愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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連続三話投稿していますご注意ください(三話目)


57羽 技術革新の足音

 

 いくつもの想定外が発生しながらも一人の犠牲者も出さずに終了した第十三次雲海調査計画は予想通り、オウミ都市管理部によって多大な偏向と拡大解釈、そして捏造をもって大成功だと報じられた。

 

 オウミの都市所属カザヨミは当初予定していた通りに雲海の中層へ突入し、内部の情報を持ち帰る事に成功する。さらには中層に留保されていた瓦礫を地上へと降下させ、そこに含まれていた大量の純停滞結晶を都市にもたらした。

 

 それらの功績は中層へ最初に突入した勇気あるカザヨミ、嶺渡イスカに与えられ、これをもってイスカは二級を飛び越え一級のカザヨミとして登録される事になった。

 

 この調査計画成功の報は都市のネットワークと報道関係を用いて広く拡散され、その成果に多くの人間が注目した。

 

 中でも雲海の完全攻略を掲げるような都市は中層の情報など喉から手が出るほど欲するだろうし、大量に手に入ったという純停滞結晶の噂を聞いてオウミの都市にやってくる他都市の上位層やエーテル研究者も後を経たない。

 

 大量に手に入った純停滞結晶があれば、これまで机上でしか実現できていなかった技術や新しい道具(ツール)を量産する事も出来るだろう。たとえば、エーテル繊維を用いた軽量な防護服など。

 

 都市の科学技術とエーテル活用技術があれば、これまでよりも質の高いカザヨミの装備が開発出来る。それはカザヨミの活動領域がさらに広がる事を意味し、本格的な中層の探索、あるいは存在しているとされる"上層"への足がかりを掴むきっかけになるだろう。

 

 エーテル繊維をはじめとした停滞結晶製品の量産化によってカザヨミたちはさらに安全に空を飛べるようになる。これまでは危険とされていた停滞雲に下位のカザヨミが単独で突入する事も可能になるかもしれないし、上位のカザヨミが中層の集積地帯で純停滞結晶の"採掘"を行い、さらなる道具の開発を加速させるかもしれない。

 

 オウミの都市はこれにより純停滞結晶をほぼ際限なく手に入れる術を得た。カザヨミはこれまで避けてきた雲を素通りし、探索には数十年はかかるとされていた中層で問題なく活動できるようになる。

 

 それはまさしく技術による革新だった。今まで未知の領域とされていた雲海は、次第に多くのカザヨミが探索を競い合う場として変化しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オウミ都市、カザヨミ管理部の会議室には雲海調査計画の参加者たちが集まっていた。あれから既に一週間ほど経過し、ミサゴたちの怪我も後遺症なく回復していた。

 

「とはいえ無理はだめっスよミサゴ先輩。あの後カザヨミ管理部はマジで忙しすぎてバグってたんスから」

 

 会議室は以外にもカザヨミたちの会話があちらこちらから聞こえてくるくらいにはにぎやかだった。それもそのはずで、会議室という部屋を用いて行っているのは真剣な会議ではなく調査計画終了に対する慰労会なのだ。机の上には飲み物と食べ物がずらりと並び、大人組はアルコールまで手にしている。時々そこかしこから笑い声や、なんなら歌声まで聞こえてくるそれはもはや宴会の場と言ってもいいほどだった。 

 

「だから私も落下してきた灯台の調査に行くと言ったじゃないか」

 

「それこそマジでやめてくださいっス。意識を失ってた突入メンバーが全員罪悪感で死にそうな顔してたの忘れたんス?」

 

「はは、意識が無くても飛べるようになる、なんてセキレイのお嬢ちゃんが言い出した時は思わず笑ってしまったな」

 

「病院のベッドで起き上がれない状態のミサゴ先輩にくっついて泣きじゃくってる子にその対応は絶対ダメだったっスよ!?」

 

「いやあ、あまりしんみりとした空気にしない方がいいかと思ってな……ヒタキのように上手くはいかなかったが」

 

「馬鹿っス?」

 

「ひどいな」

 

 降害を利用して地上へと帰還したミサゴたちはすぐさま雲海観測所で精密検査を受ける事になった。意識を失っていた中層突入メンバーは全員目立った問題もなく、マスク内の結晶の析出もなかった為、内蔵へのダメージも確認されず、数日の休息をもって現場に復帰した。

 

