愛鳥少女とキンヨク生活のすすめ。   作:田舎犬派

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98羽 魂の触り方

 

 瓦礫が散乱する空間は一般的なカザヨミにとって悪夢とも言える。

 

 基本的に空中に瓦礫が浮遊している状況など存在せず、雲海内といえどエーテルの誘引によってある程度まとまっているので此処までの散乱具合の中を飛んだカザヨミはほとんど居ない。

 

 今現在においてユナとアトリが無事でいるのはかつてユナが降害の中を飛んだ経験があるからにほかならない。消失したエーテルの領域を落下するエーテル化した瓦礫の挙動と、通常のエーテル領域に引っかかって停滞した瓦礫の動きを同時に予測して回避できるのは現時点でユナくらいだろう。

 

「あははっ! ねえねえユナお姉ちゃん! すごいでしょ? こーんなに動かせるんだよ!」

 

 少女が手を動かせば後方に位置するクラゲの晶動体がやおら動き出す。星に絡めていた触手を今度は空間そのものを掴むように広げ、領域の端から端までを触手が横断してしまう。

 

 更に少女が手のひらを握り込めばクラゲの触手が空間に散乱した瓦礫をいくらかまとめて絡めとり、少女の動きを真似するように握り込む。

 

 自身の動きを真似る巨大な晶動体の姿に少女はすごいすごいと場違いな明るい歓声を上げる中、少女が後方のクラゲへと視線を向けた瞬間、アトリが懐から銃を取り出し少女に向けようとするが……。

 

「あはっ」

 

 少女は握り込んだ自身のこぶしをアトリに向かって振りかぶった。同時にクラゲの晶動体が触手で固めた瓦礫の塊をアトリへと向かって投擲する。

 

「だめっ! そんなことしちゃ……!」

 

 瓦礫の塊は投擲された瞬間には形を保てず崩壊し、無数の瓦礫片が散弾となって降り注ぐ。

 

「アトリお姉ちゃんっ」

 

「……」

 

「お姉ちゃん!!」

 

 ユナは少女へと銃口を向け引き金を引こうとしているアトリの手を引き瓦礫の散弾を回避しようとするがアトリは動かず少女に狙いを定めたまま。仕方なくユナはアトリを無理やり抱えて空域を脱出しようと動くが、ユナの手をアトリ自身が跳ね除けた。

 

「うっ!?」

 

『ユナ離れなさい!!』

 

 予想外のアトリの動きにユナの体は軽く後方へ押される。アトリとの距離が空き、その間を投擲された瓦礫が遮る。もはやアトリの手を取ることはできなくなった。クラコが周囲の瓦礫を観察し、ユナに安全な方向を指し示す。降り注ぐ後続の瓦礫たちの通過空域を離脱するために翼を広げるユナは後方でまだ銃を構えたままのアトリの様子に顔を歪ませる。

 

「……」

 

「あは」

 

 そしてアトリは引き金を引き、結晶弾頭を少女へと打ち出した。微動だにせず自身へと迫る弾頭を見つめる少女。それが少女の体へと接触する寸前、少女の体から伸びた細い触手が周囲の瓦礫を掴み、盾とした。弾頭は当初の目標に命中することなく、瓦礫の表面に小さなへこみを生み出すに留まった。

 

 弾頭に用いられた純停滞結晶は同じ停滞結晶のもつ誘引の特性を無視し、物理的な強度を基にしてダメージを与える。衝撃を停滞させる、という特性がなくなった停滞結晶の強度はガラスよりも少し高い程度しかない為、この特殊弾頭が晶動体に着弾すればその衝撃は晶動体の体を瞬時に破壊し、アスファルトに打ち付けたガラス細工のような末路を対象に与えるはずだ。 

 

 だが、物理的な強度によって対象を破壊するという事は物理的な強度が保証されている対象へは大した効力は得られないということでもある。なまじ弾頭部分を結晶にしている為、火薬を用いた弾丸よりも脆く飛距離も威力も無いため相手が晶動体で無ければ破壊力も驚愕には値しないのだ。 

 

「あは、すごい!」

 

 弾丸を軽い動作で防いだ少女が感嘆に声を漏らすがその声はアトリに向けられていない。その賞賛の声はユナへと注がれていた。

 

