愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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91羽 羽繕い配信

 

 それはユナが合同訓練から帰って来た夜の事だ。ユナはその時の体験を嬉々としてクラコに聞かせ、クラコは楽しそうに語るユナに言葉を返しながら合同訓練の内容を端末にまとめていた。

 

「それでねっ! セキレイさんと、瀬黒さん! あとあといっぱい友達できたよ!」

 

「それはよかったわねえ~」

 

「えへへ~」

 

 クラコが端末の前に座ればその腕の中がユナの居場所となる。クラコの胸元へと猫のようにするりと滑り込んだユナは満足そうに微笑んで脱力し、体をクラコへと預けた。

 

 クラコはもたれかかるユナを支えるようにして抱き留めるが、そもそも小柄で体重も平均より軽過ぎなユナがクラコの負担になることは無く、ただユナの平均より暖かい体温を感じるだけだった。

 

「……」

 

「? クラコさん?」

 

 不意にクラコはそんな重ささえも感じられないほどのユナの頭に手を置き、優しく撫でた。

 

 ユナと比べればクラコは大人の女性と言えるだろうが、それでも小柄で男性と比べれば力は弱い。そんなクラコでもユナを簡単に抱えられるほどに、ユナはあまりにも希薄だった。カザヨミなので存在感という意味ではこの世界でも有数であろうが、それでもふと消えてしまいそうな曖昧な不安定さをユナは纏っているように思える。

 

 カザヨミという人とは異なる存在であるからか、あるいは雲海という異界を悠々闊歩できるからか。それともまだ幼い少女に過ぎないからか。

 

「もう、本当にユナは可愛いわねえ~」

 

「わ、わ、わ!? クラコさん!?」

 

「一日居なかっただけですごく寂しかったんだから!」

 

 冗談めかしてそう言いながらクラコは胸元のユナを優しく抱きしめた。突然の事に困惑しながらもユナは拒絶しない。クラコの行動の全てが自身を傷つけるものでは無いと理解しているからだ。

 

 ほんのちょっぴり恥ずかしくはあるが、それがクラコらしくてユナは好きだった。

 

「あの、クラコさん。ちょっとだけ、お願いがあって……」

 

「あら珍しい。なにかしら?」

 

 ユナが上目遣いでクラコを覗き見ればクラコは思わず口元が緩む。そんなクラコへとユナは思いもかけないお願いを口にした。

 

「お姉ちゃんと……イスカお姉ちゃんともう一度お話ししたいんです」

 

「……本気?」

 

 思わずクラコはユナの言葉の意図が理解できず、責めるような声音が出てしまう。それでもユナの瞳はまっすぐにクラコを見つめ返している。

 

「だって、またねって、約束したんです」

 

「……会っても、ユナに良い事は無いかもしれないわよ?」

 

 ユナが嶺渡姉妹に対して義務的な意味で交流を求めていたのならクラコはもっと厳しい言葉でユナの言葉を否定しただろう。彼女たちに関わってもユナは不幸になるだけだ、と。

 

 しかしユナは言葉通りの感情でクラコへと訴えた。自身を虐げていた嶺渡の姉妹をお姉ちゃんと抵抗なく呼んでいるユナは、心から彼女を姉として見ているのだろう。

 

「良い事ならあります。お姉ちゃんとお友達になれます。セキレイさんや、瀬黒さんやカザヨミのみんなとおんなじように」

 

 クラコの顔は決して明るいものではない。どうしてこの子は此処まで他人に心を砕く事が出来るのだろう、どうしてその過程で自身が犠牲になる可能性に怯えないのだろう。

 

 きっと、これもまたそのようにユナが育ったのは自身のせいなのだろう。見返りを求めず、ユナの笑顔が見たいが為に救った自身(クラコ)の背を見て育ったから。

 

「……、後悔はしないのね……?」

 

「うん」

 

 力強く頷くユナを見てクラコはようやく観念した。ユナ本人が嶺渡との交流を求めるのならばもうクラコがユナを制止する事はない。ユナがそう望んだのだから、保護者として見守りながらも自由にさせるべきだろうと。

