愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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天球儀泉街(てんきゅうぎせんがい)


61羽 天球儀泉街

 

 元逆灯台の土地は雲の中に浮かぶ島のようなものだ。街が丸ごと雲海に飲み込まれて生み出された領域は土地だけでなく空間そのものを丸ごと飲み込んでいる為、地上の空気そのものが町に満ちている。町がそうでも元逆灯台の領域周辺のエーテル濃度は高い。だがカザヨミであるなら析出限界速度を守る前提であるが、問題なく活動できる程度には酸素を含んだ空気がその場に停滞しており、元逆灯台からある程度離れたとしても比較的"住みやすい"土地と言えるだろう。

 

 だが、そのような住みやすい土地も都市が開拓したほんの僅かな領域に限られている。元逆灯台よりさらに奥にはまだ未探索の雲海廃墟が広がっている。濃い雲の合間に見えるそれら廃墟たちは見えないエーテル領域という致死の罠が張り巡らされ、都市のカザヨミによる探索はそこで停滞を余儀なくされていた。

 

 しかし最近になってその罠を掻い潜る空路が密かに見つかった。ユナが助けたうずらというカザヨミがきっかけとなって発見されたその空路は、比較的エーテル領域による妨害がぬるい空路を通り建物の中へ侵入し内部を通って濃いエーテル領域と雲を越えるというもの。

 

 うずらが衝突した建物の内部を通るという、奇跡的な偶然によって発見されたルートだが、このルートを知っているのはまだユナとクラコのみ。都市管理部どころかカザヨミ管理部さえもまだ把握していないそのルートを、ユナは慎重に飛び進んでいた。

 

「クラコさんーまだ聞こえてる?」

 

『大丈夫よユナ。この辺りはまだ逆灯台に近いから通じるわ。そちらはどう?』

 

「うーん……ずっと廊下ー」

 

『そう……廊下には何か張られていたりしない? ポスターとか、張り紙とか』

 

「ポスター……あ、あるよ!」

 

 長く続く廃墟の廊下。その内部をユナは壁や床に当たることなく飛行していく。代わり映えのしない廊下の風景が続く中、クラコの言葉で廊下の壁に注目するユナは、ボロボロになったポスターらしきものが幾つも貼り付けられているのを発見する。それは全て同じポスターのようで、廊下に等間隔で張られているらしい。

 

「えーと……"花火大会"? だって」

 

『! 何処の花火大会か、分かる?』

 

「ええと───だって。それと橋の所でするって書いてあるよ」

 

 ユナが花火大会のポスターに書かれていた何かの名前を読み上げる。それはユナもクラコも聞いたことが無く、現在機能しているどの都市にも該当しない名前であることからクラコは既に存在しない土地の名称であると判断した。

 

『……地名かしら。ちょっと待って、調べてみるから』

 

 ユナがポスター一枚から得られる情報を読み上げ、それを基にクラコが廃墟となった建築物について端末で調べていく。

 

 ユナが飛んでいる廊下は一般的な住宅とは思えないほどに長い。つまりは特殊な、それこそ巨大で長大な建築物であった可能性が高いだろう。さらに花火大会のポスターが幾つも張られているという事は、それを眺める事ができる、もしくは近くで行われていたという事。

 

『……あったわ。ナス都市の管理領域に存在していた地域のようね。現在この空域は帝釈山地や那須岳で観測された停滞雲が雲海に成長する可能性がある、としてナス都市が立ち入りを制限しているみたいね』

 

 かつてこの土地が国として機能していた時代、有名な観光地の一つとされていたそこには年中観光客によって賑わいを見せていた。美しい自然の風景を楽しめ、文化的な神社仏閣が建立されている。

 

 さらに、温泉の湧く土地としても有名だった。

 

 数多くの温泉宿が限られた土地に密集し、文字通り隙間なく建設され、さらにその上に新たな旅館やホテルが積み上げられていく。様式の異なる建物同士がパズルのように組み合わさり混沌とした温泉街の姿は……頃合いを見計らったかのように停滞雲に丸ごと飲み込まれた。

 

「温泉って、あの……?」

 

『みたいね。私も話でしか聞いたことが無いけど──っと、ユナもうすぐ通信限界みたい』

 

「わかった。もうちょっと先を見て、帰るね」

 

『いつも言っているけど、無茶しちゃダメよ? 綺麗な肌のまま帰って来なさい?』

 

「わかってるー」

 

 雑音の混じり始めた通信を切り、端末をケスケミトルへと収納したユナは口元をマフラーで覆い一気に加速する。

 

 すぐさま廊下の終点が見え、崩壊した壁の隙間に体をねじり込みユナは廃墟の外へと脱出した。廃墟の廊下をまるでトンネルのように用いて分厚い雲とエーテルを越えた先でユナが見たのは、逆灯台とは比べ物にならないほどの、巨大で膨大な建築物の塊たちだった。

 

「わあ……!」

 

 果てが見えないほどの広大な空間の中心には宇宙に浮かぶ星のように、一点の重力に向かって建物が集合したかのような"建築物で構成された惑星"が浮かんでいる。惑星の周囲には衛星のごとき建物の塊が惑星を中心に周回軌道を描き、まるで星に近づけさせないための防衛機能の様な役割を果たしていた。

 

 太陽のごとき巨大な星(ガレキの塊)と、その周囲を回るいくつもの小さな星(廃墟の塊)。雲海に現れた宇宙の様相は遥かなる果てしなささえも抱かせる。

 