「ユナお姉ちゃんすごい! あんなに綺麗に飛べるなんて、なかなかできないよ!」

 

 ぱちぱちと手を叩く少女はこちらを害した意識は無く、ただ瓦礫を回避する曲芸じみた飛行をしてみせたユナを褒めているように見える。

 

『貴方は……一体……』

 

 屈託のない笑顔に悪意のない言動、それらは彼女が記憶の大半を失っていて晶動体として生存していることからある程度理解できるものの、クラコは彼女の発した言葉自体に疑問を持つ。

 

 彼女はユナの飛行を褒めた。まるでカザヨミをよく知っているかのような、カザヨミでなければ口にできないような感情を乗せて。

 

 灰色ホテルは一般的なカザヨミは侵入するのは難しく、これまで許可を取って入ってきた者も居ない。ユナ以外のカザヨミの実力も知らず、けれど彼女はユナの飛び方を"なかなかできない"と評した。

 

 まるでカザヨミという存在をよく知っているような口ぶりにクラコは言い知れぬ恐怖を抱く。まったくの未知なる存在であるはずなのに、まるでずっと昔から隣に居たかのような、意識の外に佇む人外未知。

 

「あはは……ねえクラコお姉ちゃん。私、思い出したんだぁ。大切な人と、何処かに行ったって言ってたでしょ?」

 

 大きく両手を広げてくるくると回る少女。その周りのエーテルが析出し花が咲いた。晶花がエーテルの光を抱えながら空中に咲き誇り、少女の笑顔を照らしていく。

 

「私ね、大きな湖に行ったんだ。母親に内緒で、大切な人と手を繋いで、二人で見に行ったんだよ」

 

 不意に少女の瞳がユナの隣りにいるアトリに向けられた。声音は朗らかであるのに、その瞳は冷たく昏かった。

 

「私の大切な人はね……妹なんだ。妹の名前は、いすか! イスカちゃん!」

 

 大切な人……妹の名を口にする少女は思い出した記憶を大切に大切に、しまい込むように両手を胸に当て目を伏せてみせた。

 

「何を言っているの……? イスカお姉ちゃんのは、アトリお姉ちゃんの……」

 

 何を言っているのかわからない。そんなはずが無いとユナもクラコも困惑を深める。デタラメを言っていると断じようとも、これまで少女の前でイスカについて話をしたことがない二人は只のデタラメとは思えなかった。けれど、それでもユナは少女の言っている言葉を理解できなかった。なぜならイスカを妹と呼ぶ存在は、この世に一人だけ。自身の隣りにいる人物だけなのだから。

 

「あ、アトリお姉ちゃん……」

 

 ユナがアトリを呼ぶ。少女の間違いを指摘してくれるだろうと不安げにアトリへと視線を向ける。

 

「……いすか」

 

 呆然とするアトリは力なく妹の名前を呼ぶ。だがその言葉にはなんの感情も付随していなかった。

 

 ただ、眼の前の存在が発した名前を反芻したに過ぎない。残念な事に。

 

「いす、か……?」

 

「え──」

 

『なんてこと……!』

 

 アトリは忘れてしまっていた。自身の生まれた故郷も、ユナへの愚行も、(イスカ)との思い出も。

 

 ……いや、忘れてしまったのでは無い。アトリは奪われたのだ。漂うエーテルが強大な結晶に誘引されてしまうように、アトリの記憶は目の前の少女へと誘引され、少しずつ奪われていった。もはやアトリは自分自身が誰かもわからない。なぜなら、それさえも奪われてしまったのだから。

 

「思い出したんだぁ、私の名前。私の名前は花鶏(アトリ)! 都市の外で育って、都市に来て、妹と一緒に空を飛ぶカザヨミ! それが私!!」

 

 

 クラゲの晶動体は自身に欠けていたすべてを手に入れ、充足感に声を上げる。まるで生まれたばかりの赤子が産声を上げるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この世で降害が発生するようになり、エーテルの存在が予想されていた当時、人類の科学者はエーテルの存在を確かなものにするためあらゆる実験や検証を繰り返した。

 

