愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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79羽 ホバリング訓練

 

「な、なによ……なんでアイツあんな綺麗に空中に……!」

 

「マジでハヤブサなのかよ……、あんな馬鹿にしてたのに──え、私らヤバい?」

 

「何言ってんのよバカにしてたのはアンタだけでしょ!」

 

「いやだってアイツ翼出してなかったじゃねーか!」

 

 合同訓練に参加した下級たちの注目は依然としてユナに注がれていた。彼女の持つ青灰色の翼は下級にとっては憧れであり、畏怖であり、嫉妬の対象だった。故に彼女に視線を向けてしまうのは仕方がない事で、理由がなんであろうと声をかけようとする者は多少存在しているはずだった。

 

 だが、現在ホバリングの基礎訓練をしている合同訓練参加者はユナのチームメンバーを除いて誰もユナに話しかける事は無かった。ユナとチームを組んでいる瀬黒とセキレイは積極的にユナと交流し、互いに飛び方についての意見交換をしているので、同じように他チームもメンバー同士の交流を優先しているのでユナに話しかける余裕がないのだろう……という訳ではない。下級がそのような真面目に訓練を受けるほど殊勝では無いことは先の基礎座学の時間で分かり切っている事だ。

 

 ではなぜか。単純な話、認められないのだ。大きく広げられた青灰色の翼を見ても、助走なしで飛んだ技術と才能を見ても、それでも自分たちがバカにしていた存在が実は自分たちよりも遥か上位の存在であったという事実が、どうやっても認められないのだ。

 

 

 

「ねえユナちゃんのその、ホバリングってどうやってるの?」

 

 瀬黒は初対面の時よりもいくらか打ち解けた様子でユナへと質問を投げかける。ユナが自身よりも年下で、それでいて上位のカザヨミでありながら下位を見下さない性格であるため瀬黒もコミュニケーションを取る傍ら積極的に質問していた。

 

 周囲は年下に教えを乞うなどと……と、瀬黒に侮蔑の視線を向ける下級もいたが、いつもの事と瀬黒は気にしない。

 

 けれど質問されたユナは少し困ったように首を傾げ、申し訳なさそうに翼を上下させる。

 

「ええと、こんな感じかなーっと思ってしたらできました」

 

「おお……全く参考にならない……」

 

「すみません……」

 

「ユナは謝らなくていい……すべてはみれーの読解力不足」

 

「そうかな!?」

 

「あはは……」

 

 周囲の下級が不安定なホバリングで何とか空中に留まっているのに対し、ユナのチームはかなりの安定性を保っていた。セキレイは僅かに動いているがそこまで酷いわけでなく、瀬黒も体勢が大きく崩れることは無い。そしてユナは、

 

「ユナ……その状態、空の上で休める?」

 

 ユナは空の上で座っていた。まるで畳に腰をおろしているような姿勢で微動だにせず、翼も広げてはいるが力が抜けているのかゆったりと空を扇ぐように動いている。(はた)から見れば空中で座って休憩しているように見えるだろう。

 

「流石にホバリングだけでは無理ですね」

 

「へえ……」

 

 若干含みのあるユナの言葉にセキレイは訝し気にユナの状態を観察している。現在のユナはホバリングという純粋な翼の動きだけで空に静止しており、翼を(もち)い無ければこの状態は維持出来ない。けれどホバリングに別の技術(エアリング)を合わせれば、セキレイが言ったような空中で休憩する事は可能ではある。

 

 とはいえ今はホバリングの基礎訓練。それ以外の技術を用いず、純粋に翼を動かす技術を試されているのであえてユナはそのように答えたのだ。

 

「ん、わかった……今の私には無理だって事が」

 

 口ではそう言いながらもセキレイの視線はユナへと注がれ続けている。単純なカザヨミとしての才能の差はあれど、それが技術の習得を不可能にする要素だとセキレイは思っていない。

 

 セキレイはユナがどうして配信のように、本当の意味で自由に空を飛べるのかを知りたくて合同訓練に参加した。そして出会ったユナといくらか会話をし、実際に飛ぶ姿を見たセキレイは直観めいたものを感じ取る。

 

 恐らく今すぐにユナのようにはなれない。けれど、時間があればあの領域へと達するのは不可能ではないはず、と。

 

 努力すればいつか上級になれる。それがセキレイの考えであり、だからこそセキレイは瀬黒の傍に居る。瀬黒ほど才能にあふれた人格者なカザヨミなど、そうそう居るわけでは無い。居るとすれば、それこそ十七飛行隊ほどの上位勢に限られてくるだろう。

 

 瀬黒は決してくじけず、諦めない。もしそうなったとしても、それを表に出さない。その性格は過酷な空の上でも遺憾なく発揮され、周囲のカザヨミはそんな瀬黒の背中にこれ以上ない心強さを感じるのだ。だからこそセキレイは瀬黒の傍に居る。彼女がただの下級として評価されるような人物では無い証明の為に。

 

「いつかユナとおんなじ空を飛ぶ……みれーと一緒に」

 

