愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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59羽 屋上の勉強会

 

 都市の外、荒れ果てた大地にて、本来ならば降害の恐ろしさに怯え俯きながらひっそりと暮らしている住居の中で珍しく笑い声が聞こえてくる。

 

 とある古びた団地の一室は綺麗に整えられ、人の生活が感じられるほどには暖かさが溢れていた。家主が選んだであろうフカフカしたカーペットの上にはシンプルながらも使い心地の良さそうなソファと、明るい色をした木製の机。

 

 そしてその上には情報端末と積まれた書籍の数々。

 

 それらの間に同居人のお気に入りなぬいぐるみやクッションが並べられており、部屋の中を走り回っても怪我をしない程度には数と種類が揃っていた。

 

 実際のところは走り回るよりも飛び回る事の方が多いのだが、どちらにしろこの部屋は翼を持つ同居人にとってはまるで巣のように居心地の良い空間だと言えるだろう。

 

「あら、美味しいわね。このお茶」

 

 そんな部屋の中心、情報端末を操作しながら湯呑に口を付けた家主のクラコのふとしたつぶやきに、隣で同じくお茶を飲んでいたツグミが嬉しそうに顔をほころばせる。

 

「気に入ってもらえてよかったです。実はこのお茶、私の両親が育てているんですよ」

 

「へえ、ツグミちゃんのご両親が!」

 

「さすがに都市の中では栽培できないので外で茶畑を作ってるんです」

 

「なるほどねえ……」

 

 ちょっとした世間話と共にクラコは目の前のカザヨミ、風花ツグミに優しい眼差しを向ける。

 

 ツグミはオウミの都市に所属するカザヨミであり、本来ならば都市外に長居するような存在ではない。都市という人類の生存システムの中でカザヨミが担う役割はとてつもなく大きく、カザヨミの数や質が都市の質と規模を決定づけていると言っても過言ではない。

 

 中でもツグミは先日の雲海調査の後に行われた昇級試験によって一級に昇級したカザヨミの一人であり、上級カザヨミの中でも実力でのし上がった稀有な存在である。

 

 そんな稀有で貴重な戦力であるツグミがクラコの家を訪れていたのは、つまりそれだけこの交流が重要であると認識されているからなのだ。

 

「そういえばあの話、国城さんには?」

 

「もちろん、先生にはしっかりと報告しました。……ですが」

 

「なにか問題でもあった?」

 

「ええと、ですね……そもそも根本的な解決方法が無くてですね……」

 

「あー……まあ、それは仕方ないわね。カザヨミは基本自由な存在だし」

 

 ツグミの申し訳なさそうな表情を見てクラコはやはりか、と何処か予期していた通りの状況に内心肩を落とす。

 

 オウミのカザヨミから絶大な信頼を寄せられている先生こと国城という男性はカザヨミを第一に考える、ある意味異常な存在である。

 

 世界各地に点在する都市、それらを支えるカザヨミの存在は都市内から全幅の信頼を寄せられており、彼女らが乗り越えられない困難など存在しないと信じている者も少なくない。

 

 只の人から隔絶した至高の存在。それがカザヨミであり、そんなカザヨミを心配し心を砕く者など異常と言っても差支えない。それがカザヨミを知らぬ者たちの国城に対する評価だった。

 

 加えてカザヨミという有能すぎる部下たちを指揮する国城は"楽な仕事を任された凡人"という認識もされている。そのせいかカザヨミをよく知らない各都市の都市管理部は国城の要請を軽んじる傾向にあった。

 

 国城の各都市への要請、それはオウミ管理領域へのカザヨミによる不法侵入の増加が原因だ。

 

 オウミの都市が成し遂げた中層への拠点設置と大量の純停滞結晶の確保によってオウミの管理領域に不法侵入するカザヨミたちの増加。それを抑制すべく各地へカザヨミの飛行計画の順守を徹底するように要請しても真面目に取り合ってもらえない事もあるという。

 

 クラコが国城へと伝えた話の内容もまさにそれで、ここ最近ユナが救助するカザヨミの数が増加傾向にあるが、これは一体どういう事かと先生へ苦言を呈したのだ。

 

 あらゆる救助活動はそれ相応の危険があり、リスクが高い。救助の為にユナが駆り出されればそれだけユナが命の危険にされされる確率が上がるということでもある。

 

 本来都市に所属していないユナが都市所属のカザヨミの救助に使われているという状況だけでもクラコとしては不満なわけだが、その頻度が上がれば国城へと直接小言を言いたくもなる。

