愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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二話同時投稿していますご注意ください(二話目)


64羽 羽繕いと初体験

 

「く、クラコさん……聞こえて、ますか……?」

 

『ええ。とてもよく聞こえるわ。それに、映像も』

 

 ユナは中層の逆灯台を通過し、発見した空路を通ってはいいろホテルの支配領域へとやってきていた。各種エーテル計測機器に異常は無く、ユナの精神も、まあ安定している。逆灯台のような幻覚を見せるエーテル領域は確認されず、ユナの耳と目は結晶に写し出されたクラコの声と姿を鮮明にユナへと届けていた。

 

 ユナが視線を向けているのは夫婦結晶の片割れ。その中で写し出されているクラコだ。

 

 クラコはここ数日、夫婦結晶を用いたエーテル通信が実際に可能かどうかの実験を行っていた。最初は家の一室から別の部屋までの距離で通信ができるかを実験し、次は建物と屋外、次は地上と上空、次は地上とエーテル。

 

 そして最後に二人が住む家から雲海内部。

 

 逆灯台と異なり都市による開拓が全く行われていないはいいろホテルは通信の中継地点も設置されておらず、本来ならば地上との交信など不可能な領域だ。しかし、そんな空間でも夫婦結晶による通信は問題なく行えた。結晶の周囲の映像をもう片方の結晶へと送信し、もう片方の映像も相手側へ送信される。声を含めた音の情報も問題なく送受信可能であることが確認された。

 

『停滞雲内で通信可能だから大丈夫だろうとは思ってたけど、これで生配信に関しては問題なさそうね』

 

「う、うん……そうだね……」

 

『ユナ、もう帰ってきても大丈夫よ』

 

「え、えーと……もうちょっとここに居てもいいかなーって……」

 

『あらユナ、そんな事を言っても逃げられないのは分かっているでしょう?』

 

「うううう……」

 

 結晶を介してクラコと会話をするユナは先ほどから妙にたどたどしい応答を繰り返している。ほんのり顔を赤らめ、胸元に寄せた手は高鳴る鼓動を押さえ込もうとしているようにさえ見える。

 

 その後も嗚咽のようなうめき声を漏らしながらもクラコの言葉に反論出来ないユナは大人しく従うしかなかった。

 

『さあ、帰ってきたら羽繕いしてあげる。その後に、ちゃんと穴も開けてあげるから』

 

「あ、あう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユナが顔を赤らめる要因となったのははいいろホテルへユナが赴こうとしていた時よりさかのぼる。

 

 既に停滞雲での夫婦結晶の有用性を確認したクラコは、この結晶が生配信に利用できるだけでなく地上にいる自身と空の上のユナをリアルタイムで繋げるまさに命綱のようなツールとなるだろうと確信していた。

 

 ユナが飛ぶ空間をエーテルによる通信によってクラコも同時に確認することができる。カザヨミであるユナにアドバイス出来るような事は何もないが、それでも二人が互いの状況を確認出来るというのは双方に多大なメリットをもたらす。

 

 ユナはクラコとの会話によって心の安定を維持し、飛行のパフォーマンスを落とさずにいられる。クラコもユナの状況を把握し、無事を確認できる。それだけでなくクラコが精査した"クラコの雲海図"の情報を地上から雲海内のユナへと最速で届けられる。

 

 これらによってユナの雲海内での安定飛行の質は格段に向上し、初見の雲海領域でも比較的マシに動けるだろうと考えていた。

 

 だが、この通信を可能とする夫婦結晶にはとある欠点が存在していた。

 

 それは通信によって互いの状況を共有できる特性が、結晶および結晶周辺という狭い範囲に限定されていることだった。

 

 あくまで停滞結晶であるため、ユナが感知できない微量なレベルでも周囲のエーテルを誘引する特性は生きているらしく他のエーテル生成物によって"共有"の特性は拡大する。エーテル領域に滞在し、エーテル生成物たる翼をもつユナ側の映像や音声は広範囲のものがクラコへ届けられるが、クラコ側からの映像や音声はかなり狭い範囲のものしかユナへ伝える事が出来ないでいた。

 

