愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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60羽 カザヨミの配信者

 

「──とまあ、これらが基本的な編隊飛行の種類だな。戦闘機などの飛行機器とは異なる点が多いから気を付けた方が良いだろう」

 

「はーい!」

 

「いい返事っス。飲み込みも早いっスから、これならすぐにユナちゃんと一緒に飛べそうっスね~」

 

「もうカザヨミが学ぶ座学の内容は完璧ですね」

 

 今日の都市外の天気は雨が降り続いている。灰色の鉄臭い雨はカザヨミの翼に酷くまとわりつき、そのためカザヨミは()(この)んで雨雲の下を通りたがらない。飛べない訳ではないが、不快感を抱くというのは精神の安定が飛行のクオリティーに直結するカザヨミとしては避けるのが好ましいだろう。

 

 そのため今日の都市との交流会はクラコとユナの部屋で行われている。ミサゴ達が持ち込んだ小さな情報端末とクラコの持つ情報端末とを繋ぎ、カザヨミ管理部で下級のカザヨミたちが座学として視聴する動画が再生されていた。

 

 内容自体は既にクラコの情報収集によってユナの知るところであったが、実際に都市が行っている公式の訓練資料を知ることができるというのは非常に魅力的であり、特別に都市外へと持ち出しを許可してくれた先生に感謝しつつクラコはカザヨミたちの授業風景を眺めながら休憩用のお菓子を用意していた。

 

「はい皆、ちょっと休憩しましょうか。頭を使った後は甘いものが欲しくなるでしょう?」

 

「クラコさん私も手伝う!」

 

「あ、私も手伝うっス」

 

「あらあら。そんな距離も無いから座っててくれていいのよ?」

 

 ミサゴたちの授業がひと段落したタイミングを見計らってクラコが手作りのお菓子と飲み物を乗せたトレイを運んできた。それを見たクラコが駆け寄り手伝いに向かうと同じくツグミ達も駆け寄って手伝ってくれる。

 

 机の上の端末と資料は片づけられ、代わりにマグカップと焼き菓子の乗った皿が置かれていく。甘いものが好きなユナとツグミはココアを、ミサゴとヒタキはコーヒーの入ったカップを手に取る。

 

「ありがとうねミサゴちゃん。まさか調味料まで融通してもらえるなんて、先生にお礼を伝えておいて」

 

「これくらいはなんてことありません。それに、どちらかと言うと融通してもらったのはこちらの店長さんからですので」

 

「店長が?」

 

「店長さんの伝手を使って都市外に運び込んだんです。受け取りは店長さんのお店で」

 

「そうだったのね」

 

 クラコ達と都市との交流は互いの情報共有を行うためという名目であるが、先生は出来るだけ友好な関係性を維持したいと考えており、いつも何かしらの贈り物をツグミ達に渡して交流へと向かわせている。

 

 贈り物の内容は都市でしか手に入らないであろう書籍や衣類、食料などが主であった。その中には今回クラコが菓子作りに使用した砂糖などの調味料やミサゴたちが飲んでいるコーヒーなどの嗜好品の類も含まれていた。今まではツグミたちが抱えて運んでくるのでそこまでの量では無かったのだが、今回砂糖を含めた調味料と食料は先生から店長を通し、大量に送られてきたのだ。一般的な都市外の住民が手に入れられる訳も無いそれら大量の物資はクラコによって一部店長に店に売られ、残った物も交流に来たツグミたちの為のお菓子作りに消費されており、クラコとユナが使用するのは全体のほんの僅かな量に留まっていた。

 

 そもそも大量にあったとしても二人暮らしでは消費しきれないし、豊富な物資は周辺住民との無意味な軋轢を生む可能性もあるため、クラコの判断によってそのように処理されていた。

 

「すみませんっス。多すぎたら逆に迷惑になるって言ってはいるんスけど……」

 

「まるで親戚の家にお土産を渡すような勢いで物を持たせるものだからな……。もう少しきつく言っておく」

 

 机の上に置かれた大皿には様々な形のクッキーが盛られている。日常的に料理をしているクラコだが、嗜好品に類するお菓子を自作することなどほとんど無く、故に作りやすく失敗しにくいクッキーという選択となった訳だが、それはツグミたちにも好評であった。

