ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
私はひとり、頭を抱えていた。どうしてこんなどうしようもないタイミングで、覇気を受け取ってしまうのか。彼の途方もない見聞色を受け取ってしまうのか。たまたま北の海で海賊派遣業に精を出していた矢先に、つかいものにならなくなったはずの見聞色がつかえるようになったから、覇王色に見聞色をのせ、部下達に伝えたようだ。
これが噂に聞く覇気通信というやつか。それを私は受け取ってしまったらしい。せめて天竜人としての資格を完全に失う前でならばいくらでもやりようがあったものを。
ドンキホーテ・ホーミング聖とかつて呼ばれていた男が今にも死にそうな顔で鏡の前に立っている。
妻がいうにはこの家についた初日から高熱を出して倒れてしまい、ようやく熱が下がったらしい。そのせいで発現しかかっていた見聞色が、彼の覇気通信をたまたま受け取り、知りたくなかった現実と彼が平気で使う精度の高すぎる見聞色を受け止めてしまったようだ。
目を逸らすことすらできなかった。目を閉じることも許されなかった。私が私でいるためにはあまりにも衝撃的すぎるひとりの男の人生だった。私が憧れた男のあまりにも悲惨な末路だった。
心配そうに後ろから様子を見に来た妻と子供たちに笑顔を返したはいいものの、私はそのままふらふらとした足取りで自室にかけこむ羽目になった。
私はだれなんだろうか。ドンキホーテ・ホーミングでいいのか。それとも不慣れな見聞色が見通した王直という命の恩人の人生からみるに、王直でいいのだろうか。目覚めたばかりの私の中には矛盾する記憶と心が存在していたのに、時間をたつにつれてどちらも私だと認識するようになってしまった。憧れているせいで王直だと思い違っている節があるが、もう私はそうとしか思えなくなっている。これが物語る運命とはなんなのか、私は考え込む羽目になった。
私はただ、人間になりたかっただけなのだ。ゴッドバレーで私達家族の命を救ってくれた海軍の英雄ガープ中将や海賊王になる男ロジャー、本気で世界をひっくりかえそうとした男ロックス、その儲け話に賛同して集まった海賊達。かれらが世界の全てだと思い込んでしまっていた。私が初めて見た奴隷ではない人間だったから。だから、ゴッドバレーで拾った孤児をひきとり、私達の子供として育てようと思ったのだ。ガープ中将曰く、この子達はこの国で人攫いにあい、奴隷として売られた果てにあの島にいたらしいから。この子達に人間にしてもらいたいと思っていた。
世界は私の考えうる以上に元天竜人について厳しいのだと知った。王直が取引していた男が私の息子の未来なら、なにかあったにちがいない。
私にできることは、まず手紙を書くことだった。王直としての私がガープ中将にこの手紙が渡る前に何人の軍人の手に渡るかわからないから、工作員や暗殺者を呼ぶぞと伝えてくる。ガープ中将ですら口にしたら消されかねない事件の当事者が人間になりたいといいだして自ら望んで奴隷の孤児を引き取り、その生まれ故郷である北の海の非加盟国にわざわざ移住したのだ。世界政府はなにがなんでも私達家族を殺してくるだろう。
いいのかと聞かれた。いいとも。この手紙がガープ中将に伝わり、いい返事がもらえたら行動を開始したいと思う。これは賭けだ。天竜人が不倶戴天の敵なはずのガープ中将が私達を助けてくれたのは奴隷だった人間の息子達がいたからこそだ。なら、妻はモルガンズに預けたらいいと王直としての私が提案してくる。息子達だけならガープ中将も引き取ってくれるだろう。そこまで覚悟があるのなら付き合ってやる。ゴッドバレーでたまたま助けた縁だ。
お前は覚悟があるか。世界で一番愛する家族のためにどこまでも堕ちる覚悟があるか。
ある、といいきった。
ひとつだけ後悔があるとすれば、息子たちにいつか言わなければならない日がくることだろうか。
───────人間ですらない私が、人間である君たちの父親で、ごめんなドフィ。ロシー。それでも私は君たちのことを愛している。