愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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89羽 代替品

 

 この世界に存在する都市と呼ばれる場所は降害以前の世界を続ける為に人類が確保した唯一の領域だ。降害による被害が無く、かつての自然の風景、あるいは懐かしき街並みが広がっていた領域を囲い、あらゆるリソースを集約させたその領域は設立当初はそこまで特別な土地という認識はされていなかった。

 

 降害が確認されてからそれほど経っていなかった為、本当に安全な土地なのかという疑問が人々の中で払拭できず、一つのところに留まれば降害で一網打尽となるだろうという不安によって都市へとやって来る者の数はまばらだった。

 

 だが、時間の経過と共に一度として降害の起こらない都市はまさしく聖域と認識され、多くの人間が都市への移住を求めた。はじめは都市周辺住民を優先しての移住計画であったが次第に移住権は都市への寄付金という名の金で購入出来るようになり、その流れは次第に加速していった。

 

 そうしていつしか都市は選ばれた者たちが住むことの出来る場所となり、当時のような人が安心できる生活を求める為だけの場所ではなくなった。

 

 

 

 

 

 

 都市の中心部に聳え立ついくつかの高層ビルは都市を囲む壁の外側からでもその姿を見上げる事が出来る。雲の開けた上空から降り注ぐ日の光によって文字通り輝く塔のように存在感を放つそれは都市という選ばれた領域の栄光をこれでもかと主張しているようであった。

 

 ビルの下層は有名な企業の店舗が入り、中層は都市を運営している権力者、主に都市管理部の職員が居住区としている。

 

 そして、上層部はその中でも限られた存在だけが立ち入ることを許される特別なスペース。都市内外に名が知れ渡り、絶大な影響力を持つ者だけが住む区画となっている。

 

 とあるビル。煌びやかな大理石に赤い絨毯が敷かれた最上層の階は都市でも類を見ないほど過度で豪華な装飾品が壁と天井を埋めている。廊下の隅には何かしらの骨董品が展示されており、降害を免れた名品が長い廊下と共にいくつも置かれている。天井は巨大なシャンデリアが吊り下げられ、様々な宝石が無駄に用いられて輝きを放っていた。その中にはなんと停滞結晶も含まれており、貴重な結晶を装飾の一部として用いる事により他都市より来訪した権力者はこの区画に住む住民の偉大さに恐れおののく……のだという。

 

「……」

 

 だが、そんな廊下を歩く嶺渡イスカにとっては全てがどうでもいい要素であった。どれだけ豪華に着飾ったところで、かつての貧しい生活を覚えているイスカには外見だけを良く見せようとしているようにしか見えず、空しく感じてならない。

 

「……めんど、早く訓練に行きたいのに」

 

 殊更めんどくさそうに言い放つイスカは、それでも声量を最低にして口の中でだけ呟いた。カザヨミの感覚がそこら中に仕込まれたカメラとマイクの存在を感じ取り、それらにイスカの不満げな様子を記録させないためだ。

 

 イスカにとってこのビルの、この最上層の居心地は最悪に近かった。あまりにも着飾った室内の様子に目がチカチカするのはもちろん、あらゆるところに装飾として用いられている停滞結晶のエーテルを翼が感じ取り、イラつく要因となっている。何よりもこの階の装飾を指示し、この階に住まうのが自身の母親であるという事実が、何よりもイスカに嫌悪感を抱かせた。

 

(由奈……ううん、ユナ。凄かったわね。配信で見るよりも、ずっと凄かった。私も、あんなふうになれるかしら)

 

 イスカは合同訓練を終わらせ都市へと帰還したその足で趣味の悪い上層区画へとやってきていた。そのためイスカにはまだユナと対面した時の状況が鮮明に思い出せる。許してもらわなくていいと言った時の彼女の泣きそうな顔も、またねと再会を口にした時の安堵したような笑みも、自身を助けてくれた細く小さい手の力強さも。

 

(こんな場所よりもずっと価値があるわ)

 

 しばらく廊下を歩けば一際ゴテゴテと飾り付けられたドアが目の前に現れる。両開きの重厚なドアは金と銀、貴重な木材を用いて作られ、まだ少女であるイスカの身長を考慮してもかなりの大きさで作られていた。

 

 この先に居る母親へ合同訓練の報告をしなくてはいけない。それがイスカをより憂鬱にさせる。既に合同訓練に都市管理部側代表とも言えるイスカが参加した事は都市内外へ公表されており、訓練終了の連絡も都市管理部の他カザヨミか、関係者が母親へと報告済みであるだろう。にもかかわらず訓練終了直後のイスカをわざわざ自身の元へ来させ、報告をさせるのはそれだけイスカが母親に従順であると周囲に知らしめる為なのだろう。

