愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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78羽 飛行訓練の始まり

 

 カザヨミにとって空を飛ぶことは当たり前の事であり、最もカザヨミをカザヨミたらしめている要素である。その要素に比べれば、ただの人よりも記憶力が良かったり、力が強かったり、傷の治りが早かったりといった要素はおまけでしかない。

 

 故に基礎座学の時間ユナは嘲笑の的になっていた。どれだけ勉強ができたとしても空を飛べなければ何の意味もないのだと。常に翼を収納しているカザヨミは飛行に自信が無いのだろうと。だが、そんな下級の思い込みは本格的な飛行訓練が始まるまでだった。

 

 

「全員集まったな。それではこれより飛行訓練を始める。事前の説明通り、二種の飛行について基礎部分を見せてもらう」

 

 休憩時間を若干過ぎたあたりで下級全員が集まったことを確認したミサゴが次の訓練の内容を話し始める。ミサゴの言った通りそれらの内容は事前に説明されていたものだがここに集まった下級が事前説明をしっかりと聞いているはずもない。

 

 飛行訓練の内容は最初に基礎の飛行技術の確認から始まる。空中に留まるホバリングに、気流に乗るソアリング。この二つの飛行技術の確認の為、実際に空へと上がる。訓練飛行空域は湖上に設定されており、ホバリングはチクブの上空で行われる。

 

 ミサゴの言葉に下級たちの表情が余裕のあるものへと変わった。ようやく自分たちの本領が発揮できるとでも言いたげなその表情を見てミサゴは内心ため息をつきたい気持ちがあふれてくる。

 

「まずは一番のチーム、空に上がってくれ」

 

「ふんっ! こんなの楽勝なんですけど!」

 

「せっかくなら配信したかったなー」

 

「カザヨミならこんくらい当然だよなっ!」

 

 一番のチームから順々に空へと上がっていく下級カザヨミたち。島の港に増設された滑走路は想定通りの働きをして次々に下級たちを空へと誘ってくれる。けれどもその光景を見ていたミサゴの表情は芳しくない。

 

「……ちょっち、想像以上に道具(ツール)の補助が悪い仕事してるみたいっスね~……」

 

「今回の合同訓練は三級のカザヨミが主だが基礎的な能力は四級と対して変わらんな。……今後、鍛え甲斐があるんじゃないか?」

 

「あまりいじめちゃダメっスよ」

 

 彼女たち下級のカザヨミはミサゴから見て基礎が出来ていない。離陸時に長距離の助走が必要なのはまだ良い方で、離陸後も飛行が安定するまでにしばらく時間がかかったり、そもそも離陸に何度も失敗するという事態も起きている。

 

 けれど今の下級たちはそんな有様であっても停滞雲を踏破し、雲海で配信をしながら探索が出来るほどの余裕を見せている。それもすべては都市が潤沢な停滞結晶を用いて制作した道具(ツール)達のおかげだ。

 

 これらの最新技術があれば基礎のなっていない下級のカザヨミでも雲海を探索出来る。けれど、それはつまり道具(ツール)が破損して本来の能力を発揮できなくなれば彼女らが雲海から帰還出来る可能性は無い、という意味でもある。

 本来道具(ツール)はカザヨミの飛行を補助し、非常時の命綱としての役割にとどめておくべきだ。けれど今の下級の飛び方は念のためにと備わっている命綱に全体重をかけてぶら下がっているに過ぎない。

 

「はあ、……まあいい。次、最後のチーム、空に上がりなさい」

 

「はいっ!」

 

 瀬黒はミサゴの合図と共に翼を発現させ、それに倣うようにしてセキレイとユナも収めていた翼を発現させる。その瞬間、上空の雰囲気が変化した。正確には、既に空へと上がっていた下級たちの視線が、瀬黒たちのチームへと注がれ始めたのだ。

 

「ね、ねえあの翼の色って……」

 

「え、マジ? まさかマジもん!?」

 

「青っぽくて灰色っぽい……ホントにホントの、ハヤブサ!?」

 

 誰かがハヤブサとつぶやくと、その衝撃は下級たちへと次々に波及していく。今まで自分たちがバカにしていた、何なら今でも侮っている謎のカザヨミの正体が、カザヨミなら誰でも見たことがあるであろう有名な人物であったという事実は彼女らにそれ以降の言葉を忘れさせるほどだった。

 

「互いに翼の確認、装備の確認をするね。ユナちゃん、セキレイちゃん、問題なし」

 

