愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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76羽 基礎座学

 

 カザヨミはツバメを代表に、多くが感覚で空を飛んでいる。空を飛べる理由の多くを占めるエーテルに関しての正確な情報が得られない以上それは仕方のない事だが、だからと言ってツバメほどの才能を持ちえないカザヨミが知識もなく空を飛ぶ事は自殺行為に等しい。

 

 極端な事を言えば、停滞雲について何の情報も知らないカザヨミが停滞雲に入り込んで助かる確率は知識を身に着けた者と比べれは遥かに低いだろう。

 

 エーテルが未知のエネルギーであり理解できない現象の根本であったとしても、それ以外の準備を万端にしておけば生存率は大きく伸びるのは当たり前の事。故にカザヨミは空の様子はもちろん、地上の地形や時間の流れによる環境の変化を考慮して空を飛べるようにならなけれればいけない。それらを学ぶ為に都市では必要になる膨大な知識を座学の授業にてカザヨミに教えている訳だ。

 

 

 

 

 

 合同訓練の最初の内容は座学からだ。下級カザヨミの中には座学の授業をサボり、飛行訓練だけに参加するような者も居るので合同訓練の中には必ず座学が組み込まれている。座学の内容を基に次の訓練を受けてほしいというカザヨミ管理部の思惑だ。

 

 とはいえこれまで座学をサボりまくっていたカザヨミが合同訓練になったからといって素直に受ける訳もなく、配られた問題用紙に目を通すカザヨミは少ない。そんな少ないカザヨミの中でも、熱心に問題の内容に興味を向けている少女が居た。

 

「あの、瀬黒さんココの"特別な条件"って何ですか?」

 

「んー……と、これは都市の"カザヨミ飛行規程"の内容だね。飛行規程ってのは……ほらこの本の事ね。都市がカザヨミ用に発行している物でね、飛ぶ時の注意事項とかが書かれてるの。問題に書かれてる特別な条件ってのは規定内容を無視できる場合について話してるみたいだね」

 

 お寺の本堂として機能していた広間は埃が払われた後、畳の上にいくつもの長机が並べられた。用意された数冊の教科書らしき本と、数枚の問題用紙が机の上に置かれている。

 

 基礎座学はこの問題用紙を埋めていくという内容となっている。必要になる教科書類は全て揃えられ、チーム全員が意見を出し合いながら全員で問題を解いていくのだ。出題された問題はほとんどがどこかの教科書に答えがそのまま載っているようなものばかりで、まともに授業を受けていなくとも時間をかければ答えられるはずの内容だ。

 

 ユナのチームは用意された課題に取り組む前、まず最初に自己紹介から始めた。他のチームはほとんどが顔見知りばかりであるのに対し、ユナは今回初めて合同訓練に参加した初対面のカザヨミだ。

 

 合同訓練の目的をしっかりと理解している瀬黒が主導し、自己紹介に時間をかける事でユナとセキレイとのコミュニケ―ションを多くとるようにと考えての事だ。その後の問題用紙の内容も瀬黒が先導する形でユナへ事細かく説明し、何気ない質問にも積極的に応じていく。

 

「なるほど……瀬黒さん、その本すこしだけ読ませてもらっても構いませんか?」

 

「いいよー。下級のカザヨミでも理解できるように分かりやすい内容になってるから、ユナちゃんならすぐに覚えられると思うよ」

 

 机に置かれていた薄めの本を手に取りユナに渡す瀬黒。都市のカザヨミが能力発現から引退までお世話になる座学のお供とも言えるその本は都市のカザヨミならば無料で配布されるなじみ深い本だ。カザヨミとしての心構えが前書きとして書かれ、空を飛ぶ際の規定や都市からの外出時における規定、他都市滞在時の規定、外泊時の規定などなど、様々な規定……つまりはルールが記載されている。

 

 下級の間はそのようなルールがあると知っているだけでいいとされるが、上級にもなればこの規定を覚えておいた方が色々と楽なのだ。必要書類が数枚省略出来る程度には。

 

 なので特級のミサゴやヒタキはもちろん内容を把握しているし、ツグミならば一字一句暗記しているレベルだ。

 

「大丈夫、私も半年で覚えた」

 

