ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
ベラミーが生まれて初めて憧れの王下七武海の天夜叉ドフラミンゴと邂逅が叶ったとき、いかに自分が憧れている海賊なのか語り続ける時点で、ドフラミンゴは辟易していた。ただ、北の海のノーティス生まれだと語るベラミーに、ふと思い出したように聞いたのだ。
「ノーティスの海賊といやあ、Mr.プリンスことサミュエルがいるだろう。おまえはどう思うんだ?憧れるならそっちもありそうだが」
いくら尊敬するドフラミンゴとはいえ特大の地雷を踏み抜かれたベラミーは顔を引き攣らせた。威勢のいいはずの期待の大型ルーキーがいきなり尻すぼみになったベラミーはぽつりといったのだ。
「うそつきノーランドほどじゃねえが、ノーティスでサミュエルは英雄だが遺族にとっちゃ悪党でしかねーんだ、ドフラミンゴ」
「ほう?」
Mr.プリンスことサミュエルはかつて実在した北の海ノーティス出身の大海賊である。サミュエルは父と母との間に5人兄弟の末っ子として生まれた。サミュエルが洗礼する3週間ほど前に母が他界。前半生は海軍に所属して幾つかの戦いを経験している。妻子はいたかもしれないが、記録には残っていない。
はじめは別の大海賊に所属していたが船長が故郷の船舶を攻撃しないことに不満を募らせていた。多数決の結果、前のリーダーとして相応しくないという結果になり、彼は支持した腹心たちとともに船団を離脱した。残った90人の船員はサミュエルをリーダーに選出した。
サミュエルは背が高く屈強だが、礼儀正しいこざっぱりした男として同時代の人や記録者に知られていた。彼は粉をはたいたかつらを好まず、“ブラック・サム”の異名が示した長い黒髪を簡素な紐で結わえていた。黒色の高価な服装を好み、腰に差した4本の決闘用ピストルを武器にしていた。
彼は幅広袖をしたベルベットのコートと半ズボン、絹のストッキングと銀のバックルがついた靴で颯爽とした身なりだった。
左腰には剣を佩き、4丁のピストルを腰帯に差していた。彼は仲間と違って、ファッショナブルなかつらは用いず、黒く長い髪をサテンの紐で結わえていた。
彼が海賊として活動していたのは1年ほどだったが、活動期間内に略奪した海賊の船は53隻、その首にかけられた金額は1億2000万ベリーに上り、同時代の海賊の中では誰よりも稼いでいた。
28歳のとき、偉大なる航路新世界にあるコッド沖を航海中、嵐に遭い旗艦ウィダー号とともに消息を絶つ。以来、沈没したウィダー号が発見されるまで、彼の存在は異名とともに伝説の中にあった。拿捕した船員への寛大な対応から、海賊のプリンスは義賊的な海賊として伝えられた。
船長としてのサミュエルはとても民主的で、船員からの信望があった。彼は自らをロビン・フッドになぞらえ、部下たちを“ロビン・フッドの仲間たち”と称した。彼は優れた戦術家でもあり、強力な火力を誇るウィダー号と、軽量だが速度の出る僚艦との連係攻撃で相手の損害を抑えながら効率的に拿捕していった。
サミュエルはまた、情熱的な弁舌を振るう雄弁家として知られていた。彼がある船を拿捕した際に振るった口上は、ある新聞記者により『海賊史』に掲載され、一躍彼の代名詞になった。ちなみに、その船はサミュエルの制止も聞かない部下たちに沈められ、前の船長は島に置き去りにされた。