 

「……まったく、本当にこの子は」

 

「えへへ」

 

 クラコがいたずらっ子を軽く咎めるようにぐりぐりと頭を撫でさすってやるとユナはきゃー、と可愛らしい声を上げながらクラコの腕より逃げようとする。けれど本気で逃げようとしているわけでは無いのでクラコに撫でられるままでユナは楽しそうにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近オウミ都市のカザヨミ訓練施設はこれまでとは異なる空気が流れている。それまでまともに座学の授業に顔を出さなかった下級のカザヨミが自主的に授業に顔を出すようになったり、飛行訓練にて教導の上級カザヨミの指示を守ったり、カザヨミ管理部としてはなんともありがたい状況が繰り広げられていた。

 

 わがままに振る舞うカザヨミは減少し、訓練施設外でも翼を出さない者たちもポツポツと目立つようになってきた。それらの良き変化が始まったのは、一部のカザヨミが合同訓練より帰還したあたりから。

 

 合同訓練への参加を土壇場でキャンセルしたカザヨミや、そもそも訓練への参加をしなかったカザヨミたちは彼女らの変化に大いに驚いた。今まで自分たちと同じ位置にいたはずの彼女たちの視線ははるか遠く、何処かに定めた目標を見つめているように鋭かった。それを訓練不参加を選択したカザヨミは一様に気味悪がった。

 

 そう、気味が悪いと遠巻きにした。今まで自分たちと一緒になって愚痴と悪態をつきながらカザヨミであることを誇っていた彼女たちが、それらを口にする時間が惜しいとばかりに座学の内容をノートに収め、飛行技術に関する教えを上級へと()う姿は人が変わってしまったと思えるほどだった。

 

 だが、そんな彼女らの変化の理由は今回行われた合同訓練に関する内容が公開されたことでさらなる衝撃となって彼女らを襲った。

 

 

 合同訓練という名の合同昇格試験。

 

 全体の八割が級を一つ上げ、三割が下級から上級の仲間入り。

 

 配信界隈で絶大な知名度を誇るカザヨミ配信者、ハヤブサとの共同訓練。

 

 

 訓練内容までは公開されなかったが、カザヨミ管理部が公開したそれらの情報は瞬く間にオウミ都市全体を駆け巡り、周辺都市さえも驚きをあらわにした。所在不明、所属不明、何もかもが不明の特級レベルのカザヨミ。それが何故か都市の合同訓練に参加し、多くの都市カザヨミたちと交流を持った。何も知らない各都市からすればなんとも寝耳に水な内容だったろう。

 

 訓練不参加のカザヨミたちは参加したカザヨミたちに嫉妬の視線を向けた。もし自分が参加していたら、絶対に昇級し、上級となっていたはずだ、と。

 

 訓練がどれほど辛く、困難なものだったかなど考えもせず、訓練参加者が与えられた恩恵だけを羨ましがる彼女ら……。だが、そんな彼女らに目もくれず、訓練に参加したカザヨミたちは今も互いに空を飛び、同じ授業に参加している。

 

 そんな状況を察したカザヨミ管理部代表の先生は状況の改善を図ろうとしたが、都市管理部代表のシトはそれよりも速く、妬み嫉みに塗れたカザヨミたちを確保した。

 

 皮肉にも合同訓練によって都市全体の有能なカザヨミの救い上げに成功したが、同時に多くの下級が都市管理部からの勧誘に頷く事態となり、オウミの都市のカザヨミ勢力は明確に二分化されてしまう事となった。

 

 

 

 とはいえそんな状況も現場のカザヨミにとっては意識する必要もない事柄という認識だった。表面上、両者は協力関係を構築していると表明しているし、都市の危機は両管理部にとっての危機であるため、どちらか片方の管理部だけが危機的状況に陥る訳もないという考えがあったのだ。

 