 なぜか自慢げな声音でセキレイが胸を張る。なお、平均的な暗記にかかる日数はひと月程度とされている。

 

「う、うん……セキレイちゃんは頑張ったね」

 

「含みのある言い方……むう」

 

 頬を膨らませるセキレイを宥めながら瀬黒はユナを見る。規定の書かれた本に目を通していくその表情は真剣そのもので、思わず瀬黒も感心してしまう。教科書はおろか問題用紙すら見ていない下級と比べるまでもなく、ユナの優秀さが垣間見れるからだ。

 

 飛行技術だけでなく、知識面でもこのまま成長すれば間違いなく一級か、それ以上にはなるだろう。かつて下級だったツグミを教えていた時のような期待を感じさせるユナの様子に瀬黒は思わずセキレイと見比べる。自己紹介で聞いた話ではユナはセキレイとそこまで年齢は離れていない。カザヨミとしての向上心や心構えも似たところがある。もしかしたら、良い友人関係に発展するかもしれない。

 

 瀬黒がそんな事を考えていた最中(さなか)、余計な騒音が割り込んでくる。

 

「くくく、都市外に人間に文字がよめるのかなー?」

 

「!」

 

 不意に聞こえた煩わしい声の方へと瀬黒が視線を向ければ数名の下級カザヨミがニタニタと小馬鹿にしたような表情でユナたちの様子を伺っていた。

 

 彼女たちは手に持った携帯端末を弄りながらめんどくさそうに頬杖をつき、問題用紙は白紙のまま机の下に落ちていた。瀬黒が睨み付け、一級のセキレイ冷めた目を向ければ下級カザヨミたちは面白くなさそうに苛立ち鼻を鳴らして視線を逸らした。

 

「ゆ、ユナちゃん気にしなくていいからね!」

 

「アホの相手はしなくていい」

 

 セキレイは下級の態度に呆れた声音で彼女らをアホ呼ばわりするが、それを注意できるほどに瀬黒は余裕が無い。瀬黒はこれまでのユナとの会話でユナの聡明さをよくよく理解していた。先ほどの下級の言葉が自身に向けられた悪意であることに気付いているはずだ。初対面の、一級以上の実力を持つユナに敵対的な感情を向けるなど愚かな行為に瀬黒はこの後の展開に汗が滲む。

 

 ユナが自身を傷つける言葉に対して悲しみを感じ、今後都市と"ハヤブサ"との関係性が損なわれるのならばまだ良い方で、怒りを感じたのならばこの後この空間で暴風が吹き荒れる可能性すらある。

 

「瀬黒さん、ありがとうございました。お返ししますね」

 

 そんな事を考えていた瀬黒だが、ユナは動じず先ほどまで読んでいた本を瀬黒へと返しお礼を言う。あまりの反応の無さに瀬黒は理解する。これは動じていないのではなく、本に集中していて悪口を聞いていないかったヤツだ、と。

 

「ええと、もういいの?」

 

「はい。ある程度は覚えたので」

 

 瀬黒から受け取った飛行規定の冊子をユナは大切で貴重なもののように扱い、両手でもって丁寧に瀬黒へと返却した。それだけで瀬黒はユナが本当に都市外に住んでいるカザヨミなのだと再認識する。都市に住むカザヨミならば訓練所内で手に入れられるタダ同然の冊子ひとつでさえ都市外では貴重な資料に他ならない。安定した生活ができない都市外では本そのものが希少でもある。瀬黒は都市に住んでいるがある程度都市外の状況は知っているつもりだし、どれほど過酷なのかも聞いたことがある。そんな環境に現れたユナという存在は瀬黒の想像を遥かに超える才能を持ち合わせていた。

 

「まーじでか……あれ、セキレイちゃん?」

 

「ユナ……覚えた?」

 

「? はい、覚えましたよ?」

 

「それじゃあ……問題」

 

「え、は、はい!」

 

 瀬黒がユナのカザヨミ特有の記憶力の高さを見せた後、セキレイは興味深そうにユナの隣に座りなおし、一緒になって飛行規定の内容をおさらいし始めた。互いに問題を出し合い、規定の内容を解答し合う二人の姿は仲の良い同級生のようにさえ見える。

 

