愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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86羽 夜、そういう話で盛り上がる

 

 都市を残して瓦礫だけになった地上は電気的な光は存在せず、空から降り注ぐ月と星々の光は停滞雲によって遮られ地上は恐ろしいまでに真っ暗。僅かに(おこ)された焚火だけが唯一の明かりであり、それ以外では手の届く範囲さえも見えない。遠くで聞こえてくるフクロウの夜鳴き声さえ、正体不明な存在の叫びに聞こえてしまうほどの暗黒が広がっている。

 

 ……というのは都市に住む人間の認識だ。実際の夜空の光はそこまで弱弱しいものではない。停滞雲が受け止めた月と星々の光はそのまま停滞雲内で停滞し、しばらくの間留保される。ほとんどは雲内の微小な水滴や氷塵によって徐々に散乱するが、一部は雲の中に留まり続ける。そうして蓄積された夜光は薄ぼんやりと雲自体を発光させ、新月の日でも影が出来るほどに夜道を照らす。

 

 そんな都市外では普通な夜の光景も都市に住み、夜間飛行を経験したことの無いカザヨミからすれば珍しい光景に違いない。夜というのは暗く、前の見えない恐ろしい時間だとしか理解していない下級のカザヨミは初めて経験する都市外の夜に少しばかり浮足立った雰囲気を醸し出していた。

 

「見て見て! めっちゃキレイ! あんなん見たことないよ~!」

 

「明るいな……てか、眩しいくらいだぜ」

 

「んー……風が気持ちい」

 

 寺社に繋がる廊下は小さく傾斜のある島々に通り、立体的に繋がっている。木造ながらもしっかりした通路はかなりの年月が経った現在でも十分に姿を保っており、この瞬間だけはカザヨミたちが行き交うほどに賑わいを見せていた。

 

 

「とても良いお風呂でしたね。おっきくて、気持ちよかったです!」

 

 湖風が水の香りと共にユナたちの間を吹き抜けていく。いつもは翼を乗せるだけの風は、けれどもその時だけはユナたちを置いて湖の向こうからやってきてその先へと消えていく。降害によって人の気配が失われた地上だが、夜になればそのもの悲しさはさらに深まっていく。

 

 むしろ痛ましい廃墟の続く広大な土地が、暗闇に隠される事で寂しさが(まぎ)れると言う者もいる。対してユナはそこまでの孤独感は抱くことが無かった。隣を歩く瀬黒の微笑みと、先を行くセキレイの姿は闇夜に隠される事無くそこにあったからだ。

 

「さっぱり……」

 

「いやァ、まさかお風呂に入れるなんてねぇ~」

 

「あれ? 前回の合同訓練では入れなかったんですか?」

 

「お風呂場が改修中でね、前まではシャワーだけだったんだ」

 

 合同訓練に参加したカザヨミが寝泊まりしている寺社の境内より少し離れた場所にはいくつかカザヨミ管理部が整備した施設が生きている。緊急時に利用できるように保存食が保管されている倉庫や応急処置が施せる医療施設などなど、そういった施設の中に温泉施設が含まれていた。

 

 元々は大き目の民家の風呂場だったところを増改築し、数名程度なら同時に入浴出来るようにしたものだ。といっても実際に湯船を利用できるようになったのは今回の合同訓練が初めてだ。それまでは仮設のシャワー室が用いられていたのだが湯船に浸かりたいという要望が多く、今回その要望がようやく叶ったという訳だ。

 

「……んー」

 

「? ユナちゃんどうかした?」

 

「……いえ、何でもないですよ?」

 

「?」

 

 悩むような、不満でもありそうなユナの声に隣を歩いていた瀬黒は理由を考える。少なくともお風呂が不満だったという事は無いはずだ。大きいお風呂は久しぶりだと嬉しそうに言っていたのを瀬黒とセキレイも聞いている。

 

「一緒に入るの……だめだった……?」

 

「い、いえいえ! そんな事ありません!」

 

 改修された温泉施設はユナの想像よりも立派なつくりをしていた。タイル張りの床と壁は使われていないからか綺麗なもので、湯船も3、4人程度なら一度に入れるくらいには大きく足を延ばせるゆったり設計になっていた。

 

 なのでユナは瀬黒とセキレイと一緒に同じ湯船で日中の疲れを落としながら他愛もない話を繰り広げていたのだが、その距離が近過ぎたのではとセキレイは不安な様子だった。

 

 けれどもそんな不安もユナは否定し、言葉を濁し誤魔化すように夜道を駆ける。

 