 

 仲が良い、だけではいけない。あくまで嶺渡姉妹は母親に従順な、利用できる駒でなければいけない。それが母親の言動を誘導している都市管理部の思惑なのだろうとイスカはうっすら察していた。

 

 けれども母親はそんな事にも気が付かない。自身が(てい)のいい看板にされている事も、四六時中監視されている黄金の部屋に閉じ込められている事も、都市の全てを自身が手に入れられるなどと勘違いしている事も。

 

 何もかも、知らないでいる。

 

(まあ昔は私もそうだっただけどね……)

 

 ユナを虐め、自身は選ばれたカザヨミだと驕っていた過去を思い出し自嘲する。きっとあの時すべてが自分を中心に回っていると本気で思っていた。目に映るすべてのカザヨミが格下としか思えず、特級とて名ばかりだと勘違いしていた。

 

 雲海の端でユナに助けてもらわなければ、きっと思い込んだままに空を飛び、今頃雲海に浮かぶ塵の一つになっていたことだろう。

 

「……はあ。……お母様、イスカ、ただいま帰還いたしました」

 

 扉の前で重苦しい息を吐き切り、凛とした声で扉の先へと声をかける。舌の先がかゆくなるような慣れない言葉遣いは母親がそのように強要したものだ。

 

 今はまだ嶺渡の姉妹はカザヨミとしての技術習得に努めている、という名目でメディアへ積極的に顔を出してはいない。そもそもとして都市管理部は嶺渡姉妹を母親のように大々的な広告塔として利用しようとは考えていなかった。

 

 姉妹は確かにカザヨミとしては異例の成長速度であり、お膳立てしたとはいえ上級にまで駆け上がった。特級の指導もあり、実力もそこそこ。

 

 だが、そこそこ程度では母親ほどのセンセーショナルではない。

 

 母親は特別。カザヨミも特別。というのが都市管理部としては理想だろうが、そう上手くいかない事も理解している。現状は姉妹揃ってカザヨミとして産んだ母親のみ特別な存在として周囲に認識させ、姉妹が上手く成長すればそちらもあわよくば……といった姿勢だろう。

 

 ……もし、彼女たちの従妹に異常ともいえるほどの才能を持つカザヨミが居ると知られれば、何が何でも彼女を確保しようと躍起になっていただろうが。

 

 

 さて、そういった都市管理部の思惑によって嶺渡姉妹はその姿が各メディアで取り上げられるものの、実力についてはほとんど語られる事は無く、母親の特別性のみがクローズアップされるようになった。

 

 とはいえ姉妹に関して全くの情報が無いというのも不思議に思われるため、母親が声高に自身がいかに特別なのかを主張し都市内外へと影響力を広めていく傍ら、姉妹もある程度の実力があると周囲に認知させるため様々なイベントへと顔を出していった。

 

 先の雲海調査を皮切りに都市外へのボランティアイベント、降害地域復興支援、発現したてのカザヨミと保護者を対象とした説明会などなど。もちろんそれらのイベントに関して姉妹が何かしらの仕事をしたという訳ではなく、まるでマスコットのように笑顔で手を振っていただけなのだが。

 

 そうして姉妹はほどほどに存在感を放ちながらも母親の偉業の証拠として存在し続けていた。けれども雲海でユナに助けられたイスカは表面上の賞賛よりも実力による評価を求めた。本来ならば行かなくてもいい合同訓練へと顔を出したのも、イスカなりの母親に対する反抗であり、実力不足を自覚した故の行動だった。

 

 つまり、イスカが憂鬱であるのは行かなくてもいい合同訓練に参加した事を母親にネチネチと嫌味ったらしく責められるだろうと想像していたからだ。

 

「入りなさい」

 

「失礼します……、!?」

 

 おおよそ母親と娘の会話では無い硬い言葉と共に扉に手をかけたイスカは、力を入れる前に開いた扉から予想外の人物が出てきた事で思わず声を詰まらせる。

 

「……」

 

 そこに居たのはイスカの姉妹。嶺渡姉妹の姉である嶺渡アトリだった。イスカよりも背の高いアトリは目の前のイスカを見下ろすように視線を下げ、僅かに視線を向けたがそれ以上の事は無かった。

 

「ちょ、っと……、なんでアンタ……」

 

 アトリはそのままイスカの脇を通り部屋を後にしていく。驚くイスカを気にする様子もないアトリの様子にイスカは言葉が出ない。

 

