クラコとユナが発見し、はいいろホテルと称していた雲海廃墟はオウミ都市がその名を正式名称として決定し、名を灰色ホテルとしてカザヨミたちに周知された。正式名称の決定と共に灰色ホテルの探索に関するルール制定も行われ、灰色ホテルへの侵入にはカザヨミが所属している都市の許可とヒエイ雲海を監視しているキョウト、あるいはオウミの都市からの許可が必要となった。
これにより今まで曖昧にされていた灰色ホテルへとカザヨミの無断侵入が明確に禁止となりそれまでユナの配信の影響で自粛状態だったものが明文化、もしも違反したカザヨミが発見された場合、その所属都市への厳重注意、本人への飛行禁止処置などの罰則が課されることになる。
この制定されたルールは雲海調査に関する周辺都市との複数協定にまたがる形で明記され、主に危険区域への飛行協定、カザヨミ保護協定、雲海資源協定などへ新たに追記され、更新される事になった。
つまり、ただ一人のカザヨミが自身の意思で灰色ホテルへの無断侵入を行ったとしても、そのカザヨミが所属する都市はカザヨミの管理不行き届きで各協定を侵害したと判断され、協定参加都市全てより非難されることになる。
都市そのものが防衛のためのカザヨミを除き全体的な飛行自粛を余儀なくされ、雲海への探索許可も取り下げられる。資源獲得の機会を失ってしまう事を恐れた都市は制定されたルールを粛々と受け止め、所属カザヨミに遵守を厳命した。
しかし、そんなルールをほぼ無視できる立場にあるカザヨミ達がいる。それがオウミ都市の都市管理部所属カザヨミだ。
前述した制定ルールと更新された協定をまとめたのは管轄であるオウミ都市管理部であり、故に都市管理部に認められた形である都市管理部所属カザヨミは灰色ホテルへの侵入許可を必要としない。
正確には、許可を取らなければ行けない所属都市、及び雲海監視都市の両方が所属都市なので、それらの許可を"すでに得ている"扱いをされるというように解釈されている。
ともかく、厳格化した灰色ホテル探索のルール制定はオウミの都市管理部にとって都合のいいように設定されたと言うわけだ。
『まあ、これはあくまで都市所属カザヨミに課せられたルールなんだけどね』
「あはは……」
ユナは灰色ホテルの雲内を飛行しながら耳元で聞こえてくるクラコの話に耳を傾けていた。都市での政治ごっこなどクラコにとってはどうでもいい事柄であるが、ここ最近は都市のカザヨミや先生との交流も増えたことで最低限の情勢は把握しておいたほうがいいというクラコの言葉に従い、ユナもそれらの話をある程度聞いてはいるものの、それらを説明した後にバッサリと"自分たちには関係のないことだけど"と言われれば苦笑するしか無い。
前述したルールとそれに抵触した場合の罰則は都市に所属するカザヨミあるいは都市そのものに適応される。つまり都市に所属しておらず、都市との関係も希薄なユナにとっては気にすることでは無い。ユナ自身は都市に友人や合同訓練で仲良くなったカザヨミが居るので少々複雑な心境であるがクラコは当然だろうと考えていた。そもそも都市に所属した場合の恩恵を受けていないので義務だけ求められても困るというものだ。
『さあ、見えてきたわね。着陸できそうなポイントを探しましょう』
「うん」
すでに灰色ホテル最外周の衛星の探索を終え、衛星の散開と集合のサイクルを数度観測したユナとクラコは新たな衛星の探索を始めようとしていた。1つ目の衛星の周囲をくまなく探索し、エーテルの観測を密にした結果、二人は衛星と次の衛星とをつなぐエーテルの流れと空路を見つけるに至った。
だが、ユナとクラコが最外周の衛星の探索を大方終わらせ次の衛星へとわたる道を探し始め、実際に見つけるまでに掛けた時間はおよそ一週間。まだ道さえ見つけていない未探索衛星が5つもあると考えると灰色ホテル全体の探索は想像以上の長期間にわたるかもしれない。
『……思ったよりも建物の種類が少ないわね……どう? ユナ』
「うーん……見た目通り、かな? 不思議なところはないよ?」
