エーテルと呼ばれる未知で未観測なエネルギーが世界に満ち、それを要因とする停滞雲によって空が覆われた世界において、そんな空を行き来出来る唯一の存在であるカザヨミは人々にとって最後の希望であった。
停滞雲が呑み込んだ世界中の建築物は唐突に空から降り注ぎ、質量兵器さながらの破壊力をもって大地を均した。そうして世界は一部の安全地帯を残してことごとく破壊され、多くの人々は住む場所を失った。
そんな世界で空を舞うカザヨミの姿は誇張なしに迷える人類を導く上位的存在と捉えられただろう。
カザヨミである彼女たちは見つけられ次第都市へと集められる。そのため都市外に暮らす者たちはカザヨミと会話を交わす事も無く、その実態さえも不明瞭なまま、彼女たちが只の人とは異なる存在であるとしか認識していなかった。
だからだろうか、停滞雲による降害が始まり、カザヨミがこの世に生まれ始めてから数十年の月日が経過した現在においても、カザヨミとそうでない者たちの間にある溝が、決して埋まることなく広がり続けているのは。
この世界で初めて雲海の中層へと到達したオウミの都市はその偉業と手に入れた資源をもって世界最大級の都市であるキョウトに並び立つほどの発言力を手に入れていた。
毎年行われている世界中の都市による
今年、"大規模都市"から"主要都市"へと昇格したオウミの都市は実質的に中小都市への物資と戦力を配分する権利を得たと言えるだろう。同じく主要都市であるキョウトが近隣に存在しているのでそこまで大きな動きはできないだろうが、少なくともオウミ周辺の都市はオウミの顔色を伺う必要に迫られる事になった。
オウミが主要都市として選ばれた理由は単純に雲海の中層その一部を
大量に得られた結晶を消費し資源として活用するための研究が進み、机上では実現していた様々な
そしてそれらを"協力関係"にある都市や個人、組織へと融通。最新の技術あるいは希少な停滞結晶そのものをエサにして周辺都市からの賛同を得る。あるいは、批判的意見を黙らせる。
そうやって更なる権力の拡大のため、オウミの都市は今なお未開が広がる雲海へとカザヨミを向かわせ続けていた。
◇
「みなさーん! こんはねー! 今日も雲海のカザヨミ拠点"逆灯台"から配信していくよー!」
『こんにちは!』『うずらちゃんきた!』『こんはねー!』『今日はどのあたり飛ぶのー?』
「みんな来てくれてありがとー! 今日はですねーちょっと奥の方まで飛んでみようかとおもってまーす!」
はきはきとした口調と明るい声音、それらは手に持った端末を介して世界中の視聴者へと届けられる。つい先日三級への昇級試験に合格したそのカザヨミはオウミ所属のカザヨミ全員に支給される防護服に身を包み、雲海の中層を飛んでいた。
「あはっ! やっぱりこの服軽くて最高ー! 雲海の中でも配信できるなんて夢みたいだねー!」
『うずらちゃん防護服みせてー!』『あの服かわいいよねぇ』『個人的には前のぴっちりスーツも……』『いやあれはなかなかに際どかったぞw』
「私は前の防護服もカッコよくて好きだよー? ミサゴ先輩とかすっごい似合ってたしー」
真新しい防具に包まれたカザヨミとエーテル誘引性のある防護ケースに収納された携帯端末は停滞結晶の析出を容易に防ぎ、まだ飛び方も初心者らしさが抜けきらない状態の三級であっても問題なく飛行できる。これらの
「んー……この辺りはほとんど探索済みだねー……」
『民家はほぼ全滅か……』『探索済みだと結晶もあまり稼げないなー……』『どっか未探索の家でも探す?』『丘の上はまだ未探索だったはず』
「丘の上かあ……」
中層に浮かぶ廃墟……主要都市会議において"雲海廃墟"と名付けられた雲海に浮かぶ廃墟群の中で人類が唯一攻略することに成功した元逆灯台の都市はオウミをはじめとする数多くのカザヨミたちの中継基地として整備されていた。