 だが問題はミサゴとヒタキだった。中層内を意識のないメンバーを抱えて飛び続けるという無理をしたことで体中がボロボロで過度の疲労が蓄積していた。そのため都市に帰還し緊張の糸が切れたミサゴとヒタキは病院のベッドから起き上がる事さえ出来ない程の消耗具合を見せた。過度の消耗によりカザヨミの回復能力も弱まっており、全身筋肉痛と骨に数か所のヒビが発覚。さらには防護マスクが破損していた事で気管に結晶の析出跡が見られた。そのため二人は内臓を含めた精密検査を何度も行う必要が出て、念のためとして検査入院が言い渡された。

 

 結果としてミサゴとヒタキが退院したのはつい先ほど、ほんの数時間前だった。

 

「うーん、やっぱり新鮮な魚はいーっスねー。病院じゃあ生魚なんて食べられなかったっスから。ここで食べとかないとっス!」

 

「そういえば見舞いに来たツグミが今度寿司を奢ってくれると言っていたな」

 

「へ!? それ何時っス!?」

 

「ヒタキがまだ目を覚ましていなかった時だな。ツグミと詳しい話をするのは宴会が終わってからになりそうだ」

 

「うー……情報共有はカザヨミの基本スよ」

 

「はは、すまんすまん」

 

 周囲のカザヨミは皆笑顔で食事を楽しんでいる。キョウトのカザヨミも参加しているその宴会は大いに盛り上がり、あまりにも酔っぱらっている人間を医療専門のカザヨミが介抱する姿さえ見えるのは、それだけ平和だと言えるのかもしれない。

 

「……そういえば、ミサゴ先輩は見たっスか?」

 

「何をだ? さっきまで病院のベッドに寝ていたから何も知らないが……」

 

「出回ってるみたいなんスよ……ブラックボックスの記録映像が」

 

「! ブラックボックス……雲海に突入したカザヨミの装備の一つか……」

 

 都市のカザヨミが雲海突入時に着用していたパイロットスーツ型の防護服は様々な機能が備わっており、高高度飛行のための機能や耐エーテル性能、航空機を参考とした航空計器や通信機器などが小型化されて付属している。

 

 その中でも最も厳重に、最も強固に作られているものがブラックボックスと呼ばれる装備だ。

 

 ブラックボックスという名にはいくつかの意味があるが、この場合はかつて航空機器に用いられていた意味のブラックボックスが該当する。すなわち、重大な航空事故の原因調査を目的とした、フライトデータとボイスレコーダーを内蔵した装備の事だ。

 

 カザヨミが装備するブラックボックスはカザヨミの音声データと、マスクに内蔵された小型カメラの映像が記録されたものになり、幾つもの防御手法が組み込まれている。多種多様な金属板や樹脂板によって外部からの衝撃を吸収し、内部の精密構造を真空状態にすることでエーテルの侵入を防ぐ。

 

 そのためスーツの外部に出ていた機器の中でもブラックボックスだけは結晶の析出から逃れ、中層の映像を事細かに記録していたのだ。

 

「一体誰のが流出したんだ?」

 

「……イスカちゃんのっス」

 

「! ……映像は全てがネットに?」

 

「はい、最初から最後まで。イスカちゃんの声も入った状態でネットに流れています」

 

 ヒタキの言葉にミサゴは顔をしかめ、唸る。カザヨミは例外なくカザヨミ管理部の指揮下に置かれるが、それは紙面上の話であってイスカのように都市管理部側に身を寄せているカザヨミも少なからず存在する。

 

 そんなイスカのブラックボックスが安易に流出したと聞いた時、ミサゴは都市管理部がわざと流出させたのではと勘ぐった。映像内容をいくらか編集し、イスカが勇敢に中層へと突入したように演出した映像を流出させる事でイスカが一級へと昇級する理由付けになり、報道されている内容の裏付けになると。

 

 だが実際に流出した映像は全くの無編集で、イスカが無謀にも中層に突入し、ユナに助けられるまでの数十分が完全に記録されていたという。

 

「もうBWはお祭り騒ぎっスよ。中層に浮かんでいた街並みもばっちり、ユナちゃんについてもはっきりと記録されていましたから。」

 

 ヒタキは自身の端末を操作し、BWのホーム画面をミサゴに見せる。再生回数ランキングの上位は全て流出した動画の切り抜きで埋め尽くされていた。本家とも言える流出した記録映像そのものは既に削除されているようだが、それ以外の切り抜き動画は何度も投稿と削除が繰り返され、そのたびに急上昇動画としてBWのホーム画面に載ってくる。

