愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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85羽 交流会の喧騒

 

 イスカが都市へと帰還した後も交流会は続いていく。BBQ以外にも用意された食事の数々は監督係だった上級カザヨミが随時補給と片付けを担当し、時折瀬黒のように周囲をよく見ている下級が手伝って回っていた。カザヨミは飛行の為に多くのカロリーを消費し、そして補給する。なので予想以上に彼女たちの仕事は忙しくなる。

 

 とはいえそれでも集められた下級のカザヨミたちはまだまだ幼く、大人ほどには健啖という訳では無かった。日が傾き初めた頃ようやく箸の動きは止まり、カザヨミたちは訓練の疲れを思い出し、眠たげに寝床へと帰る姿がちらほら目立ってくる。

 

「ユナちゃんはどう? 眠たくない?」

 

「まだ大丈夫です……ちょっと、疲れちゃいましたけど」

 

「つよい」

 

 ユナは今回の訓練でチームを組んだ瀬黒とセキレイと共に湖の浜辺で座り込み、静かに打ち付ける波の様子を見つめていた。ぬるい空気に溶ける炭と油の匂いが何処か懐かしい感情を呼び起こし、静かに打ち付ける波の音と砂の流れる音は喧騒の中であっても静かに三人の間を通り抜けていった。

 

「んー……」

 

「どうしたの?」

 

「えと、なんだか初めての感覚で……」

 

「あー、砂浜ね。そう言えばユナちゃんは初めてなんだね」

 

「湖の上は何度も飛んでるんですけど、降りたのは初めてです」

 

 疲労から砂浜に座り込んだ三人は消えていく夕暮れの光を名残惜しそうにしながらも、遠くに見える都市に光が灯った様子へと視線を移す。座り込んだ砂浜は思いのほか細かな粒子が不思議な感覚を抱かせ、思わずユナは浜の砂を掬い取って観察してみる。

 

 ユナが湖の周辺にやって来るときは常に空の上であり、砂浜へと降り立つことなど今までなかった。これほど細かな砂で構成された足場を経験したのは、公園で飛行訓練をしていた時に着地した砂場くらいだったとユナは思い出す。

 

 けれども瓦礫に囲まれ空気の流れが鈍い公園とは違い、開けた場所で湖風も吹く浜辺では砂のまとまり具合も異なる。例えるなら公園の砂は水分を多く含んだぼたん雪に対し、浜辺の砂はサラサラとして粉雪のようだ。

 

 指の間から流れ落ちる砂粒は風によって僅かに落ちる流れを変え、浜辺へと帰っていく。斜めから降り注ぐ鈍い夕焼けの光がそれらを金の粒のように輝かせ、浜の向こうに広がる湖面さえも煌かせる。

 

 湖は奥底までが見通せるかのように澄んでおり、瓦礫の間を泳ぐ魚の様子さえも見つけることが出来る。いつもは淡い青色を放つ湖は夕焼けによってオレンジ色に映えていた。

 

「こんなに、綺麗なんですね……」

 

「昔はそこまでじゃなかったって話だけどね。今の状態になったのは降害が起きるようになってかららしいよ?」

 

「そうなんですか?」

 

 湖に突き立てられた多くの高層建築物は降害によって停滞雲に囚われ、降害によって落ちてきた。停滞雲内に留保されている間に瓦礫はエーテルの浸食を受け、エーテルの特性を持つに至った。

 

 それでも結晶として析出するほどにエーテルが固着したわけではないので地上へと落下する過程でエーテルは瓦礫から発散され空気に溶ける。だが、完全に抜け切る前に湖へと落下した瓦礫たちはエーテルの発散が湖内で行われる。するとエーテルを含んだ湖の水はエーテルの特性である誘引によって不純物を巻き込みながら引き合おうとする。

 

 湖を濁らせていた不純物はその過程でまとまった塊になり、自重で湖底へと沈んでいく。そうして湖はかつてないほどの透明度を維持し、美しい姿へと変化を遂げた。

 

「水にエーテルが溶けてるってのも、降害発生直後はアレだけどしばらくすれば問題無いよ。都市でも飲み水に使われたり、魚を捕ったりもしてるし」

 

