愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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77羽 訓練の合間

 

「さて、先ほどの時間で皆はある程度座学について"復習"できたと思う。実際に空を飛ぶ際の注意事項は頭に入っているな? この後、少しばかり休憩の時間を設け、それからチームごとに順次空に上がってもらう。しっかり体を休めておくように」

 

 特級カザヨミであるミサゴは復習という単語を強調して言葉を発するがほとんどのカザヨミにはその意図を理解出来ない。単純に面倒な座学がやっと終わってのびのび飛べる事を楽しみにしているようで、まともにミサゴの話を聞いていないようだ。

 

 基礎座学のテストが終わり、訓練参加者はチクブの滑走路までやってきた。港だった場所を増築して作られた簡易的な滑走路の上に下級達が並びミサゴが次の訓練内容に関しての説明を始めている。

 

 これからの訓練は実際に空の上で行われる。休憩を挟みながら空を飛び続け、チームごとに技術の共有と飛行の基礎を身に着けていくための時間だ。

  

「空に上がる順番はこちらで決めさせてもらったっス。順番を発表するからしっかり聞いておくっス。忘れたら休憩時間中に聞きに来るっスよ~」

 

 一番最初のチームが発表され、続いて二番目、三番目と次々にチームが呼ばれていく。最初に呼ばれたチームはガッツポーズをして勝ち誇った顔のままユナへ視線を向けている。次も同じような視線をユナやセキレイ、瀬黒へと向ける。三番目に呼ばれたツグミのチームは特にそんな事も無く、四番目に呼ばれたイスカのチームはメンバーがそのような視線を向けていたがイスカ本人はユナと視線を合わせる事はなかった。

 

「五番目にセキレイチーム。最後に空に上がってくださいっス」

 

 そして、最後に呼ばれたユナたちのチーム。

 

「クスクス、最後だって」

 

「だっさーあんなにべんきょー頑張ってたのにねー」

 

「くふふ、勉強と空を飛ぶことは関係ないってのー」

 

 ここぞとばかりに馬鹿にする声があちらこちらから聞こえてくる。恐らくはワザとだろう、聞こえるような音量で嘲笑を多分に含んだ声はユナたちを気にすることも無く次第に大きくなっていく。

 

 それに顔を顰めたのは監督係である上級カザヨミたちだ。この合同訓練にハヤブサの片割れが参加すると聞く前から彼女たちは配信を通して多少なりともユナの飛行に興味を抱いていた。それはミサゴやヒタキと仲良く会話する姿を見てよりいっそう深まり、座学を真面目に取り組む姿を見てただの興味本位は好意的なものへと変化していた。

 

 比較対象が下級のカザヨミであることも手伝って、ユナは上級からある程度認められようとしていた。今回ユナのいるチームが最後尾に位置したのも、その後に上級カザヨミが飛ぶので彼女の姿を最も近くで観察することが出来るのではという思いからだった。

 

 私欲が混じっているようにも思えるが、そもそも合同訓練は下級だけでなく上級の育成も目的の一つなのでこの手の話は合同訓練ではよくある。事実特級のミサゴやヒタキも何も言わない。

 

 そうやってユナにお近づきになろうとしていた上級にとって先ほどの下級の発言は中々に不愉快であった。恐らくこの合同訓練において単独飛行に限ればユナが最も練度が高い。そのユナを実力を見ずに見た目だけで判断している下級の態度に顔を顰めるのも仕方がない事だろう。

 

 そんな風に上級が憤っている傍ら、ユナたちのチームは集まって話し合いを始めていた。

 

「最後かァ……実戦なら重要ポジだなあ……」

 

 勉強不足な下級は知らぬことだが、基本的にカザヨミの編隊飛行における最後尾というのは実力者が務める事が多い。編隊の全容を視界に収めやすく、問題が発生した時にいち早く気付ける位置に居るからだ。全隊の進行方向の把握と全隊員の把握、さらには後方の把握等々、カザヨミの中でも才能に秀でて尚且つ技術と知識を持ちえる実力者で無ければ任せられないポジションと言える。

 

 それ故に上級はユナたちを嗤う下級に辟易としていたし、ユナたちは何処まで上級に審査されるのかと深刻そうに話をしていたのだ。

 

 とはいえ今回の訓練は参加者全員でもって一斉に空を飛ぶわけでも、編隊を組むわけでもないのでそこまで深刻な話ではないのだが、上級に審査される立場である為慎重にならざるを得なかった。

 

殿(しんがり)……編隊の全体サポートも要求されるかも……?」

 

「どうでしょう? もしもこれが雲海航行前提ならそれはカザヨミ管理部(オペレーター)さんのお仕事なのでは?」

 