 

 その一つをヒタキがタップし、動画を再生し始めた。再生時間は三分程度のもので、始まりは暗い雲の中からだった。

 

「中層にイスカちゃんが突入した直後ぽいっス。この後、見てくださいっス」

 

 中層突入直後はイスカの苦しそうなうめき声が聞こえ、それも収まるとカメラの映像がぐらりと乱れる。気を失ったイスカの体がバランスを崩して雲海の気流に飲まれようとしているのだ。

 

 だが、そうしてイスカの体が雲海の奥へと飲まれようとしていた時、カメラは遠くからやってくる青灰色の光を捉えていた。それは流れ星のように細く蒼い尾を引きながらイスカへと近づき、その姿は徐々に鮮明になっていく。

 

「……私たちの時と同じだな。この速度なら結晶の析出もないだろうな」

 

「予想されている析出限界速度の二倍は速さ出てるらしいっスよ。ほんとに、ユナちゃんよくこの速度で瓦礫に当たらず飛べまスよね」

 

 青灰色の光の正体であるユナは気を失っていたイスカを抱き寄せると急加速をもって領域を離脱する。まるで絵に描いた稲妻のようにいきなり進行方向を変えるユナの飛び方は尋常ではないと一般人でさえ理解出来るだろう。

 

『……ん、』

 

 そんなユナが一瞬だけ、小さく声を発したのをイスカのマイクが拾った。それは疑問が無意識に口から出たような、たった一音だけだったがその直後ユナは軌道をいきなり大きく変えた。それまでの不規則なジグザク飛行とはまた違った、大きく瞬間的に動き、それまで進んでいたルートを大胆に外しにかかったのだ。

 

 それはエアリングを用いた瞬間加速をも併用したもので、その後先ほどまでユナが本来進むはずだったルートに大きめの瓦礫が入り込んでいった。

 

 その光景を見たミサゴはユナがあの大きな瓦礫に衝突するリスクを回避するために大きくルートを外したのかと考えたが、次の瞬間瓦礫が透明な物質にまとわりつかれる様子を見てしまう。透明な物質は瓦礫を中心に巨大に成長し、大きくルートを外したはずのユナの翼にギリギリ接触しかけるほどに空間を占領した。

 

「この場面、視聴者は良く分かってないみたいっスけど……これって過冷却空間っスよね?」

 

「ここまで規模が大きく静かなものは見たことが無いがな。なるほど、あのまま目の前の空間に入り込んでいれば、気管まで凍り付いていたか」

 

 雲海の内部には多種多様な空間が点在し、それらは本来の特性とエーテルの特性を組み合わせて悪質なトラップとしてカザヨミを妨害する。その中でも非常に避けずらいものの一つに過冷却空間と呼ばれるものがある。本来ならば水滴か氷の粒となるはずの空気中の水分が、エーテルの停滞特性によって水滴にも氷にもならずに留まっているような空間の事で、見た目では異常が見られない為に実際に突入してからでないと気付かない。

 

 だがミサゴたちの知る過冷却空間は接触すれば少し冷たく感じるような規模の小さいものがほとんどで、体が氷漬けになるほどのものは見たことが無い。

 

「これどうやって避けたんスかね? 過冷却空間は見えないしエーテル濃度もそこまで特殊じゃないっスよ?」

 

「……気流の流れを読んだのかもしれん」

 

「いやいや、あんな荒れまくってる中層空間で読める気流なんて……。……え、まさかマジスか?」

 

「あの子ならやりかねん。だろう?」

 

「あー……否定できないっス」

 

 その後も動画はイスカを救出したユナの飛行風景を映し続けている。しばらくすると分厚い雲の層を抜け、中層に浮かぶ逆灯台の街並みへと到着した。その後はミサゴたちも知っている通りの展開だ。ユナたちはミサゴたちと合流し、灯台と共に雲海を脱出。無事に救助され今に至る。

 

「しかし、こんなものよく都市管理部は流出を許したな。報道されている内容との矛盾を指摘されるだろうに。どう見てもイスカよりユナの方が注目されるぞ」

 

「それが……先生にも先ほど聞いたんスけど、都市管理部はユナちゃんの事を煩わしく思ってはいても、脅威とは思ってないみたいっス」

 

「は? 都市管理部もこの映像を見たのだろう? それとも見ずにそう断言したのか?」

 

