愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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7羽 いろんな勉強

 

 クラコとユナの二人暮らしは当初クラコが考えていた以上に順調だった。一人暮らしから二人暮らしになったので金銭的に生活が厳しくなるのは仕方がないが、クラコ一人で暮らしている時と比べれば漠然とした生活の不安やどうしようもない事で悩むといった事が減り、代わりにユナと話をするようになった。

 

「あの……クラコさん、本当にいいの?」

 

「いいのいいの。私も四六時中パソコンに張り付いているわけじゃないから。それならユナに使ってもらった方がいいって」

 

 情報端末を操作するクラコと、それを後ろからクッションを抱いたまま恐る恐る覗き込むユナ。クラコはいつも小説執筆のバイトの為に使っている端末を慣れた手つきで操作し、しばらくして端末の前の位置をユナに譲った。

 

 だが、ユナは目の前に存在する端末なる未知の機械にしり込みしているようで、なかなか端末の前に移動しようとしない。キャラクターを模したクッションをぎゅっと抱きしめ、その視線は不安そうにクラコを見つめている。

 

「しょうがないわねぇ……ほら、来てユナ」

 

「うん……」

 

 仕方ないとクラコは端末の前に胡坐をかいて座り直し、そこへユナを誘う。ユナはクッションを手放し、遠慮がちにクラコの胡坐の中へと収まった。クラコもまだ成人して間もない小柄な女性だが、ユナはそれ以上に小さく幼い。ユナはクラコの胡坐の中で居心地よさそうに目を細め、無意識に体重をクラコに預ける。しかし小さなユナがもたれかかった程度では負担にもならない。

 

「ど、どうすればいいの……?」

 

「まずはマウスを持って……そう、それからココをクリック。マウスの左側のボタンよ」

 

「こ、こう……?」

 

「ん。上手……あとはこの画面までくれば大丈夫。見たい授業の動画を題名から選んで……。……読める?」

 

「うん、大丈夫。捨ててあった本とかで覚えたから」

 

「そう……それじゃあ、まずは最初の動画から見てみる?」

 

「うん」

 

 そう言ってユナは再生され始めた動画に視線を移し、その内容に耳を傾ける。動画の中ではスーツ姿の男性が黒板を背景にして話をし出す。内容はクラコにとって非常に懐かしいもので、時折"そんな事も教わったっけな"と思い出しながらユナの邪魔をしないように静かにしていた。

 

 二人が視聴しているのは都市内に存在する学校で行われている"授業"だ。授業の内容は多岐にわたり、動画は科目ごとにリスト分けされていて非常にわかりやすくなっている。それこそ、ユナほどの幼い子どもでもわかるほどに。

 

 

 降害によってこの世界は子どもの教育に関しても壊滅的な被害を被った。学校という施設は破壊され、教師という職業の人間は未来の優秀な人材を育成するため軒並み都市内へと集められた。

 

 結果として都市外の子どもはまともな教育を受けることができなくなっている。その事態を解決するために国が実施しているのが、この動画配信サービスを利用した義務教育の実施だった。

 

 端末を用い、インターネット上で国中の子どもを対象としたリモート授業を行うことで降害発生以前と同様の教育を子どもたちへ実施するというのが国の言葉ではあるが、現実は言葉ほど簡単にはいかない。

 

 まず前提としてリモート授業を受けるには端末を持っていて、ネット契約をしている必要がある。明日の食事さえ心配するような人間が大半な都市外の住民にそんな環境を手に入れろと言われてもなかなかに難しいだろう。

 

 子供を産めるほどに余裕のある家庭、端末という高級品を購入できる貯蓄、月額のネット使用料を支払えるほどの安定した収入。それらをクリアした、都市外でもかなりの上位層しか子どもに教育を施すことができないのだ。

 

 その点でいえばユナが居た叔母の家族は上位層の中でもかなりの上澄みと言えただろう。ユナを除いた二人の娘にしっかりとした教育を施していたのだから。

 

 とにかく、そんな高いハードルのせいで都市外の子どもは基本的に教育を受けずに育つ。文字を読めない子も多く、店長の店で万引きなどを働く子どもの中には自身が行った行為が犯罪だと理解していない子もいたという。

 

 

「あ、ここ知ってる……」

 

「あら、ユナは賢いのね」

 

「あう……その、本で読んだだけだから……」

 

「ふふ、恥ずかしがらないの。本当の事なんだからね」

 

 時折ユナが授業の内容について既知であることを口にしたり、画面に映る教師の質問に難なく正解する事がある。クラコはユナが叔母の家で動画を視聴した事があるのかと思ったが、どうもそうではないらしい。

 

 叔母の家に居たくなかったユナは時折降害によって崩壊した街並みをあてもなく散歩する事があった。それはクラコと出会った公園であったり、公共施設の残骸であったりと様々だった。

