ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング 番外編) 作:アズマケイ
「あにうえー!!」
「すまん、ロシー。おくれる」
「何分?」
「に......」
「まさか2時間じゃないだろうな?もしいったら本気で怒るよ、おれ。ヴィオラ王女に天竜人時代からの兄上の女性遍歴ぜんぶバラすからな、覚悟しろよお前」
「1時間、なんとか1時間ですませるから、すまんがあとよろしく」
「よろしくじゃないが?!」
ロシナンテは激怒していた。予定の時間を過ぎても貸切のレストランにドフラミンゴが現れないからだ。支配人が電伝虫で言伝を預かっていたようで、中に入れてくれるといってくれたが怒りはおさまらないようだった。電伝虫を借りて猛抗議していたが切られてしまったのである。
「なに考えてんだよ、兄上ッ!!33年ぶりにやっと叶った家族の食事会なのに、なにからなにまで自分ひとりで段取りして、おれには何一つさせてくれなかったくせに!肝心の兄上がこないなんて!七武海の会議が長引いたってなんだよ!おれ達このままだと待ちぼうけなんだけど!?こっからどうしたらいいのか、おれなにも知らされてないのに!わかんないよ!どうしたらいいんだよ、兄上!!」
くすくす彼女は笑っている。ホーミングは肩をすくめた。
「世界で一番不自由なのはドフィなのは間違いないな。海賊王には一番遠い子だ、可哀想に」
「父上、母上、どうしよう......」
「近くでも歩くか。ドフィにはなにかと買ってやったが、ロシー達にはそんな暇もなかった記憶がある」
「やった!」
「あら、いいの?ドフィがはりきっていたのに」
「遅れたほうがわるい」
「かわいそうなドフィ、おくれたのがわるいわね」
はたからみたら、ただの家族団欒の会話だ。33年ぶりの再会だとは誰もが思わないだろう。30分ほど前に3人はすでに集まっていた。ロシナンテは初めこそ固唾を飲んで見守っていたが、彼女だけはわかっていた。ホーミングのそのクールさはどうしようもない無関心さとはまったく異なったものだった。彼女のちょっとした身のこなしに、ぎこちない感情の揺れのようなものがふとうかがえた。あきらめたように彼女をみたホーミングはとうとう白状したのだ。
「──おれは幸せな男の立場を奪ってる分際でなにやってるんだ?なにを悦に浸ってるんだ?ばかなのか?」
あの1ヶ月間、父親としてのホーミングをやれたのが一番楽しかったが、我に帰っては苦悩に襲われていた。たとえば、電気を消した子供部屋で、息子達の手を握ったまま唐突に襲われた強烈な幸福感のことを考えた。
「おれはこの子達の父親なんだ」
胸の裡で呟いて、その一言一言が「この子」や「父親」といった言葉だけでなく、その関係性を紡ぐ助詞に至るまでが恍惚とさせるほどの威力を誇っていた。生まれてこの方喉から手が出るほど欲しかったのに、手に入らなかった、もっとも縁遠かったはずの家族のあたりまえが転がっていたからだ。
それは、ほとんど自分自身を見失ってしまいそうなほどの大きな実感だったが、あの平凡なひとときが、それほどまでに特別だったというのは、結局、不安の裏返しだった。まるで将来、自分の人生の最も幸福な時として、この夜のことをこそ思い出すのではと予感されるほどに。実際にそれは間違いなかったので見聞色は的確だったといえるだろう。
「夢なら夢なりに足掻いてやろうと思ったさ。全てを失い続けたはずのおれが、一夜にして一家の長の代わりにそこにいるんだから。愛している妻と息子2人。おれと混ざってしまった男が世界で一番愛しているものがそこにはあった。肝心の男がそこにはいない。おれとお前の愛した男の境目は33年たってもとうとうわからなかった。こんなバカな話があるか?せめて離れることができれば、おれがあの日死ぬことさえできればきれいさっぱり終われたんだ。お前は愛する男と再会できて、おれはジーベックに会いに行けた。めでたしめでたし。それができなかったから、きっとバチがあたったんだろうな」
「あなたは結婚するのってなんだか怖いって思っているのね。そんなに深く考えなくてもいいのよ。良い面だけを見て、良いことだけを考えるようにすれば、何も怖くない。悪いことが起きたら、その時点でまた考えればいいの」
「正気か?おれがいうのもなんだが、憎しみと復讐心をよりあわせた繊維のような血の通わない男だぞ、おれは。だから家族が縁遠い存在だったんだからな」
「それでも、私はずっと会いたい、はやく一緒にいたいと思っていました。ずっと離れている間に出した答えです。結婚とはまた違う形かもしれないけれど、あなたとずっといるにはこれが一番だと思ったから、離縁せずにいたんですから。責任とってくださいね。もう私、再婚できるような歳じゃないのよ。わかるでしょう?」
周りの景色が色づいて生まれ変わっていく。風に吹かれて、公園の木々がザアと立てる音さえ、心を波立たせる。ひからびていた好きという気持ちが水をえた魚のようにみるみるうちにうるおいをとりもどして、心をすきまなく埋めていった。
「......お前がいいなら」
「いいっていいました。さあ、いきましょう。ロシーが待っているわ」
ホーミングの手を取り、彼女は歩き出す。ホーミングは戸惑いがちにそのあとを歩き出したのだった。