愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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84羽 同等の翼

 

 午後の有視界飛行訓練の終了を監督係のカザヨミが宣言したのはもうすぐ日が沈むだろうという時間帯だった。

 

 最後の訓練は瀬黒のチームが一歩遅れてのスタートだったが結果的にすべてのチームがほぼ同じタイミングで空路の調査を終え、報告書の提出を完了させていた。

 

 慣れた空路を瀬黒が先導し、報告書の書き方を知っているセキレイが手早く情報をまとめたおかげだ。もちろん、報告書を手渡された監督係が感嘆するほどの詳細な報告書を提出出来たのは事前に密な飛行計画を制作しようとしたユナの功績もあるだろう。

 

 とにかく、慣れない書式と格闘しながらユナは最期の仕事を終わらせ、予定されていたすべての訓練内容はなんとか無事に終了となった。報告書を受け取ってもらったのを確認した瀬黒のチームは全員が安堵で畳の上にへたり込む。気持ちのいい達成感に包まれながら頬を撫でる湖風が髪をさらう事さえも構うことなく、瀬黒は曇天と湖面へと視線を移していた。

 

「おわったねえ~……」

 

「疲れた……慣れない事はしたくない」

 

「いやいやセキレイちゃんは今後も報告書は作るでしょ、一級なんだから」

 

「む。みれー……、手伝ってね……?」

 

「なに可愛く見上げちゃってるのさ。さすがにダメだからね。一級の仕事を三級が手伝える訳ないでしょ」

 

「むう……。ユナ」

 

「ええ!? わ、私の方がダメだと思いますよ!?」

 

「こら、ユナちゃんに迷惑かけないのー」

 

 分厚い停滞雲より漏れ出る黄昏の光が仄暗い大地をわずかに照らし、輪郭の定かでない影を湖へと伸ばしていく。オウミの支配領域の湖上で行われていた合同訓練は予定されていた訓練内容の全過程を終了し、特級のミサゴによる終了宣言をもって解散となった。

 

 とはいえほとんどのカザヨミは依然チクブの訓練施設に残っていた。元々キョウト、オウミの合同訓練は事前に説明されていた通り訓練と交流の二部構成のようになっており、まだ前半部分が終了しただけだからだ。といっても合同訓練の意義は表向き大規模な訓練の実施を名目としているので都市管理部にとって重要な部分は既に終了したと言っていい。

 

 なので合同訓練に参加した都市管理部側のカザヨミは早々にチクブから離脱をはじめ、遠方より参加しに来たカザヨミたちも同じように帰る準備を始めていた。

 

 しかしそれでも合同訓練に参加したカザヨミたちの半数はそのままチクブに留まっている。いつもとは異なる非日常的な環境に彼女たちはワクワクとした気持ちを抱きながら、周囲の目を気にせずにいられる事が思いのほかストレスを発散されてくれているようだ。それまでは面倒くさそうにしていた下級も普段とは異なる場所で友人たちと一緒に寝泊まりする経験に心躍っている。

 

「それじゃ私達は食料確保に行ってきますっス。夕飯は滑走路でバーベキューの予定っスけど、何か要望はあるっスかー?」

 

「お肉っ!! ヒタキ先輩お肉お願いしますっ!」

 

「キノコぉ! やっぱエリンギが最高なんですよ!!」

 

「BBQと言ったらソーセージ。野菜類も確保するべきそうすべき」

 

「オマエら訓練終わった瞬間元気になるのなんなんス?」

 

 合同訓練で行うべき訓練内容は全て終了し、ここから交流会が始まるわけだが、この交流会は前半のような畏まった場では無い。丸一日を利用した長い訓練が無事に終了した事を祝う、打ち上げのような雰囲気を漂わせている。

 

 都市に帰らず交流会に参加する予定のカザヨミたちはそれまでの緊張感から解放された反動で若干ハイテンションになりながら買い出しに出かける上級へと思い思いの好物をリクエストしていく。訓練中の昼食は実際の作戦行動中の炊飯作業を体験させるための工程であったため、携帯食料のみであったり食材の持ち込みだったりと下級にとっては不便な事この上なかったが、訓練より解放された彼女たちはそれまでの鬱憤を晴らすかのように次々と高そうな食材を羅列していく。

 

「ユナも……なにかリクエスト?」

 

「え、私ですか……? でも、私は……」

 

「いいのいいの。コレ一応合同訓練の内容に含まれてるから、費用もカザヨミ管理部持ちなんだ」

 

「さすが先生……さす先」

 

「え、ええと……それなら、はい」

 

 きらりと光るピアスの瞬きに小さく頷きながらユナは遠慮がちに好物の名前を口にしていく。都市外に住むユナの口から出てくる名前はどれも高級な食材とは言い難く、都市の住民が好んで食する類のものでは無かった。

 

