愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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8羽 飛行欲求

 

 

 ユナを寝かせた後もクラコの仕事は終わらない。というよりクラコが寝るにはまだ早く、いつもならば自宅でできるバイトに手を付けているような時刻だった。そのためクラコは端末の前で小説執筆用のエディタを立ち上げ、キーボードを打ち鳴らす作業を始めた。

 

「……うーむ」

 

 クラコは途中まで書き上げた小説全体を見直し、唸る。内容に納得がいかないというわけではない。そもそも先方の掲載サイトからは自由に書いていいと言われているし、その言葉通り自由に書かせてもらっているため書く内容に制限は無い。あるとすれば掲載する場所による文字制限くらいだが、それも問題ではない。

 ならば何がクラコを悩ませているかというと……。

 

「やっぱ流行ものじゃないとダメなのかな……?」

 

 クラコを悩ませているのはここ最近の界隈での流行についてだった。web小説界隈では今も昔も多くのジャンルが存在している。ファンタジーやSF、恋愛や推理といったジャンルが軒を連ね、クラコはそんな雑多なジャンルの中で自分の好きなものを書いていた。

 

 だが、ここ最近になってそれらのジャンル全体にとある要素が多分に含まれるようになってきたのだ。

 

 その要素とは、カザヨミだ。あらゆるジャンルにおいて主人公であったりヒロインであったり、物語のキーパーソンであったりと様々な姿でカザヨミという存在は小説の中で顔を見せるようになってきた。

 

 これまではカザヨミがどのような存在なのか理解していない創作者も多く、カザヨミの情報も少なかったことから小説に限らず漫画やアニメといったサブカルチャーに登場することはほとんどなかったのだが、この数年でカザヨミに関する知識は都市内外へと浸透し、彼女たちの能力なども大まかにだが公表されるようになった結果、カザヨミという人類の上位種であり羨望の的を登場させる小説や漫画などが続々と現れ始めたのだ。

 

 カザヨミの特殊性や希少性などを周知させ、彼女たちという存在がいかに稀有なのかを知らしめるため都市は積極的にカザヨミについて情報を公開し、その情報を元にした解説本なるものまで出版されている始末。

 

 そんな解説本やら図鑑などの登場によって、よりリアリティのあるカザヨミ描写が組み込まれた小説が生まれ、より読者をひきつける。

 

 今まで謎の多かった、けれど憧れだったカザヨミを題材とした小説たちは既存の本読み達のみならず、本を読まない層まで読者へと変えるほどの人気を伴い界隈に受け入れられていった。

 

 

「私もなんか一冊、解説本でも買っといた方がいいかなぁ」

 

 そんなカザヨミが席巻する小説界隈の様子にクラコはぽつりとつぶやいた。この辺りに本屋など存在しないが店長の店には書籍コーナーが設置されていた。一冊程度は手に入るだろう。とはいえ流行をそのまま取り入れるかはクラコもまだ考え中だ。あくまで参考として、今後も小説を書いていくのならば勉強として知識を入れておくことも必要かもしれない、という程度の考えだった。

  

「……今日はこのくらいでいいかな、まだ締め切りまであるし」

 

 書きかけの小説の行数を少しばかり増やした後、クラコはぐぐっと首を曲げて伸びをし、観念したように端末を閉じた。小説を書きながら別の事に頭を悩ませ始めるとどうしても筆が乗らなくなる。クラコは部屋の明かりを消してユナが眠る寝室へと移動した。

 

 

 

 

 

 

 

 リビングの奥にある寝室はクラコの趣味、そしてユナの為にたくさんのクッションが積まれている。ユナの服装とともに店長が雑貨の類を特別に取り寄せた際、ユナは自身の服よりもクッションなどを手に取る事が多かった。そんな姿を見た店長がユナ専用の棚を設置し、クッションや人形といったものを定期的に仕入れてくれるようになったのだ。