本来、逆灯台の廃墟はエーテルの作用により幻覚を生み出す非常に危険な領域だった。だが、とあるカザヨミが巨大な停滞結晶と共に廃墟の中心たる灯台を地上へと落とした事でその作用は失われ、現在では下級のカザヨミでさえ最新の
地上から中層の逆灯台までを有線と短距離無線通信で繋ぐことで雲海の中に居ながら地上との通信を確立させ、嵐同然な下層の環境さえも安全に飛行できるほどの情報共有がされるようになっていた。
人類が初めて確保した中層の拠点、逆灯台はオウミをはじめとした幾つもの都市の支援によって探索され尽くし、廃墟に点在していた純停滞結晶も一欠片残さず回収された。
だが、だからといって逆灯台の雲海廃墟が安全なわけでは無い。廃墟周辺は濃いエーテルに満たされているので常に結晶の析出障害に気を配らなければならず、未熟なカザヨミは防護マスクが必須である。
今回配信を行っているうずらというカザヨミの少女も、口元をマスクで覆いエーテルの被害を抑えている。
「よしっ! それじゃあ丘の上にいってみよっかな! あの辺りはまだ未探索だろうし!」
逆灯台の直上を飛ぶ少女は配信のコメント欄を一瞥し、少しだけ考えるふりをしてから丘の上なる場所へ行くことを視聴者へと宣言する。
(ふふっ……未探索ならいくらか結晶も残ってるっしょ。バレない程度に持って帰っても大丈夫だろーし…おっと、配信には映さないよう気をつけないとね)
内心ほくそ笑む少女は配信では口にしないような事を考えながら未探索のエリア……オウミが立ち入りを禁止しているエリアへと侵入していった。
元逆灯台の雲海廃墟が都市によって詳らかにされ、カザヨミの探索拠点として機能し始めるのと同時にオウミはとある問題に頭を悩ませることになる。
それはオウミへとやってくるカザヨミの急激な増加だ。
雲海はその地域周辺を飛行不可能な領域に変えるだけでなく、大規模な降害の発生地点ともなる。陸路も空路も閉ざされる雲海の攻略は都市にとっては命題とも言える重要事項である。
そのため雲海の中層、その一部を開放したオウミへと他都市がカザヨミを派遣するのはそこまでおかしいことではない。むしろこうなるだろうとオウミも予想していたはずだ。
しかし、そんなオウミの予想以上のカザヨミたちがオウミへと殺到した。やってくる方法は様々で、正規の手順を踏んで正式にオウミの都市へ入るカザヨミもいれば、他都市が物資輸送のために送ったカザヨミをそのままオウミに留まらせるというグレーな方法も取られ、更には所属不明のカザヨミの団体が不法にオウミの支配領域へと侵入するという事件まで発生していた。
更に問題なのは正規の手順でやってきたカザヨミであってもオウミの指揮下に入らないカザヨミばかりという点だ。オウミは自身の都市所属のカザヨミに対して逆灯台での未探索領域の探索を禁止している。
一部の上級カザヨミが先生の許可を得たときのみ探索することができ、その際に発見した純停滞結晶もすべてが回収される。
だがこれはオウミ所属のカザヨミに課された制限なので、それ以外の都市からやってきたカザヨミには適用されない。オウミのカザヨミは発見した結晶をすべて没収されるのに対し、他都市からやってきたカザヨミは密かに持ち帰り所属都市で換金できる。
その不公平さに不満をあらわにするオウミの下級カザヨミも居たが、上級のカザヨミの殆どはそれらの命令に粛々と従った。
オウミのカザヨミは先生がカザヨミの命を第一に考える人物であると知っており、これらの指示が自分たちを守るためのものだと理解していたのだ。現在カザヨミの遭難事故は例年の数倍にまで増加しており、その殆どは雲海で発生し、遭難者はオウミ外からやってきたカザヨミたちが大半だった。
そのためオウミは雲海で遭難したカザヨミを救助するチームを新たに編成したり、所属場所を問わずすべてのカザヨミに適応されるルールづくりのために他都市間を奔走したりと非常に忙しかった。主に先生がであるが。
