愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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81羽 ソアリング訓練

 

 ソアリング訓練が行われるその時間の湖上は安定した空気が流れていた。周囲の山地から吹き下ろしてくる風が湖面を撫で、突き立てられた廃ビルの間を通って流れていく。天気が崩れる心配は無く、もちろん降害が起こる気配もない。訓練は予定通りに進められ、たっぷり一時間の準備期間の後にようやく訓練参加者が空へと上がろうとしていた。

 

「てか、これって訓練というより試験じゃないっスか?」

 

「そうとも言う」

 

 監督係であるヒタキが呆れた顔で隣のミサゴへ話しかけた。ミサゴは顔色を変えることなく、視線も下級たちに向けたままに簡潔に答える。制限時間の存在や飛行ルートの指定、そして最後の飛行空域についての報告。それらの要素は下級が行う訓練内容というより、昇級試験の内容に近い。

 

 ミサゴの何でもないような言葉と動じない姿勢。それはミサゴが今回の訓練内容に疑問を持っていない証だ。ヒタキが監督係の上級たちを見渡せば自身と同じように困惑を隠している者と、予定通りだと言わんばかりにすまし顔を決め込んでいる者に分かれている。

 

 当然ながら訓練チームに組み込まれている上級もこのような内容の訓練とは思ってもいなかっただろう。準備時間に何をすればいいのかと困惑する下級たちを何とか宥めるツグミやイスカの姿を見てヒタキは少しばかりかわいそうに思えてくる。

 

「あーあ、ツグミちゃん怒りまスよ」

 

「ふ、ツグミは怒ると怖いからな。困ったな」

 

「全然困ってない顔で言わないでくださいっス」

 

 合同訓練の内容は基本的にカザヨミ管理部が制作し、監督係となる上級によって諸々"魔改造"が施される。最終的に制作された合同訓練内容はその年に計画内容に手を加えた上級たちによってかなりの色を見せる。救助作戦を主とする飛行隊が監督係になった場合は緊急時の対処法や応急処置などの座学が多めに設定され、輸送作戦を主とする飛行隊の場合はソアリングによる長距離飛行が訓練の八割を占めていた事すらある。

 

 近年はそういった特化した飛行隊が合同訓練に参加していなかったので穏やかなものだったが、今年はミサゴの提案で訓練内容に大幅な変更が加えられたのだ。

 

「先生にも許可は取ってある。嶺渡姉妹の時のような前例があるから意外とすんなり通ったな」

 

「この訓練が昇級試験を兼ねているなんて聞いたら、もっと参加者は多かったんじゃ無いっス?」

 

「それだと意味がない。求めているのは試験に特化したカザヨミではなく、将来性のあるカザヨミだからな。そういったカザヨミが結果的に試験をクリアした扱いを認められるというだけだ」

 

 何でもないように答えるミサゴにやれやれと肩を落とすヒタキは視線の向こうでソアリング訓練へと向かう下級たちを眺めながら今回の訓練についての説明を受けた時の事を思い出していた。

 

 

 昨今、空の上の危機は高まりつつある。それはまばらな停滞雲が雲海へと合流する過程の短期化や道具(ツール)の更新による下級カザヨミの雲海調査への参加などが理由である。

 

 技術の発展と繁栄の裏でじわじわと侵食するように空を覆うエーテル。そういった漠然とした不安感はどの都市でも少なからず感じ取っていたが、深刻な問題として表面化する事は無かった。それが(くつが)えったのがユナとクラコによる雲海の未探索領域での配信だ。

 

 未知の領域に未知の性質を孕んだエーテル領域。そして晶動体。これらと人類が本格的に接触するのはそう遠い話ではない。対抗できるカザヨミの教育が急務であり、見込みのありそうなカザヨミはさっさと上級に上げて経験を積ませたいというのが現上級カザヨミたちの考えなのだ。少なくとも年に数回の昇級試験を待っていられるような時勢ではなくなった。

 

 そうして実行された合同訓練改め合同昇級試験。此処までの内容は監督係が事細かに採点しており、最後のソアリング訓練の内容如何によって参加者の昇級が判定されるのだ。

 

「今のところ安全圏内なのはツグミちゃんとこと、イスカちゃんとこ。当然のように瀬黒先輩のところっスね」

 