 もしも合同訓練に参加すらしない下級が聞けば貧乏人だと嘲笑するような内容でも、瀬黒とセキレイは真面目にユナの話を聞いてくれる。都市に売っていない物なら代替案を提示したりもして、すんなりとユナの生活環境を認めてくれる。

 

 他者の生き方を見下すわけでも、同情するわけでもなく。瀬黒とセキレイはユナの生き方を当然のように肯定した。同じ空を飛ぶ同じカザヨミの友達として。

 

 それがユナとクラコには、たまらなく嬉しく思えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「ユナちゃんどう? しっかり火は通したと思うんだけど」

 

「はいっ! とってもおいしいです!」

 

「よかった~。訓練後のBBQは何度か経験あるから自信あるんだ~。まあ、だからと言って料理出来る訳じゃないけどね」

 

「みれーの育てたお肉は絶品。この時だけは肉焼きマシーンになる……心配」

 

「わぶ!? セキレイちゃん口元にお肉押し付けないで~! 私もちゃんと食べてるから~!」

 

「あはは」

 

 交流会が合同訓練の打ち上げ的な位置にあるとはいえ準備は参加しているカザヨミ全員で行う。合同訓練を煩わしく思っていたカザヨミたちは既に帰宅準備に入っているので残っているカザヨミたちは全員が精力的に準備を進めていった。

 

 保管されていたBBQの為の道具や炭を用意し火起こしをして、食材を両手の袋一杯にして帰ってきた上級と共に炊事場で切り分け焼いていく。過去に合同訓練に参加し、同じように打ち上げに参加していた監督係のカザヨミが率先して指揮を取り、そうして立派な打ち上げ会場が設定された。

 

 さすがに年齢や飛行規則などからお酒が用意されたわけでは無いが、雰囲気はさながら飲み会の席と言われても違和感は無い。

 

「ユナさん! あの時はホントーにありがと! 今度何か奢らせてよ!」

 

「あ、連絡先とかいいかな? 今度一緒に空飛ぼ―よ!」

 

「あの、もしよければクラコさんともお話できたらな、と……」

 

「ねえねえ! 今度の配信はいつするのー?」

 

「あ、はい連絡先は大丈夫ですよ、今度お会いする機会があればぜひ。配信は……ええと、まだ予定してないです」

 

 陽気な空気も手伝ってかユナに話しかけてくるカザヨミたちもそれなりに多い。連絡先を教えたり、遊びの約束などの話が出るたびにユナは耳元で聞こえるクラコと相談しながら無難に答えていく。

 実際に彼女たちと交流を持つ機会が訪れるかは不明だが、クラコは彼女達からの提案についてユナに何か指示する事は無かった。ユナは幼いながらも自身の立ち位置を理解しているし、何なら自身がこの合同訓練に参加した理由とクラコの想いにさえ何となく察している様子である。

 

 なのでユナはどの答えが最も自身とクラコの立場を守れるかを理解しているし、本当に判断できない場合はクラコに直接相談できるのでそこまで悩む事は無かった。

 

 配信などの情報は(おおやけ)にしつつ、連絡先などの個人情報はぼかしてやり過ごす。そうして無難な受け答えをしばらく続け、瀬黒とセキレイが隣のBBQ台へとお肉を敷き詰めに行ったタイミングでユナはこちらへと近寄る人物へと視線を向けた。

 

 周囲の賑やかな雰囲気の中で場違いなほど冷たい空気を纏うカザヨミは睨み付けるような強い眼光でユナを見つめている。

 

「……ううん、大丈夫だよ」

 

 耳元で聞こえる焦った様子のクラコの声に笑みを向けながら、ユナは近づくカザヨミへと優しく微笑む。そのような反応をされるとは予想していなかったカザヨミは驚いたように歩みを止め、僅かに後ずさりしようとするが、それでも逃げることを止めたカザヨミはユナの前に現れた。

 

「……久しぶりです。イスカお姉ちゃん」

 

 ユナの前に立つのはイスカだった。嶺渡姉妹の妹であり、この合同訓練に参加した都市管理部側のカザヨミでありながら唯一人まだ交流会に残っていたカザヨミ。

 

「私には……貴方にお姉ちゃんと呼ばれる資格なんて無いんじゃない?」

 

 毅然と、吐き捨てるように言ったイスカの声音は酷く震えていた。それだけでイスカの言葉がユナに対する拒絶では無く、自身に対する後悔によるものだと分かる。けれどイスカは震える声を必死に隠そうと気丈に振舞う。自身に後悔などする資格は無いのだから、と。

 

 そんな様子のイスカを、ユナは困ったように笑んで受け入れた。目の前にいる縮こまった二番目の姉へと歩み寄る。

 

「でも、お姉ちゃんはお姉ちゃんです。……だから、助けたかったんです」

 

「っ!」

 

 近づいたユナの細すぎる指先が、イスカの震える指先にそっと触れた。それをイスカは振り払わなかった。そんな資格は無いと思った。このままユナの指が上へと動き、自身の首を締め上げる事になったとしてもイスカは抵抗するつもりは無かった。

