「ね、ねえクラコさん……これ、ちょっと恥ずかしいぃ……」
「あら、よく似合ってるわよ都市の旧防護スーツ。ユナもかっこいいって言っていたじゃない」
「ううぅ……。やっ、写真とらないでぇ……!」
「ふぅん……黒色だけじゃなくて白色まで用意していたなんて……これ先生の趣味なのかしら?」
なぜか遠方より「誤解です!」と叫び声が聞こえてきそうな事を口走りながらクラコはぴっちりと体に密着する防護スーツに身を包んだユナの撮影会を行っていた。
この撮影会はクラコとユナが都市の先生と交流を始めていくらか経過したつい先日、交流相手であるツグミが防護スーツを持ってきたことで始まった。都市が大量に手に入れた純停滞結晶による技術革新によって既に旧式となった都市の防護スーツ。それを技術共有の一環として先生がクラコへと貸出したのだ。既に雲海航行に最適化された
現在では旧式となったとはいえ当時の技術の粋を集めて制作されたそれは大変貴重な代物に他ならない。にも関わらずもはや不要だと都市管理部が処分しようとしていたものを先生が入手し、そうしてクラコの手へ渡った。なので名目としては貸しているだけであるが、その期限は無期限となっており実質貰ったようなものだ。
万が一を考えて傷つけず、分解しない、実際に飛行時に運用しないといった条件があったものの、クラコは先生からスーツを受け取り……それをなぜかユナに着せていた。
「うーん……いいわね。一度着せて見たかったのよ、ケスケミトルの開発前はこんな感じの防護服も考えていたから……うん、やっぱり良いわ」
「何がいいの!?」
「ライン」
「らいん!?」
かつてユナがテレビごしに見ていたカザヨミ専用のパイロットスーツは黒いぴっちりとしたスーツで、体のラインがこれでもかと強調されている中々に際どいものだった。けれど色合いなどでギリギリカッコよさが見て取れるレベルだったのに対し、現在ユナが身に着けているのはそれの試作品である旧式の旧式。色など付けられている訳もなく、真っ白で体に密着するだけのシンプルなパイロットスーツだった。各種装備を固定するためのベルトや金具も無く、まるで白いぴっちりとした水着のようにさえ見えてしまう。
ユナのほっそりとした脚の様子も、おへその窪みも、なだらかながらも確かに存在する胸のふくらみも、ぴっちりしたスーツの素材によってこれでもかと強調され、光を反射して艶やかに主張していた。
「ふむふむ……肌触りは良いのね……着た時にチクチクしてたらストレスになるし当然ね」
「あ、うぅん……」
そんなユナに近づいてクラコは躊躇なくお腹の辺りに手を置いて撫でさすった。おへその窪みに親指を添えて、残りの四本の指でユナの下腹部を優しく撫で上げる。何度か指を往復させた後、手を上へと動かしてなだらかな丘の手前で止めた。
「ひう!?」
「ユナの体形に合わせたサイズなのかしら? それとも伸縮性だけである程度のサイズはカバー出来るのかしら?」
「クラコしゃん手ぇ! 手のばしょ!」
「あらごめんなさい」
意外にも触り心地のよい防護スーツは装着者の体を守るために様々な機能が備わっている。肌を守るための耐衝撃、耐刃、耐熱、耐凍などの外部からのダメージを軽減させるのはもちろん、体温調節を補助したり、外部の環境を肌で感じられるように極薄で肌の触覚が妨げられないような素材が用いられている。
だが、そんな科学技術の結晶は普段の服装に慣れているユナにとっては中々に抵抗のある感覚であったらしい。
服を着ているはずなのに素肌を触られているような感覚はユナに混乱と羞恥をもたらした。元々の体のラインがこれでもかと強調されている姿も恥ずかしさを増長させるものだが、それ以上に触れられた時の感覚があまりにも素肌同様であることがユナに悩ましい声を上げさせる要因だった。
ぴっちりと体に密着する白いパイロットスーツはユナの身体を拘束するように張り詰めさせる。けれども圧迫感は無く、張り詰めた肌の感覚は常時よりも敏感になる。それこそがスーツの特性なのだろうが、現在のユナにとっては余計なお世話と言ったところだろう。