「流石に雲海想定ってのは早すぎるかな、やって停滞雲程度じゃないかな」

 

 ユナの雲海を飛行する前提の訓練、という言葉に瀬黒はさすがにそれは無いだろうと否定する。この合同訓練はあくまで下級の技術向上と相互理解を深めるのが目的で雲海を航行できる精鋭を生み出す為のものでは無いはずだからだ。

 

 とはいえ訓練の先にはそれらの難解な環境での活動が待っているのは事実であり、ユナの意見はそこまで的外れと言えるものでは無い。少なくとも飛ぶ順番の重要性を分かっていない下級と比べればよほど優秀な意見と言える。

 

「目の良いカザヨミが引っ張っていった方が良い……かも?」

 

「雲海外での……空路を主とする作戦行動を想定しているなら目の良さよりも知識量なのではないでしょうか。瀬黒先輩」

 

 ユナの提案に瀬黒は同じ意見だったのか逡巡することなく頷いた。今回の訓練は雲海内は飛ばない。やったとしても停滞雲までだろう。そうなるとこの辺りを頻繁に飛行している都市所属のカザヨミがリーダーとして先頭を飛ぶのが安定。加えてこの時期の風や土地に影響して生まれる気流の知識を持つカザヨミが適任である。

 

 ユナは都市外のカザヨミであり、都市が管理している空路はあまり使わない。セキレイは一級であるが主に才能を重視されて早々に一級となった為、都市周辺の飛行経験としては並み程度。対して瀬黒は三級ではあるが都市周辺の警邏や他都市への物資運搬などで都市管理の空路をよく使っており、知識もツグミ並みに持ち得ている。本作戦のリーダーとしては申し分ない。

 

「ん。それじゃあ先頭は私ね。ユナちゃんとセキレイちゃんは後方、でいい?」

 

「うん」

 

「はい」

 

 周囲でユナたちの話に聞き耳を立てていた上級はその簡潔な内容に思わず感嘆の表情をつくる。下級は目立ちたがりで承認欲求が強いというのが上級の認識だったが、ユナたちのチームはこの飛行訓練が何を訓練するのか、何が評価基準となっているのかを考え、その上で前提となる作戦環境を想定し、それに合ったリーダーを選出したのだ。

 

 都市の設定した階級を重要視するなら一級のセキレイがリーダーになるし、実力だけならユナがなるだろう。けれど安定と安全を考慮するなら瀬黒がリーダーとなる。

 

 それを遠巻きに見ていたミサゴとヒタキも感心するように小さく声を上げる。

 

「しっかし、分かってた事っスけどユナちゃん記憶力いいっスねえ。あの感じ、座学ん時の本全部読んで頭に入ってるっぽいっスよ」

 

「カザヨミはあらゆる能力が発現前よりも向上するのは知っているだろう?」

 

「それにしてもユナちゃんは凄すぎっス。ほら、見てくださいっス」

 

 ヒタキが差し出してきたのは先ほど座学の訓練終了時に回収した解答済み問題用紙だ。ほとんどの下級チームの解答は一つ二つ空欄が埋められているだけだが、ツグミとイスカのチームはほぼ答えが埋められており、ユナのチームに関しては全ての欄が埋められそのうえ全問正解という、採点を担当した上級が思わずヒタキに報告するくらいには驚きの結果だった。

 

 答えが載っている教科書類を用意していたとはいえ、中には上級でも判断に迷う問題も含まれていた中での満点は異例と言える。

 

「瀬黒先輩をリーダーにするって言うのもユナちゃんとセキレイちゃん両方からの支持だったみたいでスし、応用が効かないってわけでもなさそーっスよ」

 

「ふむ……」

 

 自分たちの役割や出来る事できない事を明確に把握していなければ瀬黒が適任だという判断は下せないだろう。他のチームが誰がリーダーになるのか揉めているのを横目に上級たちはいっそうユナたちの評価を上げていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 座学が終了し飛行訓練に入る直前の休憩時間を利用してユナとセキレイ、瀬黒の三人はチクブの島を散策していた。

 

 ユナを不慣れな土地に出来る限り慣れさせるためというのと、初対面なカザヨミと一緒に空を飛ぶ緊張をほぐすという理由から瀬黒が提案したものだ。

 

 これまで一度も降害が直撃していない島の姿はかつての姿をそのまま残している。多少風化しているとはいえこの土地に合った技法と素材で作られた建築物はそうそう自然倒壊するようなことは無く、一年に一度程度とはいえカザヨミたちよる手入れがされているのならばその寿命はさらに伸びる。

 

 小さな島という限られた面積を上手く利用して建築された神社仏閣は急な斜面や出っ張りに何とか土台を造って建立された形跡があり、それらが絶妙なバランスで建物を支えている。