 

 ユナはそんな崩壊し人が寄り付かなくなった廃墟同然の図書館に入り込み、瓦礫と共に放置されていた本を手に取り読み漁っていたらしい。図書館の廃墟を見つけた当初は本を開いても文字が読めず挿絵だけを見て楽しんでいたが、ある時ユナは図書館で小学生用の学習帳を見つける。

 

 そしてユナは学習帳の挿絵や五十音表を頼りに叔母と娘二人の会話、垂れ流しにされていたテレビの音声から音と文字を関連付けることに成功する。ひらがなが読めるようになった後は辞典を片手に小説を読みふけった。

 

 幼いユナが半端に習得したため完全とは言えなかったが、それでもユナが積極的に取り込んだ知識たちはユナの糧となり、今のユナの人格を形成した。叔母の姿を反面教師とし、小説の中に出てきた人物たち、あるいは作者そのものにユナは育てられた。

 

 そして現在、ユナを育てるのは小説の登場人物からクラコへと移った。

 

 瓦礫の中から見つけ出した本を開き、新たな知識を得ることにワクワクとした感情を抱いていたユナだが、当時のそれは言うなれば現実逃避のようなもので、今のように暖かさに包まれたまま幸せを実感することなどなかった。

 一人で本に向かい合い、正解もわからず四苦八苦していた昔に対し、端末の向こうに居る教師の言葉は非常にわかりやすく、それでも分からないところはクラコが丁寧に説明してくれる。

 

「はい、これで終わりね。疲れた?」

 

「ううん。まだ大丈夫……あの」

 

「ふふ、次のが見たい?」

 

「……うん」

 

「わかったわ」

 

 授業の動画は長いものでも30分程度に収められている。まだ幼いユナにはその30分という時間も苦痛なのではとクラコは思っていたが、むしろ新たな知識を得ることが楽しくて仕方がないようだ。視線で次の動画を催促するユナに応え、クラコは端末を操作する。

 

 そうしてユナはおよそ2時間もの間、休憩をはさみつつとはいえ画面の前で授業を聞き続けた。動画はまだ小学校の低学年レベルのものであり、自力で読み書きを覚えたユナには少し退屈な内容だったかも知れない。だが、正規の授業は確かにユナのためになっただろう。

 

 ユナが独学で身に着けた知識は予想以上にユナの糧となっているが、どうしても独学には限界がある。しかしユナは幼いからこそ既知の知識に柔軟に対応し、間違って身に着けていた知識を即座に頭の中で修正することができる。

 

 つまり、これはユナの知っている知識の答え合わせであり間違い探しなのだ。退屈な内容だとしてもおろそかにはできない。

 

 とはいえ本来は数日かけて頭に入れる内容を2時間ぶっ続けで視聴したのは幼いユナには思った以上の疲労となったようだ。

 

 

「んぅ……」

 

「ユナ? 眠たい?」

 

「う、ううん……」

 

「無理しないの。よく頑張ったわね、寝る前にお風呂にはいりましょう?」

 

 クラコに包まれながら動画を視聴していたユナはクラコの暖かさに思わず瞼が落ち、頭がゆらゆらと船を漕ぎ始める。

 

(あ……、クラコさんの……におい)

 

 うとうとしていたユナを後ろから覗き込むクラコの髪がユナの頬にかかり、ふわりと優しい香りがした。それはクラコが使っているシャンプーの香りだった。花の香りだが、そこまで強く主張しているわけでなく。こうやって体が密着するほどの近距離でなければわからないほどのささやかでわずかな香り。

 

 それを感じるだけでユナはクラコと出会った時の事を思い出し、思わず顔がほころぶ。あの時はこの香りは知らない女性(クラコ)のものだったが、今では自身も同じ香りをまとっている。その事実が、クラコに受け入れられている証のような気がしてユナはたまらなく幸せな気持ちになってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂場に着いたユナはたどたどしく衣服を脱ぎ、あらかじめクラコと決めていた脱衣カゴの中へ服を入れる。同じように、少し恥ずかしがりながら下着を脱ぎ捨て、生まれたままの状態になる。

 

「それじゃあはい、くるん」

 

「う、うん」

 

 クラコの言葉に従うようにユナはその場で体を回転させ、その裸体をクラコへと余すことなく見せる。まだ慣れていない行動にユナの顔は赤く、クラコは真剣そのもの。

 

「……うん、もう大丈夫みたいね。痣も残っていないし、とっても綺麗」

 

「あ、う……クラコさん、はずかしぃ……」

 

「あ、と。ごめんね。さあ、早く入っちゃいましょう」

 