ユナの身体を余すことなくまさぐっていくクラコ。本来はどうなのか分からないが今回は下着を着ずに直接スーツを装着しているため、素肌を触られている感覚であるユナからすればクラコの手は何とも危険だ。
先ほどから胸のあたりを行ったり来たり、と思えばぴっちりなせいで両足の付け根に現れた三角形の空間へ手を通そうとしたり、翼を広げるために大きく開いた背中の汗を拭ったり、とにかくクラコの手が触れていない場所が見つからないと思えるほどにまさぐっていた。
徐々に顔が桜色に染まるユナの様子に何かが刺激されたクラコが笑みを浮かべて両手をさらに動かす。
「……とう」
「ひゃあん!?」
突如ユナの脇の裏に手を刺し込んだクラコの不意打ちにユナは悲鳴を上げて必死にクラコの刺し込まれた手にすがりつく。
「はあ、ふう……ひい……」
「……ユナ?」
すがりついたままのユナは潤んだ瞳でクラコを見上げる。ちょっとしたいたずらのつもりだったクラコも思わぬユナの様子に視線を合わせてユナの様子を伺う。
「んっ!」
「……!」
油断しているクラコの顔が近くに来たところでユナは潤んだ瞳のまま、熱っぽい息を漏らしながら唇を合わせた。
無意識にクラコがユナを抱き寄せれば、全身の敏感になった肌がクラコの温かさを殊更強く伝えてくる。ムズムズするような、不安と期待の混じった感覚がクラコの身体と接触している部分から感じられる。
「……ねえユナ。この服、傷つけたらダメだけど、"汚してもいいんだって"」
「あう……クラコさん、今日の羽繕いって、まだだよね……?」
「ええ。でも今日は飛んでいないでしょう? ……それでも、やって欲しい?」
にこりと、幼子を諭すような笑顔を湛えているくせに、瞳だけは獲物を捉えた猛禽類のような鋭さを持つクラコの視線にかかればユナは雛鳥と変わらない。ユナはすがりついていたクラコの手が自身の体を撫でていくのを受け入れ、荒い吐息の中で何とか望みの言葉を吐き出した。
「……うん。やって?」
ユナを横抱きにして寝室へと向かうクラコ。腕の中でユナは未知の感覚に身悶えし、これから訪れるだろう感情の奔流に耐えるための心の準備をしていた。けれどそんな準備も、数分後にはものの見事に瓦解しいつも通り……いや、いつも以上の鳴き声を寝室に響かせるのだった。
◇
「クラコさん。こっちの道……やっぱり違うよ?」
【数日でマップが使い物にならなくなるなんてね。もう一度マッピングし直すわ】
「うん」
後日空に上がったユナの翼は心なしかいつもよりも艶があるように思える。本人も上機嫌で、雲海探索も最初のような緊張も見せる事も無く、いつも通りな飛行を視聴者へと届けていた。
現在ユナが居るのははいいろホテルの最外周部の衛星の一つ。先日の配信でおおよそ探索を終えたはずの場所だ。しかし再度足を踏み入れた衛星の内部はクラコが首を傾げるような景色が広がっていた。
先日探索しながら制作したマップが全く使い物にならないのだ。あるはずの場所に道が無く、行き止まりの先に部屋が現れている。上への階段が下へと向かい、逆さのビルが元に戻っている。
ユナとクラコが生配信による探索を行ってからまだ一週間も経過していないにも関わらず、はいいろホテルはその形容を大きく変えていた。
『前回マップ使えない!?』『あれからそんなに時間経ってないはずなのに…』『見た目はそれほど変わってないように見えるけど?』『建物の並びが若干ちがうっぽいな……』『毎回ルート変わるんじゃどうしようも無くね?』
【建物自体は構造が変わるわけでは無いので図面単位で組み替えれば問題ないと思われます。ですが探索し直しなので少々時間がかかるのはご了承ください】
困惑する視聴者を落ち着かせながらクラコは机の上に広げたマップを分解していく。元々いくつもの図面を張り合わせ、組み合わせて制作されたはいいろホテルのマップを再度マップとして作り直していく。幸いにも廃墟の構造が全くの別物になった訳では無く、いくつもある建築物の位置が変わっただけなのでマップを組み替えればいいだけで新たなマップが作成可能のようだ。