「わ、私も!?」

 

「当然、みれーは私のぱーとなーなんだから」

 

 誇らしげにそう言い放つセキレイに対し瀬黒はどこか恐れ多いといった表情で、思わず翼が激しく動いてしまうほどの動揺を見せている。

 

「いや、それはカザヨミとオペの話で……そうだよねユナちゃん?」

 

 現在の雲海未開拓地の探索にはカザヨミとそのオペレーターの二人組での探索が有用ではないかという話が都市では頻繁に繰り広げられている。もちろんそのきっかけはユナとクラコによる配信であるが、オウミの都市は現状この二人でしか出来ない配信形態を何とか再現できないかと結晶を利用した研究に熱を入れている。そんな話題性にのっかるようにして通常空域をカザヨミとオペレーターの二人組で飛行する下級カザヨミの配信者が現れたり、今後の結晶技術の発展を見越して同じように二人一組で活動する上級カザヨミが出てきたりと、カザヨミとオペレーターの組み合わせはそれなり以上の話題性と将来性が期待されている。

 

「いいと思います。私も、クラコさんと一緒に空を飛べるのはとっても楽しいですから!」

 

 自慢するような明るい声音でユナがそう言えば耳元でピアスがキラリと光り、なぜかよりいっそうユナの笑みが深くなった。

 

「でも飛びながらあんな風には無理だけどなァ……」

 

 瀬黒の脳裏で配信中ユナを的確にサポートするクラコの姿が思い起こされる。素人目でも理解できる知識と技術と未来予測の異常な正確さ、それは才能と呼ばれる類に思えてならない。才能という言葉に一番縁遠いと思い込んでいる瀬黒には荷が重いと感じるのだろう。

 

「少なくとも私より知ってるから大丈夫」

 

「胸張って言う事じゃないよセキレイちゃん!」

 

 ツバメやユナのように単独で突出した才能を持つカザヨミが有名になる世の中であるが、飛行隊というものが編成されるくらいには多人数での作戦行動の有用性は証明されている。けれども人数が多ければ多いほど単独のような身軽さは失われる。

 

 カザヨミとオペレーターの組み合わせの可能性が話し合われているのは単独よりも安全で、飛行隊よりも運用のし易さが起因している。なので実際に必要なのは地上との通信技術よりも周辺環境に造詣の深い人物、つまりオペレーター候補となる人材だろう。

 

 そうなれば瀬黒の性格と知識量はオペレーターとして適格である。もちろん自身の飛行と同時にオペレーターの仕事をするのは至難の技であるため、後々の話にはなるだろうが、その可能性をセキレイは瀬黒から感じ取っているらしい。

 

「さて、復習は終わったようだな。次にソアリングを見せてもらう。その後本格的な飛行訓練に入る」

 

 ミサゴの言葉に下級たちは先ほどまでの余裕そうな表情を収め、何処か不安そうに近くのチームメンバーと顔を見合わせている。カザヨミとして空を飛ぶことなど当たり前で、飛ぶ以上の技術向上を(ないがし)ろにしていた下級たちは目の前に現れたユナの実力に動揺を隠せないでいた。その動揺は翼にも伝わり、たったそれだけで飛行さえも覚束なくなる下級さえも見受けられた。

 

「……はあ。その前に少し休憩時間を取る。降りるぞ」

 

 本来ならば軽く慣らす程度の準備運動で体力と精神を消耗している下級たちを見て、仕方なしに休憩時間を設けたミサゴはそれだけ言って早々に地上へと帰っていく。続くように数組のチームが地上へと逃げるように帰る中、瀬黒たちは気にする事無く空の上で談笑に興じていた。

 

「ねえユナちゃん、もしよかったらなんだけど、ソアリングも今のうちに少し見てもらっていいかな?」

 

「はい! もちろん良いですよ」

 

「みれーずるい。私も見て」

 

「もちろんです!」

 

 安定したソアリングによって体も翼もほぼ動かさなくていい状況は体力の消耗を抑え、体勢の不安定さからくる精神的な負荷も軽減される。結果として瀬黒率いるチームメンバーは休憩時間など必要が無いほどに体力を温存していた。むしろ、せっかく空を飛んでいるのにこのまま地上に降りるなんて勿体ないと飛行欲求を持て余しているかのようだった。

 

「チッ、余裕ぶって……!」

 

「あんなのやせ我慢でしょ! 今にバテて落ちてくるわよ!」

 

「……」

 

 そんな瀬黒たちへの悪態を恨めしそうに吐き出し、嫉妬の籠った視線を向ける下級。その中で数名のカザヨミは純粋な尊敬の念を三名に向けていた。リーダーとして下級を指導していたツグミはもちろん、無言で無表情でありながら視線はしっかりとユナに注がれているイスカなど。

 

 

 結局ユナたちの談笑と訓練の予習は休憩時間いっぱいまで続けられ、体力を消耗したどころか、ようやく準備運動を終えた後といった具合の万全な状態だった。

 

 

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