 自身の裸をまじまじと見つめるクラコの様子に、さすがに気まずくなったユナがか細い声で抗議する。軽く謝罪の言葉を述べてクラコはユナの手を取り浴室の中へと入っていった。

 

 クラコがユナの体を見ていたのは何もクラコが何かしらやましい感情をユナに抱いているからではない。ユナの体は叔母の家で受けていた虐待まがいの"教育"によってひどく傷つき、痛々しい痕がいくつも残っていた。

 ユナを保護したその日、一緒に入ったお風呂でクラコはその痣を無意識ながらまじまじと見てしまっていたのだろう。叔母の機嫌を伺いながら生きてきたユナにはその視線にすぐさま気づき、痕を隠そうとした。

 

 "こんな汚いの、見せたら迷惑だから"と言って。

 

 その言葉にクラコはキレた。何にキレたのかはクラコ自身にもわからない。気を遣わせてしまった己自身か、その傷をつけた叔母か。少なくとも隠そうと体を丸めるユナに対する怒りは存在しないと確定している。

 

 とにかく、そうやってキレたクラコはユナの痕が消えるまで一緒にお風呂に入ることを一方的に取り決めた。少々荒治療だがそうやってユナのトラウマの証である痣が、クラコにとっては気にもならないものなのだと認識してもらう必要があると考えたのだ。

 

 ユナの言葉が本心ならば、"見られたくない"のではなく"見せたら迷惑だから"という。つまり"自分はどうでもいいけど、クラコに不快な思いをさせたくない"という気持ちの現れ。

 ならばクラコがとるべき手段は"決して不快ではない"ということを知ってもらうことだと考えたのだ。

 

 

 ……まあ、その結果ユナは誰にも見られたことのない裸体をここ毎日クラコに晒すという恥ずかしすぎる事態に直面しているわけだが……。

 

 さらに言うなら、その羞恥によって当初気にしていた痣の事などユナの頭から吹っ飛び、今は何故か大きくなる胸のドキドキと赤くなる顔を隠すことで精一杯だった。

「それじゃあ頭から洗っていくわよ。目をつむって~沁みるわよ」

 

「う、うん……んにゃ、」

 

「ほらほらかわいい声出さないの」

 

 クラコが一緒にお風呂に入っている理由は、痣と共にユナのトラウマが消失することを狙っての事だがもう一つ理由がある。それはユナに体の洗い方を教えてやることだ。

 ユナは叔母の家でまともなお風呂に入らせてもらったことが無い。浴室には入れてもらったが、使えるのはシャワーの冷水と手洗い用の石鹸のみ。そのためユナはいつも石鹸を体にこすりつけ、それを水で流す程度の事しかできなかった。

 

「あ、こら逃げないの!」

 

「やぁ……こしょばいぃ……」

 

「こしょばい?」

 

 頭を洗った後、クラコがボディーソープを泡立てたタオルでユナの体を余すところなく泡まみれにしていくのだが、その手つきはかなり優しく、壊れ物を扱うように繊細だった。その手つきがユナにはくすぐったくてしょうがないらしい。とはいえユナの綺麗な肌を傷つけるかも知れないのでクラコはこれ以上力を入れるつもりはない。

 それに、痣はもうほとんど見えなくなっていたのでユナ一人でお風呂に入ってもらうことになる日も近い。今までのような、よくない体の洗い方を続けていれば肌も髪もダメージが蓄積する。早々に正しい洗い方を覚えてもらうには実際に体験してもらうのが一番だというのがクラコの主張だ。

 

「はい、それじゃあお風呂はいりましょ。肩まで浸かるのよ?」

 

「うん……!」

 

 ユナはクラコと一緒にお湯の張られた湯舟にゆっくりと入っていく。二人分の体積によって湯舟からお湯があふれ、湯気が昇る。

 

「ごめんね。やっぱり狭いよね」

 

「ううん、おふろ、とっても気持ちいい」

 

 クラコの家は元々捨てられた団地の一部屋で、その浴室や湯舟も相応に狭い。幼いユナとクラコが一緒に入ってギリギリなんとか、という具合だ。だがユナからすればお湯で体を洗って、お湯に浸かれるというだけでも嬉しい事らしく、上機嫌だ。

 

 しかし、お風呂に入る前すでに眠たそうにしていたユナはお湯の暖かさによって眠気が再来。湯舟の中で船を漕ぎ始めたユナを回収し、お風呂場から出るクラコ。

 

「んぅ~」

 

「ふふ、あがる時だけはいつもおとなしいのよねぇ」

 

 眠気で半分意識のないユナの体を手早く拭き、用意していたパジャマに着替えさせ、クラコはユナを横抱きにしながら寝室へと向かうのだった。

 

 

「お疲れ様ユナ。明日も勉強頑張りましょうね」

 

 

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