 なので多くの下級は豪華な生活を求めて都市管理部へと下り、それ以外はユナの背中を追ってカザヨミ管理部で訓練に明け暮れていた。

 

 

 そして、それは座学や飛行訓練だけに留まらない。

 

 

 

 

 

「みれー……、じゅんび……できた?」

 

「あ、うん……たぶん大丈夫だと思う、かな?」

 

「むう、……みれー、なんだか余裕そう」

 

「え? そ、そうかな……? 私だってちょっと緊張してるよ、セキレイちゃんとこんなコトするなんて、考えたこともなかったから」

 

 日が沈み切った真夜中。もうすぐ日付が変わろうかという深夜帯であるにも関わらず瀬黒とセキレイの二人はまだ起きていた。

 

 いつもならば瀬黒は座学の復習で机に向かい、セキレイはゲーム機や本を片手にベッドに横になるのが常だった。夜深くなればセキレイはペンとノートを片付けセキレイといくらか雑談したりゲームを嗜んだりしたのち、それぞれのベッドで眠りにつく、というのがいつもの光景だった。

 

 だが、今夜に限ってはそのような日常は鳴りを潜め、仄かな机の灯がぼんやりと部屋の輪郭をなぞるだけ。

 

「おおー……」

 

「な、なにさセキレイちゃん」

 

「おおきい」

 

「何が!?」

 

 その日、セキレイと瀬黒の二人は部屋の隅に設置されたセキレイのベッドの上にいた。瀬黒は少し大人びたパジャマを身に着け、セキレイはワンピース……所謂ネグリジェを纏っていた。

 

 飛ぶ事以外は特に興味を抱かないセキレイは眠る時も部屋着である事が多く、その様子を見かねた瀬黒がわざわざ一緒に買いに出かけた一品だ。ネグリジェと言っても子供用の可愛らしいものなのでいかがわしさは微塵もない。

 

 けれど、今現在においてはそのような言い訳じみた説明はなんの説得力も無かった。

 

 セキレイと瀬黒はベッドの上で微妙に距離を保ちつつ座り込む。瀬黒はいつもと異なる状況に言葉たどたどしく、セキレイはものの見事に固まってしまっている。

 

 そんなセキレイだが薄闇の中、僅かな光で現れた瀬黒の体のラインに思わず声が漏れる。年齢的にも瀬黒の方が発育が良いのは理解するが、それにしてもあまりにも格差があるのでは無いか。

 

 カザヨミは翼でエーテルを掴み空を飛ぶ。故に体の凹凸はほとんど飛行に関係なく、だからこそセキレイは自身のぺったんこ具合を誤魔化す言葉を思いつけなかった。

 

「そ、そんなジロジロ見ないのっ! あ、ほら! もうすぐ始まるよ!」

 

 瀬黒がそう言いながらベッドに放り出していた端末を操作する。画面には配信サイトのBWが映し出され、もうすぐ始まるであろう一つの配信を表示する。

 

 既に日付が変わる頃合いにも関わらず、配信が始まるのを待っている視聴者の数はかなり多い。配信開始の告知も無く、それとなく別の配信で告げられただけの時間に"そういった"内容に興味のある者たちが集まった。

 

『みなさん、こんばんは。……まさかこんなに来てくれるなんて思ってなかったけど……とにかくありがとうございます』

 

『えと、こんばんはー』

 

 配信が始まると映像は薄暗い部屋を映すところからはじまった。隅に置かれたいくつかの可愛らしい人形やクッションが薄暗い明かりで仄かに照らされている。画面中央に設置されたベッド、そこに腰を下ろす女性は口元を隠すマスクごしに微笑み、小さく手を降る。

 

 それだけならばそこまで珍しい配信ではない。

 

 動画配信サイトBWはどんな視聴者も、どんな投稿者も受け入れる。女性の配信者も珍しくなく、むしろカザヨミ配信者の台頭によって増加傾向にある。とはいえ本来ならば人の少ない深夜帯に同時視聴者数が数万に昇るなど、成人向けコンテンツを禁止しているBWではなかなか無い現象だ。

