愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

73 / 99
72羽 遠足前のワクワク感

 

 オウミの都市に隣接する巨大な湖はかつて国という枠組みを形成していた当時において、その国最大級の面積を誇る湖として知られていた。湖では水棲生物が多様に生息し、独自の生態系を構築していた。

 

 それは降害によって世界が均された後も変わることは無く、オウミの都市にとって貴重な水産物の獲得場として機能していた。

 

 また、カザヨミにとってはそのなだらかで障害物の少ない湖面は飛行訓練をするにはうってつけで、それ故にこれまで何度も合同訓練の開催地として活用されてきた。オウミと繋がりの深い周辺都市は合同訓練が実施される度にオウミへと将来有望な下級カザヨミを訓練へと送り出し、カザヨミ達は相応の知見を得て自身の都市へと帰っていく。

 

 そんな合同訓練を明日に控えた日の夕方。ミサゴは静かに波打つ湖岸に視線を落とし、沈んでいく太陽の光を見つめていた。もちろん、停滞雲によって太陽そのものは見えず、漏れ出たオレンジ色の光を感じ取れるだけではあるが。

 

「ミサゴ先輩、ユナちゃん来まスかね?」

 

 空の上に留まり湖と夕焼けを眺めていたミサゴの隣で同じくその光景を見つめていたヒタキが口を開く。

 

「さてな。ユナに訓練が必要かと言われれば、必要ないと言えるだろう。少なくとも特級レベル実力がある訳だからな」

 

「スよねぇ~そもそもユナちゃんにメリット無いっスし」

 

 二人は明日の合同訓練の予定地である湖の様子を見に湖上へとやってきていた。観測担当のカザヨミからの報告では数日中の降害の可能性は限りなく低く、天候も安定しているという。ヒエイ雲海の活動も恐らくは影響が無いだろうという話だ。

 

 眼下の湖は淡い光を反射して美しく輝いている。時折起こる湖風によって湖面は緩く波打ち、それが光の反射に疎らな歪みをもたらす。それまるで風が草原の草花を撫でるかのようであった。

 

 そして湖面に突き刺さるビルの残骸はさながら草原に突き立てられた墓石。人類が打ち立てた文化の墓標だ。

 

「クラコさんもそこまで興味があるようでは無かったな。ユナを都市に近づけたく無いのだろう」

 

「でも合同訓練は完全にカザヨミ管理部主導のイベントっスよ? 訓練内容も交流会の計画も全部先生が監修してるんスから、都市管理部が干渉する余地はないっス」

 

 名目上合同訓練は各都市のカザヨミが合同作戦を行う際に迅速な連携が行えるようにと催されるもので、故にそれらはカザヨミ管理部が一切を取り仕切る事になっている。

 

 実情はカザヨミを利用した都市間交流であることは間違いなく、そのため都市運営を担っている都市管理部が出張ってくるはずなのだが、この催し物だけは国城が発案し都市管理部の手を借りずに彼個人の力をもって実現に漕ぎつけたため彼らが干渉しづらくなっているのだ。

 

 つまり合同訓練というものは都市管理部の干渉を気にする事無く、多くのカザヨミが他者と交流できる場所として国城が生み出した協定なのだ。

 

 とはいえこの協定は都市間をカザヨミが飛びやすくなるための協定であり、都市外のカザヨミの恩恵はそこまでではない。単独で生きる方法を得た者たちにとって得る者は少ない。

 

 特に、カザヨミとしては上位に位置するであろうユナには技術的な面において学ぶべくものは限られているだろう。

 

「クラコさんにとっては組織がどうとか、派閥がどうとか関係が無いのだろう。私もヒタキも……あるいはツグミも、嶺渡と同じ都市の人間というくくりになっていても仕方がない」

 

「うへぇ……あの人と同じと思われているのは心外っスけど……仕方がないっスねえ……」

 

 合同訓練の主な参加者は有望な下級が多い。時と場所によっては上級が強化合宿のような事を少人数で行う事もあるが、そもそも実力も数も不足気味なカザヨミ戦力においては発現したばかりの雛鳥をとりあえず空に飛ばせる事が優先される。

 

 合同訓練に参加する下級は、有望であろうと下級の域を出ない。自分たちが選ばれた存在であるという認識を強く抱く者も少なくなく、故に訓練などする必要は無いと断じる下級も幾らか存在する。

