愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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83羽 つながりのむこう

 

 オウミの都市に隣接する広大な湖の上に設置された複数の空路は比較的安全な空域を通り、安定した気流が流れている。ユナたちがソアリング訓練で飛行した空域のように崩壊が心配される不安定な廃墟も存在せず、地上から十分離れているので規模の大きい突発的な気流の流れも発生しにくい。

 

 けれども、そんな安定した空路であったとしても全体を把握している下級は少ない。空路は主に都市と都市とを繋ぐ重要な交通路であり、基本的に長大だ。雲海や停滞雲、さらには地上より伸びる山脈などを迂回する関係上、どうしても長くなってしまう。

 

 オウミ、キョウト合同訓練における最後の訓練課程はそんな長い空路に関する様々な知識を習得するための訓練だった。

 

「瀬黒さん、チェックポイントの停滞雲、撮影完了しました。どうでしょうか?」

 

「うん大丈夫だね。出来ればあと数枚撮っといてもらっていいかな? 報告書の制作に使いたいからさ」

 

「分かりました!」

 

 瀬黒とセキレイ、そしてユナの三名が飛行しているのはチクブの訓練場から南下した先にあるオウミ都市管理領域南部の地域だ。かつては住宅地が並び、長閑な田園地帯が広がっていた光景は空の向こうより落ちてきた瓦礫によって悉く圧壊してしまっている。水の張られた田んぼが日の光を反射する光景や、山々を覆う瑞々しい緑の木々たちの姿は、瓦礫によって灰色に塗り潰されて鉄臭い雨が降る一帯に変貌してしまっている。

 

「どう? やってみたらそこまで難しくないでしょ? 空路の再設定って言っても一から作り直す訳じゃないし」

 

「私も……何度かやってる。……雲海の中で飛行ルートを見つけるのと比べれば、ユナなら楽勝」

 

「あはは……まだちょっと慣れないですけど……。でも、やり方は覚えてきました!」

 

 カザヨミが利用する空路は安全の為、上空に浮かぶ停滞雲を大きく迂回するように設定されている場合が多く、一度降害によって既存の停滞雲の位置が変化するとその度に空路の調査が行われ、新たな空路が再設定される。

 

 午後の訓練で参加したカザヨミたちに指示された訓練内容は、実際に降害が発生した後の状況を想定し、空路の再設定を実施せよ、というもの。チームごとに再設定する空路が指示され、どこでどの程度の規模の降害が発生したかを記した資料が配られる。そしてチームメンバーは全員で資料を共有し、自分たちだけで飛行計画(フライトプラン)を組み立てていくのだ。

 

 実際に三級のカザヨミは定期的な安全点検や発生した降害の早期発見の為、頻繁に空に上がり空域の監視を行っている。二級になれば歪んだ空路の再設定作業を任される事にもなる。今回訓練に参加したカザヨミたちにとっては自身がクリアできるギリギリな内容の課題と言って良いだろう。

 

「でも……すみません瀬黒先輩、私のせいで出遅れちゃって」

 

「ユナは謝らなくていい……終わりよければ全部おーけー」

 

「そうそう、しっかり計画を練っておいた方が良いのはその通りだからねえ」

 

 他のチームが配られた資料をざっと確認して早々に空へと上がったのに対し、瀬黒のチームはじっくりと資料の内容を読み込んでから空路へと向かった。主にユナが与えられた資料の書式に慣れていなかったというのが主な理由で、今後の事を考えて瀬黒がしっかりと説明する時間を設けたのだ。

 

 他のチームが降害の規模だけを確認したのに対し、ユナは資料の隅から隅まで確認して瀬黒に説明を求めた。降害の発生した季節はいつか?それによって気流の変化はあるのか、発生した時間は何時か?それによって気温の変化はあったのか、降害の規模に対する瓦礫の排出量はどうだったのか?それによる停滞雲内のエーテル濃度の降下率はどうなっているのか。

 

 瀬黒はそんなユナの問いを、ただの訓練で想定された仮の状況だからとおざなりにはしなかった。自身が記憶している似た状況を説明し、よりリアルな状況を仮定して飛行計画を組み立てていった。

 

 そのため実際に空へと上がるのは全チームで最も遅かった。他のチームが「また後でね」と気軽にユナたちへ挨拶して空へと上がるのを見送りながら最後の最後に

 空に上がった瀬黒のチーム。自身が多くの質問を投げかけたことで時間を無駄に消費させてしまったのではとユナは申し訳ない気持ちを抱いているらしかった。

 