「さあさあ、このあたりから探索を始めていこうかなー!」
そんな先生の努力もまだ実を結ぶには早く、中層を飛行するカザヨミの少女が他都市所属である以上、その行動を止められるものは居なかった。
◇
「……」
雲海下層、視界の遮られた空間を飛来する散弾のような雹をかいくぐり、巨大な瓦礫をひらりと回避するとあるカザヨミ。口元をマフラーで覆い隠し、青灰色の翼を広げて羽ばたいていく。
恐るべき加速をもって下層を突っ切っていく少女に迫るあらゆる障害を、まるでその位置がはじめから分かっていたと言わんばかりに軽やかに、一切の無駄なく避けきる。
たとえ不可視のエーテル領域であろうと、常人では知覚することさえ不可能な雷さえも予知の如く回避して見せる少女は視界さえ閉ざされた空間をひたすら前へと進んでいく。
「っ! むこうのほう…!」
激しい嵐の中であるにもかかわらず、少女は何かを察知したかのように顔をとある方へと向け、すぐさま青灰色の翼を動かし、加速する。
おおよそ自然界に存在する生物が行えないような、直角に曲がる進行方向の変え方を難なくこなし嵐の中で知覚したカザヨミの
「見つけたっ!」
そうして数分もかからず少女は下層の気流に揉まれ意識を失っていたカザヨミを発見し、その手を掴んだ。
「クラコさん、こっち終わったよ。今は逆灯台の街で休憩してるー」
『分かったわユナ。十分休んでから帰ってきてね。あと、今日のごはんはカレーにしたから』
「おおー! お肉あったの!?」
『店長からのお裾分けよ。腐らせるくらいならって格安でね』
「わーい! すぐに帰るね!」
『十分休んでからね!』
青灰色の翼を持つカザヨミの少女、ユナは現在増大したカザヨミの遭難者救助の活動を行っている。オウミ都市の先生が風花ツグミを介してユナとクラコへと依頼したその内容を二人は承諾し、ユナは実際に救助者の救助、クラコは遭難する可能性の高い領域のマップ作成を手掛け、その依頼に応じた。
とはいえユナとクラコは都市に未所属であるため都市の救助チームとは独立して動いている。救助が困難な領域のカザヨミや、そもそも遭難場所が特定できない場合に依頼されることが多い。ユナが特級レベルのカザヨミであることと、都市未所属であることからいくつかの手続きを省略できるという点も含め、最速の救助が可能なので緊急性の高い依頼が舞い込むことも多い。
その日も遭難場所不明なカザヨミを救助し、逆灯台に駐留しているカザヨミチームの眼の前に置いてきたユナはそのまま帰宅しようと羽を伸ばして逆灯台から飛び立とうとしていた。入り組んだ雲海廃墟である逆灯台ならば建物の影に隠れるだけでその姿を隠すことができる。飛行中も激しい嵐の中で自身以外のカザヨミに意識を割けるようなカザヨミはそうそう居ないし、意識が割けるような上級のカザヨミはすでに知り合いだ。そのためユナの姿は配信者たちのカメラの片隅に僅かに映るだけで、明確にユナへと接触できた都市のカザヨミはまだいない。そのせいかユナの存在は下級カザヨミの間で出会うと幸運が訪れるという都市伝説として囁かれていた。
「かれー、かれー♪ んー……あれ?」
夕飯の事を考えながら廃墟を飛び立ったユナは不意に廃墟の上空へと視線を向けた。わずかに揺らいだカザヨミ由来のエーテルを感じ取ったユナが視界に収めたのは、バランスを崩して廃墟の空へと"落ちていく"カザヨミの姿だった。
「っ!」
エーテルに満たされた空間の中でも一際濃いエーテルを翼で掴み、エアリングによって一気に加速したユナはその勢いのままに廃墟の上空へと飛び上がった。
場所がオウミの正規チームの探索がまだ終了していない禁止空域。更にオウミ製のものでは無い量産品の防護服と、携帯端末を携えた様子から、そのカザヨミが雲海へ不正侵入した他都市の配信者であるだろうとユナは把握した。
(だめ、掛け雲…!)
