愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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62羽 夫婦結晶

 

「クラコさーん! 遊びに行ってきまーす!」

 

「はい、気を付けて行ってくるのよ? あと、ツグミちゃんたちにご迷惑をかけないようにね?」

 

「わかったー!」

 

 情報端末を操作するクラコに声をかけ、元気よく窓から飛び出したユナは翼を発現させ、軽やかに雲の上へと飛んでいく。

 

 ここ最近のクラコとユナの生活は都市からの交流以外にほとんど変化は無かった。都市の先生との直接的な繋がりは周囲には秘匿されている関係上、未だユナはキンヨク生活を続け、クラコはユナが集めた情報をもとに停滞雲と雲海に関する知識を深めていった。

 

「確か今日は南の空路を飛ぶって言ってたわね。……まあ、ツグミちゃんたちが一緒なら問題は無いかしら」

 

 ユナの飛行計画(フライトプラン)もクラコが自作した計画に基づいて実行されており、時折今日のように計画的な交流とは別にツグミたちが合流して一緒に飛ぶこともある。ついでに空の上で本格的な編隊飛行について教えてもらっているというのはユナの言葉だ。

 

「さて……それじゃあ考えていきましょうか、生配信」

 

 先日のユナの一言で行われることが決定した動画配信サイト、バードウォッチでの生配信。クラコはその内容について考えを巡らせていく。

 生配信を初めて行うという事で、できる限り事前に決められることは決めておいた方が良いと判断しクラコはユナや先生、ツグミたちや店長にも相談に乗ってもらいながら話す内容などを決めていこうと考えていた。

 

「目的は"注意喚起"。なら、出来るだけ危険なアレやコレについて説明した方がいいわよね」

 

 現在問題となっている禁止空域へのカザヨミの侵入とそれに伴うカザヨミの遭難者の増加、それを是正するためにユナが希望した生配信は当然それらの問題を解消するために行われることとなった。

 

 どれほど空が怖いのか、どれほど雲海が恐ろしいのか。配信を通して伝えることで無謀な考えを持つカザヨミにその危険性を届ける。それは圧倒的な実力を持つユナが、圧倒的知名度を誇るハヤブサのアカウントを用いることで実現できる。

 

「それでもやっぱり傷ついて帰ってきて欲しくはないのよねえ……」

 

 カザヨミであり飛行欲持ちのユナにとって空を飛ぶことは精神の安定においても重要な行動であり、この世界が停滞雲に覆われている関係上、空を飛べばそういった危険に曝されるのは避けられない。どれだけクラコが願ったところでそれはどうにもできない事象である。

 

「……いつも隣に居てあげられたらいいのに……」

 

 時々、クラコはカザヨミを羨ましく思う事がある。それは都市外の住民が抱く嫉妬を伴った感情ではなく、ユナと共に空を飛び、彼女の無事をすぐ傍で確認できるという側面からの感情であった。カザヨミであったのならば、空の上でもユナと言葉を交わしていられるだろうに。

 

「あら……? これは」

 

 どうしようもない事柄について深いため息をつくクラコはふとテーブルの上に置かれたままの小さな袋に目を留める。それはクラコが手作りしたもので、エーテル繊維を用いて制作されたものだ。

 

「ユナ、持っていくの忘れちゃったのかしら? それともわざと外して?」

 

 クラコが袋を持ち上げると僅かな重さを感じる。袋の紐を解き、中にあるものを手のひらの上へと転がらせる。

 

 袋の中に入っていたもの、それはかつてユナが両親の魂を内包した停滞結晶のイルカより受け取った、小指の先ほどの小さな結晶だった。結晶は両親の形見としてユナが肌身離さず持ち歩いているものだが、ユナはその存在をツグミたちには話していない。

 

 おそらくは停滞結晶なのだろうが、その姿は既存の結晶とは少々異なっている。純か不純かの違いはあれど基本的に停滞結晶は青い色をしており、その性質も強弱はあれど違いはない。

 

 だがイルカの内よりまろび出たその結晶は薄い翡翠色をしており通常の結晶とはどこか異なる雰囲気を纏っていた。ユナによると通常の停滞結晶のような、周囲のエーテルを誘因する力の流れが(かす)かで、確かにエーテルの気配は感じるものの通常の停滞結晶が行うような活発な動きをしていないという、内部でエネルギーが循環し、これ単体で完結しているような代物らしい。

 

 その特性上、もしかするとこれまで発見された停滞結晶とは異なる性質の新たな結晶の可能性があり、それ故にユナはこの結晶に関して慎重になっていた。

  

「……それにしても、なんだか不思議なものね……ユナが言うには連れて行って欲しい、という事らしいけど……」

 

 新発見となれば結晶は都市へと接収される可能性がある。ユナの両親の形見であり、両親がユナへと贈ったという事から危険は無いだろうという判断からクラコは両親の結晶を先生やツグミ達にさえ話をしていないのだ。

 

「……あれ、この二つ……」

 

 いつかタイミングをみて先生には話をするべきだろう。そんな事を考えながらクラコは結晶を眺めていたのだが、クラコは二つの結晶に違和感を覚えた。照明の光を反射する二つの結晶。その結晶は二つともほぼ同じ色、ほぼ同じ形をしている。

 

 ……そして、光の反射さえ同じ。

 

「何これ……なんでこんなに"一緒"なの……?」

 

