愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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65羽 カザヨミの視界

 

 その日、ユナは雲海を離れ伊吹山地周辺の停滞雲を飛行していた。以前までなら下級のカザヨミがいくらか飛んでいるはずの空路だが、最近は雲海の中を飛行するのが配信でのトレンドらしく、伊吹の空路を飛ぶカザヨミはユナ以外には見当たらない。

 

 天気は曇り。ほどほどに太陽光が地上に届いて山地の山肌をまばらに照らしていく。停滞雲によってかつての降害跡が散見される中、ユナは左耳に煌く光を伴いながら優雅に停滞雲の合間を飛行していく。

 

「クラコさんっ! どう? どう? 空の上!」

 

【ええ、とても綺麗ね。……雲の上は、こんなにも広がっているのね】

 

 ユナの耳元からクラコの声が聞こえ、驚く姿のクラコが視界の端に写し出される。エーテルによる通信を妨害できるようなものは地球上に存在せず、その音声と映像は極めて鮮明にユナの目と耳へ届けられる。いつもはユナの安全を第一に考えているクラコでも、届けられる映像の鮮明さに思わず声が震えるのを感じた。

 

 この時代において都市外の人間が空の上の映像を見る方法と言えば、降害発生以前の映像資料を漁るか、カザヨミの配信を視聴するくらいしかない。そのそのどちらもが限定された空間を写し出すだけの代わり映えのしない光景だった。

 

 だが、クラコの眼前に、あまりにも鮮明に映し出された空の姿はそれらとは比べ物にならないほどの臨場感を伴っていた。比喩的表現では無く、文字通り本当の空を見たことの無かったクラコがそんな光景に言葉を無くすのも仕方がない事だろう。

 

【……ユナたちは、この中を飛んでいるのね……】

 

 夫婦結晶は問題なく機能し、ユナが停滞雲の内部に入り込んだとしてもクラコとの通信が途切れる事は無かった。むしろ停滞雲内のエーテルを利用しているのか、送信できる音声と映像の範囲が拡大される現象さえも確認された。今まで結晶を落とさぬようにとそちらに意識を向けていた二人だが、ピアスに加工し紛失する可能性が無くなったのでそういった新たな発見が出来たのは僥倖だった。

 

「ほらほらクラコさん! こんなこともできるよ!」

 

【ちょ、ユナ!?】

 

 ユナは多少無茶な軌道を描いて空を飛びまわってみる。体をひねりながら宙返りしたり、翼をたたんで急降下からの急上昇。ホバリングとソアリングとエアリングを活用した飛行さえも披露して見せる。いつもクラコに飛行訓練の様子を見せる時は地上に近いせいで派手な動きを自重していたユナが、ここぞとばかりにクラコへと飛ぶ姿を見せつけるように飛んでいくのだが、当のクラコは目まぐるしく移り変わる映像に文字通り目が回る。

 

(う、酔いそう……でも、慣れないといけないわね)

 

 とはいえこれからはこの光景が日常になるだろう。ユナが飛ぶ空は危険極まりない場所であり、そんなところで"酔うから配慮して飛んで"などと口が裂けても言えないし言いたくない。

 

「クラコさん……? 大丈夫?」

 

【ええ、何も問題は無いわ。ユナは自分の事を第一に考えるのよ?】

 

「うん!」

 

 楽し気に空を飛ぶユナの姿はまさに自由気ままといった様子だった。空から糸でぶら下がっているかのようにどのような体勢であってもバランスを崩すことなくそこに居続け、けれども糸で繋がっているようには思えないほどに縦横無尽に飛翔する。結晶より出力されるユナの笑みが空間に投影され映されるたび、クラコも目を細めて微笑み返す。その光景は、まるで目に見えない二人の繋がりが目に見える形で現れたかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 夫婦結晶によるクラコとユナのリアルタイム情報共有は想像以上の成果を残し、最終テストが終了した。現在ユナは伊吹の山地から離脱し帰路に就いているところだ。

 

 その間も夫婦結晶からは絶えず情報がクラコへと送られている。クラコの左耳に光る片割れはもう片方の結晶から得られた周辺情報を出力させており、視界の端に空を飛ぶユナの姿が、まるでゲームの三人称視点のように写し出されている。

 

 時折こちらへと視線を向けて手を振るユナに応えるように手を振り返し、クラコは手元の情報端末を更新する。

 

「思ったよりも伊吹山地の停滞雲が集まるのが早いわね……ヒエイ雲海に誘引されている雲もあるから集合にはもっと時間がかかると思っていたのだけど……」

 

 夫婦結晶によって停滞雲の情報はより正確なものが手に入るようになった。停滞雲の姿をクラコが結晶ごしとはいえ直接目にする事が出来る事実はかなり大きく、さらにはユナとクラコの二人が別々の場所を見渡し危険を把握する事もできる上に、結晶の前にカメラなどの記録端末を設置すれば停滞雲の様子を端末に録画することもできる。

 

 停滞雲程度のレベルならばユナが直接携帯端末で記録することもできるが、今後挑戦するだろう雲海の奥は電子機器が使用できない領域が広がっている。そのような場所ならば結晶を経由した通信はこれまで以上の正確な情報を得ることができるだろう。

 

「さて、私もユナに負けていられないわね」

 

 端末の傍に置いてある紙袋の中から幾らかの紙束と何かの冊子を取り出していくクラコはそれらを情報端末の前に広げ中身を確認していく。紙束は数十種類の建物の見取り図で、冊子は旅行雑誌のようであった。

 