 自身の我儘で店の一角がクッションで占拠される事になったのではとユナは非常に焦っていたが、そもそもそうやって客の要望や店長の独断で店の棚は増築するのが当たり前となっているので、そこは心配しないでいいと店長は困惑中のユナの頭を安心させるように優しく撫でてやるという、そんなやり取りがあったりした。

 

 寝室はあたたかなカーペットで足ざわり良く、シンプルで小さな机の上には小さな人形と、ユナの勉強道具であろうノートやペンが置かれている。それ以外の空いたスペースにはユナが気に入ったキャラクターを模したクッションが並べられている。

 部屋の奥にあるベッドはクラコとユナが一緒に寝ても問題ないほどの大きさだが、そこに居るはずの先客は見当たらない。毛布と掛け布団が乱れベッドから半分ほど滑り落ちている。それらは尾を引くように寝室の大きな窓へと向かっていた。

 

「……、ユナ」

 

「…………ん」

 

 窓から差し込む月の光はカーテンの隙間から部屋全体をぼんやりと映し出し、仄かに照らしていく。窓の前に居るユナの影は部屋の中で伸び、まるで大きな化け物のように悠々と夜の寝室を揺蕩っていた。

 

 だが、それに対してユナの姿は月の光に照らし出されて神秘的にさえ思えるほどに美しかった。艶を取り戻した青灰色の長い髪はキラキラと月光を反射し、薄暗い中にあっても強く自己主張をする。雪のようにはかなく白いユナの肌はぼんやりとした光さえも受け止め、よりその白さを強調しているようにすら見えた。

 

 ユナは両手でカーテンを握りしめ、まるで縋りつくようにしながら暗い空を見ていた。

 

「また、眠れないの……?」

 

「ううん……なんだか、空が綺麗で……寝てるのがもったいないの」

 

「そう、……でも明日もあるから、今日はもう寝てしまいましょう?」

 

「うん」

 

 クラコがベッドへ入りユナを呼ぶとユナはおとなしくカーテンを元に戻し、クラコの懐へともぐりこむようにベッドの中へ入っていく。

 

 クラコの胸元で丸くなったユナを抱えるように、クラコはユナの背中に手を回し安心させるように背中を撫でてやる。

 

 しばらくするとクラコの胸元から規則正しい寝息が聞こえ始め、それを聞いたクラコも微笑みながら瞼を落としていく。

 

(……この子は……いや、考えるようなことじゃないわね)

 

 眠るユナの姿を見ながらクラコはここ数日のユナについて思いをはせる。

 

 これまで子育てなどしたことのないクラコだが、それでもユナとの生活にはいくつか首をかしげるような事があった。一つは、ユナの体の痣についてだ。通常人間の体についた痣というものは跡形もなくきれいさっぱり消えるということはなかなか無い。ユナの体に刻まれた痕は基本的に内出血によるもので、痛みが引いても痕自体は色素の沈着などで消えずに残ることも多い。だが、ユナにあった痕はあれから数日できれいさっぱり消え去ったのだ。

 

 それだけではない。ユナは幼いながらも頭がよく物覚えもいい。物事の考え方が理論だっており、それらの知識を応用することも自然とできる。年齢に対して賢すぎると思えるほどに聡明だった。

 

(空が好きなのかしら……? でも、前まではそんなことは無いって……)

 

 そして先ほどの"空を見る"というクセ。

 

 ユナは寝る前、あるいは寝ている最中に起き上がり夜の空を見るという行為をすることが何度かあった。今までは空を見ることなどなかったとユナは言っていたので最初は見知らぬ場所で生活を始めた事によるストレス、夢遊病のようなものかと考えていたが、ストレスという点では叔母の家に居た時の方が多大だったろう。それに空を見ている時のユナの意識は明確で、共通して"空を見たかったから"と言うのだ。

 

 ただ、その空を見るという欲求はそれほど強いわけではなく、何かしらの中毒のように見ていなければイライラする、のような症状が出るわけでもない。……ユナは年相応に未知の場所に興味を示しているだけなのかも知れない。

 

(考えすぎかな……初めて子どもを持った母親ってこんな感じなのかな……?)