 

「ツグミお姉ちゃん、どう?」

 

「とてもおいしいですよ! 甘くてサクサクしてて最高です!」

 

「都市でも手作りのお菓子なんてそうそう食べられるものじゃないっスからね~。あー、コレ毎日食べたいくらいっス~」

 

「あら、それじゃあ作り方を教えてあげましょうか?」

 

「クラコさんのお菓子、とってもおいしーのばっかりだよ!」

 

「う……私には料理は難易度高いっス……ツグミちゃん!」

 

「なんで私が!?」

 

 都市には何でも揃っている。なんて言葉は都市外の人間ならば愚痴と共に吐き出す定番の言葉だ。住む人間が苦労することなくあらゆるものを手に入れる事ができる環境において、わざわざ食べ物を手作りするような人間はそうそう居ない。それが与えられる側であるカザヨミならばなおさらだろう。

 

「ふむ、良いかもしれんな」

 

「ミサゴ先輩も乗っからないでください!」

 

 飛行隊の先輩からからかわれるツグミだが、何処か満更でもなさそうな表情でクッキーを口に運ぶ。

 

 都市では味わえない焼き立ての熱が残った、ホロホロと崩れるクッキー。それを口にしながらツグミ達は勉強の合間の雑談に花を咲かせていく。

 

 最近の都市での流行りやカザヨミの訓練や授業に関する事などなど。クラコも加わって話題は尽きることなく、都市外とは思えない穏やかな空間が広がっていた。

 

「……」

 

 ふと、そんな風景を俯瞰したユナは懐かしさを想起させる。決して良い思い出とは言えないそれを、けれどユナはいつも通りな声音でもってミサゴへと尋ねた。

 

「……ねえ、ミサゴお姉ちゃん」

 

「なにかな? ユナ」

 

「アトリお姉ちゃんとイスカお姉ちゃんはどうされていますか?」

 

「!」

 

 ユナの言葉はあまりも衝撃的なものだった。少なくとも、ユナの過去を簡単に説明されているだけのミサゴたちでさえ思わず言葉を失ってしまうほどの。しかし、そんなミサゴ達に対してクラコはそこまで驚いていない様子だった。ここにいる誰よりもユナの過去を知っているクラコだが、同時にユナが既に過去を乗り越えている事を知っている。あの雲海の中で本当の両親と再会し、そして地上へと戻ることを選択したユナにとって、既にそれらの過去はクラコという大きな存在によって文字通り過去のものとなっていた。

 

 あまりにも自然体なユナとクラコの様子に戸惑うツグミたち。けれどクラコが話を止めるそぶりを見せないことから、思っていたよりもタブー視している訳では無いのかもしれない。そう考えたミサゴは慎重に言葉を選び、問いに答える。

 

「……二人は私達の隊を離れたんだ」

 

「離れた? 第十七飛行隊を?」

 

 都市外から得られる情報だけでも彼女たちの所属する第十七飛行隊がどれほど有名で精鋭ぞろいなのかを知ることは容易だ。カザヨミ管理部の公式サイトにて彼女たちの活躍は詳細に紹介されているし、都市管理部のSNSにおいてもその名はオウミ都市の代表的飛行隊として取り上げられている。

 

 ただでさえ特級のミサゴが率いる飛行隊というだけで注目されていたのに、例の事件以降所属隊員のヒタキは特級に、ツグミは一級へと昇級した事で現在活動している飛行隊のなかで平均的等級が最も高い飛行隊となっている。

 

 名声も実力もトップレベルの第十七飛行隊を抜けた。……名声を求めていた嶺渡の母親がそれを許したというのだ。

 

「……既に実績は積み終わったという事なのでしょう。今は都市管理部の専属として特別飛行隊を名乗っています」

 

 寂し気に答えるツグミの言葉に再度クラコは驚き目を見開く。

 

 カザヨミの飛行隊はその全てがカザヨミ管理部に所属しており、都市管理部がカザヨミを運用するには一度カザヨミ管理部を通してから出なければならない。けれどオウミの都市管理部は自身たちが自由に利用できるカザヨミの飛行隊を所有し始めたというのだ。