 見取り図は真新しい紙にコピーされたもののようで雑に扱っても問題なさそうだが、冊子はかなり劣化が激しくページが丸ごと欠落している部分も確認できる。虫食いの跡や濡れて変色、変形している箇所も見られる。都市の人間が見ればただのゴミとしか認識されず、都市外の人間でさえ火を点けるための紙切れ程度にしか考えないだろう。

 

 だが、それらの紙切れ同然の冊子や何の役に立つかもわからない見取り図たちこそがクラコの武器であり、ユナを手助けするための情報たちなのだ。

 

「携帯でもしっかり結晶の受信映像は記録できるみたいだし、明日の配信は問題なさそうね」

 

 きらりと光る左耳を撫でさすり、クラコは視界に見えるユナの姿を見やる。現在は伊吹の山地から脱し比較的安全な空路を経由して湖上へと抜けた所のようだ。ユナ側の結晶が左耳という、ほぼユナの視界と同じ場所に固定されているため、受信した映像もほぼユナの視界を中心に写し出されている。

 

 そんな映像から見えるのは、まばらな停滞雲と湖に浮かぶ小島。

 

 チクブ訓練所と呼ばれる小島はオウミのカザヨミが飛行訓練を行う際に利用する拠点の一つだ。この訓練所から直接オウミ都市へ向かう"湖北訓練用空路A"と、元都市であるタカシマを結んでいた"湖北訓練用空路B"などが訓練用空路として設定されているが、ユナが通るのはAとBの間に設定された比較的新しい空路である"キサラギルート"と呼ばれるものだ。湖の南方に行くための、小さな島々を繋ぎ合わせて設定された空路であり、名の由来となったカザヨミが開拓したルートだ。

 

 このルートはちょうどユナとクラコが住む地域へと到達するのに便利な空路であり、これまでもオウミ周辺へと飛行訓練に出向く際には頻繁に利用していた空路だ。だが、このルートは都市のカザヨミにはあまり評判が良くない。小島を経由して空路を繋いではいるものの、それら小島に補給設備などは皆無であり、文字通り羽を休める事しか出来ないので体力のない下級のカザヨミはほとんど利用しない。上級のカザヨミであってもキサラギルート自体が空路A、Bのように主要都市と接続されている訳では無いので使う理由が無い。

 

 使うとすれば……ユナのように都市外にすむカザヨミくらいなものだ。

 

「……そういえば、キサラギなんてカザヨミ、居たかしら?」

 

 下級のカザヨミでは満足に飛行できないキサラギルート。ならば設定したキサラギなるカザヨミは上級レベルであるはず。しかしクラコの記憶には該当するカザヨミは存在せず、BWの配信や先生からも聞いたことが無かった。

 

 わざわざ訓練用の空路と都市外の荒れた地域とをつなぐ空路を設定したキサラギなるカザヨミ。不思議に思いつつもクラコは今考えるべきことでは無いだろうと頭を振り思考を切り替える。

 

「今は明日の配信について考えないとね」

 

「クラコさーん! ただいま帰りましたー!」

 

 余計な事を考えていたクラコが目の前の配信準備に手を付けようとしたところでユナが元気な声と共に窓から部屋へと滑り込んできた。自身の飛ぶ姿や空の光景をクラコに見せられたという興奮からいつもより勢いよく帰宅したユナ。

 

 勢いのせいで舞う資料たちをユナが慌てて回収しようと手を伸ばし、クラコが呆れたように肩をすくめる。

 

「はーいそれじゃあお風呂に入って羽繕いしましょうか」

 

「うぅ!? く、クラコさん怒ってる!?」

 

「こんなことで怒るわけないでしょう? ほら、早く脱いじゃって」

 

「やっ、まってクラコさんここ脱衣所じゃな──」

 

「しっかり羽繕いもしてあげるわ。机の上の紙を吹き飛ばさないくらい繊細なコントロールができるくらいにね」

 

「やー! やっぱり怒ってるー!!」

 

「ほらほら早く脱いじゃいなさい」

 

 ゆらりと近づいてくるクラコの様子に自身の身を抱くように両手で体を抱え、半歩後ずさるユナだが笑みを絶やさず寄ってくるクラコの様子に観念したのか、両腕の力を抜きクラコに身を預ける。

 

「いい子ね」

 

「むー……、ちゅー」

 

「ふふ、分かったわ」

 

 ピアスの穴を開けたあの羽繕いを経て、ユナは今まで以上にクラコにくっつくようになった。お風呂や羽繕いの際、抵抗はしなくとも口で抗議はしていたのにそれが無くなり、何なら羽繕いの為に自分からベッドの上で服を脱いで待っている事も多くなった。寝るときはくっつくを通り越して抱き合って眠るほどで、何よりあいさつ代わりのキスを頻繁にせがむようになっていた。

 

 このことにクラコは僅かばかり動揺を露わにした。少し前までは友人を作って巣立ちしたものだと感じていたのに、それがまた雛鳥へと逆戻りしたのかと心配したのだ。

 

 しかし、そんなクラコの心配をよそにユナの友人関係は良好で、クラコへのスキンシップも一定の距離は保っているように思えた。そのことからクラコは別の思いを抱いてしまう。

 

(これじゃあ巣立ち前の雛鳥というより……求愛の……)

 

 と、そこまででクラコは自身の考えを消し去る。目の前でクラコを待っているユナは確かにクラコを信頼しているだろう。だが、それはあくまで親と子の間に生まれるものと同じたぐいのものであり、それ以上へは行かないはず、だ。

 

(ちょっと寂しい、けどね)

 

 小さな姿、けれど偉大で稀有な存在である幼き少女。

 

 彼女を拾った時に抱いた親子とは異なるたぐいのものを、クラコはぐっと胸の内に秘めてキスをせがむ小さなカザヨミへと親愛を示のだった。

 

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