 アトリは、ボロボロだった。

 

 身につけている服は大きく損壊し、もはや服としての機能を果たしていない。手足はもちろん、襤褸切れから覗く肌も痛々しい痣や傷が見え隠れし、火傷や凍傷の痕がいくつもある。髪の毛も毛先が焼けて目も光が無い。

 

 妹であるイスカを見ても何も言わず、無視するような様子に過去のイスカならば無視するなと怒りを露わにしていただろう。だが、日々の訓練によって周囲の状況を冷静に把握出来るようになってきたイスカには分かった。

 

 あれは無視したのではなく、自分(イスカ)を把握できていない。人を認識できる精神状態ではない。

 

「っ、…………お母様、失礼します」

 

 あれが、かつて憧れ嫉妬していた姉の姿なのか。自身が合同訓練に行っている間に何があったのか。姉は無事なのか。様々な疑問と不安がごちゃまぜになりながらも、イスカはアトリを追う事はできなかった。

 

 

 なぜなら、どれだけ技術を磨こうと、どれだけ周囲のカザヨミが自身の大切なものとなっていこうと、イスカの中でまだ母親は脅威足り得たからだ。

 

 

 母親はまだ、イスカの中で逆らえない絶対的な恐怖としてあり続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがね。流石私の娘」

 

 満足げに微笑む母親の顔をイスカは貼り付けた笑みでやり過ごす。

 

 金箔まみれの椅子に腰かけ、精巧なガラス彫刻の施されたテーブルに置かれたカップに口を付ける母親の姿は彼女の考えうる限りの贅沢を実現させた姿なのだろう。それを否定する者もおらず、否定できるだけのまともな人材は既にいない。まさしく此処は母親の支配する空間そのものだ。

 

 と、本人は考えている事だろう。実際はそのように思い込むよう都市管理部が(こしら)えたハリボテである事実をイスカは母親と距離を置くことで知った。

 

「まったく、"鳥飼い"はなんでああも融通が利かないのかしら。別に怪我するわけでもないのにねえ」

 

 鳥飼い、というカザヨミ管理部の蔑称を口にする母親に思わず口元が苦々しく歪みそうになるのをイスカは必死に押さえ込む。こちらへと軽口を叩くような雰囲気を漂わせる母親だが、その眼光は決して笑っていない。

 

 イスカが参加した合同訓練は、本来イスカが参加する予定ではなかった。生まれながらに上位存在であるカザヨミに訓練や練習といった行為は不必要である、というのが都市管理部の考えだった。

 

 カザヨミとて怪我をすれば痛いし、痛みがトラウマとなって空を飛ぶことが出来なくなる事もある。それらの事実を都市管理部は無視して、カザヨミは完璧な生命体だと思い込んでいる。

 

 

 合同訓練に参加し、目覚ましい成果を上げた。今回のイスカの行動はそのように都市内外に報じられ、賞賛される方向で情報が流布された。母親はそれを無駄に労力を使ったと考えているらしかった。わざわざ合同訓練などというものに参加せずとも、人の上位存在であるカザヨミなら煩わしい雲の中も楽々飛んでいけるだろうにと、本気で思っているのだ。

 

「まあいいわ。貴方のすごさを知らしめられた訳だしね。これで貴方も満足したでしょ」

 

 "訓練など無駄な努力だ"。暗にそう言い放つ母親は手を振ってイスカを部屋から追い出そうとする。勝手な行動を願い出た不出来な娘に現実を分からせたと満足げな母親は金の玉座にもたれかかりイスカを嗤う。

 

 もはや親としての愛は見受けられず、既にイスカも母親に期待はしていなかった。けれどイスカはその場から動かない。

 

「お母様、お姉様はどうされたのですか」

 

「あなたには関係の無い事よ。……なに、その目は?」

 

 母親の顔が僅かに曇る。自身が出て行けと言えば素直に出ていく人形だったイスカが反抗的な視線を向けているのが気にくわない母親はイスカを睨みつける。いつもならばそれで怯えるように退出していたイスカ。

 

 だが、それでもイスカは動かない。

 

「先ほどお姉様とすれ違いました。なぜあのような恰好でお母様の前に出てきたのですか? あまりにも失礼では?」

 

 髪も肌もボロボロ、服も端切れのようになり果てていた。そんな姿で偉大なる母の御前に姿を表すなど、無礼にもほどがある。

 

 やうやうしく頭を下げ、そのような意味合いの言葉を吐き出すと、母親は飛び起きるように玉座から立ち上がり機嫌良さそうに声を張る。

 