飛び上がりカザヨミへと接近しようとしたユナだが、カザヨミとの間に異常なエーテル領域を視認したユナは思わず勢いを落とす。"掛け雲"と呼ばれるそれは細く糸状の停滞雲が空間に侵入した者を網のように絡み取る、エーテル領域に設置されたトラップの一種だ。
糸状の停滞雲は引っかかるまでは肉眼で確認することはできず、引っかかったあとも視認性は非常に悪い。おそらくカザヨミの少女は掛け雲によってバランスを崩してしまったのだろう。
(タイミングが……!)
掛け雲以外にも周囲の空間にはトラップとなるエーテル領域が点在している。ユナならばそれらを回避しながら最高速度でカザヨミの少女へと接近することができるだろうが、問題は接近した後だ。現在のユナの速度で少女の手を取れば文字通りに少女の手が外れるなんてことになりかねない。カザヨミとしての頑丈さに期待したいところだが、カザヨミの能力をまともに鍛えていない下級のカザヨミである事を踏まえれば、エアリングを乗せたユナの速度に耐えられるかは不明だ。
ユナが速度を落とし、少女を捕まえようとするよりも早く、少女の体は気流とエーテルに揉まれてとある建物へと激突した。
(! でも、あれくらいなら……!)
廃墟の壁に激突したカザヨミはそのまま廃墟の中に入り込み、落下が止まった。激突したのがボロボロになった木造建築の壁であったことが幸いし、カザヨミは建物というクッションに受け止められた形だ。もしも激突したのが岩やコンクリート塊だったならばカザヨミでも重傷を負っていただろう。
『ユナ!? どうしたの!? 聞こえてる!?』
「クラコさんごめんなさい! 帰るのちょっと遅くなります!」
『ユナ!? ああもう! 御飯の時間には帰ってくるのよ!!』
「うんっ!」
◇
廃墟に激突し、建物の中へ入り込んだカザヨミの少女うずらはその衝撃のまま気を失っていた。三級に上がったばかりなうえに
空を飛行するカザヨミは飛行中に様々な衝撃を体に受ける。瓦礫との接触だったり雨や氷の散弾だったり雷であったりと多種多様であるがそのたびに気を失っていてはまともに飛行などできはしない。もしも気を失っている少女の姿をユナの友人たるミサゴたちが見れば……深く深くため息を吐き出して頭を抱える事だろう。
『うずらちゃん起きて!!』『これやべーんじゃねえの?』『配信が続いてるから電波は届いてんだろ!?だれか通報しろって!』『通報しようにもどこに落ちたかわかんねーって!』『うずらちゃん!!』
カザヨミが未熟でもカザヨミを守る
……ただ、そんなコメントの中にはこの状況を楽しんでいる不謹慎なコメントも散見された。配信という手段を用いてカザヨミと只の人との距離はかつてよりも近づいているものの、だからといって人がカザヨミ対して深い知識を得たわけではない。
カザヨミを不死身の存在などと認識している者や、カザヨミに嫉妬の感情を向けている者、そもそも配信中という状況が現実感を薄れさせ、軽はずみなコメントを書き込む要因となっているようだった。
だが、これは現実だ。雲海の未踏領域で気を失っているうずらも、普段のカザヨミ配信では見られないハプニングに沸くコメント欄も……増加する同時視聴者の中で誰も通報していない事実も、すべては現実だ。
『おいおいあれなんだよ!!』『すげえ……これ結晶か?』『でかすぎwwこれだけで一生遊んで暮らせそうだわww』『売れば都市で暮らせるくらいの値段にはなるかな』『コメ欄に都市外の人間いて草』『良く端末買えたなww』
うずらの意識はまだ戻らない。激突して入り込んだ廃墟は長い廊下のようで、その奥には青く輝く結晶が析出していた。その姿ははじめ配信には写り込まない場所にあったのだが、しばらくすると配信画面に写り込むようになった。
当初視聴者たちは何かの衝撃でそこらにあった結晶が配信画面に写り込む位置へと転がったのだろうと考えていた。……結晶がその腕をうずらへと伸ばし始めるまでは。