『そう。……気をつけて進むのよ?』
「うんっ!」
クラゲが鎮座する星を中心として周回する衛星はそれぞれが決められた瓦礫によって構成されている。最外周の衛星は主に宿泊施設と民家が組み合わさった廃墟群を形成していたが、次の衛星はまた異なる雰囲気を漂わせていた。
「でも、なんだか不思議ー。木の匂いがするー」
ユナが降り立った新たな衛星はいくつかの旅館だったものが組み合わさった廃墟群らしく、民家やコンクリート造りの建物らしき影は見当たらない。空間そのものがその場に停滞している雲海廃墟ではかつて地上に存在していた空気感さえもそのままに雲に飲み込まれている。木造建築らしい爽やかな木の匂いはもちろん、かつての温泉街の残滓が熱を仄かに感じられる湿気として漂い、硫黄の匂いも合わさってユナに不思議な空間の先へと誘う。
『このあたりの構造は古い温泉旅館らしさが残っているわね。前の衛星はほとんど朽ちた建物ばかりだったけど、ここは……』
ユナが探索する衛星の構造は前回の衛星とは異なり、恐ろしいほどに"整っていた"。建物が横倒しになったり逆さまになってくっついていたりせず、まるで人が違法増築を繰り返した果てに生み出された巨大な建築物をそのまま星の形にしたかのような様相を呈していた。
「クラコさん……なんだかおかしいかも」
『そうね……あまりにも綺麗すぎるわね……』
ユナは無秩序な廃墟群を探索するつもりでいたのに実際に足を踏み入れたそこは、土足で立ち入るのをためらうほどに掃除の行き届いた老舗の旅館という具合だった。
そして何より二人を困惑させたのは、旅館のどこにも結晶が析出していなかったことだ。
雲海廃墟が空間ごと雲海に呑み込まれた廃墟だとしても、雲海の高濃度エーテルによって結晶の析出はあらゆるところで発生する。雲海内のエーテル濃度の過剰濃縮で生まれた純停滞結晶が雲海廃墟に降り注ぎ、それらが新たな核となって結晶の析出起点となる。
基本的に雲海廃墟の停滞結晶は一度結晶として実体化すると周囲のエーテルを誘引し成長を続ける。どれほど小さな結晶でも徐々に成長しその姿を表すものなのだが、ユナが探索する旅館はそのような結晶が全く見当たらない。
……いや、全くと言うのは間違いかもしれない。
「クラコさん……この明かりって」
『電気が通っていない以上、停滞結晶によるものでしょうね……。でも、こんな人が調整したような……』
通路の壁に設置されている小さな灯籠の形をした照明器具。本来は電気によって明かりを確保していた代物のハズだが、現在それらには青白いエーテルの夜光が灯っていた。
通路に等間隔で置かれたすべての器具に明かりが灯され、中庭らしき場所に設置されている石灯籠にさえ光が見て取れる。常識的な形に落とし込まれた建物の姿と、手入れの行き届いた室内、人の通行を想定した光源。それらが未だ都市が立ち入ることのない領域に構築されていた。
「……だれかいるのかな……?」
『……』
いるわけがない。無意識にそう口にしようとしたクラコは寸でのところでその言葉を飲み込んだ。この衛星を構築している旅館はもともと地上の温泉街に存在していたもので、すでに数十年は雲海に呑まれ、空を漂っていた。そんな場所で人間が生きているわけもない。
だが、この街で生きていた命たちはその姿を変えて今も存在している可能性がなくは無い。
『晶動体……かもしれないわね……』
「そっか……気をつけるね」
『ええ。見かけたらできるだけ刺激しないようにね』
「うん、わかってる」
クラコの言葉にユナは自身に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。かつて両親との再会よりユナにとって晶動体はただの未知なる生物という認識以上のものになっていた。決して人と同じという意味では無いが、ただの動物として接するにはあまりにも生々しい存在としてそこに在った。