 二つの結晶をあらゆる角度から観察したがクラコは二つの結晶がほぼ同じではなく……全く同じであるように思えてならなかった。形状や重さはもちろん、光を反射する姿さえ全く同じ。試しに結晶を離して別々のところから観察しても、同じ光の反射をして見せた。さらには結晶の表面に付けられた薄い傷や指紋さえも同じ。不気味なほど対称を保っているのだ。

 

「これはまた不思議な特性を持った結晶ね……」

 

 この結晶が停滞結晶と同等の過程によって生まれるのだとすれば、これは変わり種であるものの停滞結晶で間違いなく、本質は"停滞"の特製をもったエーテル生成物であることは確実だろう。

 

 異なる点は停滞結晶の特性である"停滞"とは別の特性が大きくフォーカスされている点だ。

 

「遠距離でも変わらず同じ反応を示し、同じ情報を取得する……停滞というよりも、"共有"のような……」

 

 停滞結晶の性質の一つに周囲のエーテルや停滞結晶を誘引させるというものがある。誘引させる事ができるという事は、誘引すべき対象の位置を把握しているという事であり、この結晶は対象の把握という性質を"片割れ"に限定することでこのような"共有"と呼ぶべき特異な性質を獲得しているらしい。

 

「何か光った?」

 

 きらりと光を反射する結晶を覗き込むクラコ。透過して向こうの景色が見えるかと思いきや、異なる風景が覗き見えた。何かに思い至ったクラコは片方の結晶を手のひらで包み込むと、もう片方の覗き込んでいた結晶から見える風景も真っ暗になってしまった。

 

 結晶は外観的な情報だけでなく、周囲の光景までも共有して互いに映し出しているようだ。

 

「これは……なるほどねえ」

 

 興味深いものを見つけたとばかりにクラコはその後も結晶について様々な検証を行っていき、それはユナが帰ってくるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ねーねークラコさん、お泊りしたい」

 

「お泊り? ツグミちゃんたちと、って事?」

 

「うん、ツグミお姉ちゃんたちとお泊りしたいの」

 

「あら、いいわねえ」

 

 ツグミたちとは空で別れ、一人で帰ってきたユナはクラコと一緒にシャワーを浴び羽繕いをしてもらった後にそんなことを話した。羽繕いによって乱れた髪を梳いてもらいながら恐る恐るクラコに許可を求めるユナは上目遣いでクラコへと振り向き様子を伺う。

 

 初めての友達であり、お姉ちゃんたちでもあるツグミたちとのこれまた初めてのお泊りという事もありユナはもじもじしながらも期待に目を輝かせている様子だ。

 

 対してクラコはユナが都市に行く訳では無いなら問題ないと思っていながらも、都市でも精鋭として名高い十七飛行隊を都市外で宿泊させるのは大丈夫なのだろうかと先生を心配していた。

 

 実際の所、都市所属のカザヨミを都市外に一日以上出すには各部署の許可や宿泊理由など、必要な書類と時間が必要である。それが只のカザヨミではなく上級や特級ともなればさらに許可が降りる難易度は跳ね上がる。ツグミたちはそれらをしっかりユナに説明し、ユナもどれだけ時間がかかってもお泊りしたいと言い出し、そうしていつ行われるか分からないお泊り会の約束が取り付けられたという話らしい。

 

「クラコさん……いいかな?」

 

「ええ、私は大丈夫よ。前にツグミちゃんも泊まりに来たいって言っていたし。あ、ツグミちゃんたちに好きな料理とか聞いといてもらえる?」

 

「うんっ! わかった!」

 

 クラコの言葉にユナは嬉しそうな笑みを浮かべ、早速携帯端末を取り出してツグミへと連絡をしようとするが悩ましそうに唇を尖らせ、端末を使わず仕舞い込んだ。

 

「? どうしたの」

 

「うーん……今ばいばいってしたばかりだから……」

 

「気にしなくていいんじゃない? それくらい問題ないと思うけど」

 

「ん、でもやっぱり後にする!」

 

 体を放り投げたユナはクッションに埋もれながらソファへと着地し、手元にあったぬいぐるみを抱き寄せてクラコに背を向けた。

 

「……さみしい?」

 

「ん……でも、クラコさんがいるからそんなでもないよ!」

 

 ソファで横になりながらぬいぐるみを抱えるユナへと寄り添い、優しく髪を撫でるとくすぐったそうに身じろぎしながらもユナは逃げようとしない。むしろ人懐こい小動物のようにクラコの手へとすり寄ってくる。

 

 今までのユナにとって"全て"はクラコと、店長と、この狭い団地の一室だけだった。そんなユナに同年代の友達が現れた。当初ツグミだけだったその関係は彼女の飛行隊メンバーへと広がっていき、この崩壊した世界からすれば友達と呼べる人数は平均よりも多い程度には充実していた。

 

「クラコさん」

 

「ん? どうしたの?」

 

「あの……その……お姉ちゃんたちが泊まりに来る日は、羽繕いは……」

 

「んー……、だめ」

 

「んんぅ!!」

 

 可愛らしい抗議の悲鳴を上げるユナをよそにクラコは笑いながらユナの頭を撫でまくる。

 

 今までのユナはまるでクラコという親鳥を見つけ、その後を追いかける"刷り込み"状態のひな鳥のようなものだった。それが同族との交流により広い世界へと翼を広げようとしている。

 

(まったく。寂しいのはむしろ私の方なのよ?)

 

 親の心子知らずというべきか、クラコは笑みを湛えたままユナを撫で続ける。迷惑そうなうめき声を上げながらもユナはどこか嬉しそうにクラコの手を受け入れていた。

 

 

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