 だが、結果として科学者はエーテルの存在自体を認知できず、停滞結晶という存在をもってエーテルが"存在するであろう"という位置で落ち着かせた。

 

 手で触れることも見ることもできず、最新の科学技術でも存在を確定できなかったエーテルはそれ故に人類では手の届かない概念的存在であると提唱される。人類があの世やこの世、魂と定義した概念に近しい位置にエーテルはいる、というものだ。

 

 そういった、もはや科学から乖離した説さえ真面目に考えられるほどだった。故に"エーテルは宗教だ"などと揶揄されることもあったが、実際のところそれらのふざけた想像はあながち間違いではなかった。

 

 

 母親であるシトに雲海での調査を強要されていたアトリは体中が停滞結晶の析出により重いダメージを受け、エーテルが取り除かれることなく長期間体内に残留した結果、体そのものがエーテル化してしまう。エーテルの侵食は体のあらゆる場所に至り、それは概念的存在にまで波及した。

 

 すなわち、エーテルによる魂の侵食だ。

 

 ユナの両親がイルカの姿となりながらもユナに合うことを望んだように、晶動体が内包する魂には人だった当時の記憶も含まれている。本来晶動体は魂を内包し、その魂には過去の記憶も含まれているのが一般的なのだろう。

 

 

 身体をエーテルにより深く侵食され、損壊されたことでアトリの魂の一片が雲海に零れ落ちた。魂を核として結晶が析出し、そうして少女の晶動体が生まれた。

 

 少女が内包する魂は欠片ほどしかなく、故に少女は残りを強く求めた。アトリが持つ魂を。

 

 ユナとクラコをつなぐ夫婦結晶のように、少女とアトリはか細く繋がっていた。それが同じ魂を保有しているからか、同じエーテルによって身体を構築(汚染)されているからなのかはわからないが、その繋がりによって少女はアトリの魂を誘引し、アトリは魂と共に記憶を奪われていった。

 

「だから私が、私は嶺渡花鶏(アトリ)なの!」

 

 自慢げにそう言い放つ少女。意思の無い抜け殻のような存在だったクラゲの晶動体はアトリの魂を手に入れた少女と繋がり、真の晶動体として活動を開始する。

 

 空気と共にエーテルが震え、巨大なクラゲの晶動体が触手を戦慄かせる。歓喜に震える晶動体の姿はクラゲであるはずなのに、あまりにも人間臭かった。

 

「ふざける、な……」

 

 アトリが銃口を向け、引き金を引く。人類が手探りで生み出したエーテル兵器は想定通り弾丸を打ち出すが、それも少女が瓦礫を盾にして塞いでしまう。だがアトリはその瞬間を待っていた。瓦礫を盾にし視界が遮られた瞬間を狙ってアトリは少女へと接近し、今度は瓦礫の入り込む余地がないほどの近距離で銃を向けた。

 

「私は……あの子の……姉だ……」

 

「あははっ、もう妹の名前も分からないのに?」

 

「それでも、私がっ……!」

 

「もう、うるさいなあ」

 

「があっ!?」

 

 少女……花鶏が苛立ち混じりの視線をアトリへと向ける。正確には、彼女の持つ銃へと。

 

 その直後アトリが持っていた銃が突然ガラスを砕くような甲高い音と共に内側から結晶を析出させ、爆発した。

 

 周囲に散乱する銃だったもの。結晶の破片と共に金属とプラスチック片が飛び散り、爆発に巻き込まれなかった発射前の銃弾がマガジンパーツから脱落していく。

 

 何が起こったのか理解できないアトリは爆発に巻き込まれ、結晶が突き刺さり血が吹き出す手をかばいながら後退しようとするが再び花鶏がアトリに視線を向け──

 

「──いまっ!」

 

 ユナが力いっぱいアトリの腕を掴んで空域から離脱する。アトリがいた場所には先ほどと同じ鋭利な結晶が析出していた。

 

「あはっ、追いかけっこ? そういえばユナお姉ちゃんに教えてもらったっけぇ!」

 

『一旦逆灯台まで逃げるわっ! ルートを教えるからっ!』

 

「うんっ!」

 