「あ、スケッチ……!」

 

 思い出したようにユナはケスケミトルからメモ帳を取り出し視界に収めている異次元な光景を必死に写し描いていく。中心にある惑星の大きさはオウミの都市が二つ三つはすっぽりと入ってしまうほどに大きく、周回する衛星でさえユナとクラコが住む団地数個分の大きさがあった。

 

「……え」

 

 ……そして、その光景を描き写す事に集中していたユナは、その集中力のままエーテルを捉える事のできる瞳で惑星を視て、そして愕然とした。

 

「ひっ!?」

 

 都市三つ分ほどの廃墟を寄せ集めた星。それを守るように触手を星に絡ませる巨大な……星を丸々抱えることが出来るほどに巨大過ぎる半透明の海月(クラゲ)の姿を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上へ帰ってきたユナは逆灯台の向こうに存在する新たな領域と、その領域を守るように存在する海月の存在をクラコに話した。話を進めるうちにあまりにも規模の大きな話にクラコも驚きを隠せないでいたが、雲海という特殊な環境を鑑みればありえないとは言えない。ユナが持ち帰った貴重な情報はすぐさまカザヨミ管理部の先生へと共有されることになり、クラコが先生への報告書を送信し終わる頃には疲れ切ったユナがクラコの膝枕を堪能しながら眠りに落ちようとしていた。

 

「お疲れ様ユナ。お風呂沸いたから先に入る?」

 

「うーん……もう眠い……」

 

「お風呂だけは入っちゃいましょう? ほら、手伝ってあげるから」

 

「うにゃ……」

 

「なに可愛い声出してるのよ」

 

 眠気によって脱力したユナはクラコにされるがまま。抱えて脱衣所に向かい、裸に剥かれても眠たそうに目を擦ってこくこくと頭を揺らしている。

 

「頑張ってユナ。軽く汗を流すだけだから」

 

「うん……」

 

 初めての場所を飛び、初めての存在と遭遇したことが想像以上にユナの体力を消耗させていたのだろう。ユナはクラコに体を洗われている間も珍しく無抵抗で終始眠たそうな鳴き声を上げるだけ。軽く汗を流し、布団に入ればすぐに寝息が聞こえてくるほどだった。

 

「ふう……羽繕いは明日ね」

 

 既に寝入っているユナの髪を手櫛で梳きながらクラコはユナのパジャマから覗く肌にそっと手を這わせる。

 

「……飛ばしている手前、言える立場じゃないけど……それでも傷ついて欲しくはないものね……」

 

 ユナの肌は子ども特有のきめ細やかが目立つ。触れれば手に吸い付くようなもっちりとした触感なのはお風呂でも感じていた。だが、そんな肌の美しさはクラコの顔を曇らせる。

 

 あれだけ過酷な空を頻繁に、長時間も飛行しているにも関わらずユナの肌はカザヨミの能力によってたちどころに修復される。肌が削れ、血が滲むような傷を受けてもユナが地上に帰ってくる頃には目立たないほどに治っている。

 

 だからクラコはユナが空の上でどれだけの無茶をしているのか知らない。知る術が無い。逆灯台のように携帯端末が繋がる範囲でも声しか確認できず、それ以外の領域ならばそもそもユナが無事なのかすら分からない。

 

 それがクラコはたまらなく怖い。ユナが傷だらけになって、その命を散らしているかもしれない状況であっても知る術が無いことが。

 

 心配で心配でたまらないのだ。

 

「……寝てる間にしちゃいましょうか、羽繕い」

 

 クラコは布団を優しく退かして眠っているユナのパジャマのボタンを丁寧に外していく。眠りながらも違和感を感じたユナが身じろぎするが、クラコはそれを許さないとばかりにパジャマの上を剥ぎ取りユナの顔を自身の胸元に埋める。こうすると万が一目を覚ましても目隠し状態になって多少行動を制限できる。

 

「ほら、出しなさい」

 

「んやぁ……」

 

 ぐずる幼子を宥めるようにポンポンと背中に軽く触れると条件反射のようにユナの翼が露わになる。クラコは羽繕いの際にユナの背中に軽く触れている為、眠っていてもクラコが耳元で出すように、と言いながら背中に触れればご覧の通り、条件反射のように翼を発現させる。

 

 とはいえ完全に眠りこけている状態ならば意識が無いので翼が発現するなんてことは起こらない。胸元に埋まったユナの顔をクラコが見下ろせば、そこには眠たそうに目を細め、何が起こっているのか分からないような寝ぼけ眼のユナの顔。

 

「んゃ……くらこ、ひゃん……?」

 

「ふふ、大丈夫よ。なんでもないから」

 

「んー……くらこひゃんがそう言うときは……いつもだいじょうぶじゃない……」

 

「あら、そんな酷い事言うような悪い子は~」

 

「ひゃぁん…………」

 

 寝ぼけているせいでまともに抵抗できないユナは翼を露わにしたままクラコの手に翻弄される。夢見心地な視界と翼より伝わる激しい感覚に頭が回らないユナは抵抗するつもりでクラコの体にしがみつくが逆効果。

 

 結局ユナは寝ぼけた状態のまま翼を隅々まで手入れされ、気絶するように再度眠りについた。翌日、ユナは昨日の羽繕いが現実だったのか夢だったのか分からず、ただただ頬を染めながらクラコに可愛らしいジト目を向けるのだった。

 

 

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