「多少の刺激はある……けど、それだけ」

 

「へえ……それじゃあ、泳いだりは」

 

「一応、出来る」

 

 この世界の水はほぼエーテルに汚染されている。只の人が飲んでも問題ないほどに濃度が薄いというだけで、エーテルによる汚染が無い場所など存在しないとさえ言われている。

 

 実際にはエーテルを観測する方法が無いのでどれほどの汚染具合を誇っているかは判明していないが、世界各地で降害が発生している事を鑑みれば世界中の水の全てが、という言葉もあながち見当違いとも言えないだろう。

 

 とはいえエーテルはその特性によってより濃いエーテルや結晶へと誘引されるため、発散されたエーテルは停滞雲に満たされた空へと戻るとされている。なので降害が起こるたびに地上のエーテル濃度が濃くなることは無く、人が生活出来る程度の低濃度に収まっているらしい。

 

 なので湖でも海でもかつてのように泳ぐことは出来るし、触れた際に多少の刺激があるというのも、海に入った時に感じる塩分による"浸みる"感覚程度のものだという。

 

「今度、泳ぎに来る……?」

 

「そうですね……」

 

 浜辺の感覚と同じく、泳ぐという行為はユナにとって未体験の行為だ。お風呂や銭湯といったものを経験したことがあっても泳いだ訳ではないのでやはり興味を引かれる。

 

 空を飛ぶ時とは異なる解放感。水に浮かぶという未知なる感覚、何とも魅力的だ。しかしそれを想像しようとしたところで、先日の鮮烈な記憶が蘇る。

 

「! ……あう、あの、やっぱりやめておきますぅ」

 

「? そう?」

 

 泳ぐ、となればやはり水着を着ることになるだろう。空の上を飛ぶ為に専用の装備が必要なように、泳ぎやすい姿にならなければならないのは当然だ。

 

 そう、肌の感覚が敏感になってしまうような、極めてぴっちりとした、水着を。

 

「あ、あはは……」

 

「? どしたのユナちゃん?」

 

「な、何でもないですよう!?」

 

 まるで水着のような、むしろ水着よりも体のラインを強調する姿になった記憶を思い出したユナは焦ったように何でもないと声を震わせる。

 

 クラコによる撮影会が行われた後、例の防護服はユナの手によってエーテル繊維などが保管してあるタンスの奥深くへと封印された。二度と着用しないと強く心に誓ったユナだが、つまりはそれだけあの経験が苛烈にユナの脳裏に刻み込まれたという事だ。

 

 今後ユナがまともな水着に身を包むことはあるのか、それはピアスを通してユナたちのやり取りを怪しく微笑みながら見ていたクラコだけが知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ミサゴ先輩、イスカちゃん帰っちゃいましたね」

 

「惜しいっスね~今ちょうどイイお肉が焼けたトコっスのに」

 

「少し買いすぎたかな」

 

「そんな事ないっスよ~後片付けとかで私たちほとんど食べられてないんスから」

 

 若いカザヨミたちがお腹いっぱいになり、網の上で焦げ始めた残り物の野菜や肉を口に放り込むヒタキは口をもぐもぐと動かしながらイスカと共に帰っていった都市管理部側のカザヨミについてミサゴと共に話していた。

 

 都市のカザヨミはチームで飛ぶのが普通であり、場合によっては複数のチームが同じ空を飛ぶ。そのため今回のような各地のカザヨミたちとの交流というのは非常に重要な意味がある。前半の訓練で翼を合わせる事はもちろん、後半の交流会で相手の性格もなんとなく掴めればそれだけで各地の空を飛ぶのは楽になる。

 

 けれど、都市管理部はそのような行動を無意味だと判断したようだ。カザヨミを良く知らない者たちが、カザヨミを万能の存在と過信した結果だろう。

 

「……都市管理部(あちら)に帰ればもっといいものを口にできるだろうさ。まあ、今のイスカなら高級な食事よりも過酷な訓練を欲するかも知れんがな」

 