「おい、貴様。俺の手下が船を返さなくて気の毒したな。俺は自分の得にもならねえのに悪さをする奴は好かねえ。スループ船はまだ貴様の役に立っただろうに、畜生、奴らは沈めちまいやがった。だが貴様は薄汚ねえ犬だ。それに金持ち連中が自分たちの安全のために作った法律の前にはいつくばってる奴らもそうだ。臆病な犬は、そうでしなきゃ自分で掠めたものを守れねえってわけだ。そんな奴らは糞喰らえだ。気狂いの悪党どもに、腰抜けのあほうどもさ。金持ち連中は俺たちをならずもの呼ばわりするがな、奴らは法に守られて貧乏人からふんだくり、俺たちは度胸一つを頼りに金持ちから略奪する。それだけの違いさ。どうだ、貴様、悪党の金持ちに雇われてそいつらの尻を追い廻したりするより、俺たちの仲間に入ったほうがよかねえか」
船長が神と人の法を破るのは自分の良心が許さない、と答えると、サミュエルは言った。
「ふん、良心だと。笑わせるぜ。俺は自由な王様さ。海に百隻の軍艦を浮べ、陸に十万の軍勢を指揮する男と同じように、俺は全世界に戦いを挑むことができる。それが俺の良心の命ずるところだ。だが鼻声を出す弱虫犬みてえなやつと議論したって始まらねえ。そんな奴は力のある連中のされるがままになって、いんちき牧師野郎の言うことを信じやがる。ところが奴らは自分がうすのろたちに説教していることを守りもしねえし信じてもいねえのさ」
ウィダー号を獲得してから2ヶ月後、仲間が家族を訪問したいと言いだし、あとで落ち合うことを約束し、2船は別行動を取った。それが運命の分かれ道となった。
もしサミュエルが伝説どおり恋人に再会しようとしていたのなら、それは叶わぬ夢となった。その夜、500フィートの沖合でウィダー号は十数年に一度発生するような非常に勢力の強い嵐に遭遇。
沢山の荷物を抱えたウィダー号は15分ほどでメインマストが折れ、30フィートの海底へとサミュエルと145人の海賊もろとも沈んでいった。生存者はわずか2名だった。僚艦も沈み、生存者は7名だった。
ウィダー号の遭難者のうち101体の遺体は陸に打ち上がり埋葬されたが、残り41人は行方不明のままだった。
一方、ノーティスに残された恋人は粗末な小屋でつましい生活を送っていた。いつしか、人々は彼女が寒く風の強い夜に、砂丘に立ち嵐を呪う姿を見たと言い、復讐の悪魔に魂を売ったのではと噂した。嵐と彼女との関係、そしてその後の彼女とその死について多くの説話が生まれた。魔女と化した彼女が嵐を招来してサミュエルを沈めた話や、サミュエルの遭難を知って海岸をさすらう狂人となり、やがて幽霊となったという話、実は生きていたサミュエルと余生を送った話などがあり、死因も生存した船員に殺されたというものや、後を追い自殺したというものまである。
とりわけ、彼女がサミュエルの財宝を入手したという財宝伝説はサミュエルとその恋人の説話がノーティスによって語り継がれる一因になったと思われる。
現在も、バーンステーブル刑務所の建物や、彼女が徘徊した海岸は彼女の幽霊が出るという心霊スポットとなっている。
問題は彼女が実在する既婚者であり、サミュエルとは不倫関係だったということと、夫が存命ということだ。そして彼はベラミーの祖父にあたる男であり、彼女の生んだ息子がサミュエルの子供か、自分の子供かわからないという暗黒時代を過ごしたこと、ノーティスの富豪ゆえに金で黙らせても噂は消えず、父は海賊嫌いになったということだった。
「ベラミーがノーティスなんて裕福な生まれなのに苗字を名乗らねえのはそういうことか?」
「あァ、そんなノーティスが嫌で飛び出してきたんだ、おれは!たしかにMr.プリンスは大海賊かもしれねえがたった1年で死んじまった。でもアンタ達はそうじゃない。ウェザリアの天気予報でこの偉大なる航路の天候を知り尽くしてるじゃないか!だからおれは!!」
どうやらただのお坊ちゃんではないらしいと気づいたドフラミンゴは、にやっと笑った。まさかここから2年も居座られるとは思いもしなかったのである。