失われた肉体の代わりに結晶で構成された身体を持ち、人類に悪影響を与えるエーテルを誘引する関係上、常に高濃度エーテルに塗れている晶動体。エーテルに対する抵抗手段がなければ近づいただけで肺まで結晶まみれになってしまう危険な生物。
現在のユナはカザヨミとしてエーテルに対する高い抵抗性とクラコの道具による誘引制御によって都市の最先端防護服と同等かそれ以上の耐性を獲得している。ユナ自身がむやみに高濃度領域に足を踏み入れ無いようにしているのもあり、ここまでの探索においてエーテルによる被害は軽微な内にとどまっている。
けれど、この領域の異常性が晶動体によってもたらされ、晶動体がこの廃墟群を住処にしているのなら今後どのような被害となるかは予想できない。あちらが敵対的であるならばユナは結晶そのものと相対することになる。
「……クラコさん、見えてる?」
『ええ。おそらくユナと同じ光景が見えてるわ。エーテルによる幻覚ではなさそうね……』
「……まずい?」
『……一度外に出ましょうか。安全な最短ルートを指示するわ』
旅館の廊下を歩くユナは永遠とも思える程に続く長い回廊に違和感を覚える。朽ちる前の建物らしさを維持しているが、ここは雲海の中層でありそれは異常だ。そしてそのような異常な空間がなぜ構成されているのか。
地上の建築物のような様相は、此処に入り込んだカザヨミに不思議と安心感を与える。まるで地上へと帰ってきたかのような錯覚は、かつてユナが逆灯台へと入り込んだ時と似ていた。
……生物の中には、積極的に狩りをする者以外に罠を作り獲物がかかるのを待つ者たちもいる。晶動体にそのような"狩り"をする存在がいる可能性もなくは、無い。
つまり此処は地上に懐かしさを覚えるカザヨミを誘引させ、飲み込むための罠……なのではないか。
「っ、クラコさんちょっとまって!」
『ユナ!? どこへ行くの!?』
クラコが設定した脱出ルートを伝えようとした時、ユナが焦ったような声を出す。
「声が、女の子の声がするの!」
『!? 待ちなさいユナ!! それは──』
翼を発現させ、広いとは言えない廊下を飛行するユナ。翼をできるだけ広げ、それでも壁や床に接触しないギリギリで飛行する。先の見えない道の先はこれまで以上に濃いエーテルに満たされているようで、ユナのケスケミトルへ徐々に結晶が析出していく。
声が聞こえる方へと進むほどエーテルの濃度は上昇していく。もはや結晶化していないのが不思議と思えるほどの濃密な停滞の気配の先で、まったく停滞せずに声だけはクリアに聞こえてくる。
(空間丸ごと飲み込まれたはずなのに……!)
通路内はまばらに濃淡の領域が点在するが濃い領域はユナでさえ回避を優先するほどの濃度となっている。衛星が散開し集合し直した時に巻き込まれた領域なのか、それとも……。
『罠かもしれないのよ! 冷静になりなさいユナ!』
「でも声が!」
『イスカちゃんの言葉を思い出しなさい!』
「!」
かつての関係に謝罪したイスカ、それを受け入れたユナ。二人は合同訓練終了後、早々に再会しそこで雲海の声について話をした。そして、声を聞いたイスカの姉が心身を酷く消耗した状態で帰ってきた事も。
まともに話を聞ける状態ではなかったため、姉のアトリに何があったのかを知るものは居ない。だが、アトリの状態が声の主と何かしらの関係があるのではないか、というのはイスカの言葉だ。
『ひとまず脱出よ。声のことはその後に考えましょう?』
「……うん」
旅館の姿を模倣した雲海廃墟は見た目こそ巨大な旅館であるが雲海廃墟であることに変わりはない。クラコの指示通りに通路脇の非常口を開ければ別の廊下が現れ、個室のドアの先には階段が登場する。狭い範囲で見れば旅館らしさがあるが全体的に見れば矛盾だらけな構造が広がっている。少し探索すればこの建物が旅館として存在しているのではなく、人を惑わせる為に存在しているのだと分かるだろう。
『次の道を右に。階段を登って、それから障子戸を開けて左に』
「クラコさん、階段エーテルでダメっぽい」
『ちょっと待って。……それなら左の渡り廊下へ行って。吹き抜けを飛んで上がって行けるはずよ』