 灰色ホテルの領域と逆灯台の領域を繋ぐ出入り口へ目掛けてユナは全速力で飛翔する。もはや多少の瓦礫が突き刺さっても構いはしない。アトリの腕を離さない事だけを考えながらユナは必死に羽を動かす。

 

「!」

 

 だがユナの行く手を巨大なクラゲの触手が阻む。翼を折りたたみ急降下して触手の下に潜り込み、なんとか回避する。次の触手が迫るが動きはそこまで早くはない。エーテルを視認できるユナは触手の動きを予測し、ギリギリのところで避ける。ほとんど触手に接触しているような(きわ)を通れば、次の触手は回避した触手とぶつかりユナを捉えられない。別の触手が瓦礫を投擲するが、それらはむしろユナの姿を隠してくれる役割を担ってくれた。ユナを花鶏の視界から隠すだけでなく、エーテル化した瓦礫に隠れればエーテルでユナの居場所を感知されにくくなる。

 

 巨大な触手と瓦礫をなんとか避けきり灰色ホテルの領域境界に到達したユナが後方をちらりと確認すると花鶏は動いていなかった。その場からこちらをじっと見つめ、手を降っている。不気味であるが領域外まで追うつもりが無さそうなその様子にユナは少しばかり呼吸を整え冷静さを取り戻そうとする。

 

「ねえクラコさん、さっきの結晶が析出したのって……」

 

『あの子の仕業でしょうね……視線でエーテル濃度を操作して任意の場所に結晶を析出させたみたいね』

 

「やっぱり……」

 

『ユナ、このまま離脱できそう?』

 

 クラコの言葉にユナは目を細め、言葉を絞り出す。

 

「……無理、かも」

 

 ユナの眼の前には逆灯台への帰り道があるはずだった。建物の内部をトンネルのように利用し、逆灯台へと帰れるはずの道。だが、その道は瓦礫によって塞がっている。ユナが見ればそれらの瓦礫はエーテルでがっちりと固定されており、力ずくでなんとかできるような規模ではなかった。

 

 おそらくは先程のクラゲの投擲によって塞がれたのだろう。ユナには効果がないと見るや、逃げ道を塞ぐ方向で動いたようだ。

 

『想像以上に周りがよく見えてるようね……。これはアトリさんの記憶によるものなのかしら……それとも、晶動体としての能力なのかしら』

 

「あの……クラコさん」

 

 対峙する晶動体について考えを巡らすクラコへとユナが小さく声を上げる。何か言いたそうにしているユナへ、しかしクラコはぴしゃりと言い放つ。

 

『あの子を説得するというなら無理よ』

 

「でもっ!」

 

 断固としたクラコの言葉にユナは即座に反応する。少ない時間だったとはいえユナは少女と互いに言葉を交わし合った。少女の記憶を取り戻すと約束し、少女の生まれた場所を探すと決めていた。

 

 少女は、かつてのユナと似ていた。瓦礫の中で一人ぼっち、誰にも助けてもらえず、助けを呼ぶことすら知らない幼い少女。

 

『ならユナは、その手(アトリ)を離すの?』

 

「え……」

 

『あの子を助けるっていうのは、つまりそういう事なのよ』

 

 ユナの思いを知りながらもクラコはユナに真実を伝える。花鶏はすでに晶動体として完成しようとしている。完全に魂を奪ったわけではないだろうが、結晶の身体を動かし活動できる程度には覚醒してしまった。

 

 アトリの魂を核として。

 

 花鶏を助けるならばアトリを諦めなければいけない。アトリを助けるならば、花鶏を諦めなければいけない。一つの体に一つの魂。体は魂がなければ動かせない。魂こそが人の命そのものなのだ。

 

「そんな……そんなの……」

 

 もしもユナが嶺渡の家族を恨んでいたのならばもっと簡単な話だったろう。だが、ユナはクラコと出会い、人の優しさを知った。知ってしまったから、思い出したくもない記憶の中に居るアトリを救いたいと願っている。

 

 そして、アトリを救うというのは、花鶏を破壊し魂を取り戻すという意味である。

 

 答えが出ないままユナがなんとか次の言葉を口にしようとした時、アトリが体勢を崩し瓦礫の陰に倒れ込んだ。大きな音と共にアトリの荒れた翼が力なく垂れ下がる。

 