 

「それはまた……言ってはなんだけど、面倒な事になっているわね。過去に問題があったから都市内でカザヨミ管理部と都市管理部とに分裂したのでしょう? なのに都市管理部に新しいカザヨミの飛行部署を設立するなんて」

 

「先生も反対したのですが、基本的にカザヨミの自由意思に任せるのが通例ですので……嶺渡姉妹もそれを望んだのです」

 

 渋々といった風に語るミサゴの様子にクラコは思わず顔を顰める。

 

(カザヨミの自由に……これもつまりはツバメの、か……)

 

 現在都市内に都市を管理する組織とカザヨミを管理する組織とが別れて存在している理由をクラコはミサゴよりやんわりと説明されており、その理由もおおよそ理解していた。過去の雲海調査の失敗により多数の死者と行方不明者を出すという痛ましい事件によって分裂した二つの管理部は互いに独立性を維持しながら協力関係にあるものの、分裂した理由から再統合はありえないとされている。

 

 だが、そのような不文律を若い世代、特に嶺渡の母を先陣とした者たちが改革すべきと声を上げ始めているらしい。

 

 過去の大規模なカザヨミの行方不明事件。当事者や被害者遺族以外はほとんど知られていない為仕方がないとはいえ、現在の都市の仕組みを大きく変えようとする動きは保守派に拮抗する勢いを持っているらしい。都市管理部直属の飛行隊を設置するというのも、そういった改革の一端というわけだ。

 

 とはいえ改革と声高に叫んでも現在の社会構造をすぐさま作り変えるほどに改革派が信頼されているわけでもなく、愚かな熱狂を冷たい眼差しで見つめている者も多い。都市管理部所属の飛行隊というのも実際の所属はカザヨミ管理部にありながら、例のツバメの言葉を拡大解釈することでカザヨミ管理部の命令よりも都市管理部の命令を優先する特殊な飛行隊が生まれた程度の変化でしかなかった。

 

「お姉ちゃんたち、頑張ってるんだ……」

 

「!?」

 

「ゆ、ユナちゃん……?」

 

 そんなミサゴたちの説明に、なんとユナはそんな言葉をつぶやいた。小さいながらも声にして出されたその呟きは、ユナの過去を知っている周囲の者を大いに驚かせた。あれほどにユナを酷使し虐待し、最後には打ち捨てた元家族を、ユナは安堵したような柔らかな笑みで肯定したのだ。都市のしがらみやルールの穴をついた不誠実さではなく、あくまでカザヨミとしての努力をユナは肯定した。座して成果を待つのではなく、自ら恐るべき雲海へと向かう事を決めた嶺渡の姉妹を。

 

 かつての生活を過去のものとしたとはいえ、だからといって嶺渡の家族にそこまでの思いを寄せる事ができるユナにクラコでさえ驚きを隠せない。

 

「……大丈夫っスか? ユナちゃん」

 

「? 大丈夫だよ。私はもうクラコさんがいるもん。きっと空で会ってもへいきー」

 

「あらあら、できればそれは遠慮したいところなのだけどね」

 

 自分たちが居るから空気を読んでそんな事を言ったのではないか、と心配したヒタキの言葉にもユナはなんてことないように返す。ユナの様子は無理をしている様子もなく、極めて自然体だ。今日の夕飯はなんだろうか、そんな事を考えている時と変わらない雰囲気を纏っている。

 

 対してユナの言葉を聞いた周囲の心境は穏やかではない。意識せず特大の地雷に触れてしまったことでミサゴたちの視線はあちこちに揺れ動き忙しない。飛行隊の雰囲気を維持するのが役割だと自負しているヒタキでさえどうフォローしていいのか分からないほどの空気の沈み様。

 さらにクラコは空の上で嶺渡姉妹と出会うという状況を想像し、如実に顔が曇る。精神的な負荷という点でも懸念すべき状況だが、なにより自身が傍にいられない空の上というのがクラコに特大の不満を抱かせる要因だった。同じカザヨミであるため空の上で出会う確立も無くはない、という事実も不満をさらに加速させていた。

 