あまりにも廃墟群の様子に思わず視聴者が不安を書き込む。
『ほんとにこんな状態であんのかね?安全地帯』
エーテルによって汚染された空間は一定濃度のエーテルで安定する事は無い。雲海内でも下層、中層といったようにエーテルの濃度によって領域が分かれているが、各層の中でもエーテルの濃淡による環境の複雑化が引き起こされている。
エーテルの濃淡そのものでさえ一定の範囲に収まるような振れ幅をしている訳では無く、高濃度のエーテル領域の隣に極めて希薄なエーテル領域が存在している事さえある。それは高濃度エーテル領域であるヒエイ雲海の両隣に安全地帯であるキョウト、オウミの都市が存在していることからも明らかだろう。
このような極端な領域はあらゆる場所に発生し、例えエーテル領域内でも例外ではない。高濃度エーテル領域である雲海内であっても、エーテル濃度が地上並みに低いポイントが存在する。
それこそが現在ユナが探している安全地帯と呼ばれる場所だ。
【逆灯台のように一般人が生活できるレベルのエーテル濃度領域が存在すると思われます。今後はいいろホテルを攻略するのならば安全地帯の捜索は必須です】
基本的にエーテルが人体にどのような影響を与えるのかは不明な点が多い。国という枠組みが崩壊した後でも人類の倫理観はかつての水準を何とか保っており、人体実験のような非人道的行為が容認されたことは無い。それもあってエーテルの危険性は降害の発生と肌、呼吸器への結晶析出が判明しているに留まっている。
経験からカザヨミはエーテルに耐性があると考えられているが、それも限界がある。析出限界速度などの条件下でなければカザヨミとてエーテルに飲み込まれるのは周知の事実。
長時間の探索が前提となる雲海探索においてエーテルという致命傷になりうる存在を気にせず体を休める安全地帯の存在はカザヨミにとっては必要不可欠だ。逆灯台の前例があるので雲海廃墟のどこかに同様の安全地帯が存在している可能性は高く、それを見つける事こそが今回の配信の目標であった。
安全地帯を辿っていけば、もしかすれば短時間かつ比較的安全にはいいろホテルの中心部へと到達出来るかもしれない。今回の探索はそのための第一歩なのだ。
しかし、そんな事を気にする様子もなくユナは悠々空を進んでいく。
「いろいろ実験するためのものも、持ってきた……! おかし……! お茶……!」
【ピクニックに行くのではないのだけれど……?】
「んーん! ぴくにっく出来るくらいのあんぜんちたい? だって確認しないといけないもん!」
【こら、ここで出さないの。結晶まみれになるでしょう!?】
「はーい!」
空を飛びながらユナは綺麗に旋回し、はためかせたケスケミトルの奥にしまい込んでいた紙袋と水筒を視聴者へと自慢するように見せつける。その為にわざわざ飛行方法を変えたユナを窘めるクラコの言葉に元気に返事をするユナの表情は、年相応の幼い笑みに溢れていた。
『実験?』『何々?何すんの~?』『ユナちゃんちょっと緊張ほぐれてきた……?』『確かに、慣れない敬語が取れてきたかな?』『ユナちゃんってこんな感じなんだ』『マフラーしてるけど笑ってるのがわかるわw』『確かにお菓子は大事だw』『しかしほんとに自由に飛ぶねぇ』
初めて生配信をした時は慣れない環境で緊張していたユナだったが、それも次第に慣れて本来のユナの姿が見え隠れするようになっていた。まだ幼く保護者らしきクラコにべったりで、けれどもカザヨミとしての技術と知識は秀でており、何より空を愛している少女の姿。
そこに下級カザヨミのようなプライドの高さや傲慢さはひとかけらも見当たらず、だからといって上級カザヨミのような堅苦しさも無い。空を飛ぶ、という自由さのみを体現したかのようなユナの姿は純粋に愛らしく映る。