「それに想定外な事を想定しておくのも大切だからね。空の上は何が起るかわかんないから」

 

「準備し過ぎな程度が一番いい……せんせーもそう言ってた。謝る必要は無い」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 だが、瀬黒もセキレイもユナの行動を不満には思っていなかった。長年空を飛び続けている瀬黒は事前準備の重要性を十分に理解していたし、雲海調査計画に参加していたセキレイは空で想定外な出来事が発生する危険性を身をもって知っている。なのでユナの用心深く、不明な点の説明を求める動きは好感を持てるものだった。

 

「この先はずっとまっすぐ……危険な停滞雲も、ほぼない」

 

「安全……て訳じゃないけど、安定はしてるね」

 

 空路は周辺空域の中でも最も安全で安定した領域を繋ぎ合わせて設定されている。難解な飛行技術も用いなくても、それこそ発現したての四級さえ飛べるような穏やかな空が続くものだ。

 

「……ねえねえユナ」

 

「は、はいセキレイさん」

 

 そんな代わり映えのしない穏やかさの中で、不意にセキレイがユナの隣に並んで飛び始めた。首を傾げるユナに、ふ、ふ、ふ……と怪しげな笑みを向けるセキレイはそのまま隣で飛び続ける。

 

「こら、ユナちゃんを驚かせないの」

 

「ユナとこみゅにけーしょんを取るのも大切。同じ空をとぶ友達として互いを知っておくのは重要……!」

 

「まったく、こんな時だけそれらしいこと言っちゃって」

 

「あはは、私は大丈夫ですから」

 

 笑って瀬黒を宥めるユナは隣で同じように飛ぶセキレイの姿を見て表情に嬉しさが滲むのを感じる。姉のような存在である第十三飛行隊の者たちと飛ぶ時よりももっと砕けた調子で話しかけてくる友達の存在はユナにとって新鮮で温かさを感じられるのだ。

 

「ユナはどうやって飛び方おぼえた……?」

 

「ええと、本です。クラコさんがいくつか本を買ってくださったので、それを見てました。後は動画を参考にしたり、です」

 

「参考にした本って……?」

 

「何冊かありますけど……一番参考にしたのは『カザヨミが初めて読む本』というのです」

 

「ああー! 私も読んだことある! やっぱ定番だよね!」

 

「ん。擦り切れるまで読んだ。……懐かしい」 

 

「他にも参考になりそうな本はあったんですけど、……高くて」

 

「ああー……カザヨミ関連の本って高いよね~。」

 

「他の専門書の1.5倍くらいする。……高くて手が出せない」

 

「訓練所の図書館でも貸出条件かなり厳しいんだよねえ、上級じゃないとダメとか、あるんだよねえ」

 

「そうなんですか?カザヨミなら誰でも見られるものかと……」

 

「技術的に高度で危険な飛び方を知ったら試したくなる下級も居るからねえ……。カザヨミ関連の書籍はカザヨミ特権で安く買えないし、そもそも本にお金出す下級もいないからそこで抑止になってるっぽいよ」

 

「勉強の本を買うより漫画を買いたい……理解できる」

 

「まあそれはそう。そう言えば最近気になってる漫画なんだけど──」

 

 年相応の無邪気な笑顔で飛びながらなんてことない会話を交わしていくユナたちの姿は、まるで帰り道を一緒に帰る仲の良い学生のようにも見えた。冷静な表情ながらも笑いを提供するセキレイと、そんなセキレイにツッコミを入れる瀬黒、話を聞きながら質問に応えるユナ。

 

 空路を渡る三人は揚々と目的地へと向かって翼を広げていく。

 

「それにしても、あの子たちもユナちゃんと仲良くなってよかったなァ」

 

「あの子たち、ですか……?」

 

「ユナが助けたカザヨミ……都市管理部のカザヨミ」

 

 その時、ユナのピアスがキラリと光った。

 

「都市管理部が、カザヨミの飛行隊を持っているという事ですか」

 

「そうそうそれそれ。どこに所属するかはカザヨミの自由意思に任せる方針なんだって。とはいっても所属はカザヨミ管理部のままなんだけど」

 