「うん、わかった」
『建物が似ているせいでなかなか正解の図面が見つからないわね……。ユナ、そこは左に行って』
「トラップあるよ」
『ならまっすぐ。その後に左の階段を途中で降りて』
「うん」
廃墟の構造はそこまで複雑ではない。だが同じような木造の旅館が複数組み合わさっているせいでどの道がどの廃墟のものだったのかが判別しづらくなっている。それでもクラコは映像に見える木材の状態から適切な建物の図面を取り出しルートを作成していく。
旅館にも様々な特徴があり、床や壁を見るだけでも建材にこだわっていたり温泉の成分によって変色したりとある程度見分けがつく。もちろんそのあたりの知識がなければすべて同じようにみえてしまうだろうが、クラコは廃墟の図面だけでなく廃墟だった建築物が建造された年代まで遡り、それらの歴史から洗い出しているので問題はない。
「っ! クラコさん……道が、」
突然道を進んでいたユナが焦ったように声を漏らす。ユナの眼の前にはクラコの誘導したルートにはあるはずのない壁がみえる。
『……ユナ、そこは安全?』
「え、と……。うん、大丈夫そう」
『ならそこにいて。周りを映せる?』
「こう?」
ユナがぐるりと視線を動かせば耳元のピアスがキラリと光り、クラコへと映像が送られる。
ユナが立ち止まった道の先には本来あるはずの道は無く、行き止まりになっている。クラコは急いで図面を確認するが、図面上は道が存在している事になっている。
(ここから別の建物に変わって? でも壁の材質的に同じもの……なら、図面がおかしい? そもそも見てる図面が違って……?)
「クラコさん、来た道が……」
『これは……』
振り返ればユナが来た道は無くなっていた。本来ドアがあるはずの後方にはいつの間にか階段が設置され、下から来たはずの道は上へと繋がっていた。
(まったく気が付かなかった。音もなく、勝手に道が変わった……)
おそらくはエーテルによる幻覚に近しいもの、のはずだ。再びユナが周囲をぐるりと見渡せば、やはり先ほどとは異なる光景が映し出される。
『思ったよりもまずい衛星みたいね……ユナ、エーテルは追える?』
「うん。薄い場所を辿っていけば衛星の外に行けそう……時間は、ちょっとかかるかもだけど」
『それでいいわ。私もできるだけサポートするから、無茶はしないでゆっくりいきましょう?』
「うんっ!」
先程からユナとクラコの感覚は一致している。エーテルが充満している雲海にいるユナと、地上にいるクラコの視界は同じ光景を映し出し、同じ音が聞こえ、二人の会話に齟齬は無い。
ならばこの幻覚と思える空間の矛盾はエーテルがユナの心身を侵食し幻覚を見せるたぐいのものではなく、空間に作用しているのだろうと判断される。そもそもとしてエーテルの耐性が高いであろう高練度のカザヨミであるユナが、ケスケミトルの防御を貫通して精神に侵食を受けるとは思えない。
おそらくは衛星が散開と集合を繰り返した時にできた、"道が塞がっていたパターン"で空間の風景が停滞してしまっているのだろう。つまりは幻覚というより蜃気楼のようなものだ。停滞はエーテルの特性であり、故にエーテル濃度が薄い領域でも発生しうる。ユナが見破れなかったのは幻覚を見せるだけの無害で希薄なトラップだったからだ。
『といっても蜃気楼の向こうがどうなっているのかはわからないわ。むやみに突っ込んじゃダメよ』
「わかってるー……、ねえクラコさん。聞こえる?」
『聞こえるわ。でも、わかってるでしょうユナ』
「うん……わかってる」
周囲の構造物が絶えず変化している……ように見える状況となってからユナの耳にはか細い少女の声らしき音がより鮮明に聞こえるようになっていた。それはピアスを通してクラコさえ認識できるものであり、現実として聞こえる音であることは間違いない。
けれどクラコは厳し目にユナへと釘を刺す。現状、声の主を探すよりも一旦衛星から離れるべきだ。一つ前の衛星と変わらない廃墟の塊と思われていた二つ目の衛星の内部がこんな状態とはユナもクラコも想定していなかったのだ。想定外の状況で想定外の問題に直面すると身動きが取れなくなる。