 クラコがユナより受け取る雲海廃墟の映像は遥か遠くの状況まで詳細に届けられるが、ユナが受け取る映像はクラコがよく作業をするテーブル周りが限界という有様。

 加えて結晶の小ささなどから雲海で紛失する可能性もあり、結晶をそのままの姿で利用するのは難しい。

 

 そうしてこの状況を改善するべくクラコが提案した方法が、ユナの頬を染める要因だった。

 

 

「あの……クラコさん。ただいま、です……」

 

「おかえりユナ。どこも怪我してない?」

 

「だ、大丈夫です! どこも痛いとこなんてっ!」

 

 家に帰ってきたユナは上目遣いで目の前のクラコの様子をチラチラと確認する。クラコはいつものように微笑んでユナの帰還を喜び、その頭を撫でる。いつもならばその動作に心地よさを覚えるはずのユナだが、今日だけはなぜか心臓がドキリと脈打つ。

 

 まるで初めて羽繕いをされた時のような……あるいはそれ以上の焦り、動悸……そして羞恥。

 

「ダメよユナ。いつも言っているでしょう? 僅かな傷だって、早く治るからって放置してはいけないわ」

 

「ほ、本当に今日は大丈夫で──あんっ」

 

 嘘をついていると判断されたと思ったユナは慌てて大丈夫だと再び答えるが、そんなユナの言葉を聞き流すようにクラコは撫でていた手をユナの頬へと移動させ、そのまま指先でユナの鎖骨を撫でる。

 

「あ、や……クラコさん……!」

 

「ちゃんと確認しないとね……?」

 

 クラコの指先は器用にユナの首筋から胸元へ、服の中へと侵入していく。もう片方の手でユナの羽織ったケスケミトルを脱がし、呆けたままのユナの体を支えてやる。

「大丈夫そうね」

 

「だからだいじょうぶって~!」

 

「隠していた前科があるから仕方ないでしょう?」

 

「んあ!? クラコさんそこだめ!?」

 

 クラコの指先がユナの胸元を中心に素肌を優しく撫でていく。時折"からかうような"指の動きに翻弄され、ユナはクラコの手から逃れられず結果的にユナの指先に意識が集中してしまう。

 

(あ……爪、切って……?)

 

 クラコの指先は柔らかく優しい。固い爪の触感はほぼなく、ユナの肌に触れるクラコの手を見ればその指先は丁寧に整えられており、ユナの肌を傷つけないようにとクラコが気を使ってくれているのが分かる。

 

「……ユナの体、熱いわね」

 

「クラコさんのせいです……」

 

 弱弱しく反論するユナの言葉に応じるかのように指先が離れ、代わりに上の服を脱がされることで露わになるユナの柔肌。桜色に色付いた肌と、変わらず美しい青灰色の翼。ユナは片方の翼で自身の露わになった上半身を隠し、もう片方の翼をユナの腰に回して自身へと寄せる。

 

 ユナは恥ずかしいという気持ちと共に、クラコに"ずるい"という思いを抱いていた。自分だけだ恥ずかしい思いをしているのに、クラコだけはまだ余裕そうなのが、ずるい。

 そんな思いもあって、ユナはクラコの腰に回した翼で彼女を強く引き寄せる。薄暗い寝室でもそこまで近づけば、ユナ同様にクラコの頬が赤く染められているのが分かった。

 

「下は、自分で脱げるかしら?」

 

 クラコも自身と同じか、それ以上に恥ずかしいのかと首をかしげるユナは、そんな事を言うクラコへの意趣返しとばかりにいたずらっぽく微笑んだ。

 

「ううん、無理かも。……脱がして?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 服を脱がされたユナはクラコと共にお風呂で汗を流し、同じようにバスタオル一枚のまま寝室へと向かった。どちらからとも分からず自然と手を繋ぐユナとクラコ。さらにはクラコの腰を抱くように動くユナの翼。

 

 決して逃がさないという無意識からクラコは手を握り、ユナも同様の感情を無意識で思い、翼を動かしていた。

 

「羽繕いはいつもと同じなんだからそこまで緊張する必要は無いのよ?」

 

「うん……でも、やっぱりドキドキする、から」

 