 

 つまり、一度参加者として選ばれたり、自ら参加表明をした下級でも土壇場になって参加をキャンセルしたり連絡もなく不参加となる事がよくあるのだ。毎回数人は不参加が当たり前。時には半数以上が当日不参加を伝えたりとやりたい放題。

 

 そんな合同訓練の現状を知っているからこそ、ミサゴたちはユナが参加してくれるのかどうか不安だった。

 

「……実は、ユナちゃんに釣られて参加表明した子もそこそこいるんスよね……」

 

「だろうな。オウミ都市周辺で生活しているであろうハヤブサ。合同訓練の参加要項の意味深な一文。もしかしてと考える者もいるだろう」

 

「もしユナちゃんが不参加……当日ドタキャンって事になったら……っス」

 

「大半の下級は帰るんじゃないか? はは」

 

「笑いごとじゃないっスよぅ……」

 

 うなだれ翼が力なく垂れ下がるヒタキの様子を面白そうに横目で見るミサゴは再び湖へと視線を向ける。

 

 オウミの都市が訓練場として活用している眼前の湖はオウミの都市に隣接しているだけで"都市"の領域ではない。つまり、いつ降害が起こっても不思議ではない危険地帯なのだ。

 

 都市に隣接しているという事で濃い停滞雲は寄り付かず、ここ数十年都市に隣接した空域で降害が発生したという記録も無く、近年の観測でも降害の発生予兆は伺えないのでむこう十年は安心できると言われてはいるが、危険性が皆無な都市に住む者にとって都市外は全て等しく危険地帯だと思われている。

 

 そんな危険地帯で合同訓練に参加しようとするカザヨミはそれほど多くない。カザヨミを第一に考える国城が主導しているという事で、ある程度の信頼はあるものの危険な土地で"一泊二日の合同訓練合宿"など許容出来ない保護者やカザヨミも居る。

 

 だが、それでも参加するカザヨミは意外と多い。訓練に参加した下級カザヨミは上級カザヨミより直接指導してもらえる上に寝食まで一緒な為、信頼関係も構築出来る。

 

 訓練に参加したから強くなったのか、それとも強くなりたいと願うから訓練に参加するのか。どちらかは分からないが少なくとも訓練に参加したカザヨミはその実力を大きく伸ばす者が多いのは確かだ。

 

「むしろユナちゃんに指導役をお願いした方がいいんじゃないっスかね?」

 

「それも良いかもしれんが……今の訓練方針とユナの飛行は合わん。と、いうより誰もユナについて行けんだろう」

 

「あはは、確かにそうっスね」

 

 都市所属のカザヨミは基本的に隣を別のカザヨミが飛ぶことを前提にして飛び方を習う。対してユナの飛行は単独飛行前提のアクロバティックな飛行技術を多様しているので実力不足以前にユナの飛び方を真似するのは難しいだろう。

 

 ユナの隣を飛ぶにはエアリングを含めたすべての飛行技術に対する深い造詣と経験が必要となるだろう。

 

「あ、そういえば聞いたっす? 合同訓練の内容、エアリングの訓練も入れるらしいっスよ?」

 

「ああ、先生から聞いたよ。"都市管理部推薦"の飛行隊の為だったか?」

 

「そっス。しかしまあ先生もよく受け入れたっスよね~。イスカちゃんの飛行隊に訓練の参加許可出すなんて」

 

「共巣協定は先生が都市管理部の干渉を抑えるために作ったものだが……先生はカザヨミ第一だからな……相手がカザヨミならば都市管理部側でも受け入れる方針なのだろう」

 

「ほんっと先生は甘々っスよね~」

 

「そこが良いところではあるのだが」

 

「っスけどね~」

 

 夕焼けは徐々に光を失い青から紫色へと変化している。彩度が落ちて薄暗くなり、空は山の向こうに太陽が隠れた事を知らせてくれる。肌寒さを感じたヒタキは自身の翼を手繰り寄せ、ほのかに感じる温かさに柔らかな笑みを作る。

 

「寒くなってきたな。もうそろそろ帰ろう。訓練予定地に問題はなさそうだしな」

 

「はいっス。今日は何か温かいものでも食べたい気分っス~」

 