「瀬黒の他者を率いる能力は頭一つ抜けているからな。不測の事態にも対応出来る手腕は上級として存分に活躍してほしいところだ」

 

「でスねえ」

 

 カザヨミにとって肉体的、精神的な安定は重要な要素であり、それはカザヨミに大きな影響を与える。カザヨミが空を飛ぶことを諦めなければ翼は換羽という現象によって応えてくれる。しかし諦めればそこでカザヨミの成長は停滞する。

 

 瀬黒が三級という位置に甘んじているのも、彼女自身がそこまでだとあきらめているからというのが大きい。どれだけミサゴたちが瀬黒を認めていたところで瀬黒自身がそう思っていなければ翼が答えてくれることは無い。

 

 平穏な空を飛ぶだけでいいのならばそうしてやりたい。けれどそうも言っていられない事態が迫ってきている。故にカザヨミ管理部は多少無茶でも瀬黒のような周囲からの評価が高いカザヨミを上級に上げたいと考えているのだ。

 

 上がそのような意向であるのなら只のカザヨミであるミサゴたちは従うほかない。出来るだけ瀬黒が納得する形で上級に上がれるよう、ミサゴたちは彼女を含めた上級候補たちをサポートするつもりだった。

 

「まあどちらにしろこれで瀬黒も上級だ。一緒に訓練をする機会も増えるだろう」

 

「あまり無茶はダメっスよ、セキレイちゃんが嫉妬しまス」

 

 実力に応じた評価がされていなかった瀬黒が正しく評価されるだろう事にミサゴは満足そうにうんうんと頷いている。ヒタキも同じ思いであるが、瀬黒の隣には自分たちよりも瀬黒をよくよく知っている少女がぴったりとくっついているのを知っている。

 

「……確かにそうだな。何かしなくともセキレイならきっと瀬黒を自分の位置にまで引っ張っていくだろう」

 

「ホントに無茶させちゃダメっスからね!」

 

 ミサゴの言う"自分の位置にまで"の自分というのが自分(セキレイ)の位置なのか自分(ミサゴ)の位置なのか微妙に判断できないヒタキが確認するように声を荒げるが結局ミサゴは微笑むだけでそれ以上何か言うことは無かった。

 

「今日はいい天気だな」

 

「ちょっとミサゴ先輩聞いてまスか!?」

 

 僅かに強くなった風を翼に受けミサゴは流れる髪をかき上げる。鉄臭さを感じない空気は雨脚が遠いことを知らせ、吹く風の穏やかさが絶好の飛行日和であることを教えてくれる。

 

「さて、ユナたちの飛ぶ様子でも見に行くか」

 

「ミサゴ先輩無視しないで欲しいっスけど!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 穏やかな空気が流れ、天候にも恵まれた湖上は特級や上級にとっては絶好の飛行日和と認識されているが、下級のカザヨミはそれらの要素についてそこまで重要視出来るレベルに無い。

 

 というのも下級にとって飛ぶ空が安定した環境であるのは当たり前の事で、荒れた天気の日にわざわざ飛ぶような物好きはいないからだ。それよりも下級は指定されたルートが通常の空路よりも低い位置に設定されている事の方がよほど重要な事柄だった。

 

「おっと」

 

「みれー、大丈夫?」

 

「大丈夫大丈夫。いつもより高度が足りないからさ、ちょっと乗り遅れが……」

 

 先頭を飛ぶ瀬黒の飛行がぐらついたことにセキレイが心配そうに声をかけるが、瀬黒はすぐさま体勢を立て直す。後ろを飛ぶセキレイとユナに心配ないと手を振る瀬黒の様子にセキレイは安堵し、ユナも小さく頷く。

 

 ソアリング訓練の準備時間が終了し、全チームが同時に空へと上がる。離陸に時間を掛ける下級たちを置いていち早く空路へ向かう瀬黒のチーム。もはや彼女たちを馬鹿にするような声はどこからも聞こえてはこない。

 

「ユナちゃんは大丈夫?」

 

「はい。これくらいならなんとか、ですね」

 

「ユナ、謙遜しなくていい……ユナなら地面スレスレだって飛べる」

 

「あはは……」

 

 湖の上は平らであるため吹きすさぶ風を妨害する障害物がなくカザヨミが乗りやすい単純な気流が生まれやすい。だがそれでも低地となると地形の影響などで時折流れが乱れる事もある。瀬黒はそれに引っ掛かったのだ。