「ユナ、みれー……問題ない」

 

「えっと、セキレイさん、瀬黒先輩、問題ありません」

 

「よっし、それじゃあ私から上がるね」

 

 そんな上空の様子を意に介すことなく瀬黒はリーダーとしての役割を果たす。

 

 カザヨミの飛行隊は基本的に一人のリーダーを決め、リーダーの指示に従う。リーダーは今回の瀬黒のように身分や実力よりもどれだけそのカザヨミが作戦領域に精通しているかによって選出される。とは言っても実力があれば相応の身分を有し知識や技術を修めているものなので結果として実力があったり等級の高いカザヨミがリーダーとなることが通例である。

 

 そのため、瀬黒は今まで都市での訓練でリーダーとなった経験が少ない。あったとしても自身より等級の低い四級などの、発現したばかりのカザヨミとチームを組んだ時くらいの経験しかなく、セキレイのような一級やユナのような特級レベルを後方に置き、先頭を飛ぶなどと言った経験は今までなかった。

 

(大丈夫……大丈夫。前の合同訓練とおんなじだし、なにも問題ないから……)

 

 自身をただの三級な下級カザヨミと考えている瀬黒にとっては一級とそれ以上の実力あるカザヨミのチームリーダーとなるのはそれなり以上のプレッシャーであった。そして、精神的な負担はカザヨミにとって飛行パフォーマンスを落とす要因の一つだ。

 

「……みれーは、自分が思っている以上にすごいって、自覚するべき」

 

「へ?」

 

「私の飛び方はみれーに教わった。私の師匠はみれー、私の憧れはみれー。だからみれーは堂々としているべき」

 

「いや、それはセキレイちゃんが下級の時の話……」

 

「みれーに、セキレイはわしが育てたーって、言って欲しい」

 

「えぇ~……」

 

「ほら、早く行こ」

 

「ちょ、ちょっとセキレイちゃん! 分かったから引っ張るの止めてぇ~!」

 

 セキレイが瀬黒の手を取り、翼を羽ばたかせればすぐさまセキレイの足は地面を離れ、空へと向かっていく。セキレイの羽ばたきに促されるように瀬黒は翼を動かし、セキレイの羽ばたきによって生まれた風に補助される形で空へと上がった。

 

『あの二人、いいコンビね』

 

「うん」

 

 ふと聞えたクラコの声に応えながらユナも空へと上がる。翼を動かさずともユナが意識して足を動かせば、ユナの体は自由に地を離れる。まるで低重力空間のような軽い足取りで空へと上がったユナの姿に思わず下級から悲鳴じみた声が上がるが、ユナの視線はチームメンバーである瀬黒とセキレイに注がれている。

 

 まるでユナとクラコのような、親密な関係が伺える瀬黒とセキレイの姿を見ながらユナはほんの少し、羨ましいと思っていた。

 

(合同訓練が終わったらクラコさんにごほうび(ちゅー)をもらわないと)

 

 

 

 

 

 

 

 カザヨミの飛行技術の一つであるホバリングは翼を用いて空気を掴み、その場に静止する技術の事だ。翼の滑らかで繊細な機動が人ひとりぶんの重さを支え、安定させる訳だが、これが中々に難しい。

 

 最も基本的な技術であるにも関わらず完全習得には長い年月が必要とされ、かの有名なツバメでさえその難解さに関して愚痴を書きなぐっている様が雲海図に残っているほどだ。

 

 ユナの周りの下級カザヨミたちも空に留まってはいるが、完全に空中で動きを止めている者は居ない。僅かに体を上下させ、ふらふらと安定しないのを翼を動かして必死にバランスを取ろうとしている様子が散見される。

 

 あのように無意識にバランスを取ろうと翼を動かせばそのぶん体力も精神力も消耗し、翼を維持出来る時間も短くなってしまうだろう。

 

「あ~……ごめんね二人とも」

 

 揺れ動く自身の身体を必死に翼を動かし安定させようとする瀬黒の言葉にセキレイがすかさず返答する。

 

「あやまるのはみれーらしくない……」

 

「いや私も謝ったりするけど!? セキレイちゃんは私をなんだと思ってるのかな!?」

 

「あはは……」

 

 周囲の下級と比べれば瀬黒のホバリングは見事なものだった。通常の三級といえば座学ばかりの四級から抜け出し、ようやくまともな飛行訓練を受けられるレベルになった者たちばかりでホバリングは安定しないのが普通だ。しかし瀬黒のそれは僅かに揺れ動き、翼も動かしてしまってはいるものの(さま)にはなっている。