 漏れ聞こえてくる二人の会話の内容に先ほどまで嫌味ったらしく悪口を言っていた下級も、その周りのカザヨミも目を見開き驚いている。下級ではまだ規定の内容を暗記出来ている者などいない。都市外に住んでいるという、彼女たちからすれば下級よりも下のはずのユナが一瞬に記憶してしまったのは衝撃的だったようだ。

 

「むう……全問正解……瞬間記憶能力か……」

 

「い、いえそんな大それたものでは……それにセキレイさんも全て覚えておられるじゃないですか」

 

「うう……会って間もないユナにフォローされた……」

 

「え、ええと……瀬黒さぁん!」

 

 がっくりと肩を落とし、机の下へと沈んでいくセキレイの様子に思わず瀬黒へ助けを求めるユナ。仲の良い同級生というより、コレではだらしない姉としっかり者の妹という感じに見える。もちろんだらしないのはセキレイでしっかり者はユナだ。

 

 とはいえ瀬黒はセキレイの珍しい姿を見て少しばかり安心する。セキレイは一日中ユナの配信に噛り付き、寝食さえ忘れていたほどには執着具合を見せていた。なので当初セキレイがどのようなコミュニケーションを展開するのか瀬黒も予想できなかった。ところが蓋を開けてみればセキレイはいつも通りの大人しい姿でユナにくっつくのみ。もっとウザがられるくらいにガツガツ行くかもと危惧していた瀬黒としては拍子抜けなところもある。

 

 とはいえセキレイが何もせずにユナの傍に居るという訳では無い。軽い会話の中でユナについて深く知ろうとする貪欲さが見て取れる。その姿勢はユナの"飛び方"では無く"飛べる理由"が知りたいからなのだろう。

 

 自分よりもはるか先に居て、けれどもすぐ近くに居るユナはセキレイにとって進むべき先にいる先達であり、道しるべのようなものだ。

 

「ユナの翼はきっと綺麗……髪も綺麗だから」

 

「セキレイさんも綺麗な髪ですよね。翼、後で見せあいっこしましょう?」

 

「んん……! それはいい考え。じっーーくり見せてほしい」

 

「わ、私だけじゃないですからね!? セキレイさんも見せてくださいね!?」

 

「当然。全部見せる。余すところなく」

 

 瀬黒がとりとめのない事をあれこれと考えている間にセキレイとユナは思ったよりも早く打ち解けていった。セキレイの深く知ろうとする姿勢は当たり前だがユナを偏見なしに見る事に繋がり、特別なカザヨミとしてではなく一人の友人としてユナを見た。

 

 ユナも年の近いカザヨミとの交流に緊張しながらも受け答え、それを深く知ろうとするセキレイが次の話に繋げて話題が続く。そうして二人は早々に友達の距離感を構築した。

 

(セキレイちゃんの目の輝きは羨望……憧れかなぁ。ユナちゃんも都市のカザヨミに興味を持っているみたいだね)

 

「瀬黒先輩」

 

「はいはいーって、先輩?」

 

「はい、セキレイさんが瀬黒さんは頼りになる先輩だと、……ダメ、だったでしょうか……?」

 

「う、ううん。好きに呼んでもらって構わないよ」

 

 とは応えながらも瀬黒は内心焦っていた。どうやらユナは特級のカザヨミであるミサゴやヒタキとも交流があるらしく、それはつまり第十七飛行隊の面々と面識があるという事。有名人の知り合いは有名人。自分では分不相応とも思える人脈の数々に心の中で悲鳴を上げる瀬黒。

 

(十七飛行隊の皆さんだけでもいっぱいいっぱいなのにユナちゃんにまで先輩呼びされたら私の心臓が持たないんだが~!?)

