愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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5羽 新しい生活

 

 この世界が停滞雲に覆われ、降害によって都市以外の土地が軒並み危険地帯へと変貌したのは今から数十年ほど前になる。突然発生した降害は瞬く間に地上を瓦礫の海へと変え、人々の命と生活圏を奪った。

 

 都市外ではあらゆるインフラが切断され、国の影響が薄まった。公共は機能不全に陥り、警察、消防、医療、その他諸々の機関は都市外にて活動出来なくなった。正確にはそれらの公共機関の施設や拠点を都市外に設置する事が難しくなったと言った方が良いだろう。

 

 都市内の住民の反発、現実的な降害の危険性、そもそも人手が足りない。そんな理由が山積し結果としてこの国で必要最低限の生活が保障されているのは、都市だけとなった。

 もちろん都市外に住まう人間の為に様々な補償制度が生まれたが、それらで補えるほど降害の被害は浅くない。都市外の人間は実質的に国から見放されたのだ。

 そしてそんな国という枠組みすら、数年前に崩壊してしまった。

 

 

 しかし、そんな都市外の瓦礫の街で新たな家族の生活が始まろうとしていた。

 

 

◇ 

 

 

「それじゃあ諸々の事は明日考えるとして、ご飯たべちゃおうか」

 

「ごはん……!」

 

 途端ユナの声音が弾むように上向いた。クラコはそんなユナの様子にクスリと小さく微笑み、ユナの頭に手を添えて優しく撫でてやる。クラコより伸ばされた手は自身を害するものでは無いと理解したユナはその手を受け入れて気持ちよさそうに撫でられるまま、されるがままでいる。

 

 あの後ユナはしばらくの間クラコの胸の中で懸命に泣き、クラコはそのすべてを受け止めた。泣きつかれて大人しくなったユナの腫れた目を優しく拭いてやったクラコは、初めてこの部屋にユナが来た時に振舞えなかったごはんを一緒に食べる事にした。

 

「一応お昼は簡単なものにしようと思ってたんだけど、何かリクエストあるかな?」

 

「え、ええと……あたたかいごはんが、いいです……」

 

 要望を聞かれたユナの答えにクラコは思わず閉口する。おずおずと口にされたユナの言葉によって、彼女がこれまで温かい食べ物を口にする機会が少なかったのだろうと予想できた。

 

 実際にそれとなく聞いてみると、実態はクラコが思っていた以上だった。

 

 叔母の家で生活ではひと月に一度叔母よりお金が手渡される。もちろんお小遣いなどでは無い。それはユナのひと月の生活費として渡されたお金だったらしい。ユナはそのお金でひと月に必要な食べ物や日用品などを買いそろえていたのだ。お金は決まった額が渡される訳では無く、多い月は五千円程度、少なければ数百円という時もあったのだという。

 

 手渡される金額に文句を言う事も出来なかったユナは本来切り詰めるべきでない食費などを削りに削り、何とか生活していた。冷蔵庫などを使わせてもらう事もできなかったので食料を保存する事もできず、安くて日持ちのしやすい冷たい食事をするのがユナの日常だった。

 

 その話を聞いたクラコはあまりの事に頭を抱え、そしてユナがクラコの家に初めて来た時置いていった"例の紙"の意味を理解した。

 

「ユナちゃん……これ、どうしてここに置いていったの……?」

 

「あ、……あの、その……」

 

 クラコが懐から取り出したのはユナが置いていった紙。それはひどくボロボロで幾重にも折りたたまれた跡が残り、かなり摩耗している。表面に書かれた数字と肖像画、偽造防止の透かしやホログラムの印刷されたそれは、この崩壊した世界でも問題なく利用できる千円札紙幣だった。

 

「……泊めて、もらったから……」

 

「やっぱり」

 

 くしゃくしゃになった紙幣は、恐らくユナの大切な生活費の一部なのだろう。先ほどの話を聞けばユナにとってこの千円がどれほど貴重なのかはよく分かる。だが、それをユナは宿泊費としてクラコの家に置いていった。

 

 当初クラコは置かれた千円札を見て憤慨した。まるで自身がお金目当てで少女を泊めたように見られたと感じたから。だが、ユナはそんな考えなどまるでなかったのだとクラコも理解した。ユナは自身には何も恩を返す手段が無いと判断し、だからお金を置いていった。

 自身が生きるために必要な、かなりの金額をクラコへの感謝として置いていった。

 

「……それじゃあ、これは返すわね」

 

「! だめ! これは、お礼だから……!」

 

「私はお礼が欲しくて泊めたわけじゃないのよ? それに、本当は夕飯も食べてもらうはずだったのに帰っちゃうし」

 

「あう……それは、その……」

 

 クラコはくしゃくしゃになった千円札をユナへと手渡そうとするが、ユナは断固として拒否する。クラコと一緒の家で生活させてもらうだけでなく、お礼として渡したつもりのお金まで返されては申し訳なさすぎると考えているのだろう。ユナは返されたお金を受け取ろうとしない。

 

 しばらく二人はそうして返す、受け取らないの言い合いを続けていたがこのままだと絶対の受け取らないだろうと判断したクラコが小さく息を吐き、片をすくめる。

 

「わかった。それじゃあこれは預かっておくから。ユナちゃんが大きくなって、必要な時が来たら返します。そうしましょう?」

 

「う……、うん……」

 

 まだ何か言いたげで納得していない風なユナだったが、今受け取ってもらえるならばと半ば無理やり納得し、その話はそこまでとなった。のだが、

 

「それじゃあはいこれ、お小遣いね」

 

「えっ!?」

 