 

 とはいえクラコも上記のように国城の微妙な立ち位置と周囲の理解の低さは承知しているのでそこまで強く国城を責めるつもりもない。今回の苦言はユナを便利な存在として認識してほしくないと釘を刺したようなものだ。

 

「すみません……私たちもできるだけ管理領域の巡回を行ってはいるのですが……」

 

「謝らなくていいのよ。そもそも勝手に入ってくる方が悪いんだから。それに国城さんから直接要請してもらえればある程度効果はあるでしょう? 不法に入ってくるのは"先生"の事を知っているカザヨミなんだから」

 

 カザヨミの先生である国城は都市の管理部にとっては只の役人でしかないが、カザヨミたちにとっては憧れの存在として認識されている。カザヨミが安全に空を飛ぶには正確な空の情報が必要不可欠であり、それらをまとめるだけの能力のある人物の協力もまた必要。その点先生の能力は突出して秀でていると言える。

 

 さらにはカザヨミ管理部の最高責任者という立場であるため都市管理部からの無茶ぶりを拒否し、何よりも自分たちを第一に考えてくれるというのがカザヨミたちにとって信頼できる大人として映っているらしい。

 

 というわけで、そんな全世界のカザヨミから一定の信頼を得ている先生が直接要請すれば奔放なカザヨミたちでも自制してくれるかも、という思いからクラコは先の言葉を口にしたわけだが、クラコ自身そこまで抑制できないだろうなと、諦めの感情を抱いていた。

 

「カザヨミは自由……かの有名なツバメの言葉だったかしら」

 

「下級の子たちが座学で絶対に学ぶお話ですね……カザヨミは権力に流されず、風の向くままに飛んでいくものだ。と」

 

 都市のカザヨミたちが座学として学ぶ内容は空の飛び方だけでなくカザヨミの歴史も含まれている。中でも現在のカザヨミの地位を確立した伝説的なカザヨミであるツバメに関する内容は必ず学ぶ内容となっている。

 

 彼女がいかに空を飛び、どのような偉業を成し、自由であったのか。ツバメの存在は多くのカザヨミにとっての目標であり、カザヨミとして生きる上での指針でもあった。

 

「……もうこんな時間ね。続きは明日にしましょう、ね?」

 

 情報端末に表示していたウィンドウを閉じ、何処か緊張した様子のツグミへと微笑むクラコ。安心させるように優しく語り掛けるとツグミは無意識に強張っていた体の力を抜いてたどたどしく言葉を返す。

 

「は、はい。失礼します……」

 

 窓のフチに手をかけたツグミはそのまま翼を発現させて飛び出した。一級と認められた実力者たるツグミはそのまま難なく気流を掴み、軽やかに屋上へと飛んでいく。

 そんなツグミを姿を見送ったクラコは机に頬杖をついて力なく目を伏せた。

 

「……権力に流されず、ねえ……」

 

 何処か余所余所しく緊張していたツグミ。恐らく彼女も気付いていたのだろう、自身の言葉が現在のカザヨミたちを取り巻く環境とかなり剥離しているという事に。

 

 ツバメはとにかく自由を愛したと、かつてツバメのパートナーだった店長は言っていた。自身に与えられる特権よりもひたすらに空を飛ぶ事を優先したと。

 

 ツバメの遺した言葉はカザヨミたちを仄暗い権力から守るためのものだったのだろう。だが現在のカザヨミは都市が力を誇示するための指標として扱われ、権力の真っ只中に居る。

 

 自由にふるまう事を良しとしたツバメと、しがらみの中を飛ぶ現在のカザヨミ。その対比を多くのカザヨミは生きるため、見て見ぬふりするしかないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、いきますね」

 

「ああ」

 

「お願いするっス」

 

 団地の屋上でミサゴとヒタキは床に座り込みながら目の前のユナへと真剣な眼差しを向ける。ヒタキは停滞雲の中を航行する時のような鋭い眼差しでユナの動きを片時も見逃さぬようにと目を凝らし、対してミサゴは興味深いものを見届けるような視線を向けていた。

 

 そんな特級カザヨミ二人の様子など意にも介さず、ユナはいつもの調子で翼を発現させる。

 

 空気を震わせる振動と共にユナの背中に青灰色の翼が現れ、伸びをするように大きく広げれば光沢のある羽が柔い日光を反射して美しい光沢を魅せる。人工物と見紛うほどに整えられた翼の様相は動かせば動かすほどに美しさをより強調させ、乱れることの無い羽の流れは芸術的とも言えるほどだった。