 

「みれー凄い汗……暑い?」

 

「体調が優れないのですか?」

 

「だ、大丈夫! ほら、二人とも残りの課題片付けるよっ!」

 

 あまり深くは考えないでおこう。少なくとも合同訓練の間は気にするだけ無駄だ。その後はその後の自分が何とかしてくれるだろう。

 

 只の下級で三級でしかないカザヨミである自分の周りに集まる上級カザヨミたちからの信頼の眼差しに冷や汗が止まらない瀬黒はそうして考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 合同訓練の目的の一つは他者との交流だ。カザヨミ同士でコミュニケーションを取り、連帯感を高め、誰とでもチームとして動けるようになる事である。そのため合同訓練に参加しているカザヨミでもそれらが不足しているとされるカザヨミが同じカザヨミたちとチームを組み、交流を深めるように計画される。今回の合同訓練で組まれたチームは5チーム。一名の上級と下級のカザヨミがチームを組み、ひとつのチームに三名から四名が所属しこれからの合同訓練を共に学び合う。残りのカザヨミは今回の合同訓練の監督係として問題が起こらないように目を光らせている。

 

 そして当然のように、放心する瀬黒と瀬黒にくっつく二人の有望なカザヨミの様子は合同訓練の監督係として参加している特級や上級の目にも留まる。

 

「ふむ……ユナは上手くやれているようだな。瀬黒さんが居るというのも大きいだろうが」

 

「さっすが先輩っス。コミュ能力に関しては私の師匠っスからね!」

 

 瀬黒はどうして自分の周りには上級が集まってくるのだと困惑しているが、そもそもとしてカザヨミ同士の円滑なコミュニケーションというのは本来非常に難解なのだ。空を飛ぶという明確な能力の強弱が個々人に格差を自覚させ、不和を生み出す要因となる。そして都市のカザヨミ至上主義的な考え方がよりその不和を助長させ、周囲のカザヨミよりも自分自身さえ良ければ良いという認識が強く固定されてしまっている。

 

 この考えは死地を経験することの多い上級になれば自然と薄れ、仲間意識が芽生えてくるのだが下級ではまだ仲間の重要性を理解していない者ばかり。

 

 そんな中で我の強いカザヨミたちを繋げてくれる役割のカザヨミというのはかなり貴重な人材だ。中でも瀬黒の才能は抜きんでていて、ヒタキが努力して得たコミュニケーション能力を瀬黒は自然と扱いカザヨミたちの仲を取り持つ。

 

 空を飛ぶ能力が低くとも瀬黒のような人と人とを繋ぐ能力は無くてはならない。それを上級は分かっているからこそ瀬黒に一目置き、懐いているのだ。

 

「ツグミもチームをうまく率いているようだな。それと、イスカも」

 

「ツグミちゃんは後輩に慕われてるっスねえ~。イスカちゃんの方は少し難儀してそうっスけど」

 

 瀬黒ほどではなくともカザヨミをまとめ上げる能力の高い上級が各チームの調整役として一人は参加しており、得てしてそういったカザヨミは瀬黒のように周囲から慕われる。ツグミの周りにはツグミをお姉様と呼ぶ下級が集まり、イスカの周りも同じようにイスカを肯定するカザヨミたちが取り巻きのように集まっていた。

 

 とはいえイスカのチームに関してはイスカを慕っているというよりはイスカの背後にいる都市管理部とよろしくしたいカザヨミが集まっている印象だ。そのためチー

ム唯一の上級としてチームを引っ張ろうとするイスカに嫌々従っている様子の下級の姿が確認出来る。口には出さないが、どうして自分が誰かに従わないといけないんだという感情が表情だけで見て取れる。

 

「ふむ、本人の目の前で陰口を言わない程度には空気が読めるらしい」

 

「辛辣っスね~。まあその通りっスけど……で、どうするっス?」

 

 言葉少なくヒタキはイスカを見て、ユナを見て、そしてミサゴへと視線を戻した。

 

「……今のところは何もしなくていいだろう。イスカは気にしているようだが、ユナは眼中に無い」

 

 ユナとイスカ。二人がこれほどまで近づいたのは雲海でユナがイスカを助けたあの時以来だろう。イスカは自チームのメンバーに気を配っているが時折チラチラとユナの居るチームに視線を向けている。対してユナは瀬黒とセキレイと話を続け、他チームへと視線を向けるような事はない。

 

 ユナもこの合同訓練にイスカが参加している事は知っているはずだが、それでもユナの視線がイスカを探す事は無かった。

 

「眼中に無い、は言い方悪いっスよミサゴ先輩。あれは目の前の新鮮な知識に夢中になってるだけっス」

 

「どちらにしても次でユナの本領発揮だ。折れそうな下級のフォローは頼んだぞ」

 

「はいはい、お任せくださいっス」

 

 

 

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