 

 他のチームでも同様のトラップに引っ掛かって空で躓き、慌てて翼を動かす様子が見られる。場合によっては墜落寸前までバランスを崩して監督係に補助されている姿さえある。何処か不満そうな顔をしながらブツブツと装備さえあれば……と愚痴る姿は何とも情けない。

 

 だが、その中にあってユナは僅かな淀みもなく空を飛び続けている。日常的に停滞雲や雲海内で見ることも触ることもできないエーテルを相手にしているユナにとって肌と翼で感じられる気流を認識することは難しい事ではない。

 

「っ、瀬黒さん、前あぶないかもです」

 

「了解。気付いたら遠慮なく教えてね」

 

「! わかりました」

 

 ユナが一声かけると瀬黒は即座に飛行ルートを修正するべく翼を動かしていく。先ほど躓いたのを見てお節介と理解したうえでの発言だったが、瀬黒が即座に従った様子にユナは驚きながらも応答する。

 

「やっぱ経験豊富な先達の助言はしっかり聞いておかないとね」

 

「あの、その……恐縮です」

 

「恐縮……難しい言葉。ユナ賢い」

 

 周囲のカザヨミの様子を見ていれば下級は相応にプライドが高いのが普通と判断できる。そんな者たちが等級も持たず、都市に所属すらしていないカザヨミの忠告をまともに聞くとは思えないだろう。それでも瀬黒ならばと発言したユナの助言はすんなり受け入れられ、さらには感謝されたという事実にユナは嬉しさと戸惑いから上手く返答ができない。

 

「ユナ、そんなに緊張しなくていい……この中で一番すごいのはユナだから。でも、みれーもすごい」

 

「セキレイちゃんが自分の発言に自分で反論してる……」

 

「あはは……」

 

 瀬黒のチームは他のチームと比べても段違いの安定性を保ちつつ空路を進んでいた。瀬黒が空路を先導し、セキレイが後ろから支える。ユナがアクシデントを回避し、ルートを修正する。

 

 まるで正式な飛行隊のように個々の能力が発揮されている瀬黒のチームだが、その動きはあまりにも滑らか過ぎた。他のチームがチームとして一緒に飛行することすら手間取っている間に瀬黒のチームは早々に飛び立ち編隊を組んで空路に合流した。さらには指示されたルートの中でも注意すべき領域や気流の荒れやすいポイントを的確に避けていく姿は、あまりにも出来過ぎているほどだった。

 

「やっぱり下見しておいてよかったね。ユナちゃんに感謝だよ」

 

「ん、指示ルートを事前に飛んでおくのは盲点。確かに禁止されてない」

 

「実際に飛ばないと分からない事も多いですので。私もクラコさんにそう言われてます」

 

 瀬黒のチームがスムーズ過ぎるほどに空路を進行している理由はなんてことはない、準備時間を用いて事前に指定ルートを飛んでいたからだ。指示ルートの中で注意すべきポイントや気流の変わり目、ルートを外れて迷子になった時の目印の確認、さらには飛行時の各人の役割の確認などなど、出来る限りの準備をしてから空へと上がっただけだ。

 

 他チームが地上で休憩するか空路図とにらめっこしている間に瀬黒のチームは実際の空を飛んでいたわけだ。

 

 とはいえこれは練度の高いメンバーで構成された瀬黒のチームだからこそ出来る力技に近い。ホバリング訓練だけで苦労している下級たちでは指示ルートを複数回飛ぶなど肉体的精神的に難しい事だ。

 

「みれー、もうすぐ……」

 

「だね。回避するよ、ユナちゃん指示お願い」

 

「はいっ」

 

 しばらくすると早々に折り返しポイントである調査対象物011番、湖に突き刺さった巨大なビルが見えてくる。ビルは原型を保ちながらも奇妙な朽ち果て方をしていた。停滞雲内の嵐で削り取られた部分とエーテルによって停滞した比較的綺麗な部分が混在し、ちぐはぐで奇妙な荒れ方をしている011番は降害によって湖に突き刺さってからは湖風に曝されて全体的に同じような風化具合を見せ、そうして調査対象となるほどの異様さを獲得した。

 

