクラコの持論も、瓦礫と共にエーテルが抜けるのではなく、瓦礫そのものがエーテルであるというのならば説得力も増す。少なくとも瓦礫にエーテルがまとわりついて雲から落ちてくるよりもずっと現実的だ。

 

『停滞雲を渡り歩く瓦礫たちは最終的に雲海に蓄積される。……オウミの都市の試算だけでもおそらくヒエイ雲海は1兆トン以上の瓦礫をため込んでいます。町の一つや二つ、雲海の中に存在していてもなんら不思議はありません。ですが下層にはそのような大規模な瓦礫の集積地帯は見つかりませんでした。なら、それより上の層……エーテル濃度が濃く、瓦礫を留保しやすい空間ならば……』

 

「それが、中層以上の領域だと……雲の中に、大規模な瓦礫の町が存在していると……」

 

『それだけではありません。降害直後の瓦礫調査の際、都市はいくつか損傷の軽い家具や析出を免れた道具を回収しています。その中に時計があったのですが……それらの壊れていない時計は全て正常に駆動しており……そしてすべてが一定の時間、ズレていました』

 

「すべての時計が? ……一度時計が止まり、地上に落ちてきて再度動き出した……? ……まさか、雲の中は時が止まって!?」

 

『そこまでは分かりません。単純に災害の衝撃で止まり、落ちてきた衝撃で動き出したという可能性もあります。時計が止まっていたからといって時間が止まっていたとも確定出来るわけではありませんから。ですが、雲海ほどの規模ならば……時さえも"停滞"させるのではないか、と』

 

 国城の言葉を聞き、クラコはあらゆる可能性を思い浮かべる。これまで調べてきたエーテルの特性を考えれば国城の予想はあながち的外れとも思えず、雲海ならばあるいは、という思いを抱くのも無理からぬこと。

 

 だからこそクラコは深く、深く考えてしまう。たやすく命を奪い去る恐るべき停滞雲、その集合体である雲海。エーテルによる災害だからこそ、その中に僅か残るか細い希望に光を見出さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 時さえも停滞しているのならば、そこに在った命はどうか。

 

 この世界の法則や概念さえも立ち止まらせることができるというのならば、瓦礫と共に飲み込まれた人々の命さえも停滞し、生きながらえているのではないか。

 

 

 

 

 

『倉本さん、中層は下層の上位互換などでは決してありません。濃すぎるエーテルの影響により、我々が想像も出来ない空間が広がっているはずです』

 

 クラコの耳に届く国城の言葉はクラコを素通りしていく。意味のある言葉としてクラコの頭に収まることなく、ただ通り過ぎるだけの音が聞こえるだけ。

 

『あそこは現在であり、未来であり、過去でもあります』

 

 クラコは空を見上げ、その向こうにいるはずのユナを思った。

 

 送り出した事に後悔は無い。後悔などすれば、ユナの決意さえも踏みにじってしまうように思えたから。ユナの信頼を裏切ってしまう気がしたから。

 

 だから、クラコは只ユナが無事に帰ってくることを祈るしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

『あそこは……人が手を添え、地球が生み出した"異世界"です』

 

 

 

 

 

 

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