 だが、そこでクラコが次の一手を打つ。ユナの千円をひっこめた反対の手で、その十倍の数字が書かれた紙幣を取り出し、小遣いとしてユナの手に握らせたのだ。突然の事にユナは思考が追いつかず、手に置かれた紙幣をまじまじと見つめている。数秒してその紙幣に書かれている肖像画などが見たことも無いもので、書かれた数字も初めて見るものである事に気付いたユナは悲鳴を上げながらそれをクラコに返そうとするが、既にクラコはキッチンに向かっており、返すタイミングを見失った。

 

「クラコさんっ!?」

 

「いろいろと必要でしょ? 服はもちろんだし、文房具とかお菓子とか、遊びに使うお金とか……まだ早いかもしれないけど、化粧品なんかも買うだろうしね」

 

「で、でも……!」

 

「いいからいいから、それよりもご飯にしましょう」

 

 叔母の家とのあまりの違いにユナはこれが現実なのかと疑ってしまう。両手で厳かに持ち上げた一万円札は確かにそこにある。今まで小遣いなどというものをもらってこなかったユナは生活費として叔母に貰っていた月の最高金額よりも高い紙幣を渡された事に焦りを見せるばかり。大してクラコはそんなユナの姿を見られてどこか満足げだ。

 

「さて、それじゃあ待っててね」

 

「あ、あのっ! わたしも手伝います!」

 

「あら、それは助かるわ。……包丁は、使った事ある?」

 

「あ……」

 

「ふふ、大丈夫よユナ。教えてあげる」

 

「……ごめんなさい」

 

「ダメよユナ。ここはありがとうって言うの」

 

「はい、あの……ありがとうございます」

 

「うん、よろしい」

 

 キッチンに並ぶクラコと、クラコの頭二つ分ほど背の低いユナ。クラコは冷蔵庫の中身を確認し、なにを作るか思案する。ユナの要望を聞きながら、冷蔵庫から食材を取り出し、ユナへと渡す。

 

 ユナがたどたどしく包丁を握ればその手にクラコの手が添えられる。ユナは初めての料理で楽しそうな様子を見せ、そんなユナの姿にクラコは顔をほころばせる。二人はまるで本当の親子のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 食事が終わった後、二人はこれからの事について話をし始めた。しばらくはユナに様々な事を教えるつもりのクラコだが、ここの暮らしに慣れてきたら料理や洗濯、ゴミ出し等々当番制にして手伝ってもらうつもりだ。クラコとしてはまだ小さい……というより幼いユナにはあまり仕事を押し付けたくないと思っていたのだが、ユナ本人がそうしたいという要望があり、クラコは渋々承諾した形だ。

  

 ご飯を食べ終わった後のユナは率先して皿洗いを行った。叔母の家に居た時も時々皿洗いをさせられていたらしいユナは笑顔で「得意なんです」と言うのだ。そんなユナの様子にクラコの心境は複雑だ。

 

(……まだ、心は開いてくれない、わよね)

 

 ユナは確かにクラコを信用できる大人だと判断しているように見える。だが、信頼しているかと言われれば、まだ微妙なところだろう。ユナは出来るだけクラコの仕事を請け負い、クラコのご機嫌を取ろうと行動している節がある。

 もちろん、かつてのようにいきなり殴られたり蹴られたりすることは無いと理解しているだろうが、だからこそユナはクラコに失望されないようにと過剰なほど従順でいようとしている。

 

 だが、それは今すぐにどうこうできるような問題ではない。逆に言えば時間をかけ、ユナの傍に寄り添い続ければいつかは心を開いてくれるだろう。

 

「せいいっぱい、がんばります!」

 

 今はまだ、これが二人の距離なのだ。

 

 

 結局一緒にお皿洗いを終えた後、二人はしばらくゆったりとした時間を楽しんでいた。柔らかなクッションを抱きしめ、暖かな部屋でユナはクラコが淹れてくれたココアをちびちびと口に含んではその甘さを堪能していた。

 これまで甘いものなど口にした事のなかったユナにとってその香りと滑らかな甘さはかなりの衝撃だった。ほんの一口、舐めるように魅惑的な香りのする飲み物を味わった直後、ビクンと体が震えて硬直してしまったほどだ。その後ユナはクラコとココアの入ったマグカップの間で視線を行き来させ、本当に飲んでもいいのかと困惑し、クラコが微笑みながらなだめても、しばらくユナは大切な宝物のようにマグカップをじっと見つめ続けた。

 

「ふふ、気に入ったなら明日も淹れてあげる。私の特製ココア」

 

「クラコさんの……?」

 

「仕事で疲れてるときはコーヒーより甘いものが欲しくなって、時々作ってるの。袋に書かれている量よりもココアをひとさじ多くして、チョコレートをひとかけら入れるのよ」

 

「ちょこれーと……」

 

 またもやマグカップの中身をじっと見続け始めるユナの様子に小さく笑い、頭を撫でる。ユナは暖かな手を気持ちよさそうに受け入れながら、どうしたのかと首をかしげてクラコを見る。そんな様子にクラコはもう一度小さく笑った。

 

「ごめんねユナ、お皿洗い押し付けちゃって」

 

「あ、あの、わたしがやりたいって言ったんです……! だから……」

 

「……そうね、謝罪じゃなくて……ありがとうユナ」

 

「! はい!」

 

 朽ちたビルがまるで柱のように幾つも突き刺さり形成された街並み。その隙間より夕日が覗き、沈んでいく。ビルの影とオレンジ色の光がボーダー柄のように街へと落ち、巨大な影時計のように徐々に影は長く長く伸びていく。

 

 明日は今日と同じ光景を見ることが出来るのだろうか。それとも、新たな影時計がこの街に突き立てられるのか。

 

 ユナとクラコはそんな先の話より、今目の前にいる存在を想う事だけに心を動かしていた。それが、二人にとって何よりも大切なことだったから。

 

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