「ふふ!、ああそういう事ね。あの子には特別な仕事を与えていたの。カザヨミなら出来て当たり前な簡単なお仕事をね。……なのに、あの子ったら」

 

 母親は愚痴るように聞いていない仕事の内容までも口にし始める。それは仕方のない娘に呆れるような優しい母親のそれではなく、無能な部下に失望する時のそれだった。

 

 話によるとアトリは母親を経由して都市管理部より何かしらの命令を受けていたらしい。その内容は……単独で雲海に潜入し、新たな雲海廃墟である灰色ホテルの情報を持ち帰るというもの。

 

「っ、それは……」

 

「ね、簡単な仕事でしょう? 灯台のところと同じようにやればいいだけなのに」

 

 イスカは母親の顔をちらりと覗き見た。その表情は決して仕事を失敗したイスカをバカにしている訳でも、皮肉交じりに非難しているわけでも無かった。

 

 母親は本気で、雲海の未踏破領域をアトリなら踏破出来ると思っている。カザヨミが絶対的な存在であり、決して死なない不死身の存在だと信じている。母親が都市の上層部所属となってから今までカザヨミの被害が無かったことと、雲海を難なく飛行できる"ハヤブサ"の出現によって母親の思い込みは加速している。

 

 だが、カザヨミは決して不死では無い。カザヨミとしての能力を鍛え、操る(すべ)を身につけなければ只の人と変わりない。それは母親は知らない。知ろうとしない。

 

「困ったわねぇ……こんな簡単なコトも満足にできないなんて、カザヨミ失格だと思わない? はあ、次は誰を雲海に送ろうかしらぁ……?」

 

 わざとらしい母親のため息と、こちらを見定めるような気持ち悪い視線。"合同訓練に参加させてやったのだから、今度はこちらの命令も聞きなさい"とでも言いたそうな態度。

 

 そこでイスカは理解した。なぜ姉の事を聞いた時、母親が上機嫌になったのか。……姉の代わりを見つけたからだ。

 

「そう、ですね……、お姉様にはお休みが必要でしょう。代わりに私が」

 

「ええ、そうして」

 

(……ふざけんじゃないわよ)

 

 イスカは顔を伏せ、唇をかみしめる。母親はカザヨミどころか娘にさえ興味が無いようだ。例えカザヨミが不死な存在だと信じていたとしても、イスカが娘であることに変わりは無い。なのに、母親は娘を心配する素振りすら見せない。

 

「それでは、失礼いたします」

 

 歪んだ自身の顔を隠すように頭を下げたイスカは足早に退室する。報告を済ませたならもうここに居る意味は無いとばかりに扉を開ければ、入れ替わりで数人の人間が部屋へと入ってくる。誰も彼も母親にすり寄り持ち上げる為だけにやって来る都市管理部の人間だ。

 

「シト様。本日のご予定ですが──」

 

 母親、嶺渡使都(シト)。かつての名前を捨て、都市を制するものとして新たな人生を歩む自身に名付けた母親の新たな名前。もはや姉妹さえも元の名前を思い出す事はできない母親の姿を、イスカは扉が閉まり切るのを待たずに視線から外した。そんなことよりももっと考えるべき事がある。 

 

「……お姉ちゃん……」

 

 ほんの一瞬すれ違っただけであるが姉のアトリが酷い状況であるのはイスカも何となく分かった。多少の傷ならば難無く治るはずのカザヨミの肌があそこまで損傷しているのは異常と言える。

 

 カザヨミは肉体的、精神的に安定していなければ飛行能力に大幅な制限がかかる。おそらくアトリはそのどちらもが限界に近い。肉体はもちろん、精神も……。

 

「……」

 

 アトリとすれ違った時、彼女は小さく何かをつぶやいていた。イスカを見ようともせず漏れ出る小さな呟きはカザヨミでなければ聞き逃すほどの小ささ。けれどイスカはその呟きが、何故かいやに耳についた。

 

「"声が聞こえる"」

 

 そう呟いたアトリの目にはイスカも、母親も……あるいは自分自身さえ映っていないのかも知れない。けれど、それでも、イスカにとってアトリは姉であり続けた。

 

 姉がこれ以上壊れてしまわないように、自身が飛べばいいというのなら。

 

「やってやろうじゃない……アンタのいう通り、行ってやるわよ灰色ホテルに」

 

 振り返った後ろに見える悪趣味な扉の向こう、あるいは遥か雲海の彼方へ、イスカは憎たらしく吐き捨てた。

 

 

 

 

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