 

 

 寝返りを打つユナから毛布がずり落ちないようかけなおし、クラコも寝ることにする。これ以上何を考えても意味がないと目を閉じ、そうしてしばらくするとクラコの意識は夢の中へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「店長、おはようございます」

 

「お、おはようございます……」

 

「あらあらおはよう二人とも。今日は何をお求めかしら?」

 

 次の日、クラコとユナは店長の経営す店へと足を運んでいた。ここ最近は周囲の地域で降害が発生したという話も聞かず、ゆえに都市からの援助も安定して供給されていたため店はそれほど忙しくないようだった。先日のように降害発生前後は都市からの援助が滞り、店長の店で食料を買い求める人間も多少存在していたのだが、今はそんな事もなく、客足はぽつぽつといったところ。

 

 そんな店内をユナはお菓子コーナーへとトコトコと歩いていく。といってもユナ自身がお菓子に釣られたというよりもクラコが見に行って来なさいと言ったからその言葉に従っている風ではあったが。

 

 とにかくユナが店の奥へと向かったのを見てクラコは店長と話をし出す。

 

「ごめんねぇクラコちゃん。最近バイトさせてあげられなくて」

 

「いえ、不定期だってことは面接のときに聞いてましたから。……それより今日は本を見せてもらいたくて」

 

「本ね。また小説を書くのに必要なのかしら?」

 

「まあ……そんな感じです」

 

「あらあら、作家先生は大変なのねぇ」

 

「やめてくださいよ……! ちょっとした息抜きに書いてるだけですから」

 

「でもネットに掲載されているんでしょう? それにお給料までもらってるなら正真正銘プロよ。それで、なんの本をお探しかしら? ここになければ取り寄せになるのだけど」

 

「ええと……カザヨミに関する本なんですけど……」

 

「カザヨミね。それなら何冊か入荷してあるわよ。今人気みたいでねぇ、書籍コーナーにいくらかあるはずだから見てくるといいわ」

 

「ありがとうございます」

 

 店長が指さすのは店の窓際に設置された本棚だった。大きさも種類も異なる数々の本が本棚に収められている。一応名前順に並べられているようだが、大きさや厚さがバラバラなせいで本棚事態がボコボコしているような印象を受ける。

 

 クラコはその本棚に収められた本の背表紙を隅から一冊ずつ確認していき、真ん中あたりで目当ての本を見つけ出した。

 

「あった、これね」

 

 それは表紙に翼を持った少女のかわいらしい絵が描かれており、題名はひらがなが用いられている。最初のページあたりをペラペラとめくって内容を確認するクラコは、表紙と中身の感じからその本がカザヨミの力を初めて発現させた本人か、もしくはその家族を対象として書かれた児童書だと理解した。一応ほかのカザヨミ関連の書籍も見てみたが、どれも同じような内容で代わり映えしない。

 

 これ以上詳細な、それこそ専門書のような分厚い本を求めるのなら店長に取り寄せてもらうしかないだろう。とはいえ取り寄せてもらったところでクラコが購入できるような金額かどうかは怪しい。クラコが手に持っている児童書らしきカザヨミの本でさえ、ただの児童書の倍以上の値段はしているのだから。

 

 そのまま本を開いて内容を流し見していくクラコは意外と専門的な用語がいくつも記載されていることに驚く。そもそも都市でカザヨミと判明した直後に初めて手にする本として書かれているからか、カザヨミ本人への心構えや家族へのサポートの仕方などが注意書きとして詳細に書かれている。

 

 カザヨミが初めて空を飛ぶ時の翼の動かし方や翼の手入れの仕方、カザヨミと人との違いや感覚の相違……、中にはカザヨミのみが持つ感覚に関する話も記述されていた。

 