(あう……ちょっと、思い出しちゃった……)

 

 実際の所、ユナはお風呂に入れたことに大変満足していた。かつては冷水で体を濡らすしかできず、その後クラコと暮らし始めてからは温かい湯にゆっくりと浸かれるようになった。その時の感動が未だユナの心に残っており、お風呂に入れるだけで幸せを感じるほどだった。

 

 だが、それ以上にクラコとの生活で幸せを感じる瞬間があった。それは……。

 

(自分でも出来るけど……やっぱりクラコさんに羽繕いはしてもらいたいな……)

 

 ユナの日常は一般常識などの勉強、カザヨミの訓練、そして気軽に空を遊び回るというもので、丸一日元気に過ごした後はお風呂に入って疲れを落とし、眠る前にクラコに羽繕いをしてもらうというのがいつもの事だった。

 

 いつもがそのような流れだったので、お風呂上りにクラコの羽繕いがないのは少し物足りなさを感じてしまうのだ。

 

「むー……」

 

「? そう言えばユナちゃんどこで寝る? 場所は決まってないからどこでもいいけど」

 

「一緒に寝る……ユナの話、聞きたい……」

 

「は、はい。一緒に寝ましょう」

 

 そうしてしばらくクラコの手の感覚を思い出しながらも不満そうなユナを伴い瀬黒たちはお寺まで帰ってきた。畳の敷かれた広間に置かれていた長机などはすっかり片づけられ、運び込まれた大量の布団が広間の隅にうず高く積まれていた。

 

 湯上りの下級たちがその布団の山から各々必要な布団を持ち出し広間に広げ始めている。広間には既にそのようなチームごとの布団の陣地が形成され始めており、仲の良いカザヨミ同士が固まって寝ようとしている。

 

「あ、あの……ユナさん」

 

「はい? 何でしょう?」

 

「えと……」

 

 そんな様子を何となしに眺めていたユナのもとへと一人のカザヨミが近寄ってきた。布団を引きずりながらおずおずといった様子で声をかけてきたカザヨミの姿はユナにも覚えがあった。朝の訓練で助けたイスカのチームのカザヨミだ。どうやら彼女は合同訓練に参加する事を選んだらしい。

 

 あの時はまだユナへと疑心の含まれた視線を向けていた彼女だが、今では信頼さえも見て取れる視線はちょっぴりユナにはくすぐったい。誤魔化すように応えるユナに彼女は何かを言いたそうにもじもじ指先を動かしている。

 

「一緒に、寝たい、かも?」

 

 こっそり耳元で囁くセキレイの言葉にようやくユナの疑問は晴れる。

 

「あ、そういう事ですか?」

 

「私らは別にいいよ? ユナちゃんが良いなら」

 

「えと、それじゃあ……一緒に寝ます?」

 

「! はいっ!」

 

「あ、あのっ! 私たちもいいですか!」

 

 ユナたちが広間の端のほうに布団を広げ始めると同じように一緒に寝たいと言い出すカザヨミたちが集まり、いつの間にかユナたちの周りには大勢のカザヨミが集まっていた。布団に転がり枕を抱き寄せながらユナたちと会話をする様子は、都市を守護するカザヨミというよりは夜更かしにワクワクしている少女たちといった印象を受ける。

 

 話の中心には当然ユナが居る。BWで最も有名といっても過言ではないユナの話は少女たちにとって非常に魅力的な物語として受け止められた。雲海の中を飛ぶユナの話はカザヨミとしても非常に興味をそそられる話だったらしく、いつの間にか自身の布団から這い出してユナの布団の周りに集まり、一組の布団に数人が寝そべって楽しそうにユナとの会話を聞いているという様子すら見られる。

 

「──という感じです。翼の動きは風に添わせる方が楽でいいと思います。エーテルの流れが分かるならそちらを優先してもいいかもしれません」

 

「なるほどー。そう言えば雲海のトラップって避けるコツとかってあるの?」

 

「んー……そうですね……エーテルが見えるならそれが一番ですけど……翼が風に乗る時の違和感があれば避けた方がいいでしょうか」

 

「いわかんー?」

 

「いつもより翼が重かったり、逆に軽かったりするとエーテルが乱れている……んだと思います。すみません、私もそうかな、と思っているだけなので」

 

「ううん! とっても勉強になった! ありがと!」

 

 布団の上で楽な姿勢……寝そべってユナの話を聞いている下級たちはユナの話を聞き逃さないようにとユナの近くに集まっている。当然、邪魔な翼はしまったままで。

 