 

「この人がクラコさん……」

 

「ユナちゃんがすっぽり収まってるの見るとやっぱり大人のひとって感じがするね……」

 

 だが、圧倒的な視聴者数の理由はすぐに判明する。画面に映っている女性はあのハヤブサチャンネルのもう一人、クラコだったからだ。

 

 クラコは薄暗い寝室でにこやかに目を細め、振っていた手を膝の上に座る少女を撫でるほうへと移行させながら話を進めていく。膝の上に座る少女……つまりはハヤブサチャンネルのもう一人、ユナなのだがユナに関しては特に顔を隠しているわけでもなく、自然体でクラコの胸元に収まっていた。 

 

 ユナは時折顔を上げてクラコへと視線を送り、視線に気付いたクラコが笑みを返すと幸せそうにユナも微笑み、足をパタパタと機嫌良く動かす。そんな一連の流れだけで、画面に映る女性が正真正銘、ハヤブサチャンネルのクラコでありユナのパートナーであり、ユナの……、ユナの羽繕いを担っているのだと理解できた。

 

「ごくり……」

 

「あはは……なんというか、ほんとに近いなァ……」

 

 深夜帯に始まったハヤブサの配信、それは今までの探索配信や雑談配信とは異なる雰囲気が漂っていた。これまで雲海廃墟のマップ作成配信などでクラコの手が配信に映されたことはあったが、全体像が確認できたのは今回が初めての事だった。

 

 クラコの顔はマスクで隠されてはいるが、ユナよりも頭ふたつ分は背が高く、肩まで伸びた茶色い髪がサラサラと流れる様子に不思議な色気を感じさせる。

 

「……手、おっきいね」

 

「そ、そうだね……思ったより大人の人って、大きいんだよね……」

 

 瀬黒とセキレイは幼き頃カザヨミの力を発現してから都市の寮で暮らしている。そのため身近にいる大人となれば親かカザヨミ管理部の人間くらいで、親以外の人間は積極的にカザヨミへと接近することはない。

 

 なのでユナがクラコとこれ以上ないほどに密着している様子は瀬黒とセキレイにとってなんとも新鮮で、何処かドキリとする光景であった。先日の合同訓練で共に空を飛んだ友人が、見知らぬ女性の腕の中にすっぽりと収まり、そして幸せそうにしている。

 

 もちろん見知らぬ女性、という評価は二人から見ての評価なので視聴者が映像だけで測れない深い関係性がユナとクラコにはあるのだろうと瀬黒はなんとなく理解できていた。

 

 それでも、やはり友人であるユナの知らない一面を不意に目撃してしまった二人の感情はほんの少し、揺れ動く。

 

「うぅ……初っ端これじゃあ心臓もたないかも……」

 

「ん……ユナ、期待してるみたい……」

 

「ちょ、口にしないで」

 

 画面の向こうのユナが再びクラコと視線を合わせればクラコの指先が、撫でていた頭から離れてユナの首元を優しく撫でる。くすぐったそうにユナが目を細めれば指は肩を撫で鎖骨を撫で、そのまま下へと……

 

「これ、ほんとに見てていいやつ……!?」

 

「みれー声大きい、隣の部屋に聞こえる」

 

 薄暗い寮室のベッドの上で縮こまりながら小さな携帯端末を凝視する瀬黒とセキレイ。ヒソヒソ声は過激な映像によって悲鳴に変わりそうになるものの、けれど映像から目を話すことはない。

 

『んっ』

 

「ヤバいヤバいヤバいってェ……!!」

 

「大丈夫……ただの羽繕いだから」

 

「なんでセキレイちゃんはそんな冷静なのさ!?」

 

「……ただの、羽繕いだから」

 

「自分に言い聞かせてるじゃん!」

 

「みれーうるさい。みれーだって見たいって言った。ヤりたいって、言った」

 

「今ここでそれ言ったら語弊があるって!」

 