 たった一枚、ユナの身体を隠していたバスタオルが取り払われる。現れたのは幼子特有のきめ細やかな肌と、不釣り合いなほど大きく雄大な青灰色の翼。余計なものが一切ない、まさに自然的な人間の美しさと歳に対して不相応なまでの魅力。

 

「本当に、いつ見ても綺麗ね……」

 

「クラコさん──あっ」

 

 闇夜に浮かび上がる美しき姿に思わずクラコは手を添え頬で感じるように翼に触れ、そのまま口づけを翼に落とした。

 

「羽繕いは親しい人に直接触れてもらうと効果が高まるって聞いて、じゃあこれならもっと効果があるのかなって、気になっちゃって」

 

 ベッドの上で立ち上がっているユナへと、騎士が主へ行うように膝をつくクラコ。翼に触れているクラコはそのままユナを見上げ、恥ずかしそうな笑みを浮かべる。そんなクラコの様子にユナは鳴くような声を喉奥から絞り出し、跳ねる心臓を押さえつけるように口を固くむすんだ。

 

 感じてはいけない暗い感情。まるでクラコが自身の従者であるかのような、思うままに従う存在に思ってしまうそんな妄想。

 

「ん……クラコさん」

 

「なに? ユナ」

 

「それだけじゃ、寂しいかも、です」

 

「ふふ。そう、分かったわ」

 

 クラコの指先は静かにユナの翼を撫でていく。羽の並びを逆撫でしないように注意しながら、手櫛でもって翼を整えほぐしていく。その手は徐々に翼の根本へと移動し、ユナの背中へとたどり着く。ピクリと動く翼はユナの心情を如実に表し、それらを手中にしているクラコからすればユナの心までも手にしているような錯覚さえ抱いてしまうほどだろう。

 

 クラコの手の動きに合わせてユナの身体が跳ねる。悩ましい吐息と苦悶交じりの鳴き声が薄暗い寝室に響くが、それを気にしていられるほどの余裕はユナには無く、クラコは気にも留めない。

 

「ん……あう……」

 

「大丈夫?」

 

「うん。すごく、気持ちいい、よ?」

 

 もはや何十回も経験したクラコの羽繕いは日常の一つとなり、ユナはそれなりに慣れてきたつもりをしていた。だが、それでもこのひと時は自身のすべてをクラコに委ねているという事実をともない、クラコとの明確な繋がりを感じられる時間としてユナにとって特別であり続けている。

 

「くらこさぁん……」

 

 じんわりと汗が額に浮かび、ユナの前髪がおでこに張り付く。それをクラコが手で直してやると、不意に視線が交わった。潤んだユナの瞳は求めるようにクラコを見つめ続ける。

 

(……そういえば、結局ほっぺたで妥協してもらったのよね……)

 

 それはかつてユナが初めて停滞雲に触れ、そして墜落した時の事。人工呼吸まがいの処置をしてユナを救ったあの後、ユナは時折クラコにキスをねだった。何か手伝いをしたとき、褒めてほしい時にユナはクラコに求め、子供が親にせがむような軽い口づけを頬に施すだけでユナは満足げに羽を動かすのだ。

 

 だが本来ユナが求めていたのは頬に触れるような軽いものでは無かった。

 

「……嫌なら、抵抗して。止めるから」

 

「んーん……」

 

 ユナは目を閉じない。瞬きさえ我慢してクラコを見つめ続ける。いつの間にか翼は両翼ともクラコの背中に回され、その力強さはまさしくカザヨミのそれだ。決して逃がさぬように、まるで猛禽類のような凶暴性をひた隠し渇望する。

 

 そうしてユナに急かされるままに、クラコは唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひとしきり濃密な羽繕いを終え、気持ちのいい疲労感を抱きながらクラコはユナを後ろから抱きしめ、二人は呼吸が整うまで薄暗い寝室の様子をなんとなしに見つめていた。

 

 ユナのお気に入りのぬいぐるみやクッション。抱き枕に、いくつかの絵本。年相応な幼子の寝室の様子でありながら、クラコの腕に収まっている幼子(ユナ)は裸のままでクラコにもたれかかり、火照った体を冷まそうと翼をパタパタ動かしている。熱のこもった息を吐き出しながらユナはクラコを見上げて小さく頷いた。

 

「それじゃあ本番行くけど……大丈夫?」

 