『は?』『え』『なにこれマジかよ』『生き物!?』『こんなん知らないぞ!』『新発見か?』『んなこと言ってる場合か!!』
パキ、パキという軋む音と共に周囲のエーテルを急速に誘引して成長していく結晶は徐々にうずらに近づいていく。配信画面には成長した結晶が多数写り込み覆っていく。さすがに異常性に気付いた視聴者が慌てたように騒ぎ出し、通報され始めるがその行動はあまりにも遅い。
『うずらちゃん起きて!!』『これヤバいって!』『配信はよ切れ!!!』『うずらちゃん!?』
まるで枯れ木の細枝のような結晶の腕が不吉な軋みと共にうずらの腕へと絡みつく。そこから広がる結晶の析出はうずらの皮膚を侵しはじめ、増える枝が首へと巻き付こうとした瞬間、うずらの体が勢いよく引っ張られる。視聴者は暗転を繰り返す配信画面に、ようやくうずらが起きたのかと考えたが、そうではなかった。
『あっ!!』『まさか』『うおおおおおおお!!ハヤブサ!!』『ハヤブサまじ!?』『青灰色の翼!マジもんのハヤブサかよ!!』
腕を引っ張りうずらを持ち上げたユナは絡みつく結晶の枝を払いのけ、うずらを背負いながらも廊下の狭い通路を飛翔する。うずらに絡みついていた結晶と同種の存在が
『うおおおぶつかるぶつかる!!!??』『画面揺れすぎいいい!!』『なんでこんな無茶苦茶な飛び方で安定してんだ!?』
人が歩くのでさえ狭く感じるであろう廊下に湧く無数の結晶の枝。ユナはそれらに接触しないギリギリの状態で翼を広げ、動かして進んでいく。満足に翼が動かせない状況であるにも関わらずユナは限られた空間を僅かな接触も無く飛ぶ。
実際のところユナは翼をほとんど折りたたんだ状態だった。屋内という事でエーテルの濃度が比較的安定しているのでほぼエアリングのみで飛ぶ事が出来たためだ。
「っ!」
そうして成長する結晶によって閉じられようとしている廊下を飛翔し、壁面に差し込む僅かな光を見つけたユナは最高速度で飛びながら、すれ違いざまに結晶を掴み、勢いのままにへし折った。
『うお!?』『なにしてんの!?』『やっぱ、すげー音したぞ』『素手で折ったぞおい!?』
手に持つ結晶を壁に勢いよくたたきつけ、脆くなっていた壁には大きな穴が開く。ちょうどカザヨミが通り抜けられる程度の出口となった穴へと、ユナはうずらを強く抱きしめながら体をねじ込み廊下から脱出した。
「…………、ふう。もう、大丈夫だと思う」
廃墟から脱出したユナは翼を大きく広げ空中で静止した。眼下には不純停滞結晶によって飲み込まれようとしている建物の一部……ユナが脱出した廊下だった部分が雲の切れ間から伺えた。
『すっご……』『マジ……?あそこから脱出した……?』『ネタじゃねーよなこれ……え、マジで』『本物のハヤブサ……』
「んー……」
配信はまだ続いている。携帯端末のカメラを介した配信であるため、ここまでの一連の脱出劇が完璧に視聴者へと届けられたわけではない。それでも、うずらが危機的状況に陥っていた事と、それを助けたのが青灰色の翼を持ったカザヨミである事はしっかりと配信に映し出されていた。
何かを言いたげなハヤブサの様子に視聴者は固唾を飲み、そして次の言葉を待った。
「……かれー」
『?』『か、かれー?』『かれーって、あのカレーか?』『???』『え……?』
「かれー、食べたいから、もう帰るね」
『え』『え、ちょ』『ハヤブサさん!?』
その後ハヤブサことユナは気絶したままのうずらを逆灯台廃墟の安全地帯まで送り届け、唖然とする視聴者を放置してさっさと帰ってしまった。
それまでの間にハヤブサが楽しそうにカレーの名前を口にし続けていたため、実は食べ物の名前ではなく何かの暗号なのではないかと考察されたりもしたが、その真偽は定かとならず、結局この事件はそれで終了した。
後に残ったのはうずらという、命を救われた事で熱狂的なハヤブサのファンとなった配信者が生まれただけだったという。