「……、"飛行欲"?」

 

 その中でもクラコの目を引いたのは、能力の高いカザヨミが持つ"空を飛びたいという欲求の現れ"について書かれた部分だった。カザヨミはその能力が高ければ高いほど人間離れした身体能力や回復能力を有し、当然翼を用いた飛行能力に関しても同様だ。だがそれゆえにカザヨミはその力を発揮したいという欲求に駆られるのだという。それが"飛行欲"、あるいは"飛行欲求"と呼ばれる現象なのだ。

 

 飛行欲はその名前の通り、空を飛びたくて仕方がないという感情からそう呼ばれている。翼を広げ、その力を思う存分行使してみたいというカザヨミ特有の欲求だ。

 最初は空を見上げる程度の些細な行動だが、次第に高いところに上ってより空に近づきたいと思うようになるという。とはいえこれは空を飛びたいという欲求の現れなので、カザヨミなら空を飛べば簡単に解消される。

 

 そのため飛行欲自体はそれほど深刻な現象とは思われておらず、どちらかというとカザヨミとして優秀な人材と判断する材料にもされているくらいだ。

 

「へえ……カザヨミにそんなのが……。あれ?」

 

 そこまで読み進めたところでクラコはここ最近続いているユナとの生活を思い返す。

 

 ユナの体は本来残るだろう痣も残らないほどに驚異的な回復力を持ち、あの幼い姿からは考えられないほどに聡明で記憶力がいい。そして、よく空を見ている。あの灰色の停滞雲のはるか向こうに広がる青い空を渇望しているかのように。

 

(そういえば……ユナの叔母の娘……ユナにとって従妹にあたる二人は両方ともカザヨミって話よね……。それじゃあ、ユナもその可能性が……?)

 

 じんわりと滲む汗がクラコの手を湿らせる。もしかしたら、自分はとんでもない少女を助けてしまったのかもしれない、と。

 

「クラコさん?」

 

「っ!?」

 

 不意にクラコは服を軽く引っ張られる感覚に驚き本から目を離す。そこにはお菓子を抱えたユナがクラコを心配そうに見上げていた。

 

「クラコさん大丈夫?」

 

「え、ええ……大丈夫よ? お菓子、それだけでいいの?」

 

「うん。クラコさんと、一緒に食べたい」

 

「そう、分かったわ。それじゃあ今日はそれと……。……この本を買っていくわ」

 

 できるだけ表紙を見られないよう、クラコはお菓子と共に先ほど手に取ったカザヨミに関する本を購入した。ユナはそんなクラコの様子を気にすることもなく、袋詰めされたお菓子をぶら下げ、クラコと手をつないで家路へと歩き出した。

 

「クラコさん、今日も夕ご飯のお手伝いしていい?」

 

「ええもちろん。助かるわ」

 

「……邪魔じゃ、ない?」

 

「そんなことないわ。本当に助かってるもの。ユナに作ってもらった御飯はとってもおいしいし」

 

「……うん、ありがとう」

 

 クラコは手をつないで微笑むユナを見てその手の力をわずかに強める。ユナは首をかしげて不思議そうにしているだけで痛みは無いようだ。

 

 クラコは片手に持つ本の内容を思い出す。もし、もしユナが本当に、考えている通りの存在だったとしたら、自身が行うべき行動とは何なのか。

 

 ユナを助けたことに後悔は無い。それは断言できる。だが、そこからユナが進むべき道を自身はしっかりと指し示す事ができるのだろうか?

 

 

 クラコの胸中はただユナの身を案じる心と、ユナの将来を心配する親心によって占められていた。今まで酷い生活を強いられてきたユナが、最も幸せになる選択とはなにか。

 

 

 何が正しいのか判断するには、クラコはあまりにも幼かった。

 

 

 

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