 瀬黒とセキレイが深夜に隠れて視聴しているもの、それはユナとクラコの二人による"羽繕い"の仕方に関する配信だった。ハヤブサチャンネルでは様々なカザヨミに関する情報やカザヨミに近しい者たちの相談事などが話し合われている。その中でも最近コメントで頻繁に話題となるのが、羽繕いについてだ。

 

 合同訓練でユナの羽繕いを目の当たりにしたカザヨミ達が本格的に羽繕いの方法を水面下で調べ始め、次第に合同訓練に参加していないカザヨミたちへと興味は伝播していった。その結果、彼女たち本人あるいは近しい者たちが羽繕いの方法を知りたがり始めたのだ。

 

 当然知りたければネットや書籍で簡単に羽繕いの方法を知る事はできるが、そもそも羽繕いを恥ずかしい行為だと認識していた都市のカザヨミ達はそういった情報を検索することも、書籍を手に取ることさえためらいがあった。

 

 通常親しい者としか行わない羽繕いという行為。故に目にする機会など皆無であり、だからこそ下級達は疑問に思っている。他のカザヨミは本当に羽繕いをしているのか? と。

 

 書籍やネット、あるいは座学の授業で羽繕いの有用性は説明されていても、実際に目にしたことのない下級には眉唾な行為としか思われない。そのせいで情報そのものの真偽さえ疑ってしまうのだ。

 

 そんな羽繕いに興味があっても一歩踏み出せないカザヨミのために行われたのが今回の羽繕い配信だ。文字や言葉だけでなく、実際にシているところを見せればいいじゃない、という。

 

 なお発案はユナである。

 

「……なんか、えっちい」

 

「それだけは言っちゃだめだよセキレイちゃん……」

 

 とは言いつつも瀬黒は画面から目が話せない。瀬黒はそこまで羽繕いに忌避感を抱いていないため、セキレイが深夜の羽繕い配信を一緒に見ようと言いだしたときは軽い気持ちで了承した。

 

 なのに始まった羽繕い配信は薄暗い中でユナとクラコの二人がこれでもかと密着し、艶めかしい手の動きでユナを翻弄するクラコとそれを受け入れるユナの姿がしばらく垂れ流しになっている。

 

『羽繕いは当然翼に触れるわけだけど、いきなり触れてはダメよ。カザヨミの子も驚いてしまうから』

 

 クラコの口調は穏やかで、配信の向こうにいる視聴者へと丁寧に説明するように話を進めていく。

 

 実際のところクラコは視聴者が羽繕いを初めて行うか、もしくは久しぶりに行うだろうという想定で説明を行っていた。翼に触れられるというのはカザヨミにとってはなかなかに衝撃的で、それがストレスになることもある。

 

 クラコがこれでもかとユナの身体に触れて、それをユナが受け入れているという状態を見せつけているのはそれだけの信頼関係がなければそもそも羽繕いはしてはいけないという無言の忠告だった。

 

『と、こんな感じかしら。みんなもやってみて』

 

「……だってさ、みれー」

 

「うえ!? わ、わたしから!?」

 

「背中だして」

 

「ためらいなさすぎるってばぁ!」

 

 ようやくユナとクラコのスキンシップが終わり、本格的に羽繕いが始まろうかという状況になって、セキレイは瀬黒にすっと視線を合わせた。未だ表情は硬いものの、なにかとてつもない覚悟を決めたような視線を送るセキレイに瀬黒はたじたじ。

 

 とはいえ二人は元々羽繕い配信を手本にしながら実際に羽繕いをしてみようと考えていたのでこんな状況になるのは想定通りではあったのだが、あまりにも勢い任せなセキレイの様子に汗が流れ声が上擦る瀬黒。何なら汗のせいでこれ以上近づいて欲しくないという思いまで浮かぶ始末。

 

 瀬黒とて羽繕いの経験はある。といっても道具を使ってセキレイがいないタイミングを狙ってほんの少しだけだが。それでも当時の羽繕いの感覚はなんとも言い難いものがあった。本来人間にあるはずのない敏感な器官を直接触っているような、触ってはいけないものに触れているような気持ちを抱いたのを覚えている。