 湖に突き刺さった011番は流れる風の障害物となり、気流の流れを複雑なものへと変えてしまう。ぶつかった風は廃墟の周りに纏わりつき、渦のような空気の流れを作って周囲を飛行するカザヨミを惑わせる。

 

 ビルなどの巨大な建築物や山などの自然物によって気流に変化が起こるのはよく知られている事であり、故に下級のカザヨミは座学の授業でしっかりと教え込まれる。

 

 瀬黒のチームはビルに纏わりつく面倒な気流を回避しながらぐるりと折り返して方向を変え、チクブへと帰還するルートへと入る。多少ユナからの微調整があったが、滞りなくビル風から離脱した三名はそのままソアリングによる安定飛行に戻った。

 

 

 空は安定し、周囲に異常は見られない。エーテルも穏やかなもので肌を撫でる風の心地よさに思わず口元をゆるむ程度には余裕があった。

 

 ふわりと翼を動かしたセキレイは周囲を警戒しながらもユナに寄る。

 

「ユナは……気流が、見えてる?」

 

「流石に目では見えませんね。肌と翼で感じる風の強さで判断してます」

 

「そりゃすごいね。私も風が当たってる、くらいは分かるけど強弱なんて飛びながら判別なんてできないよ」

 

「ふむ……」

 

 多少驚いたように翼を動かす瀬黒だが、表情にそれ以外の感情は含まれていなかった。嫉妬のようなものを抱けるほど自身の伸びしろに期待していないというのもあるだろうが、それでも瀬黒は純粋な賞賛の声をユナへと送る。セキレイも同様に悪感情を抱いている様子は無く、むしろ風の強弱を感じるとはどういうことなのかと思案しているように見える。

 

「今度、教えてもらいたい……」

 

「いいですよ? あ、それならツグミお姉ちゃんたちと一緒に訓練するのはどうです?」

 

「えっ!?」

 

「うん。おーけー」

 

「ちょ、セキレイちゃん!? ツグミさんだよ!? 風花ツグミさん! つまり十七の!」

 

「第十七飛行隊が全員……座学の伝説と特級二人から教えてもらうとか最高」

 

「ああもう! この子はほんとに飛ぶことしか頭にないねえ!」

 

「ふふ」

 

 チクブの小島が小さく見える頃には瀬黒チームの周辺にも同じように帰還してきたチームの影がちらほらと見え始める。といってもそれらのカザヨミの位置を完全に把握しているのはユナくらいで、セキレイも瀬黒も遠くに他チームが居るらしい、程度の認識だった。

 

「……」

 

「? どうした、ユナ?」

 

「いえ、なんだか空気が……」

 

 帰還ルートを通る瀬黒チームの周囲には011番ほどではないにしろ、大小様々な瓦礫が湖面に突き刺さっている様子が見て取れる。とはいえ湖は広く、深い所もあれば浅い所もある。ほとんどの瓦礫は水面下に沈み込み、長大な廃墟だけが顔を覗かせている程度だ。それでも雨風に曝されたそれらの瓦礫は水面下よりも風化が激しく、そして脆い。

 

 それは僅か、ほんの一瞬の出来事だった。遠方よりくたくたになって帰ってきた他チームの一つが、水面に突き刺さった瓦礫の隣を通過しようとした時だ。

 

「っ! ユナちゃんお願い!!」

 

「はいっ!」

 

「バックアップする……!」

 

 音もなく瓦礫が崩壊を始める。長年の風化に耐えられなくなったコンクリートに亀裂が入り、支えきれなくなった鉄骨が破断する。そうして大きな音を立てて廃墟の壁面が崩れていく。

 

 そこでようやく瓦礫の近くを通過していたチームは異常に気付く。自分たちの頭上より落下してくる巨大な瓦礫の姿を視界に収めるものの、彼女たちは突然の異常事態へ即座に対応出来るような練度ではない。チームリーダーのカザヨミが叫び、近くにいたチームメンバーの手を引っ張り彼女を何とか瓦礫の落下範囲から逃そうとするが、下級であるチームメンバーの焦りと混乱は如実に翼へと伝達され、動きを阻害する。

 

 翼が飾りもののように重く、言う事を聞かない。いつもならば自由気ままに飛び回れる空の領域が、四肢を拘束するぬかるみのようにカザヨミの動きの一切を許さない。

 