 彼女たちにとってユナの存在は自由に生きる理想のカザヨミそのものだった。一度話してみれば配信のようなミステリアスさよりも人懐こい年相応の幼さが強調され、それが初対面時の近付きにくさを取り払っていた。

 

 下級の中でも空を飛ぶことが好きなカザヨミたちは既にユナへと好意的な感情を抱くまでになっていた。ユナが助けたカザヨミたちのように、カザヨミ管理部より離脱し、都市管理部へと所属を移そうと考えている者たちでさえ、ユナというある意味特殊なカザヨミの姿に憧れを抱いているようにさえ思えた。

 

 そうして夜が深まり、そろそろ消灯時間になろうかというタイミングでこれまでユナの傍にいながらもほとんど言葉を発していなかったとあるカザヨミが小さな声を零す。

 

「あの……あの、ユナさんに、聞きたい事があるのですが……」

 

「んー、なんです?」

 

「あの、その……羽繕いについて……知りたくって……」

 

「おお……!」

 

 それなりの時間を布団の上で過ごしたユナと下級たちは言葉を崩す程度には打ち解けてきた。そんなタイミングを見計らったかのように放り込まれた特大の話題に思わず周囲の下級たちも声を上げる。それはとんでもないセンシティブな話題の投下に驚愕する声であったり、あるいは聞きたくても聞けなかった話題についてよくぞ聞いてくれた!という嬉々としたものだったりと様々だ。

 

 けれどそれらの声はどれもが同じ思いを共有している。つまり、羽繕いに関する話がユナの口より語られるという期待だ。

 

 現在の都市所属カザヨミたちの間では羽繕いの話題は半ばタブー視されている。人前でみだりに口にしてはいけないような、そのような雰囲気がカザヨミたちの中で蔓延していたのだ。それは下級の中で特に顕著で、羽繕いの話題を極端に避ける傾向にあった。

 

 そのような雰囲気はある意味カザヨミのカザヨミとしての能力を低下させる一因となっている。そもそもタブー視の傾向が強すぎて羽繕いの方法さえろくに知らないカザヨミも多く、翼にかかるストレスが自然と増大している者さえ居る始末。

 

 だが、そんな雰囲気はユナの登場と配信で見せた能力の高さによって徐々に解消し始めている。

 

 都市外に住んでいるにも関わらず都市のカザヨミよりも美しいユナの翼に疑問を持った下級たちが羽繕いの有用性を知り始め、羽繕いを自主的に行うようになってきたのだ。

 

 ユナのように綺麗な翼でありたい、ユナのように空を飛びたい、そのような思いから下級たちの中でも羽繕いに興味を持つ者が増えてきた。とはいえカザヨミ全体の雰囲気としてはまだ羽繕いが恥ずかしい行為だというイメージが強く、隠れてこそこそと羽繕いの真似事をするのがせいぜいだった。

 

 都市の職員や上級カザヨミに相談すれば丁寧に教えてもらえるだろうが、目上の人間にそういった行為についての相談事をするには、まだ下級たちにとっては勇気のいる事だったのだ。それに比べれば目の前のユナは自分たちよりも格上ではあるが同じカザヨミで歳も近く、深夜のテンションも手伝って相談するにはまたとないチャンスだった。

 

「羽繕いですか? そうですね……それじゃあ、実際に見てみます?」

 

 精一杯の勇気を振り絞って羽繕いの質問をしたカザヨミを置いてけぼりにして、ユナはなんてことないように答えて……上着を脱ぎだした。

 

「は? え、ええ!?」

 

「ちょ、え、ユナさん!?」

 

 クラコがユナの為に購入したカザヨミ用のパジャマは翼を出し入れするために背中の部分が大きく開いている。上着を取り払えばユナの美しい背中が露わとなり、周囲のカザヨミが動揺している間にユナの背中には美しい青灰色の翼が現れる。

 

「羽繕いは基本的に一人じゃ難しいです。道具でも大丈夫かもですけど、私はやっぱりクラコさんにしてもらうのが一番いいです」

 

「い、一番いい……」

 

「一応一人でも出来る羽繕いの方法を教えますね」

 

「え? わ、わわ……!?」

 

 ユナは自身の翼を目の前へと動かし、羽先からゆっくりと指先を這わせていく。羽を一枚一枚丁寧に指先で撫でさすっていく様子はこれまで羽繕いをいやらしい行為と考えていた下級たちにとってはかなり刺激的に映ることだろう。

 