「うん……緊張するけど、頑張る!」

 

 クラコはベッドの下から小さな小箱を取り出す。両手にのる程度の大きさの箱の中には、何やら四角い道具と例の夫婦結晶の片割れが収められていた。

 

 四角い道具は片手で握り込める程度の長方形の姿をしており、端には針と、その針を押さえ込むツバ部分が備わっている。道具の頭を押し込むと針がツバ部分に接触するまで進む。その道具はピアス穴を開けるためのピアッサーと呼ばれる道具だった。

 

 そしてもう一つ、結晶の片割れは金属の装飾が施され、それによって結晶を固定している。装飾にくっついているのはワイヤーを編み込んだチェーン。その先は細かく加工されており、ピアスとして身に着けられるようにされていた。

 

「もう一度確認するけど……本当にいいのね?」

 

「うん。ぴあすの穴……開けて?」

 

 夫婦結晶は生配信をするうえで必要であり、そうでなくても雲内のユナの様子をクラコが見守れる重要な装備だ。便利であるが肌身離さず身に着けていないと互いに周囲の状況を共有する事ができないという欠点もあり、それを克服するための手段としてクラコが提案したのが、ピアスとして結晶を加工して文字通り肌身離さずに身に着けておくというものだ。

 

 カザヨミの頑丈さは常人とは比べ物にならないほどで、それ故にピアスとして体に直接固定する方法はかなり有効だと言えるだろう。一方で頑丈という事はピアスの穴を開ける事も難しいという事であり、一般的な方法で穴を開けるのは難しいかと思われた。

 

 そう考え店長に聞いてみたのだが、どうやらピアスの穴を開ける事自体はそこまで難しい訳ではないらしい。瓦礫の破片で傷つけられる程度にはカザヨミの肌は頑丈ではなく、その後の再生能力がけた違いという程度なのだという。そのためピアスの穴を開けて保持しておけば常人と同じようにピアスを付けられるらしい。

 

「怖かったら握っていてもいいからね」

 

「うん……!」

 

 クラコが手に取ったピアッサーをじっと見つめていたユナは視界からそれが消えると目をぎゅっと瞑りクラコが差し出した手を握りしめる。

 

 いくらカザヨミが頑丈で、すぐさま再生する能力を有しているとはいえ痛みに耐性があるわけでは無い。耳の端っことはいえ故意に体へ鉄の針を突き刺すという行為は痛みと共にユナへ精神的なダメージを与える事になりかねない。精神の負担はカザヨミにとって飛行能力の低迷を招きかねない深刻な問題だ。

 

 もちろんピアスの穴を開ける事はユナも了承している。何なら自らそうしたいと言っていたほどなのだが、だからといってユナのストレスにならないかは別問題であり、クラコはその対策としていつも以上の羽繕いでユナをリラックスさせた状態でピアスの穴を開ける事にした。

 

 幸いにも羽繕いに関しては嫌がっていない様子のユナへあらかじめ羽繕いで脱力させて状態にして、そのまま穴を開けてしまおうという作戦な訳だ。

 

「いっ……!」

 

 クラコがピアッサーを動かし、ユナの柔肌へと鉄の針が刺し込まれる。ぷつ、という音と共に赤い線が流れ、クラコは用意していたティッシュで素早くそれを拭う。

 

「終わったわ。よく我慢したわね。偉いわユナ」

 

「えへへ……」

 

 褒められたユナは未だじんじんと痛む耳を庇うようにしながらクラコへともたれかかり、心配そうな顔のクラコへと笑みを向ける。どこか物欲しそうな視線に気付いたクラコはその笑みに顔を近づけ唇を落とす。

 

「ご褒美。……今日は特別だからね?」

 

「いつもやっていいよ?」

 

「だーめ。お姉ちゃんたちに見られたいの?」

 

「うー、それは恥ずかしいかも……」

 

 激しい羽繕いと穴を開ける緊張感から脱したユナは既に夢の中へと旅立とうとしていた。まだまだ幼いユナには中々にハードな体験の連続だったのだろう。クラコに密着して頭を撫でてもらっているという状況も手伝い、ユナはそのままゆっくりと眠りに落ちていった。

 

「ふふ……お休みユナ」

 

 

 

 

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