愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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74羽 ユナと都市カザヨミ

 

 合同訓練が行われるその日、ユナは期待とちょっぴりの不安を抱きながら湖の上を飛んでいた。これまでユナがコミュニケーションを取ったカザヨミといえば第十七飛行隊の面々や、雲海の中で助けを求められた者たちとの僅かな会話に限られていた。

 

 つまりはこの世界に存在する大多数のカザヨミを除いた、極めて例外的なカザヨミたちとの交流しか経験が無かった。

 

 ユナもクラコとネットを用いた勉強の中で現在のカザヨミがどのような立場にあるのかをある程度知っている。下級のカザヨミが他者を見下しているのが普通で、それを是正できない状況であることも。それでもユナの胸中では期待が占める割合の方が多かった。

 

「ねえクラコさん、私お外でご飯食べるの始めて!」

 

『予定表によると何班かに分かれて自分たちで料理するみたいだけど……大丈夫?』

 

「うんっ! クラコさんと一緒にいろんな料理作ったもん!」

 

 耳元で光る翡翠色のピアスから聞こえてくるクラコの声もユナの不安と緊張を和らげてくれる一助になっている。今回ユナが参加する合同訓練は一泊二日の長丁場となっており、未所属のユナは所謂よそ者として扱われるだろう。そんな時にクラコの声が聞こえるというのはまだ幼いユナにとっては非常に心強い。

 

 とはいえそのような心配をしているのはどちらかと言うとクラコのほうであり、ユナはツグミ達に会えるというのが楽しみでそれ以外の不安な物事をそれほど重要視していなかった。

 

 ユナは高揚する気持ちを表現するように翼を羽ばたかせて加速していく。都市に近い湖の水面は太陽の光を反射させユナの翼をより映えさせる。動かすたびに反射した光で煌く翼の美しさは遠目から見れば光の粒を纏う神秘的な光景に見えただろう。

 

「あっ! クラコさん見えてきた!」

 

『チクブの島ね。降りれそうな場所はある?』

 

「うん!」

 

 島の端っこにふわりと降り立ったユナは翼を収めて辺りを確認する。ユナが着陸した場所にはカザヨミがおらず、ひとりぽつんと立ち尽くすばかり。

 

「あれ? クラコさん、誰もいないよ?」

 

『集合場所に行けば誰かいるんじゃないかしら? もう皆集まってるんじゃない?』

 

「あ、そっか」

 

 とてとてと幼い歩みで目的地へと進んでいくユナとそれを見守るクラコ。二人は降り立った周辺に誰もいない事を不思議に思っていたが、都市のカザヨミからすれば当然な事でもある。そもそも合同訓練に参加しているカザヨミの多くは下級のカザヨミだ。下級程度ではまだホバリングからの安定着地さえもままならないカザヨミも多く、着地するには滑走路代わりになる広く平たい土地が必要なのだ。滑走路としての広い土地は港を改修して設置されたものしかなく、何もない場所に降りたてるような上級カザヨミは既に集合済みなので、辺りにカザヨミがいないのも当たり前なのだ。

 

「ふんふん~」

 

 坂道や石階段を軽快に跳んでいくユナはもはや翼を発現せずとも空気の流れを自在に感じ取り、体を乗せる事が出来る。特にチクブの小島は周囲を湖に囲まれているので湖風が吹き込み風の補助を受けやすい。もちろん翼を発現しなければ空を飛べるほどの力は得られないが、カザヨミの中でも頭一つとびぬけた身体能力を実現出来る。

 

『気を付けるのよ。慣れない道なんだから』

 

「わかってるー!」

 

 クラコが一応注意するがユナは風の流れから周囲の地形をある程度把握しているので危険はほぼない。雲海の中と比べれば地上は何とも単純で予想しやすいのだ。

 

『もうすぐ着くわ。ユナ、挨拶はしっかりね』

 

「はーい! クラコさんもまた後で!」

 

 それだけ言うとピアスからクラコの声は聞こえなくなる。今回の合同訓練では基本的にクラコは口出ししないと事前にユナへ伝えている。あくまでクラコは保護者であり、今回の合同訓練はカザヨミだけが参加する訓練とされているからだ。もちろんユナが都市外からやってきたという理由だけで理不尽な目に会うならばその限りではないが、これもユナの成長の為とクラコは訓練に関して手取り足取り補助するつもりは無かった。