 

「……ユナちゃん相変わらずの綺麗さっスね」

 

「それだけ倉本さんを信頼しているという事だろう」

 

「う、うー……。しっかり見ててください!」

 

 クラコを褒められて嬉しい気持ちと、羽繕いしている場面も思い出して恥ずかしい気持ちとが混ざって混乱気味なユナは翼で赤くなった顔を隠してしまう。

 

 しばらくそんなユナの様子を微笑ましそうに見つめていたミサゴとヒタキは、ユナが歩を進める様子に真剣な眼差しを向けなおす。

 

「!……」

 

「マジスか……」

 

 ユナは何もない屋上を数歩足を進め、次の足を"何もない空間に置いた"。

 

 まるでそこに見えない段差があるかのように、ユナはその段差へと足を置いたように二人には見えた。そして、ユナは二歩目の足を次の段差へと置いた。

 

 ユナは見えない段差……まるで階段を上っていく調子で空へと登っていく。翼を羽ばたかせるどころか、背中に折りたたんだ状態のままで。それはユナの行動がホバリングを用いた技術では無い事を示していた。

 

「えっと……こんなかんじ? です」

 

「ほう……」

 

「ええ~……」

 

 自身の背の高さ分は階段を登った先でユナは二人を見下ろしながらおずおず口を開いた。実演を終えたユナは何てこと無いように翼をわずかに動かし、段差の上で立ち上がり、ユナが足を明後日の方向へと踏み出すとユナの体が浮力を伴いながらゆっくりと降りてくる。

 

「なるほどな、参考になった」

 

「ええっ!? ぜんっっぜん何にも分からなかったんスけどぉ!?」

 

 得心がいったという具合に腕組み頷くミサゴに対してヒタキは目の前で起った出来事を未だ信じられない面持ちでミサゴへとツッコミを入れている。

 

「ん? ヒタキが一緒に見て見たいといったんじゃないか。ユナのエアリングを」

 

「言いましたけどぉ! いきなり超常現象見せられるとは思わないじゃないっスか!?」

 

「ユナも最初に説明していただろう? ある意味超常現象ではあるが、これも全てエーテルによるものだ」

 

 最初にユナとクラコへ会いに行く事になったと言い出したのは第十七飛行隊の若き一級カザヨミのツグミだった。例の逆灯台が墜ちた事件の後、オウミ都市の先生とクラコは頻繁に連絡をし合う仲となり時折ツグミをはじめ見知ったカザヨミと交流を行うようになっていた。

 

「こんな感じでエーテルがあれば空で休憩することもできるから、便利だと思う……?」

 

「なんで疑問形なんスか……?」

 

「ツグミお姉ちゃんが出来る人は限られるかもって言ってたから……」

 

「今まで挑戦したことも無い技術だからな。恐らく現状、ユナ以外には出来ないだろう」

 

 基本的に先生からの命令を受けているのはツグミだけなのでクラコとユナに会いに行くのもツグミだけで事足りるのだが、毎回ツグミにくっついてミサゴとヒタキが一緒にやって来る。ヒタキに関してはミサゴに引きずられてやむなくという具合であったが、それでも嫌々という風には見えず、結局この三名がクラコとユナと交流するためにいつも都市外へ派遣されていた。

 

 これはクラコとユナも了承している事であり、クラコは都市内の情報や都市が集積した停滞雲と雲海の情報、ユナは飛行技術に関するる情報を受け渡し、互いの情報と技術の共有においてオウミの都市は他都市との交流以上のものを手に入れていた。

 

「ミサゴ先輩、ヒタキ先輩、もうすぐ帰宅時間になりますよ!」

 

 ユナが披露した変則的なエアリング技術を何やら頷きながら自身の中に咀嚼していくミサゴと、なんも分からんと唸るヒタキ。そんな様子を珍しそうに見つめるユナ。そんな三名のところへクラコとの情報共有を終えたツグミがやってきた。屋上への階段を使わず直接屋上へと飛んできたツグミに驚いた様子も見せず、もうそんな時間かと呟きながらミサゴとヒタキも翼を発現させた。

 

「さて、それじゃあ今日はもう帰らせてもらおうかな」

 

「ユナちゃん、今日もありがとうございましたっス」

 

「うん。ミサゴお姉ちゃんも、ヒタキお姉ちゃんもお気をつけてー」

 

「……」

 

「? ミサゴ先輩? どうされましたか?」

 