「誰か──」

 

 多少異常事態への心得と経験を持ち得ていたリーダーのカザヨミはそれでも声を上げる。自身さえ混乱の最中にあるにも関わらず、それでも周囲のカザヨミへと助けを求めるだけの冷静さは残っていた。けれども彼女が助けを求めた周辺のカザヨミというのも、肉眼で小さく姿が確認出来る程度の距離に過ぎず、手助け出来るだけの距離に居るわけでは無かった。それに、もし会話出来るほどに近くにいたとしても下級のカザヨミがこの状況で出来ることなどたかが知れている。

 

 それでもリーダーのカザヨミは遥か遠方のカザヨミへと手を伸ばし、届くはずのない救助を求める声を吐き出す。落下する瓦礫の影が光を遮り、薄暗い中でリーダーのカザヨミは伸ばした手が繋がれる訳も無いと絶望しながらも手を伸ばし続け……。

 

「捕まえ、たっ!!」

 

「!?」

 

 そうして薄暗い影から一気に引っ張りだされた。

 

「セキレイちゃん!」

 

「だいじょぶ、受け止め、成功……!」

 

 エアリングによる瞬間加速によって静止した状態から一気に加速したユナは落下する瓦礫よりも早く落下地点へと滑り込んだ。加速したまま伸ばされた手を掴み、そのまま後方へと放り投げた。リーダーのカザヨミと、彼女が掴んでいたチームメンバーは諸共瓦礫の落下領域を離脱し、勢いのままに後続のセキレイに抱き留められる。

 

 後方へとカザヨミを放ったユナはその勢いで前転するように体を動かし、落下する瓦礫を蹴る。

 

雲海領域(いつも)と違って重力強めよ。上に蹴り上げるんじゃなくて落下位置をズラすように蹴りなさい』

 

 落下地点へと向かう最中に与えられたクラコのアドバイス通り、瓦礫の端をカザヨミの力で蹴って落下位置をわずかにずらす。ほんの僅かな落下位置修正ではあったがユナにとってはわずかで十分。そもそも瓦礫を蹴ったのは落下領域に取り残されている残りのカザヨミの位置を目視で確認するための時間を稼ぐのが目的だ。

 

 瓦礫を蹴った勢いとエアリングによって残りのカザヨミを抱え、ユナは瓦礫の落下領域より離脱する事に成功した。すれ違うように落下している巨大な瓦礫は、そうして音もなく湖面へと向かっていき、着水時の爆発音を響かせたのち湖面に突き刺さる廃墟の天辺まで昇る水柱を生み出した。

 

「マズっ! ユナちゃん早く離脱を!」

 

「はいっ!」

 

 瀬黒が叫ぶ。既に問題の瓦礫が水底へと消えていったが、それに伴う激しい水のうねりは振動となり周辺の廃墟へと伝播する。いつ崩壊してもおかしくない廃墟の巨柱たちが、これらをきっかけとして崩壊し始めていた。

 

「セキレイちゃん援護を! ユナちゃん道を教えて!」

 

「りょーかい……!」

 

「分かりました!」

 

 救助したカザヨミたちは未だ何が起こったのか理解できず、呆然としている。そんなカザヨミをセキレイとユナは抱えて危険領域を突破しなければならない。要救助者を抱えたまま瓦礫を避けながら即座に離脱する……実際に飛行隊として認められたカザヨミたちでも難しいこの状況を、けれども瀬黒たちは迷うことなく行動に移す。

 

 まだ動けるリーダーのカザヨミをセキレイが支え、ユナが先導して安全な道を示す。それらの指示を声と手指示を用いて瀬黒がすぐさま行う。 

 

 カザヨミにとってそう長くない飛行距離、けれどもセキレイとユナに抱えられた下級にとって長すぎる距離は、しばらくしてユナが速度を緩め危険領域を突破したと瀬黒に伝えたことで終わりを告げた。

 

「訓練中止! 中止だ! 全員高度上げろ!」

 

 監督係のカザヨミが慌てたように駆け付け、セキレイとユナが抱えていたカザヨミを保護する。目を丸くして何が起こったのか理解できていない下級は上級のカザヨミに抱きしめられ、そこでようやく身に起こった危機を理解し、叫ぶように泣き声を上げた。

 

 

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