「なら鍋にするか? 食堂の定食もいいがたまには集まって食事をするのもいいだろう」

 

「お! いいんスか! なら野菜持っていくっス! 肉はお願いするっスよ!」

 

「任された。ツグミに話を通して鍋を借りないといけないな」

 

「オーケーもらえたらツグミちゃんの部屋で鍋するっスよ!」

 

「ついでに米も持っていくか。ツグミの所に炊飯器があったはずだ」

 

「おお~! 雑炊やるっスよお!!」

 

 特級カザヨミの二人は翼を羽ばたかせて家路へと急ぐ。延々と続く瓦礫の向こうを見通し、果てしなさに目を瞑りたくなったとしても、隣を飛ぶ仲間が居るからこそ彼女たちは明日も空を飛び続ける。

 

 食事を共にする仲間を失わないようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねーねークラコさん。こんな感じでいーかな?」

 

「ええ、とっても似合っているわユナ。マフラーは無しだけど、大丈夫そう?」

 

「うん! 違和感ないー」

 

「ならよかったわ。残りのエーテル繊維でケスケミトルも直しておいたから、訓練の間は問題ないはずよ」

 

「ありがとクラコさん!」

 

 部屋の中でケスケミトルを羽織り、くるくると回りながら自身の姿を確認するユナは羽織ったケスケミトルの慣れない軽さに少しくすぐったそうにしている。

 

 合同訓練が明日に迫ったその夜、ユナとクラコは訓練に参加するべく準備を進めていた。といっても訓練が一泊二日で行われるという事で替えの服などを大き目の鞄に詰め込んだだけで特別用意しなければならないものはなかった。それでもユナは数日前からソワソワしていて、しきりに鞄の中身を確認していたりしたのだが、それを知っているクラコはただ微笑ましい娘の姿に目を細めるばかり。

 

 今回の合同訓練は主に交流と、技術向上を目的として下級のカザヨミが多く参加させられている。彼女たちの基礎技術を養うための訓練であるため停滞雲への突入訓練は行わず、全体的に優しい訓練が行われるはずだ。

 

 そのためユナが常備しているエーテル環境下での各種装備は取り外し、ケスケミトルの内ポケットにはほとんど何も入っていない。いつもとは異なる軽装と、軽い体にユナの翼は心なしか軽やかにパタパタ動いているように見える。

 

 合同訓練に関する話を最初にツグミより聞いたとき、クラコはそこまで関心を寄せる事は無かった。都市内では無いとはいえ開催場所はほど近い湖である事でユナの参加など考えるまでもなく却下であり、さらには見知らぬカザヨミ達ばかりという環境であるためクラコ的には心配の割合の方が高い。というより参加したところで基礎的な訓練が主であるためユナにメリットが無いようにしか見えず、それらの理由からクラコは合同訓練の話を聞き流すだけだった。

 

 しかし、ユナの危うさを知ったクラコは迷いに迷った挙句、結局ユナを他のカザヨミと交流させるべきと判断した。

 

 既に配信でユナとクラコの素性はある程度公開しており、ユナがオウミを中心に活動している事も知られている。オウミの合同訓練にユナが参加したところで既知の情報しか出てこないので参加したことで被るデメリットは特にない。

 

 ユナの意思を確認したところ、こちらはあっけなく了承。まるで旅行に行くような気分で……いや、事実ユナにとっては旅行のようなものなのだろう。ツグミたちといつか約束していたお泊りが出来ると喜んでいた。

 

 聞き分けの良い、いい子なユナ。けれどそれもクラコが案じている自己主張の薄さによるところがある。今回の合同訓練もユナとしては参加不参加どちらでも良かったのだろう。ただ、クラコが参加してほしそうにしていたからそちらへと傾いただけ。

 

「ユナ」

 

「ん? なに?」

 

「めいいっぱい、楽しんできなさい」

 

「うんっ!」

 

 クラコがユナの頭を撫でればユナは目を細めて体を預け、めいいっぱい甘える。そんな様子に口元を緩ませ、クラコはユナの耳元に光るピアスが見えるよう、さっと髪を整えてやる。合同訓練期間はこれを通してクラコもユナの傍に居てやれる。それはこれまで以上の安心感をクラコに与え、それはまたユナもそうであるのだろう。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。