 都市管理部がユナを問題視していない旨はミサゴを困惑させた。映像だけ見ても一般的なカザヨミとは一線を画す存在だと理解できるし、カザヨミに精通する人間ならばユナが特級レベルだと察せるくらいには先ほどの動画はユナの情報に溢れていた。

 

 にもかかわらず都市管理部がそのような浅い理解度である事にミサゴは動画を確認せずに発言したのかと疑う。

 

「都市管理部も把握してるみたいっス。そのうえで、バカバカしい……と」

 

 だが、ミサゴの考えを裏切るように都市管理部は流出した動画の内容すべてを理解した上でユナを取るに足らない存在だと判断したらしい。国城より話を聞いたヒタキによると、どうにもユナの恰好がその判断を下した要因になっているらしい。

 

 動画に映っているユナの服装は一般的な都市外の人間が着るような古ぼけた服で、その上から手作りらしい布切れを羽織っているだけ。口元を覆っているマフラーも手作りらしく高級品には見えない。

 

 それに対して都市のカザヨミたちは最先端の装備、最先端の通信技術、最先端の安全装置を兼ね備えた防護服を身に着けていた。両者を見た目だけで比べれば確かにユナの姿はそこまで脅威とは思えないかもしれない。だがユナの纏う装備はそれらの科学技術とは全く異なるエーテル技術によって構築された装備であり、見た目だけでは比較出来ないはずだ。

 

 むしろ現時点ではユナの装備の方がよほど優秀であり、先を見ているとミサゴは感じていた。雲海は下層ならば遠距離通信が妨害され、中層ならば機器そのものが析出により破壊される可能性がある。

 

 ユナの装備はつまり、"中層以上の領域を飛行する前提"で作られた装備と言える。

 

「カザヨミ管理部と都市管理部とが分かれたことであちらにカザヨミに精通した人材が居ないとは思っていたが……ここまでとは」

 

「あちらはカザヨミよりももっと魅力的なものに夢中でユナちゃんの事なんてどうでもいいんスよ」

 

「……大量に手に入ったという、純停滞結晶のことか」

 

 降害によって落下してきた灯台と住宅地はその表面に大量の純停滞結晶を析出させていた。それらはオウミの管理地域に落下したという事で全てオウミ都市が接収した。もちろん調査計画に参加したキョウトなどの都市にもいくらか分配したわけだが、それでも余りあるほどに手に入れた停滞結晶はまさに今回の計画における最大級の成果だと都市管理部は考えているのだろう。

 

 単純にエーテル繊維やその他装備の開発だけでなく、結晶を交換条件とした周辺都市への優位な協定、協力関係の締結が進み、オウミの権力増大に貢献した。都市管理部は現在結晶を用いた政治ごっこに夢中というわけだ。

 

「今やオウミはこの世界で最も注目されている都市っスね。中層の情報に大量の結晶、それらから予想される技術の革新と、……まあ期待しかないって訳っス」

 

「それらの装備を用いれば、もはやハヤブサなど問題にもならない、という事か……」

 

「まあ、このまま無視はしないと思いまスよ。だから先生もユナちゃんと何度か通話して互いに話をしている見たいでスし」

 

「通話か……そういえば、アトリとイスカとの関係だが……」

 

「あー……私も病院のベッドの上で先生から聞きました。……従姉妹らしいっスね、ユナちゃん」

 

「イスカは都市管理部に祭り上げられまだ顔を合わせていない、アトリは塞ぎ込んだまま……おそらくあの時ユナの姿を見たのだろうな……」

 

「どっちからも話を聞けないんじゃどうにもならないっスよ……というか聞いて良いのかさえも分かりませんし」

 

 周囲の喧騒は絶えることなく賑わいは衰えることは無い。それは今後のオウミ都市が発展すると確定しているからこその喜びであり、カザヨミたちが自身の命をかけて成功に導いた調査計画の賜物だと言える。

 

 だが、今後彼女たちはさらなる領域へと翼を進めなければならないだろう。エーテル技術さえも飲み込んだ都市の最近装備に身を包み、異世界じみた中層の探索が近いうちに実行されるはずだ。

 

「……そういえば、少し遅くなったが特級への昇級おめでとうヒタキ」

 

 ミサゴはジュースの注がれた自身のコップを向ける。ヒタキは照れたようにコップを手にして互いのコップを控えめにくっ付け、乾杯した。

 

「ありがとうございまス。やっとミサゴ先輩と同じところまで来れたっスよ。……まあ、実力的にはまだまだでスけど」

 