「アトリお姉ちゃん!!」

 

『まずいわね……体中に結晶が析出してる……急いで雲海から離れないと……』

 

「でも、出口が!」

 

『落ち着きなさい。別の出口を探すわよ』

 

 灰色ホテルの領域の外は濃い雲海の雲がひしめき合い、内部がどのようになっているかは分からない。ユナとておいそれと突入できる領域では無い。それがエーテルに酷く曝されているアトリと一緒であるならばなおさらだ。灰色ホテルから脱出するには出口を探すしかない。

 

 雲海の下層と中層には境界があるが、明確に分かれているわけではない。あくまでエーテルの平均的な濃度が急激に上昇している領域を境界として定めているだけで、実際には下層と中層の境界は曖昧なのだ。

 

 同様に雲海廃墟の領域も領域とそうでない空間との境界は曖昧な状態であることが多い。境界が曖昧であるということは領域とそうでない空間との"綻び"が何処かにある……はずだ。

 

 ユナならば綻びをきっかけに形成された領域の境界をこじ開けられるかもしれない。雲海の支配領域と外とを分け隔てる気流の壁を通り抜けた時のように。

 

『エーテルの薄いところを調べていきたいところだけど……』

 

「……」

 

 元灰色ホテルの領域中心部でクラゲと共に揺蕩う花鶏の視線はまだこちらへと向いている。どうせ逃げられないよ、という意思表示なのか。

 

 たとえ領域の綻びを見つけたとしても、やすやすと通してもらえるわけもない。

 

『花鶏の気を引かないといけないわね……』

 

 クラコはそう口にするが実際のところどうすればいいのかは考えられていない。相手は広大な空間の端からは端まで手が届く巨大すぎる晶動体であり、この空間に居る限り必ず捕捉されるだろう。

 

 現状ユナとアトリが襲われていないのはいつでも捕まえられるという余裕の現れなのだ。

 

 まさに晶動体の手のひらの上という状況、そんな中でアトリを蝕む結晶の成長が致命傷になる前に出口を見つけ、脱出しなければならない。それはとてつもなく非現実的なものだった。

 

 

 とてつもなく非現実的。ユナ一人だけならば。

 

 

「ならその役目は私たちがしよう」

 

「え? あ! ミサゴお姉ちゃん!?」

 

 ユナの背後から聞こえた声。それはユナの知る声だった。あの団地の屋上で何度も言葉を交わし空を並んで飛んだカザヨミである特級カザヨミ、ミサゴ。彼女がこの灰色ホテルの領域に、重装備に身を包み翼を広げていた。

 

「ユナちゃん大丈夫ですか!?」

 

「ツグミお姉ちゃんも!」

 

「ツグミちゃん危ないから待ってて、って言ったんスけどねえ。あ、私もいるっスよ〜」

 

「ヒタキお姉ちゃん!」

 

 そしてミサゴの背後には同様の装備を身に着けた第十七飛行隊の面々が控えていた。ミサゴと同じ特級のヒタキと、一級のツグミ。どちらもユナを心配そうに見つめている。

 

「それにこの子もいるっスよ。ほら、」

 

「……ユナ」

 

「……イスカお姉ちゃん」

 

 そして、もう一人。

 

 イスカは気まずそうにしながらもユナの姿に顔を曇らせる。合同訓練であれほどの実力を示したユナが、瓦礫と結晶によって体中に切り傷や打ち傷が目立ち、翼も同様だった。ユナでさえ無傷ではいられないという事実が、この空間の異常性をイスカに突きつけていた。

 

 ユナはイスカを見、そして自身よりもさらにボロボロなアトリを見た。

 

「イスカお姉ちゃん……アトリお姉ちゃんが……」

 

 ユナの視線をたどるイスカは息を詰まらせるように顔を顰め、吐き出すように声を漏らす。

 

「……ばか、なんで……一人で……私だって……」

 

 アトリの意識はもうほとんど無い。体力の限界を迎えて気絶しているのならまだいいが、魂と共に意識さえ奪われているのならば非常に危険な状態だ。幸いにも息はしている、身体も温かい。けれど、それでもアトリの命の限界はすぐそこまで迫っていた。