ふわりと浮かびながらユナは建物の中を進んでいく。迷路のように四方八方へと道と部屋がつながる領域は、けれどエーテルを視認できるユナにとっては見せかけでしかなく、蜃気楼も有ると分かっていれば最大限回避できるので、それらにユナを迷わせる効果はなかった。
ユナの目には見えているのだ。この迷路の入口より伸びる、馴染み深いエーテルの糸が。
「んーと、こっちかな……、うん合ってる」
『いつ見ても不思議ね……ユナにはどんなふうに見えてるの?』
「んー? ……えと、あったかい、みたいな感じかな?」
『ふふ、どうして不思議そうにしてるの?』
「だってわかんないんだもん。説明しづらいー」
『カザヨミの特有の感覚なのかもしれないわね』
思わず首をかしげて疑問符を浮かべるユナの可愛らしい様子にクラコは思わず笑みを漏らす。カザヨミの中でも飛行欲を持つほどの才能を持つユナは、そういえば飛行訓練に関しても感覚によるところが多かったなと思い返す。
そんなユナの先鋭的な感覚が、この場において非常に優位に働いている。
ユナが手繰り寄せているエーテルとは自分自身より発せられるエーテルのことだ。すなわち、カザヨミであるユナそのもの、あるいはクラコが仕立てたケスケミトル、各種道具、ピアス。
それら特徴的なエーテルの残滓が、ユナの移動ルートを軌跡のように空間に記憶する。もちろんエーテルの濃淡は時間とともに移り変わり、進行と停滞を繰り返す。なので帰り道の道しるべとしての機能はそう長くは続かない。
それでもユナのエーテルを視認する能力ならば自身のエーテルを空間から判別することも可能であり、現在のように来た道を正確に帰ることもできる。
「! クラコさん、あそこ!」
しばらく帰り道を辿っていたユナは、行きとはまったく異なる通路を通り、部屋をまたぎ、そうして訪れた大広間の先に、膝を抱えて座り込む人影を見つけた。そこに居るはずのない、けれども雲海を漂流する遭難者のような、……幼い姿の少女だった。
あまりにも怪しく、あまりにも疑心にざわめく。けれども少女を心配するようにユナは悲しそうな顔でクラコの言葉を待っている。まるで散歩を心待ちにしている大型犬のようなユナの表情にクラコは苦い顔をしながら大きく息を吐き出した。
『……仕方ないわね、行ってあげて』
「うんっ! ありがとクラコさん!」
『危ないと思ったらすぐ離れるのよ!』
「わかってる!」
元気のいい返事にクラコは仕方ないと息を漏らす。ユナは雲海を飛び続け様々な雲海内の姿を見てきた。その中で生きている晶動体もわずかながら遭遇し、それらの性格についてもある程度理解している。
穏やかで雲海を回遊するだけのオオナキさま。攻撃的であらゆる場所に出現するシロクロ。そういった晶動体の性格についても把握しており、それらを構成している結晶やエーテルについてもユナはよくよく理解していた。つまり攻撃的かそうでないか。敵対的か友好的か。
それらはすべてユナいわく"感覚"によってそうだと判断しているだけらしいが、とにかくユナは晶動体がもつエーテルを見ることで、晶動体の性格もある程度把握することができるのだ。そのユナが眼の前の少女……の姿をした晶動体は近づいても問題ないと判断した。
オオナキさまもシロクロも、ユナの感覚によって致命的なミスを犯す事無く逃げおおせられた。なので正体不明の晶動体へ近づく事をクラコもユナを信じて許可した。
「えと、大丈夫……?」
クラコの了承を得たユナは警戒しながらも少女へと飛び寄り声をかける。顔を伏せていた少女はユナに話しかけられた事にビクリと肩を震わせ、恐る恐る顔を上げる。
「……、だれ……?」
それは、声音から想像される通りの幼い少女だった。人のような肌色と、人のような瞳のゆらめき、人のような動揺を露わにする少女は、けれども青白い長髪に停滞結晶がエネルギーとして消費される時の青白い燐光を纏いながら、人外の雰囲気を漂わせていた。