本来カザヨミの配信となればカザヨミ本人の我が強く出て、さらには飛行環境の危険性から安心して視聴出来るようなものでは無い。ほとんどの視聴者は危険な雲海の姿とカザヨミのハプニングを期待しており、刺激を求める視聴者たちがまるでアクション映画を見ているかのような感覚を楽しむのが普通だ。
けれど"ハヤブサ"の配信は驚くべきユナの練度と恐るべきクラコの補助力のおかげで雲海探索であっても信じられないほどの安定性を誇っている。どのような危険があったとしてもクラコの予測とユナの対応力ならば楽々回避できるだろうと視聴者が思ってしまうほどには安心して見ていられる配信となっていた。
そのせいかユナとクラコの配信にはこれまでカザヨミの配信では訪れなかったような視聴者が集まっていた。刺激やハプニングを期待するような過激な視聴者よりもカザヨミに好意的な視聴者達が多い印象だ。
好意的といっても狂信的ではなく、カザヨミが完全な存在ではなく只の人と同じだと理解している者たちが視聴しコメントを残しているようだった。恐らくはカザヨミの友人や親族たちだろう。
そのためハヤブサの配信は空を楽し気に飛び回るユナとそんなユナを優しく見守る視聴者とクラコという他のカザヨミの配信とは異なる独特なほんわか空間が広がっていた。
『ユナちゃん今日のお菓子は何持ってきたのー?』
「ええと、クッキー持ってきたよ!」
『お、今日は駄菓子じゃないのか』『ユナ駄菓子好きだよなーw』『駄菓子はダメって言われた?』
「んーん。前にお菓子持って空の上で食べようとしたら爆発したから……」
『爆発!?』『ああ、気圧が……』『なるほどw袋がパンパンになったのかw』
【ちょっと袋が破れただけで爆発まではしてませんので!】
本来雲海を飛行するカザヨミはその緊迫した環境と状況によってコメントを見る余裕も無い。もしくは緊迫した状況を把握することもできずにトラブルを起こし、こちらもコメントを見るような余裕は無い。
なのでユナのように配信を始めて間もないカザヨミが雑談交じりに視聴者と交流しながら雲海内を安定飛行する状況というのはほぼありえない。そのありえない状況だからこそ、このチャンネルには多くの視聴者が訪れ、少なくない人数がチャンネル登録と共に定住してくれる。
「お菓子も美味しいけど、クラコさんのごはんが美味しーからあまり食べないようにしてますー」
『ほうほう!』『年齢の割にしっかりしてんだよな、ユナちゃん』『ほんとにカザヨミなの?ってくらい良い子だな』『カザヨミでも良い子たちはいっぱいいるよ』『ほんとに?』『まあ会う機会がないからねえ』『クラコさんとユナさんみたいなのは見たことないぞ』
「えへへ~クラコさんはとっても優しいんですよー」
『あらあらあら』『めっちゃいい笑顔で草』『心なしか声が弾んでますなあ~』『ユナちゃんクラコさんの話になるといつもこうなるよなw』
【今日の羽繕いはキツめにするから覚悟するといいわよ】
「ひう!?」
『草』『変な声出たw』『今日のユナちゃんは感情豊かだのうw』『照れ隠しが羽繕いで草』『え、てか羽繕いクラコさんにしてもらってんの!?』『あらあらあら』『コレは想像以上の仲なのでは……?』『羽繕い任せるとか相当よ?』『巷じゃ恋人以上の深い仲でないと羽繕いなんて任せないと言われているのにw』『あらあらあら~』
その後もユナは視聴者と語らいながらはいいろホテルを飛び進んでいった。何でもないような日常の会話と、視聴者の質問に答えて、時折クラコのツッコミに慌てながら……そうしてユナは危険な状況に一度も陥る事無くはいいろホテルの領域に存在する数か所の安全地帯を発見し、それらは配信を通してすべてのカザヨミへと共有されていった。
いつか都市のカザヨミがはいいろホテルの探索へと乗り出す事になった際、この情報は大いに役に立つ事だろう。
これまでは謎のカザヨミだったハヤブサことユナとクラコの配信はこれより多くのカザヨミが雲海を飛行する際の貴重な情報源として活用され、さらに多くのファンを増やしていくのだった。