 

『……ミサゴちゃん、あなたたちは先生が?』

 

「はい。先生の要請に応え、イスカの護衛をしながらアトリを保護すように言われたのですが……少し面倒な事になっているようですね」

 

「こっちに来たら突然衛星がバラバラになってまスし、ユナちゃんはクラゲと戦ってますし、とりあえずまだ無事な衛星でクラゲに見つからないようユナちゃんと合流しよう、って事にしてたんス」

 

「入口も塞がれて撤退することもできませんでしたから」

 

 イスカより連絡を受けた先生はイスカがカザヨミ管理部へ到着するまでの間に第十七飛行隊と連絡を取り、イスカの現状、アトリの所在、それらを解決する為の飛行計画を練り、彼女たちに依頼した。

 

 雲海の未開拓領域での作戦行動が前提であるため、本来ならば数週間はかかる許可取りや認証待ちが発生するのだがそもそもそれらの許可は先生が下ろしているのでグレーながらも問題なし。

 

 都市管理部の許可は現状を"雲海で遭難したカザヨミを救出するための緊急処置"とすることで省略。何かしら責任を問われるかも知れないが遭難したカザヨミが嶺渡の者であると説明すればある程度やり過ごせるだろう。

 

 先生はカザヨミの命を守るためなら責任は取るし、黒に近いグレーな手段も躊躇わずに行使する。ここ最近イスカが頻繁に灰色ホテルへ出入りしている事を把握していた為、このような状況になるのではと多忙な第十七飛行隊に待機命令を出し続けていたのも、そんな先生の判断だった。

 

「それで、入口を見つける為にあの晶動体の注意を引けばいいんだな?」

 

『ええ、とりあえずはここから出るのが先決よ』

 

「ふむ。イスカ、アトリを背負えるか? ユナが入口を見つけたらお前達二人はすぐに離脱しろ」

 

「で、でも……! アレはお姉ちゃんの……!」

 

『どちらにしろ撤退を急がないといけないわ、このままだとアトリさんは死ぬわよ』

 

 ミサゴがアトリの手に触れる。まだ体温を感じるが同時に結晶の冷たさも伝わってくる。ユナほどではないがミサゴもアトリの身体がエーテルに深く侵されているのが分かった。

 

「身体が衰弱しすぎている。エーテルの抵抗能力が極端に落ちているな……ツグミ、手当はできそうか?」

 

「……想像以上にひどい状態です。此処に来るまでにイスカちゃんに聞いていた状態よりかなり悪化しています。……持ってきた析出誘導処置薬(デポディション・ガイド)でも体外に誘導しきれません」

 

「……アレがいるせいで雲海中のエーテルが灰色ホテルに誘引されている。これでは十分も持たんぞ」

 

「むやみに体を動かすわけにはいかないかもっスね……」

 

「ですがこの領域に留まる訳には……」

 

 クラコとミサゴの予想は一致していた。アトリは新たな結晶の析出こそ無いものの、体内に残留したままの無数の結晶が濃いエーテルによって成長を続けている。このまま結晶が肥大化していけば骨や内蔵を損傷させ、死に至る。

 

「そんな……!」

 

 イスカは絶望に声を震わせる。通常の出入り口を利用しても安全地帯である逆灯台の拠点まで十分以上はかかる。ここから新たな出入り口を見つけ、クラゲの妨害を掻い潜って脱出するなど不可能だと思えたからだ。

 

 身体から力が抜け、イスカはアトリの横に力なく崩れ落ちた。

 

『……、ミサゴちゃん』

 

「はい」

 

『ユナと一緒に出入り口を探してもらえるかしら。エーテルが見えるのは二人だけだから』

 

「それは、問題ありませんが……それでも時間が……」

 

 クラコは僅かに思考し、考え込む。数秒程度の時間であったがクラコにとってその数秒はある意味決意と決断に用いた苦慮の時間だった。まるで死に瀕したユナを助ける為に何が最善かを考えていた時のような。

 

『イスカさん』

 

「? はい……」

 

『貴方、羽繕いはしたことある?』

 

「え……?」

 

 

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