「お姉ちゃん呼びか……思ったよりも良いかもしれん」

 

「はいはいさっさと帰りまスよ。ユナちゃん明日もお願いするっス」

 

「はいっ! また明日待ってます!」

 

 

 

 

 

 

 

「ユナ、今日はどうだったの? なんだか帰るときに挨拶に来られた汀ちゃんが疲れたような顔をしていたけど……」

 

「んー……難しかったーって、言ってたー……」

 

 部屋に戻ったユナは待っていたクラコの胸に飛び込み、クラコはそれを難なく受け止める。そのままいつも通りの会話が始まり、クラコは無意識にユナの頭に手を置きユナはそれを受け入れる。

 

「初めてなら直ぐには出来ないわよ。でも、あのミサゴちゃんなら明日にはモノにしてるかもしれないわよ?」

 

「うんー……、ひゃ!?」

 

「もう、どうしてユナがそんな深刻そうな顔をしてるのよ。ほら、明日も来るって言ってくれたんでしょう? 気にする事ないわよ」

 

 胡坐の中にすっぽりと収まっているユナはミサゴとヒタキの反応が感動や感心というものより、驚愕や困惑の方が大きかった事を気にしている様だった。オウミの都市との交流は先生との私的な交流であり、都市管理部は関与していない。なので交流などと堅苦しく言ってはいるがその実態は友達が家に遊びに来た程度の軽いものと、先生もクラコも認識していた。

 

 だが真面目なユナは自身のせいで交流が上手くいかなかったのではないかと不安になっているらしかった。友達として、頼りになる姉としてツグミたちと言葉を交わしながらも、それではいけないと考えてしまっているようだ。

 

 クラコは暗くうつむくユナの頭を優しく撫で、背中から抱き着いた。そのことにユナはさっと顔を赤らめ、慌てふためいてクラコの胡坐から脱出しようとする。だが、ユナが照れているのだろうと思ったクラコはそのまま抱きしめて逃がさない。

 

「わ、わかった~!! 分かったからそこは触らないでぇ!?」

 

「そこ? 何処も触ってないけど……?」

 

 自身の胡坐の中に収まっているユナを後ろから抱きしめればその密着具合は相当なものだ。まさに全身をクラコに掌握されているような、どうする事も出来ないほどに拘束されていると思えるほどに。カザヨミであるユナならば少し力を込めて体を動かせば難なくクラコの抱擁から脱する事は出来るだろう。

 

 だが、そうなればクラコが痛い思いをするかもしれない。無理やり力任せに逃げたことで、本当に嫌がっているのだとクラコが勘違いするかもしれない。

 

 そうなれば、もう二度と胡坐の中で座らせてもらえなくなるかもしれない。こんな風に抱きしめてくれなくなるかもしれない。そう思うとユナの体は自然と弛緩しクラコに身を預けてしまう。

 

 それが二人の日常の一コマであり、いつものやり取りだった。しかし、ここ最近のユナはいつもとは異なる感覚に戸惑うようになっていた。

 

 クラコに後ろから抱きしめられた時、彼女の大人の女性らしい柔らかな胸の感覚を背中に感じるユナ、それだけならばいつもの事なのだが、クラコの胸が背中に当たった時、何かぞわぞわとした感覚が背中に走った。電気のような瞬間的な感覚であるが、静電気のような痛みはなく、甘くしびれるような感覚が背中から背骨を伝うように頭へと届く。

 最初はそのぞわぞわの正体が何か分からず混乱していたユナだったが、すぐさま心当たりを突き止め、顔を真っ赤にした。

 

(つ、翼……クラコさんの胸が……翼に当たってるぅ……)

 

 カザヨミの大きな特徴である翼は背中から発現させる……のだが、実際に背中にあの大きな翼が収納されている訳では無く、あくまで背中から翼が構成されているだけである。それでもクラコの体が自身の背中に触れるだけで、ユナの呼吸は荒くなり始め、脈が早くなる。真夜中の羽繕いの感覚を体が思い出してしまうのだ。

 

 翼は発現させていない。けれどもクラコの胸が背中に当たるとそれが翼に触れているような感覚に陥ってしまう。まるでそのように条件付けされたかのように。

 

「ユナ? どうしたの? 熱でもあるの?」

 

「なんでもないっ!」

 

 その後、この新たな感覚は自分自身やクラコ以外の人間が背中に触れても発生しない事にユナは大いに安堵し、逆にクラコとはいつも以上にべったりくっつくようになったのだとか。

 

 

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