「そんなことはないさ。あの中層での飛行、お前が居なければ誰かが死んでいた……それが、私だったかもしれない」

 

「……ユナちゃんと、ユナちゃんを呼んでくれたツグミちゃんのおかげなとこが大半っスよ。だからあまり素直に喜べないっスね」

 

「そこは喜んでおけ。お前が居るから私が居る。いつも助かっているんだ」

 

「あはは、……分かったス。ミサゴ先輩がそういうなら、喜んでおくっスよ!」

 

 ヒタキは手に持ったコップを傾け、中身を勢いよく喉へ流し込む。

 

 今後都市とカザヨミはその在り方を大きく変える事になるだろう。それがどのような未来を生み出すのかはまだ誰にも分からない。ただ、カザヨミたちは今まで以上の死地へ赴くことを要求されるだろうし、それは上位のカザヨミならば避けられない。

 

 

「私より先に死ぬなよ、ヒタキ」

 

 ミサゴの小さな言葉は宴会の楽し気な声にまぎれ、ヒタキに届くことは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラコさん、雲海は元に戻ったみたい。支配領域の気流の壁が見えるよ」

 

『そう、分かったわ。今日はもう帰ってきて。天気を見て次の飛行計画(フライトプラン)を立てましょう』

 

「うんっ!」

 

 ユナは比較的安定した空の中でホバリングしながら遠くの雲海を眺めていた。首元のマフラーを口に寄せ、携帯端末を収納したユナはそのまま一回転して来た道を帰っていく。

 

 

 雲海から帰還したユナはクラコに盛大に迎えられ、クラコは都市外で揃えられる限りの食材を用いてユナの大好物だらけの夕飯を振舞った。ユナは雲海の中で起こった出来事をクラコへと話していく。透明で生きているかのような停滞結晶がいた事。雲海の飲まれた町がそのまま存在していた事。

 

 そこで両親に合った事。

 

 

 

 

 

 クラコは考えた。もしもエーテルがあらゆる物体を、あらゆる現象を、あらゆる概念を停滞させる事が出来るのならば、"魂"さえもその場に留まらせる事が出来るのでは無いだろうか、と。

 

 エーテルは空気中のチリやゴミを核として停滞結晶となる。エーテルそのものを核とすれば純停滞結晶となる。

 

 ……つまり、エーテルは実際に存在しているかどうかも怪しいエネルギーさえも核として停滞結晶を生み出す事が可能という事。ならば、人類が未だ存在を観測していない魂という概念さえも核として停滞結晶を析出させられるのではないか。

 

 肉の体の代わりに結晶の体を手に入れた魂たちが動き出したすがた。それがユナの見た二頭のイルカ。両親の魂を宿した停滞結晶だったのではないだろうか?

 

 

 

 

 ユナは考えた。それは果たして生きていると言えるのだろうか? 肉の体を失い、結晶の体となっても自身を想い、自らの体を犠牲にして雲海の外へと逃がしてくれた両親の姿は確かに人と何ら変わらないと思えた。それでも、彼ら彼女らは既に亡くなった存在なのだ。それを理解していたからこそ、両親はユナに別れを告げた。

 

 

 

 

 

 だからクラコとユナは決めた。あの、未知なる雲海の最奥へと赴き、そこに存在しているであろう魂たちの住処へ行き着く事を。囚われている魂たちを、どうか安らかな青い空の向こうへと還してあげるために。

 

「ふふ、気持ちいい風……」

 

 だがまあ、今のユナにはそんな大それた目的などどうでもいいのだ。今はただ両親に出会えて、しっかりとお別れが言えたことと無事にクラコのもとへ帰ってこれたという事実さえあれば、それだけで幸せなのだから。

 

「次はどこを飛ぼうかな~」

 

 ユナは体をくねらせ、翼を動かして地上を目指す。灰色の雲に覆われた降害の危険性に晒された土地ではあるが、其処こそがユナの帰るべき場所なのだ。

 

 遠く遠くへと続く雲の連なりは決して途切れることなく空を覆い、それはこの先変わることなく居座り続けるかもしれない。それでもユナにはこの一瞬の幸せがあれば十分、それだけで高く高く飛び立てる。

 

 ユナは帰る家を目指し、カザヨミの翼をはためかせた。それは今後も変わらず空と大地に在り続けるだろう。

 

 

 




今年の投稿はこれにて終了とさせていただきます。また同時にストーリーの一章が終了となります。

次回の投稿は少し時間が空くと思います。みなさま良いお年を。
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