 

 だが、その前に、イスカは言うべき言葉を口にした。言わなければいけない言葉を、喋れなくなる前に。

 

「ごめんなさい」

 

「……」

 

「貴方を、放置して、いじめて、追い出して、……し、死んでしまっても良いって、思って……」

 

「お姉ちゃん……」

 

「許してほしいなんて、思わない。思っちゃいけない。そんな言葉をあなたに強いるつもりは無い。ただ、謝りたかっただけ」

 

「お姉ちゃん、私は……」

 

 イスカの頬を涙が伝う。けれども表情は決して悲しみに歪んではいない。イスカらしい生意気そうな表情のまま、止まらない涙に気が付かないままに、か細い贖罪の言葉を吐く。わざとらしく悲しい表情でユナに罪悪感を抱かせたく無かったから。

 

「ごめんなさい。これは自己満足だったわ」

 

 ユナは困惑した様子でイスカを見る。そんなユナの様子にイスカは訝し気に眉を顰めて涙を乱暴に拭った。謝罪という、一方的な自己満足的発言に怒ったユナが自身に詰め寄り、激しく罵倒する可能性さえ考えていたイスカからすればその様子は酷く予想外だった。むしろ責め立ててくれた方がどれほど気が楽だったろうか。

 

「……もう行くわ。もう二度とあなたの前に姿を現さない。約束するわ」

 

 涙で潤んだ瞳のままイスカはユナを睨むようにして宣言する。敵対的に。露悪的に。それでユナが良心に足を引っ張られる事無く自身と縁を切れるのならばその方が良いと考えたから。

 

「……イスカお姉ちゃん!」

 

「!」

 

「私! まだ聞いてませんっ! 私は、まだ……!」

 

 だが、そんな無理矢理に自分から大切な人物を遠ざけようとする行為をユナは既に経験している。かつてユナの最も良い将来の為に、離れようとしていたクラコ(大切な人)

 

「──あの雲海で、お姉ちゃんを助けたことのお礼を、まだ聞いていません……! だから……!」

 

 ユナにとって嶺渡の家で暮らした思い出は既に朧げになり始めている。そんな事よりもクラコとの生活を懸命に心に留めておく方が重要だったから。既に忘れて良い記憶だと判断していたから。

 

 だから忘れていた。嶺渡の叔母も、姉妹も。忘れていいと思っていた。既に関係ない存在たちだと思っていた。だから彼女たちが今、どのように過ごし、そのような思いを抱いているかなど、知る必要も無いと思っていた。

 

 だが、もしかしたらユナは知る必要があったのかも知れない。

 

 母親と都市管理部にがんじがらめにされている嶺渡姉妹の境遇に同情や理解を求めるため、という訳では無く、ユナ自身が過去ときっぱり別れるために。

 

 彼女たちを許すも許さないも結局はユナの思い一つ。そこは重要では無い。大切なのはユナが彼女たちをただの一人の人間であり、同じカザヨミであると認識するところにある。かつてあの家にいた時のような虐げられるだけの立場と、見下げるだけの立場ではなくなったと認識する事にある。

 

 もはや嶺渡たちの顔色を(うかが)う必要などないとユナが過去から脱却するための方法。その第一歩が、ユナにとっては彼女たちを許す"選択"だったに過ぎない。

 

 

 ……まあ、そんな考えはクラコが後々今回の事をそう分析した結果に過ぎないのだが。

 

 ユナの想いはもっと単純だ。クラコと暮らし、人の温かさとやさしさと、脆さを知ったユナは、ただ目の前にいる少女を助けてあげたかった。ただそれだけなのだ。

 

「ユナ」

 

「!」

 

「ユナ、貴方のおかげで私は助かったわ。ありがとう。……ユナ、ありがとう」

 

 かつて生意気な表情でユナを嘲笑っていたイスカは現在その頭を深々と下げ、まわりに下級カザヨミが居る事さえも構わず感謝の言葉を口にした。何が起こったのかとざわつく周囲も関係なしに、精一杯の想いを乗せた言葉は確かにユナへと届いた。

 

「お姉ちゃん……!」

 

 その時、ようやくユナとイスカは同等になった。二人の過去や住んでいる場所、カザヨミの能力、彼女たちを取り巻くあらゆる要素を置き去りにし、二人はただの知り合いの位置にまで帰ってきた。

 

「許します。私は……お姉ちゃんを、嶺渡イスカお姉ちゃんを、許します……! だから、だから……!」

 

「……またね、ユナ」

 

「! はいっ!」

 

 イスカは今まで見せたことの無いような穏やかな表情をユナに向け、そうして都市へと帰っていった。もしかしたら、もう彼女と会える機会は巡ってこないかもしれない。それでもユナはイスカの言葉を反芻し、いつか再会することを望み、都市へと飛んでいくイスカの姿が霞むまで見送っていた。

 

 

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