 都市内でカザヨミを運用できる組織はカザヨミ管理部だけだったが、嶺渡の母親の登場により都市管理部が優先的に動かせるカザヨミの飛行隊がカザヨミ管理部内で生まれようとしている。その話はセキレイや瀬黒でさえ聞き及んでいるらしかった。

 

「指揮系統が混乱する。……愚かな行為」

 

「こら、そんな事言ったらだめだよセキレイちゃん。……私たちは都市のカザヨミなんだから」

 

「ん……」

 

 窘める様な瀬黒の声にセキレイは小さく頷く。都市に所属している以上、都市の方針を無視する事は出来ない。例え直接的に命令権を持ちえない都市管理部の命令であったとしても、都市全体を管理している其処からの命令をカザヨミ管理部が完全に突っぱねる事は不可能。先の雲海調査計画に嶺渡の姉妹が食い込んでいる事からもそれは明らかな事実だ。

 

 それは逆に言えば、母親が都市管理部の幹部として食い込んでいる以上、嶺渡の姉妹は他のカザヨミ以上に都市管理部に拘束されているという事になる。

 

 母親の命令を拒否することが出来ない立場に、姉妹はいるのだ。

 

「……あの、瀬黒先輩、イスカおね……嶺渡さんは都市管理部のカザヨミなんですか……?」

 

「へ? 嶺渡……? えーと、そうだね。確か雲海の調査計画の後にそう表明してた……かな?」

 

 ピアスが再び光り、ユナが傾げる様に首を揺らす。

 

「……都市管理部の、飛行隊……」

 

 ユナは既にクラコを経由して先生より現在のオウミ都市の改革についての話を少なからず耳にしている。嶺渡母を旗印として大規模な権力闘争が水面下で進められていると。

 

 幼いユナにはそれがどういったものなのかを完全に理解する事は出来なかったが、大きな変化が起きているのだろうと何となくは分かっていた。その渦中に自身の姉たちが巻き込まれているだろうという事も。

 

「噂話……」

 

「セキレイさん……?」

 

 ふとセキレイが小さくつぶやいた。物静かなセキレイより発された言葉は、けれど風に遮られる事無くユナへと届いた。その呟きは近くにいた瀬黒にも届く。

 

「あーとね……、噂でしかないんだけど、近々オウミの都市管理部が独自の飛行隊の運用組織を設置するって話があるんだよ。カザヨミ管理部と完全に切り離された独自の飛行隊を、って」

 

「下級がスカウト……されてる、らしい」

 

 二人が語った噂話の内容に驚いたのはユナよりもユナのピアスを通して話を聞いていたクラコの方だった。

 

 現在の都市管理部専属と言える飛行隊は結局のところ平時は都市管理部の指示を優先するというだけで、所属自体はカザヨミ管理部という事になっている。それはつまり非常事態においてはカザヨミ管理部の指示が優先され、カザヨミ管理部の指揮する飛行部隊へと組み込まれるという事だ。

 

 だが、二人の語る噂話が真実であるなら、都市管理部はカザヨミ管理部より完全に独立した、自分たちだけが動かせる戦力を手元に置こうとしている。

 

「そうなんですか……じゃあ、イスカお姉ちゃんは……」

 

「ユナ……?」

 

「あ、いえっ、何でもないです!」

 

 元々カザヨミ管理部と都市管理部は仲が悪い。都市管理部が独自に動かせる飛行隊を手に入れたのならば、その後わざわざカザヨミ管理部所属のカザヨミと交流を行う可能性は限りなく低い。

 

 

 もしかすれば、この合同訓練が両組織が交流する最後のイベントになるかもしれない。

 

 

 ……嶺渡の姉妹と、言葉を交わす最後のチャンスになるかも知れない。少なくとも、カザヨミ管理部側にいるユナと出会う確率は格段に低くなる。

 

「……私は……」

 

 

 

 

 

 瀬黒のチームはその後問題なく空路の調査を終え、瀬黒の補助と空路再設定を数度行った事のあるセキレイを中心として報告書を作成し、今回の合同訓練のすべての過程が終了した。この後はカザヨミ同士の交流会が行われ、明日の昼には解散という予定になっている。

 

 だが、合同訓練としての必要過程はこれで全てが終わり、カザヨミの中には交流会に参加せずすぐに帰ろうとする者たちもいる。そして、その中には都市管理部所属のカザヨミたちも含まれていた。

 

 

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