 

 敷設された石階段は島の上から港までを緩やかに蛇行しながら続いており、その石階段を挟むように様々な店が軒を連ねている。訓練にやってきたカザヨミしか居ないのでどの店も開いている訳もなく、閉め切られた店舗が寂しい姿を晒している。透明度の低いガラスの向こうには蜘蛛の巣の張った埃っぽい店内が見え、かつての人の生活が僅かにこびり付いていた。

 

 だが、その痕跡はかつての生活を想像できるほどに現実的で、もの悲しさを漂わせていた。

 

「んん……まるでキョウトみたい」

 

「キョウトの都市に同じような場所があるのですか?」

 

「あー……ちょっち都市の中心部からは離れるんだけどね、坂の上にお寺があって、そこに行くまでの道にお店が並んでる場所があるんだ」

 

 ユナたちがチクブで拠点としているお寺は島の小高い場所にあり、そこから石階段を下っていけば島の全容が視界に入ってくる。緑が茂る島の向こうから湖の青い姿が広がり、はるか向こうのオウミの都市が垣間見れる。少し見る方向を変えれば湖の北にあるヨゴ都市や、また別の方向ではヒエイ雲海の様子さえも確認できる。

 

 灰色の空と荒れた大地を繋ぐようにして立ち並ぶ湖に突き刺さるビルは、まるで檻のごとくカザヨミたちを閉じ込めているように見えてしまう。しかし、その向こうには人類が唯一安全を確保出来る都市が存在し、それらの中ではかつての歴史と文化が何とか残っていた。

 

 それらの古き良き時代の名残はカザヨミが守るべきものであり、その上に立つ人々の命こそカザヨミが背負う責任そのものなのだ。

 

「あー、えーと……今更なんだけどさ、私飛ぶの苦手なんだよね……。ほら、私ってさ、何もできないからさ」

 

 そんな寂しい光景を歩きながら眺める瀬黒はぽつりとつぶやいた。

 

 都市を守る。都市の住民の生活を維持する。都市の未来を切り開く。そんな重すぎる責任を背負う事を下級のカザヨミは知りもしない。けれど瀬黒は聡明さ故に知ってしまった。

 

 下級カザヨミの中でも年長者であるとはいえ、瀬黒もまだ成人にすらなっていない少女だ。そんな少女が、自身の行動によって人の命が危うくなるかも知れないという事実はあまりにも重く、あまりにも残酷な事実だった。

 

 だからだろうか、そんな事実が胸中を占め、出さないように閉じ込めていた言葉を口から追い出してしまった。ユナとセキレイという将来有望なカザヨミに頼られ、チームの先頭を任された自身がそのような弱気な事を言って士気を下げるような真似をしてはいけない。カザヨミの飛行能力は精神状態に左右される、明らかな失言だと瀬黒は気付く。

 

 咄嗟に口元を手で隠して自身の発言を取り消そうと再び瀬黒が口を開く前に、セキレイが首を傾げ応えた。

 

「みれーの比較対象は特級……まずそこから考え直すべき」

 

「私もそう思います」

 

 ユナとセキレイはまるで気にしていない様子で石階段を降りていく。物珍しい周囲の光景に目を奪われながらもセキレイは淡々と瀬黒自身の自己分析に異を唱え、ユナもセキレイの言葉を肯定する。

 

「え、ゆ、ユナちゃんも……?」

 

 長年同じ空を飛んできたセキレイの言葉に瀬黒は納得できずとも客観的意見の一つとして受け止める事は出来る。けれどまだ一度として一緒に空を飛んでいないユナからの言葉は瀬黒を困惑させた。

 

 決してユナがいい加減な事を言っているとか、セキレイに合わせて適当に発言したという訳では無い。それは、ユナの深い暗褐色の瞳を覗き込めば不思議と理解出来てしまう。

 

 瀬黒のひととなりはほんの少しだけ一緒に居た程度のユナでさえよくよく理解出来た。他者との繋がりを大切にし、自然と繋げられる才能を持った瀬黒の性格はユナがチームに馴染み始めているところからも明らかだ。

 

 瀬黒の知識は経験に裏打ちされた現実的なもので、発される言葉も重みが籠っている。翼は丁寧に整えられ、慣れないながらも羽繕いもしっかりとしている証拠だ。そしてなによりも……。

 

「はい、だって瀬黒先輩……とっても上手いんですもん」

 

 楽し気に石階段を跳ねるユナは振り向いて瀬黒に微笑む。細められたユナの、エーテルを視認出来る瞳はじっと瀬黒を見つめ、その内を見通すように深く深く輝いていた。

 

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