 

「はやくだして……だせ」

 

「言葉強くない!?」

 

 ワタワタと慌てたように手を振り近づくセキレイを押し留めようとするがセキレイは止まらない。瀬黒の手を掴み自身へと引っ張る。そうすると瀬黒はセキレイへともたれかかるようにしてバランスを崩してしまう。

 

「んー……」

 

「せ、セキレイちゃん……?」

 

 だが、体格としては瀬黒のほうが大きく、セキレイは倒れ込む瀬黒を支えきれない。受け流すように瀬黒をベッドへと倒し、セキレイは少し考えた後、瀬黒へと馬乗りになる。

 

「えと……あの、セキレイちゃん? このままだと……ほら、翼が出せないから一旦どいてもらって──」

 

「クラコ、さんが言ってた。羽繕いの前に、スキンシップ。大事」

 

「え? あ、うんそうだね。それじゃあどいてもらって、ってセキレイちゃん!?」

 

 セキレイは馬乗りになりながら瀬黒の胸元に手をかけパジャマのボタンを外していく。瀬黒よりも小柄なセキレイだが、瀬黒は自身が身体を動かすとセキレイがバランスを崩してベッドから転がり落ちるかもしれないと思い、無理やり抜け出すことはできない。そうこうしているうちに瀬黒の弱々しい抵抗虚しくパジャマのボタンは解かれていき、セキレイの手がパジャマの内をさらけ出していく。

 

「ん」

 

「ん、じゃないんだけどぉ!?」

 

 すでにパジャマの上は開かれ、おヘソまで露わにされてしまった。流石に下着はつけているものの、瀬黒の羞恥はツッコミで紛らわせないレベルにまで達しようとしている。

 

「……みれーは」

 

 ふと、顔を真赤にしている瀬黒へとセキレイが覆いかぶさる。正確には馬乗りになった状態で上半身を動かし瀬黒の耳元に自身の顔を近づけた。そこでようやく瀬黒はセキレイが、自身と同じかそれ以上に顔を真っ赤にし、瞳を潤ませていることに気がつく。

 

 感情の高ぶりと羞恥を含ませながら、それでも瀬黒が相手ならば……というセキレイの感情はか細く声となって紡がれる。

 

「みれーは、私のこと、きらい?」

 

「そん、な……ことない、けど……」

 

「ならおーけー」

 

「私は全然おーけーじゃないんだってばぁ!!」

 

 その後、セキレイは配信の通りに、これでもかと丁寧な羽繕いを瀬黒に施していった。配信の内容がわかりやすくゆっくりと進行していったおかげで他人の羽繕いを始めて行うセキレイでも瀬黒が痛がることはなく、むしろ未知の気持ちよさに身悶えしてくれるほどだった。

 

 たまらず瀬黒が逃げ出そうとしても早々に瀬黒の翼の弱いところを把握したセキレイが的確にそこを責め立てるせいで力が抜けて逃げられない。ベッドから這い出ようとしても弱いところを触れられながらベッドへと引きずり戻される。そんなことを数回繰り返すと流石に瀬黒も観念したように与えられる感覚をなんとか耐えようとセキレイの名を呼びセキレイに体に手を回す。

 

「ん、みれーかわいい……」

 

「なに、んあ!? 言ってんのさァ!?」

 

 次は絶対に私が羽繕いやってやるからな。

 

 快感に翻弄されながらも瀬黒は敏感な自身の翼を恨み、まともに羽繕いしていなかった事を後悔し、同じ事をセキレイにヤッてやると固く誓う。もはや声を押し殺すことさえできず、隣の寮室にまで届きそうな嬌声が響くが、それを気にする必要はなかった。

 

 なぜなら瀬黒とセキレイの部屋の隣も、そのまた隣も、二人と同じような状況が繰り広げられていたからだが、その事を知る者は幸いにも居なかった。

 

 

 

  

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