 

「でも、すっごく上手だと思いますよ?」

 

「いやー……私はずっとこんな感じだからねえ……」

 

 とはいえ瀬黒が気にしているのは長年訓練を続けた結果がこの程度であるという事実。ユナやセキレイのような数週間、数か月という短い期間で上級レベルの能力を開花させた次世代のカザヨミと比べれば情けなくなってくる結果だと瀬黒は思っている。

 

「んー……瀬黒さんは停滞雲を飛んだことはありますか?」

 

「ええ……!? ないない! そんなの無いって! 私三級だよ?」

 

「じゃあ空路はどのあたりまで?」

 

「え? えーと……オウミの管理領域からは、出たことない……かなあ?」

 

「みれー、輸送任務の時は?」

 

「あー……、輸送任務って言っても下級が任せられる輸送任務なんてたかが知れてるからねえ……北のヨゴ都市に行ったのが最大かな」

 

「なるほどー……」

 

 ホバリングを続けながらユナはピアスより聞こえる声に耳を傾ける。

 

『瀬黒さんの問題は恐らく経験不足ね』

 

 ユナにしか聞こえないほどの声量で聞こえてきたクラコの声。ユナはクラコの言葉に驚きつつ、わずかばかり納得する。ユナのエーテルを見る瞳は瀬黒の潜在的な才能を見通していた。翼より放たれるエーテルの揺らぎは通常のカザヨミのそれよりも一際大きい。訓練して揺らぎが収まり、洗練されれば上級のそれとそん色ない飛行能力を獲得出来るだろう。

 

「このまま飛んでちゃダメなのかな?」

 

『そうね……何かしらの"きっかけ"が必要なのかも知れないわね』

 

 瀬黒は三級として長年都市周辺の空路を飛び続けていた。例え都市周辺で降害が起ったとしても対処するのは基本的に上級のカザヨミたちで、三級である瀬黒が関係するとすれば降害終息後の被災地支援くらいだろう。

 

 つまり、瀬黒は長年穏やかで平和な空だけを飛び続け、それが瀬黒にとっての日常となっていた。カザヨミの翼はカザヨミが飛ぶ環境によって換羽を経て適応する。逆に言えば飛ぶ環境が変わらなければ換羽は起らない。既に飛んでいる環境に適していると翼が判断するのだ。

 

 換羽はあくまで飛ぶ環境に適応するためのしくみであるが、同時に成長であるとも言える。過酷な環境を飛べば翼はより強靭でしなやかに仕上がり、適応した環境以外でも相応の能力を示してくれる。

 

 簡単に言えば換羽は環境の適応と共にカザヨミとしての能力を向上させる、レベルアップするようなしくみであるのだ。

 

 とはいえその事実はそこまで周知されていない。換羽によりカザヨミの能力が向上する事は都市も把握しているが、どれほどの能力向上に繋がるかは個々人によって異なり、実感できるほど能力が向上した例は極々稀であるからだ。ミサゴとヒタキが雲海内で換羽した事実も、すべてのカザヨミに適応される可能性というよりは特級だから成し遂げた奇跡だと認識されており、結局は才能のあるカザヨミだけの特権という認識に留まっていた。

 

「ねえクラコさん……この事、瀬黒先輩には……」

 

『……難しいわね……瀬黒さんが望んでいるのなら話しても良いかも知れないけど……』

 

 カザヨミの等級はその者のカザヨミとしての才能が大きく関わってくる。だが、それを努力によって埋め合わせすることは可能だ。風花ツグミが努力によって知識と技術を身に着け一級へと昇級したように。あるいは死地においても生きることを諦めず、瞬間的な換羽を成し遂げ特級となった汀ヒタキのように。

 

 換羽によって等級を上げるという事は、つまり過酷な環境に身を晒す必要があるという事だ。果たして瀬黒はそれを望むだろうか? 今後も穏やかで平和な空を飛ぶ続けるだろう瀬黒に、あえて過酷な空を飛ばせる必要があるのだろうか?

 

 必要のない者に必要のない過酷な空を飛ばせ、過分な力を与える。それは果たして本人を真に幸せにしてくれるのだろうか。

 

 結局クラコは結論を出すことが出来ず、ユナはセキレイに抱き着かれてあたふたしている瀬黒を見守るだけだった。

 

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