 

 しばらく歩いているとユナの目の前に大きな寺社の姿が見えてくる。多少古くはあるがカザヨミたちが掃除したおかげで上から下まで綺麗に磨かれ、都市外暮らしのユナからしてみれば十分立派な宿と言える。

 

 そんな宿の入口らしき場所で携帯端末を弄っている数名のカザヨミ、ユナは緊張しつつも彼女たちへと近づいてく。ここが合同訓練の集合場所であり拠点であるはずであり、これから共に訓練を受ける仲間であるならば挨拶くらいはするべきだろうという考えからだった。

 

「あのー……」

 

「あ、何? てかアンタだれ?」

 

 とはいえユナもクラコも多少の警戒心は抱いていた。訓練であるはずなのに派手な服装と装飾品を身に着け、翼を収める事無く出しっぱなしにしている姿は明らかに下級のカザヨミのソレだったからだ。

 

「あの、私は訓練に参加させていただく事になりました周防ゆ──」

 

「あーアンタがどうとかキョーミ無いから。てか、気安く話しかけないでくれる? コレ見えない?」

 

 ユナが話しかけたカザヨミは出しっぱなしにしている翼を大きく広げ、自身が偉大なるカザヨミである事を殊更主張する。威圧的にユナを見下ろし、自分の方が高位の存在なのだと自慢げに声を上げる。

 

 周囲もユナを見て見下す視線を向け、クスクスと笑い声を漏らしている。自身がカザヨミで、ただの人間とは違う崇高なる存在だと主張しても、現在この島にはカザヨミしかいないという事実を考慮しない所に見守っていたクラコもあきれ果てるしかない。

 

「あ、すみませんでした」

 

 しかし、そんなカザヨミに対してユナは特に思う所も無く、まともに話を聞いてくれそうなカザヨミを探す。意に介さないユナに眉を吊り上げるカザヨミが何か言ってくるがユナは無視して建物の中へと入っていく。

 

「アンタちょっと調子乗ってんじゃ──!」

 

「何をしている」

 

 騒ぎを聞きつけた上級のカザヨミたちの姿を見て、突っかかろうとしていたカザヨミは顔を顰め、何でもないでーす、と言って踵を返す。対してユナはその上級と、特級の見知ったカザヨミの登場に笑みを零す。

 

「ミサゴお姉ちゃん!」

 

「先日ぶりだなユナ。時間丁度だ。偉いぞ」

 

「ホント偉いっス! それに比べて……まったく、アイツら誰彼構わず噛みつくんじゃないっスよ」

 

「すまなかったな」

 

「いえ! 全然気にしてません!」

 

 本当に、心の底から気にしていないユナは関係のないミサゴたちが頭を下げることに焦って声が大きくなってしまう。あの程度ならば叔母の家で暮らしていた時には日常茶飯事だったし、口だけならば害は無いのでユナは気にならない。

 

「でも、なぜ彼女たちはあのような態度を? ユナちゃんですよ?」

 

 そう疑問を口にするのはツグミだ。現在カザヨミの間で流行しているBWでの配信活動、その中でも最も異質で最も人気のあるハヤブサ。その片割れであるユナに対する態度とは思えない下級カザヨミの言動は確かにおかしいように思える。

 

「ユナは翼を収めていたからな、それで侮ったのだろう。……まあ、勉強不足もあるな」

 

 多くの下級カザヨミにとって翼を発現させたままにしているのは自信の表れであり、だからこそ翼を収めている者たちを軽んじる。例え上級カザヨミであろうとも翼を収めているのならば下級にとっては侮る対象である。実力を伴っている上級、特級が相手でも翼を収めていれば"翼を出す事すら躊躇う臆病者"と内心考えている者たちも多い。

 

 加えてBWで有名であるはずのユナの事を下級が認識できなかったのは彼女たちがユナを翼でしか認識していないからだ。ハヤブサの配信は基本的に夫婦結晶を用いた三人称視点からのもので、雲海廃墟の探索時はマフラーに埋もれたユナの後頭部が見え隠れするのみ。時折振り返った時の横顔が映り込むが、大半の配信では目立つ翼が常に映り込んでいるため顔よりも翼の印象が強いのだろう。

 

 とはいえ訓練所での座学を真面目に聞いていれば髪色と翼の色が同じであると知っているはずなのだが……カザヨミであることだけを誇りにしている彼女たちにとって勉強など必要ない努力なのだろう。