「ホントに変わったっスよねイスカちゃん。なんというか、さっぱりした感じっス」

 

 あの生意気そうな性格はそこまで変わっていないが空を飛ぶ者特有の覚悟ある目をしていた。それは数度会話を交わしただけのヒタキとミサゴも十分に理解していた。だからこそ、この合同訓練になぜ彼女が参加したのか不思議であったが……。

 

「一応ユナちゃんとも仲直り出来た……んですよね?」

 

 横からずい、と手を出し網の上の肉をさらっていくツグミ。交流会が始まってから合同訓練の裏に隠された昇格試験の内容を察していたツグミはここにきて不満げな様子で特級二人をジト目で責め立てていたが、二人が謝り倒してイイ感じのお肉を献上することでツグミの機嫌は何とか収まった。

 

 そんなツグミはヒタキ、ミサゴと共に先ほどのユナとイスカの様子を心配そうに見ていた。二人の様子から最悪な結果にはならないだろうと静観していた三人は予想よりも大分よい結果に着地した事に胸を撫で下ろしていた。

 

「どうかな。そもそも互いが互いにいがみ合っていたという状況では無かったからな」

 

 網の上でいい匂いを昇らせる肉たちを慣れた手つきで近くにいるカザヨミの空き皿へと放り込み、ミサゴは遠くに消えたイスカの姿を名残惜しむように空を見つめていた。

 

 都市管理部によって持ち上げられている嶺渡姉妹だが、翼の発現と実際の飛行までにかかった時間は一般的なカザヨミとは比べ物にならないほどに早く、紛れもなくカザヨミとしての才能を持ち合わせた稀有な存在と言える。もしも都市管理部に奪われる事無く第十七飛行隊預かりのままで研鑽を積んでいたのならば、どのような傑物に育てられただろうか。

 

 ミサゴはそんな詮無い事を考えては自嘲するように思考を掻き消した。イスカが自身の元を離れてからも努力を欠かさなかった事は彼女へ訓練内容を手渡した先生より聞き及んでいる。あれほど嶺渡母に恐怖から従順だったイスカは自分の力でそこから脱却しようとしている。

 

 そして、そのきっかけとなったのはユナに他ならない。

 

「……イスカは大丈夫だろう。異なる組織に所属していても飛ぶ空は同じだからな」

 

 ユナは無関心、イスカは罪悪感に塗れていた。二人の関係を文字だけで説明されたうえでイスカが頭を下げたと聞けば、それはイスカの独りよがりな謝罪だと思われるかもしれない。

 

 だが、ユナはイスカを知ろうと歩み寄り、イスカはユナへと罰を求めた。そして二人は同じ場所に立ち、同じ空を目指すと約束した。

 

 和解したわけではないが、それでも二人は互いを理解しようとし始めている。今の距離が二人にとって最大限近づける距離なのだろう。

 

「さて、もうそろそろ片付けに入るか」

 

「はい。皆さんに伝えてきますね」

 

「それじゃあ人手を調達してくるっス~」

 

「無理強いはするなよ」

 

「わかってるっス~」

 

 方々へ散る飛行隊メンバーを見送りミサゴはこの後のスケジュールについて確認をする。既に合同訓練という堅苦しい時間は終わり、基本的にこの後は緩やかな交流会が続く。解散予定は翌日の朝となっており、集まった参加者はチクブで一泊する事になっている。

 

 (寝食を共にすれば自然と仲間意識が芽生えるもの……先生と、瀬黒も同じような事を言っていたな)

 

 遠くを見やれば砂浜に居たユナへと大勢のカザヨミが駆け寄り、楽しそうにしてる様子が確認出来る。慣れない環境ながら積極的に話題に入ろうとするユナと、そんなユナをサポートするように並んでいる瀬黒とセキレイ。訓練当初のユナと周囲とのぎこちない雰囲気は既に氷解し、配信での活躍も手伝ってようやくユナは下級たちに受け入れられようとしていた。

 

 

「……ユナも、イスカも、互いに認め合いながら別の道を行こうとしている……、お前はどうするのだろうな……アトリ」

 

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