 徐々にユナの指先は羽の先から根元へと向かっていく。ユナの手の届く場所へと自ら動くかのように翼が折りたたまれ、そんな翼を手繰り寄せるようにユナの手が動く。大切なものを殊更大切に扱うように動くユナの手は、つまりはクラコの手の動きそのものだ。クラコがどれほど大切に翼へと触れているのか、ユナの指先の繊細さを見ていれば一目瞭然だろう。

 

 そんなユナの姿を周囲のカザヨミは直視しても良いのか戸惑いながら、けれど突然始まったユナのひとり羽繕いの光景に思わず視線を奪われる。興味津々なカザヨミは目を見開いてその光景を瞳に焼き付け、なぜか罪悪感を感じるカザヨミは両手で顔を覆いながらも指の間から羽繕いを盗み見ている。

 

 ユナへと集中する熱の籠った視線の数々、けれどもユナはそれらを気にする事無く羽繕いの手順やコツを説明しながらもう片側の翼へと手を向かわせる。

 

 ユナにとって既に羽繕いは日常の一部という認識だった。都市に住んでいないので都市に蔓延する羽繕いのタブー化も特に感じず、毎日クラコに羽繕いされているので翼を触られる感覚にも慣れてしまった。

 

 確かにユナも恥ずかしい思いはあるものの、この場に居るのは同じカザヨミ同士で、同じ悩みを共有する仲間だ。同じカザヨミから真面目に質問されたためユナも真面目に応えるべく、あるいは単純に教えて欲しいと願われたから実践しただけ、というのがその時のユナの考えだった。

 

 何より羽繕いの大切さはユナが一番良く分かっているので、その知識がカザヨミ全体へと周知されれば彼女たちの飛行の助けになるだろう。

 

「それでね、この付け根辺りまでをこうやって……」

 

「あ、ああ……あうあう」

 

「ひぃいい!? そ、そんなとこまで!?」

 

「み、みえてる……羽の付け根の奥まで……」

 

 他人が羽繕いしている様子を、手を伸ばせば届くほどの距離で観察したことなどなかった下級たちは羽繕いの様子を余すことなく晒すユナに畏怖にも似た感覚を覚える。同時にそこまで晒してくれるほどに自分たちを信じてくれているのかという感動のようなものも綯い交ぜになり、自然と下級たちの手はユナに習うように、憧れの存在を求めるようにユナの翼へと伸ばされ──

 

「はーいそこまでええ!! お触りは禁止ですよォ!!」

 

「ちーむめいとの許可をもらってね……、当然許可しないけど」

 

 ようやく我に返り、寸でのところで割って入った瀬黒とセキレイによってその手ははたき落とされた。

 

「ほらユナちゃんも! 実践しなくても大丈夫だって! 早くしまって!」

 

「あれ? 私の羽繕い、おかしかったです?」

 

「いや、とっても綺麗で──じゃなくて! いいからほら! 背中隠してって!」

 

「え、ええー?」

 

「こらお前ら!! とっくに消灯時間は過ぎてるぞ! 何を騒いで──って、ユナ!?」

 

「げえ!? ミサゴ先輩!?」

 

「あらら、とんでもない事になってるっスね~……ツグミちゃんも一緒になって見てまスし」

 

「ヒタキ先輩も!? ええと……これはですね」

 

「勉強です勉強! これはカザヨミとしてとっても大切な勉強なんです!」

 

「邪魔しないでください先輩! あと少しでいい所だった……じゃなくて、大変為になる話が聞ける所だったんですよ!」

 

「ワタシらにとってはすっごい大事なトコだったのにー!」

 

「そーだそーだー!」

 

「わーわー」

 

「ぎゃーぎゃー」

 

「やいのやいの」

 

「お、お前ら……! いいからさっさと寝ろーーー!! 寝たくなければ私のありがたい話を聞かせてやる!!」

 

「うわー! ミサゴ先輩怒ったー!?」

 

「にげろー!」

 

「ちょ、なんで私までー!?」

 

「わ、私とみれーは悪くない……! た、たすけ」

 

「問答無用っス~大人しくするっスよ~」

 

 瀬黒とセキレイにけん制される下級たちと、なぜこんな事になっているのかと首をかしげるユナ。騒ぎを聞きつけて広間へ突入した監督係が目撃した頭の痛くなる光景。

 

 結局下級たちは一緒に見ていた上級も含めて監督係から有難いお小言を貰い、なぜかその中に瀬黒とセキレイも巻き込まれ、ユナは一足早く夢の中に旅立ち、それらの光景を映像ごしに遠くから眺めていたクラコが呆れたように乾いた笑い声を漏らすのだった。

 

 

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