 

「何はともあれ、参加してくれて嬉しいよユナ」

 

「ビシバシ鍛えるっスよ! って、言うのはユナちゃんには釈迦に説法っスよねー」

 

「分からないことがあったら上級の方々に聞けば快く教えてくださいますから、心配しないでくださいね」

 

「はい! ツグミお姉ちゃん、ヒタキお姉ちゃん、ミサゴお姉ちゃん、今日はよろしくお願いします!」

 

 ユナは数日ぶりに会ったツグミ達へと丁寧に挨拶をして頭を下げる。交流会の時は同じ空を自由に飛んでいる気心の知れた仲ではあるが、今回は合同訓練という場であり、ミサゴ達は教える側、ユナは教わる側としてそれなりに礼儀が必要だろうというクラコの助言によりユナはいつもの人懐っこい顔を何とか真面目っぽい形にとどめようと努力してみるが、どうにも知り合いと顔を合わせると笑むのが止められない。

 

「ああ、むしろこちらがよろしくお願いしたいくらいだよ」

 

「ユナちゃんもいつも通りで大丈夫ですよ?」

 

「そーっス。とりあえず荷物置くとこ案内しまっスよ」

 

「はいっ!」

 

 ヒタキ達の先導でチクブの訓練拠点内部へと案内されるユナは初めて見る建物の姿に視線をあちこちへと動かし興味深そうにしている。今回合同訓練に利用される寺社は本堂の他にも建物がいくつか点在しており、それらは渡り廊下で繋がっている。訓練に利用する部屋や食堂、寝室代わりの部屋などが整備されている。元がお寺なので流石に個室等は無いが、それでも普通に生活できる環境は整っていた。

 

「こっちに行くと食堂っス。訓練時間内に昼食のタイミングがあるっスから、食材を持ってきたならここで調理出来るっス」

 

「この渡り廊下を通ればユナちゃんたちが利用できる部屋になります。個室では無いので貴重品は部屋にある金庫にお願いしますね」

 

「トイレは離れだ。夜は最低限の明かりしかないから注意してくれ」

 

 元々お寺だった姿のままである建物は古い様相を晒しながらも朽ちることなくそこに在った。コンクリートの瓦礫ばかりを目にしてきたユナには現役な木造建築の存在自体が非常に珍しく、目を奪われる対象だった。過去にクラコと行った銭湯も一部木造ではあったがここまで大規模なものは実際に見た事はユナの記憶にない。

 

「おおー! すごい広いー。それに、木の匂いと……?」

 

 案内された寝室代わりの部屋はかなり広く、床は畳が敷き詰められている。天井より吊り下げられた照明の光が温かい空間に満たされ、木材特有の色合いと共に不思議と安心感を与えてくれる。鼻腔をくすぐる木の香りは草木よりも爽やかで、どこか懐かしい気持ちさえも抱かせる。けれどユナはそんな木材の香りの中に別種の香りが混じっている事に気が付き首をかしげる。

 

「元はお寺だったんでこんなに広いんス。貴重なものは全部都市に移動させたらしいんスけど」

 

「それと、これはお香の匂いだな」

 

 チクブの神社仏閣は降害の危険性から放棄されて久しい。もちろん例祭のようなものが催されたのも遥か昔で、お香を焚く行事など最近行われた形跡は無い。けれども建物自体に染み付いた香りが当時の記憶を鮮明に刻みつけている。

 

 人が居なくなり、本尊も運び出され、文字通りの"がらんどう"となった建物は、けれどもカザヨミたちが訓練を通じて掃除と修復を行いかつての記憶を今にまで伝えている。

 

 降害が起きれば儚く崩れる記憶だったとしても。

 

「荷物はこの中に入れておいてくださいっス。鍵は首からかけておけばいいっス」

 

「はいっ、わかりました!」

 

 けれど、建物がいつか朽ちて圧壊することになったとしても、その時に見たものと、嗅いだ匂いと、経験したすべての物事は誰かの記憶となって残り続ける。

 

「もうすぐ時間だな。皆集まっているだろう、行こうかユナ」

 

「はい!」

 

 小さな鳥たちが羽ばたき命を繋ぎ、果てしない海を越えて往くように、記憶は語り継がれていく。この先どれほどの年月が経ったとしてもユナは今日の体験を決して忘れはしないだろう。

 

 

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