「そ、そういえばユナちゃんはどの程度空路について知ってまス?」

 

「空路は全部飛んでみたよ! ね、クラコさん」

 

「現在オウミの都市が公表している空路は全て飛行済みね。目立った停滞雲も調査済みになってるはずよ」

 

「おおう……マジスか」

 

「全部って? ……全部ですか!? 一人で!?」

 

「経験値だけならば特級と同等か……ワタリドリといい勝負をするんじゃないか?」

 

 咄嗟(とっさ)にヒタキが話題を変えたことで空気は若干緩む。最初から気にもしてなかったユナは新たな話題に笑顔で応え、つられてクラコも笑みを浮かべる。そうして暗い雰囲気は払拭され、現在の空路の状況についての話が進んでいった。

 

「これは空路に関してはユナちゃんの方が詳しいかも知れないですね」

 

「実際の所、空路を利用するような輸送任務に就くカザヨミは限られているし、下級のカザヨミもそこまで飛ぶことに執着していないからな……空路の知識を蓄えているカザヨミは少ないだろう」

 

「はあ~、流石は"ハヤブサ"っスねえ~」

 

 現在クラコとユナが管理しているハヤブサという名前のアカウントは動画配信サイトにおいて伝説的な動画投稿者として認知されている。投稿動画は短いものが十本程度という具合に対し、そのチャンネル登録者数はありえないほどの数字を叩き出している。各動画再生数は伸びに伸び、大量に書き込まれているコメントの中には現役のカザヨミと思われるものも存在し同業者たるカザヨミからも憧憬の眼差しを向けられているほどだ。

 

 さらにはハヤブサというチャンネル名以外は一切の情報が無いというミステリアスさも人気に拍車をかけている。ミサゴが口にしたように現在の下級カザヨミは飛ぶことにそこまで執着していない。むしろ飛んでいる自身を配信で映し、人気を得る事に夢中となっている節がある。

 

 結果として上級のカザヨミからはその実力を、下級からは動画の影響力から嫉妬を抱かれている様子であるらしい。そんな配信サイト上でのハヤブサの人気具合を思い出しながらツグミはふと疑問を口にする。

 

「そういえばクラコさん、ハヤブサのアカウントは動かさないんですか?」

 

「んー……動かす理由が無いからね。今のところはこのまま放置って感じよ。……動かした方が良いかしら?」

 

「いえ、ただ気になって聞いてみただけなんです。オウミでも配信を始めるカザヨミの方もよく見かけるようになりまして」

 

「そうなの?」

 

「灯台が堕ちてきてからカザヨミも配信をしながら飛ぶ人も増えてきた見たいっスよ。オウミだけじゃなくていろんな都市でカザヨミの配信者が増えてるっス。最近問題になっている遭難者も殆ど配信者っスよ」

 

「……オウミの都市も雲海への攻略専用アカウントなるものを作って積極的に雲海の状況を配信するつもりのようだ」

 

 雲海の環境に抵抗できる防護服の開発によって配信などを積極的に行う若い下級カザヨミが雲海へと赴けるようになった事。元逆灯台の拠点がネットに繋がるまでに開拓が進んだ事。何より配信映えする未知が雲海には広がっている事。

 

 それらが要因となって配信者となるカザヨミが爆発的に増加している。それは雲海の未知を多数の目をもって(つまび)らかにするには効率が良い反面、例の遭難者増加の原因ともなっているのは明らかだ。

 

「配信……実況……」

 

「ユナ?」

 

 そんな配信者界隈の話を聞いたユナはうんうんとうなりながら、何か考えるようにして首をゆらゆら揺らしている。

 

 現在カザヨミ管理部が頭を悩ませているのは、遭難者の増加。それを加速させているのは配信という新たな娯楽。配信者は配信を通して膨大な数の人々とリアルタイムで状況を共有し合う。その拡散力は只の動画では追いつけないほどの加速力がある。

 

 ……ならば、彼女たち配信者と同じ土俵で戦えばいいだけの話ではないか。

 

 ユナはぱっと顔を上げ、名案を閃いたとばかりにクラコへと笑みを向け、提案してみた。

 

「クラコさん、配信って、どうやるの?」

 

 

 

 

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